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平成22年(ネ)第10043号

特許権侵害差止請求控訴事件判決

控訴人

被控訴人

テバ ジョジセルジャール ザートケルエン ムケド レースベニュタールシャシャーグ

協和発酵キリン株式会社

知的財産高等裁判所特別部

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目 次

当事者の表示・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1

主文・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2

事実及び理由・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2

第1 控訴の趣旨・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2

第2 事案の概要・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2

1 事案の要旨・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2

(1)本件特許権の内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・2

(2)被告製品の内容・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3

2 本件特許権の特許請求の範囲・・・・・・・・・・・・・・・・・・・3

3 原審の判断・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・4

4 関連事件・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5

第3 当事者の主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・5

1 当審における控訴人の主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・6

2 当審における被控訴人の主張・・・・・・・・・・・・・・・・・・30

第4 当裁判所の判断・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・50

1 本件各発明の技術的範囲について・・・・・・・・・・・・・・・・50

(1)本件特許の請求項1ないし9の内容・・・・・・・・・・・・・・50

(2) 特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の確定について ・・51

(3)被告製品の構成要件充足性について・・・・・・・・・・・・・・54

2 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものかについて ・・73

(1)発明の要旨の認定について・・・・・・・・・・・・・・・・・・73

(2)本件についての検討・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・75

3 結論・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・84

2

平成24年1月27日 判決言渡

平成22年(ネ)第10043号 特許権侵害差止請求控訴事件(原審・東京地裁平成19年(ワ)第35324号)

口頭弁論終結日 平成23年10月28日

判 決

控訴人 テバ ジョジセルジャール ザートケ

ルエン ムケド レースベニュタールシャシャーグ

訴訟代理人弁護士 上 谷 清

同 永 井 紀 昭

同 仁 田 陸 郎

同 萩 尾 保 繁

同 山 口 健 司

同 薄 葉 健 司

同 石 神 恒 太 郎

訴訟代理人弁理士 福 本 積

同 中 島 勝

補佐人弁理士 佐 々 木 貴 英

被控訴人 協和発酵キリン株式会社訴訟代理人弁護士 吉 澤 敬 夫同 三 村 量 一

補佐人弁理士 高 柳 昌 生同 廣 田 雅 紀同 杉 村 純 子

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主 文

1 本件控訴を棄却する。

2 控訴費用は,控訴人の負担とする。

3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。

事実及び理由

第1 控訴の趣旨

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人は,医薬品「プラバスタチンNa塩錠10mg『KH』」を製造及び販売してはならない。

3 被控訴人は,医薬品「プラバスタチンNa塩錠10mg『KH』」の在庫品を廃棄せよ。

4 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

5 仮執行宣言

第2 事案の概要(略号は原判決の例による)

1 本件は,一審原告で下記(1)の本件特許権を有する控訴人(テバ社)が一審被告である被控訴人(協和キリン社)に対し,特許法100条に基づき,下記(2) の被告製品の製造販売の差止めと在庫品の廃棄を求めた事案である。

(1) 本件特許権の内容

・特許番号 特許第3737801号

・発明の名称 プラバスタチンラクトン及びエピプラバスタチンを実質的に含まないプラバスタチンナトリウム,並びにそれを含む組成物

・優 先 日 平成12年(2000年)10月5日

・国際出願日 平成13年(2001年)10月5日

2

・出 願 人 ビオガル ジョジセルジャール アール テー.

(控訴人の前身)

・翻訳文提出日 平成14年11月27日

・登 録 日 平成17年11月4日

・請求項の数 9

(2) 被告製品の内容

医薬品であるプラバスタチンNa塩錠10mg「KH」(旧名称 プラバスタチンNa塩錠10mg「メルク」)

2 本件訴訟の基礎となった本件特許権(訂正前)の特許請求の範囲は,下記のとおりであって,請求項1は製法を記載することにより物を特定した「物の発明」であった(以下,請求項1記載のa)∼e)の製法をそれぞれ「工程a)」等といい,製法全体を「本件製法要件」ということがある。)。

【請求項1】

次の段階:

a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,

b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,

c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,

d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そしてe)プラバスタチンナトリウム単離すること,

を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。

【請求項2】

水性の培養液を第一の有機溶媒で抽出し,8.0∼9.5のpHの水溶液でプラバスタチンを逆抽出し,塩基性溶液を2.0∼3.7のpHに酸性化

3

し,そして酸性化した水溶液を第二の有機溶媒で抽出してプラバスタチンの濃縮有機溶液を形成する,請求項1に記載のプラバスタチンナトリウム。

【請求項3】

第一と第二の有機溶媒が酢酸イソブチルである,請求項2に記載のプラバスタチンナトリウム。

【請求項4】

アンモニウム塩が少なくとも1回の結晶化によって,水と逆溶媒の混合物から精製される,請求項1に記載のプラバスタチンナトリウム。

【請求項5】

逆溶媒が酢酸イソブチル及びアセトンから成る群から選択される,請求項4に記載のプラバスタチンナトリウム。

【請求項6】

塩化アンモニウム塩が水と逆溶媒の混合物に添加され,アンモニウム塩の結晶化を誘導する,請求項4に記載のプラバスタチンナトリウム。

【請求項7】

アンモニウム塩が,酸性又はキレート型のイオン交換樹脂を用いて置き換えられる,請求項1に記載のプラバスタチンナトリウム。

【請求項8】

プラバスタチンナトリウムが再結晶化によって単離される,請求項1に記載のプラバスタチンナトリウム。

【請求項9】

プラバスタチンナトリウムが凍結乾燥によって単離される,請求項1に記載のプラバスタチンナトリウム。

3 原審の東京地裁は,平成22年3月31日,概ね下記のとおり判示して控訴人の請求を棄却したので,これに不服の控訴人が本件控訴を提起した。

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① 物の発明について,特許請求の範囲に当該物の製造方法が記載されている場合には,「物の発明」であるからといって,製造方法の記載を除外して技術的範囲を解釈すべきではない。

② 物の構成を記載して当該物を特定することが困難であって,製造方法によって物を特定せざるを得ないなどの特段の事情があるときは,製造方法の記載を除外して,技術的範囲を解釈することができる。

③ 本件特許は,物の特定のために製造方法を記載する必要はないこと,そのような特許請求の範囲の記載となるに至った出願の経緯からすれば,上記特段の事情は認められない。

④ 被告製品は工程a)要件を充足しないので,特許権侵害とはならない。

4 関連事件として,本件特許の請求項1∼9につき,被控訴人が特許無効審判請求(無効2008 − 800055号)をしたところ,特許庁が平成21年8月25日,特許権者である控訴人からの下記内容の訂正請求を認めた上,請求不成立の審決をしたことから,被控訴人を原告とし控訴人を被告とする審決取消訴訟(平成21年(行ケ)第10284号)が当庁に係属中である。

① 「e)プラバスタチンナトリウム単離すること」を「e)プラバスタチンナトリウムを単離すること」に,

② 「・・・プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%」を「・・・プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%」に,

③ 「・・・エピプラバの混入量が0.2重量%」を「・・・エピプラバの混入量が0.1重量%」に,

と,それぞれ改める(下線部が訂正部分)。

なお,以下,請求項の順に従い,本件訂正前の発明を「本件発明1」等と,本件訂正後の発明を「本件訂正発明1」等という。

第3 当事者の主張

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当審における各当事者の主張は,次のとおり付加するほか,原判決(5頁∼56頁)記載のとおりであるから,これを引用する。

1 当審における控訴人の主張

(1) 本件各発明の技術的範囲

ア 原判決は, 本件各発明は, 「 物」 の発明であることは認めつつも, 当該物の製造方法が記載されたもの(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム)であり,本件特許においては,当該物の製法によって特許請求の範囲に記載した物の構成を特定せざるを得ないなどの「特段の事情」があるとは認められないのであって,本件発明1の技術的範囲は,本件製法要件によって製造された物に限定して解釈すべきである(以下「製法限定説」ということがある。)とする。

しかし,以下のとおり,原判決の認定・判断には誤りがある。

(ア) いわゆるプロダクト・ バイ・ プロセス・ クレーム特許の権利範囲については,特許請求の範囲が製造方法によって特定された物であっても,特許の対象を当該製造方法によって製造された物に限定して解釈する必然はなく,これと製造方法は異なるが物として同一である物も含まれると解すべきであり(以下「物同一説」ということがある。),このことは過去の裁判例及び特許庁の審査基準においても広く支持された見解である。このように,原判決の見解は,従来の裁判例・審査基準に反し,不当な解釈といわざるを得ない。

(イ) 仮に原判決の示す見解が正しいとしても,かかる見解でいうところの「特段の事情」が本件発明1にあるとは認められないとする認定・判断において,原判決には誤りがある。

すなわち,本件各発明は,高純度プラバスタチンナトリウムという,化合物としては「公知」であるものの,「不純物が極めて低減された」という意味において新規性を有する化学物質を規定するものであるから,

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その発明の「進歩性」を主張するためには,従来技術では得られなかった高純度物質が,新しい製法で初めて取得可能となったことを主張することが不可欠である。原判決は,この点を看過して,本件発明1は,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」と記載されて物質的に特定されていることだけで,製造方法を記載する必要がない(原判決57頁∼58頁,62頁)などと判断しているが,このような判断は,本件各発明については「進歩性」を明確にする必要性があったことを看過したものであって,誤りである。

また,原判決は,本件特許の出願の経緯,特に製造方法の記載がない請求項( 当時の請求項3 及び請求項6 等)をすべて削除した点について,特許発明の技術的範囲を本件製法要件によって製造された物に限定すべき積極的な事情があるということができると判断している(原判決62頁∼63頁)。しかしながら,本件各発明が本件製法要件の記載の有無にかかわらず特許性を有するものであることは,甲43(特許庁長官の意見書)の記載からも明らかであって,出願人(控訴人)が拒絶査定後に当時の請求項3及び請求項6等を削除したのは,単に拒絶理由が示されていない請求項について早期に権利化を図るためにすぎない。このような補正は特許実務上頻繁に行われることである。本件製法要件の記載がない上記請求項を削除したからといって,これらの請求項が従来技術文献との関係で新規性及び進歩性に欠けると認められるものではない。

このように本件では,本来は本件製法要件の記載の有無によらず特許性を有する発明であるにもかかわらず,審査段階において審査基準に沿わない審査が行われ,製法記載を含まない請求項に拒絶理由が通知されたため,実務慣行に従って,製法が記載された請求項を優先的に権利化したという事情が存在する。このような場合に,原判決が採用する「製

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法限定説」に基づき,特許権の権利範囲が請求項に記載の製法に限定して解釈されるとすれば,特許権者に著しく不利な解釈となり,不当な結論を招くといわざるを得ない。

そして,原判決において原則「製法限定説」を採用し「特段の事情」がある場合に例外的に「物同一説」を認めるとしたのは,「物同一説」を採用しなければ特許権者に著しく不利な解釈となる場合があるからであると考えられるから,上記の事情も,原判決にいう「特段の事情」に該当するというべきである。

したがって,たとえ原判決の立場に立つとしても,本件各発明は請求項記載の製法を除外して技術的範囲を解釈すべき「特段の事情」を有する場合に該当し,本件製法要件と異なる製法で得られた物もその権利範囲に含まれるというべきである。

イ 被控訴人の主張に対する反論

被控訴人は,本件各発明の技術的範囲を本件製法要件により製造された物に限定すべき積極的な事情があるとして,本件製法要件を除くと当該技術的範囲は,プラバスタチンラクトンとエピプラバの混入量を規定しているだけで,プラバスタチンナトリウム自体の純度を規定していないことになり,プラバスタチンラクトンとエピプラバの混入量の比率(重量%)が低減されているというだけの組成物をも技術的範囲に含むことになってしまうと主張するが,上記主張に理由がないことは後記(7)アのとおりである。

また,被控訴人は,発明の進歩性を明確にするために製造方法を規定したのであれば,そのような物の発明において製造方法の規定部分は,その発明を特徴づける意味があるものと解すべきであり,当該部分を無視して技術的範囲を理解することなどはできないなどと主張する。

しかし, プロダクト・ バイ・ プロセス・ クレームの解釈について, 仮に

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原判決の解釈によるとしても,製造方法によって特許請求の範囲に記載した物を特定せざるを得ないなど,製造方法を特許請求の範囲に記載する必要性がある場合には,「特段の事情」として認められている。

したがって,本件各発明は,高純度プラバスタチンナトリウムという,化合物としては「公知」であるものの,「不純物が極めて低減された」という意味において新規性を有する化学物質を規定するものであるから,その発明の「進歩性」を主張するためには,従来技術では得られなかった高純度物質が新しい製法で初めて取得可能となったことを主張することが不可欠なのであって,製造方法を特許請求の範囲に記載する必要性があったことは明らかである。

(2) 被告製品の構成要件充足性

ア 本件発明1と被告製品との物としての同一性

前記のとおり, プロダクト・ バイ・ プロセス・ クレームにおいては, 特許請求の範囲が製造方法によって特定された物であっても,特許の対象を当該製造方法によって製造された物に限定して解釈する必然性はなく,これと製造方法は異なるが物として同一である物も含まれると解すべきであるところ,被告製品は,プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるから,本件発明1及び本件訂正発明1の技術的範囲に属することは明らかである。

この点に関し,被控訴人は,後記2 (2)アにおいて,被告製法がプラバスタチンナトリウムのほかプラバスタチンラクトン及びエピプラバ以外の多様な不純物をも含めた組成物の構成内容が本件製法要件により製造された物と同一であることの証明がない限り,本件特許の技術的範囲に属するものではないと主張する。

しかし,そもそも請求項1には,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5(訂正後0.2)重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2

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(訂正後0.1)重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」と記載され,プラバスタチンラクトン及びエピプラバ以外の不純物については規定していない。したがって,本件製法要件により製造される対象物を,プラバスタチンラクトンとエピプラバに限らず,他の不純物をも混入した組成物(混合物)であるとする被控訴人の主張は,本件特許の請求項の記載に基づかない主張であって,失当である。

イ 被告製法による本件製法要件の充足性

仮にプロダクト・ バイ・ プロセス・ クレームにおいては本件製法要件によって得られた物に限定されるとする見解を採るべきであるとしても,被告製法が工程a)を充足しないと認定した原判決(原判決72頁∼75頁)は,次のとおり,誤りである。

(ア)原判決が,工程a)のプラバスタチンの「濃縮有機溶液」は「水」を含まないものと解するのが相当であると認定した(原判決72頁∼73頁)点につきa 原判決は, その理由として, 「 有機溶液」 と記載されている場合,当業者( その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)は水を含まないと解するのが通常であり,また,本件明細書には「濃縮有機溶液」が水を含むものであってもよいとの記載はない,と認定する。

しかし,「有機溶液」の溶媒である有機溶媒には,水を含み得るものや含み得ないもの等種々のものがあり,その中には水を含有するものも多く存在するのであるから,「有機溶液」について,当業者は水を含まないと当然に解釈する,などという技術常識はない。

したがって,本件明細書に「濃縮有機溶液」は水を含み得るものであってよい,との記載がないことをもって,プラバスタチンの「濃縮有機溶液」が水を含まないと解すべきである,とした原判決の解釈も

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誤りである。正しくは,本件明細書に「濃縮有機溶液」は水を含むことは許されないとの記載がない限り,「濃縮有機溶液」が水を含まないと解釈すべき理由はないというべきである。

この点に関し,被控訴人は,後記2(2)イ(ア) において,本件明細書には「液−液抽出法」しか記載されておらず,その「液−液抽出法」に用いられる有機溶媒として水と混和しないで2相に分離するものしか記載されていない以上,工程a)の「濃縮有機溶液」の「有機溶液」は,水と混和しない有機溶液であるとしか理解することはできないと主張する。

しかし,工程a)には何ら「液− 液抽出法」との文言はなく,本件明細書の段落【0008】の冒頭に「本方法の好ましい態様」として「液− 液抽出法」が記載されているとおり,「液− 液抽出法」は任意の手段であるというべきであるから,工程a)は「液−液抽出法」に限定されない。

また,控訴人が,出願過程で「液−液抽出法」の重要性を強調したなどという事情もない。

乙25(化学大辞典)に記載のとおり,「液− 液抽出法」は,水と有機溶媒とを混合すると,これらがやがて2相に分離することを利用して行われる手法である。しかし,水と有機溶媒とが2相に分離した後も,水相には有機溶媒が混入し得るのであり,有機溶媒相には水が混入し得るのである。すなわち,ある有機溶媒が水と混合した後に2相に分離することは,必ずしもその有機溶媒が水と全く混和しない(すなわち,水との混合・分離後に水を含まない)ことを意味するものではなく,両者はあくまでも別の概念である。

したがって,「液− 液抽出法」を前提として,「濃縮有機溶液」には水が含有されないとするのは明らかに誤りである。

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b 本件特許で使用されるプラバスタチンの「濃縮有機溶液」には,本件特許が「抽出・逆抽出」との工程を採用するがために,水が不可避的に含有されざるを得ない。

すなわち,本件明細書の段落【0012】において培養液(水溶液)からのプラバスタチンの「抽出」に用いられる溶媒として主に挙げられているエステル系有機溶媒(酢酸メチル,酢酸エチル,酢酸i−ブチル等)は,有機溶媒の中でも比較的極性が高く,水と親和性を有する。このようなエステル系有機溶媒を用いて培養液からのプラバスタチンの「抽出」を行った場合,水とエステル系有機溶媒とは相互に溶解し合い,水相の中にも若干のエステル系有機溶媒が混入するし,有機相(有機溶液)の中にも若干の水が混入する。また,前記「抽出」により得られた有機相(有機溶液)中のプラバスタチンを「逆抽出」した水溶液から,更にプラバスタチンを有機相(有機溶液)に「再抽出」する工程(本件明細書の段落【0015】)においても,有機溶媒としては前記「抽出」と同様の溶媒(すなわち,比較的極性が高いエステル系有機溶媒) が用いられるため, 得られる有機相( 有機溶液)にはやはり水が混入する。このことは,得られた有機相(有機溶液)を次段の「塩析」に使用する前に,「乾燥」(すなわち脱水)に供するのが好ましいとの記載がある(段落【0015】下6行∼下4行)ことからも明らかである。

したがって,本件明細書に記載された上記構成から,本件発明1においても「有機溶液」が水を含んでいると解釈される。

この点に関し,被控訴人は,後記2(2)イ(イ) において,控訴人が酢酸i−ブチルなどの有機溶媒においても,若干量の水を含む場合がある(0.55%以下)ことを主張しているのであれば,原判決が認定した「水を含まない」という意味とは全くかけ離れた空虚な議論である

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とも主張する。

しかし,本件明細書の段落【0012】では「液− 液抽出法」の有機溶媒の例として,酢酸i−ブチルのみならず,他にも各種のアルキルエステル等の有機溶媒が挙げられており,中でも好ましいとされている有機溶媒(酢酸エチル,酢酸プロピル,ギ酸エチル等)には,酢酸i−ブチルよりもはるかに水混和性が高いものもあるから,酢酸i−ブチルの水の多寡のみを論じて,濃縮有機溶液に水が含まれないとすることはできない。

また,本件明細書の記載によれば,「液− 液抽出法」の③「再抽出」工程は任意の工程とされており,再抽出前の②逆抽出工程を経たものが水を含むものであることからみても,「濃縮有機溶液」は水を含むものであるといえる。すなわち,段落【0015】には,段落【0014】の水溶液から有機溶液への③「再抽出」が記載されているが,その段落冒頭に「好ましくは」と記載されているとおり,この③「再抽出」工程は任意の工程であると解される。また,段落【0017】が工程b)のアンモニウム塩析の一態様として,水に溶解し,「再抽出」に使用される有機溶媒(段落【0012】。水をほとんど有しないもの)には溶解しない性質を有する塩化アンモニウム(NH4CL)等のアンモニウム塩単独の添加を挙げていることからみても,③「再抽出」工程の省略が想定されているものといえる。この③「再抽出」工程を省略した場合には,段落【0014】記載の水溶液,すなわち段落【0013】記載の有機溶液からの②「逆抽出」工程を経たものは,若干の「有機」溶媒を含有する水溶液であるから,当業者であれば,「再抽出」の工程を省略した場合には,その水分を含む溶液(②「逆抽出」後の溶液)も段落【0016】記載の「濃縮有機溶液」に当たるものと理解し得る。

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さらに,工程a )で得られた有機相( 有機溶液)を次段階の「 塩析」に使用する前において,「濃縮した有機溶液は好ましくは乾燥され,・・・。乾燥し・・・た濃縮有機溶液は,・・・」(段落【0015】下5行∼下2行)と記載されているとおり,乾燥(すなわち脱水)が必要な状態(水分を含むこと)が示されているから,好ましくない状態では水を含んだままの溶液も「濃縮有機溶液」に該当し,次段階の「塩析」の工程に移行するものであるといえる。よって,段落【0015】の記載からも,濃縮有機溶液が水を含むものであるといえる。c 原判決は,「原告工程a)の有機溶液が水を含むものであるとすれば,プラバスタチンのアンモニウム塩が沈殿しにくくなることは明らかであり,技術的にみて,あえて『有機溶液』が水を含むものであると解するのは,妥当でない。」と認定する。

しかし,そもそも,工程b)の「塩析」の工程において,「有機溶液」中における「水」は必ずしも障害となるものではない。例えば,塩化アンモニウムを用いて「塩析」を行う場合(本件明細書の段落【0017】参照)は,水溶液や水を含有する有機溶液から,何の問題もなく,プラバスタチンのアンモニウム塩を沈殿させることが可能である。

また,仮に「有機溶液」に水が含まれることによりアンモニウム塩が沈殿しにくくなるというような事情があったとしても,「プラバスタチンのアンモニウム塩が沈殿しにくくなる」ことは,直ちに,「プラバスタチンのアンモニウム塩が沈殿しない」ということを意味するものではない。アンモニウム塩の沈殿率が若干低下しても,アンモニウム塩の沈殿を得ることができる場合はいくらでもある。

さらに,もし「濃縮有機溶液」中から「水」を除去したいと望むのであれば,本件製法要件では,工程a)及び工程b)が「含んで成る」

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と記載されているとおり,工程a)と工程b)との間には別の工程を含むことが許容されるのだから,工程a)の「有機溶液」を工程b)に使用する前に,「有機溶液」を「乾燥」(脱水)に供し,水を除くことも可能である(本件明細書の段落【0015】下6行∼下4行参照)。

したがって,原判決の上記認定は失当である。

(イ) 原判決は,本件明細書の例5について,① プラバスタチンの培養液(100ℓ)を酢酸i − ブチル(150ℓ)で抽出するから,得られた酢酸i − ブチル溶液は「濃縮」有機溶液には当たらない,② また,酢酸i −ブチル溶液を,塩基性化した水(35ℓ)で抽出した「水性の抽出物」(プラバスタチンを抽出した塩基性化した水)は,「有機」溶媒を含まず,濃縮「有機」溶液にも当たらない,③ よって,例5は,「濃縮有機溶液」を形成するものではなく,工程a)を充足しないので,本件発明1の実施例には当たらない旨認定した(原判決73頁13行∼74頁1行)。

しかし,原判決の上記認定は誤りである。例5においては工程a)にいうプラバスタチンの「濃縮有機溶液」が得られており,例5は,本件発明1の実施例そのものである。

すなわち,例5の前記段階で得られる「水性の抽出物」は,有機溶媒である酢酸i − ブチルを含有し,「濃縮『有機』溶液」に該当する。「酢酸i−ブチル」はエステル系有機溶媒であり,比較的極性が高く,水と親和性を有するため,前記段階(培養液(水溶液)から酢酸i−ブチルを使ってプラバスタチンを「抽出」する段階)及び次の段階(酢酸i−ブチル溶液から塩基性化水を使ってプラバスタチンを「逆抽出」する段階)のいずれにおいても,水と酢酸i−ブチルとは相互に溶解し合い,水相の中にも若干の酢酸i−ブチルが混入するし,酢酸i−ブチル相の中にも若干の水が混入する。よって,例5の前記段階で得られる「水性

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の抽出物」は,「抽出」「逆抽出」時に混入した「有機」溶媒(酢酸i− ブチル)を含有している。ここで,工程a)で得られる溶液中の「有機」溶媒の含有量の多寡は問題でないことに注意すべきである。

また,前記段階の「水性の抽出物」は,培養液(100ℓ)よりもはるかに少ない水(35ℓ)を用いたものであり,培養液(100ℓ)よりも液量が低減されているから,いうまでもなくプラバスタチンの「濃縮」溶液でもある。したがって,例5の「水性の抽出物」は,「濃縮『有機』溶液」である。そうすると,工程a)のプラバスタチンの「濃縮有機溶液」が水を含有してもよいことが,例5に示されているというべきである。

(ウ) そして,被告製品の製造方法が,原判決が認定するとおりだとしても,工程a)を充足することは明らかである。

すなわち,原判決によれば,被告製品の製造方法は,次のとおりである。

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上記のとおり,■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

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ここで,培養液中のプラバスタチンは,

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■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

■■■■■■■■工程a)のプラバスタチンの「濃縮」溶液の形成が達成されている。

以上により,被告製法が,工程a)を充足することは明らかである。この点に関し,被控訴人は,後記2(2)イ(エ)において,本件発明1ではクロマトグラフィーによる精製を除外しているのに対し,被告製法では工程a)に対応する工程で■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■工程a)を充足しないと主張する。

しかし, 本件発明1 がクロマトグラフィーを除外しているなどといった事情はない。逆に,本件明細書では,工程a)におけるクロマトグラフィーの使用を積極的に開示しており(段落【0008】,【0024】∼【0027】,【0045】),被控訴人が指摘する本件明細書や早期審査に関する事情説明書(乙3の5)の記載も,クロマトグラフィーの使用を排除するものでは決してない。そもそもクロマトグラフィーは周知の手法であるから,被告製法でこれを採用することを根拠として,被告製法が本件特許の請求項記載の製法から除外されるなどとする主張自体が不合理である。

(エ) 工程a)は非中核的構成にすぎない

本件各発明は,塩析結晶化を用いた本精製によって,プラバスタチンラクトンの量を増加させることなく,プラバスタチンラクトン及びエピプラバの量を著しく低減し,高純度のプラバスタチンナトリウムを得るものであるから,本件各発明に係る高純度のプラバスタチンナトリウム

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を得るための製法の特徴は,塩析結晶化法を用いてプラバスタチンを「精製」(本精製)する工程(工程b)及び工程c))にある。これに対し,工程a)は,「本精製」の前提工程としての,プラバスタチンの濃縮有機溶液を得るための「濃縮」及び「粗精製」の工程にすぎず,高純度のプラバスタチンナトリウムを得るための製法の特徴的構成には当たらない。原判決は,このように何ら発明の中核的構成に当たらない工程a)について,プラバスタチンの「濃縮有機溶液」の技術的解釈を誤ったうえに,被告製法が非中核的構成である工程a)を充足しないとの判断のもと,直ちに「 被告製法は請求項に記載の工程を充足せず,非侵害」であるとの結論を導いた点で,そもそも誤りである。

(オ)特許法104条の類推適用

プロダクト・ バイ・ プロセス・ クレーム特許は物の発明とされるが,請求項に記載された製造方法によって製造された物に限定して解釈されるべきであるとする場合には,生産方法に関する侵害立証の困難性の問題が,上記生産方法の発明の場合と同様に生じる。

そして,プロダクト・バイ・プロセス・クレーム特許については,特許庁の審査基準の下で,最終的に得られた生産物自体として新規性があること,すなわち,当然,日本国内において公然知られた物でないことが要求される。以上に鑑みれば,プロダクト・バイ・プロセス・クレーム特許についても,特許法104条と同様の侵害立証の困難性の問題があり,他方,その最終的に得られた生産物自体には新規性があることから,生産方法の発明の場合と同様の法的保護が与えられてしかるべきであって,特許法104条の類推適用による立証責任の転換が図られるべきである。仮に,製造方法によって得られた物に限定するという見解に立ち,かつ,特許法104条の類推適用を認めない場合は,最終的に得られた生産物について新規性があるにもかかわらず,特許権者が侵害者

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の行っている生産方法についても立証しなければならず,生産方法の発明として特許された場合と比べて著しく法的保護に欠けることになる。

したがって, 少なくともプロダクト・ バイ・ プロセス・ クレーム特許について,製造方法によって得られた物に限定するという見解に立つのであれば,特許法104条の類推適用による立証責任の転換を認めるべきである。

ウ 手続違背等

(ア) 弁論主義違背

「濃縮有機溶液」が水を含むか否かは原審において争点となってはおらず,そのように争点になっていなかった重要な事実について,原判決が当事者の主張及び証拠に基づかないで認定をしたことは,不意打ちに当たり,弁論主義に違背する。

(イ) 心証開示と異なる原判決の理由付けの違法

原審は,被告製法が工程b)及び工程c)を充足せず,「非侵害」であるとの心証を開示して和解勧告をしたが,その際,被告製法がアンモニウム塩を使用していないことを非侵害の理由とした。しかし,その考え方に技術的な誤りのあることを一審原告から指摘されるや,何ら一審原告に主張立証の機会を与えることなく,本件発明1のプラバスタチンの「濃縮有機溶液」が水を含まないからという,心証開示とは異なる理由付けをもって「非侵害」の判断をした。そのような不意打ち的な判断は,違法である。

(ウ) 被告製法の開示の不十分さ

被告製法のうち本件発明1の工程b)ないし工程e)に相当する構成の詳細を被控訴人が開示しないため,控訴人は,被告製法が工程a)のみならず,工程b)ないし工程e)を充足することを立証することができないし,均等の主張をすることもできない。すなわち,本件発明1に

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おいて,プラバスタチンラクトンの精製工程中における増量という問題を克服しつつ,プラバスタチンラクトン及びエピプラバを顕著に低減させた高純度プラバスタチンナトリウムを提供する製法において,その技術的思想の中核をなす特徴的部分は,工程b)以降の「塩析結晶化」工程である。他方,本件発明1の工程a)は,本格的な「精製」工程の前段階として,培地由来成分や代謝産物を除去するための工程であって,本件発明1における特徴的部分とはいえない。上記のとおり,プラバスタチンラクトンの精製工程中における増量という問題を克服しつつ,プラバスタチンラクトン及びエピプラバを顕著に低減させた高純度プラバスタチンナトリウムを提供するという本件発明1の課題と関連して,被控訴人が開示した被告製品の製法においては,いかにしてプラバスタチンラクトン及びエピプラバを顕著に低減しているのか,また,いかにしてプラバスタチンをそのナトリウム塩に置換し,他の形態(遊離酸,イオン,他の塩)への転換可能性を封じているのか,その課題解決原理が,全く明らかになっていない。

したがって,被控訴人は,均等侵害の成否を検討する上で不可欠な被告製品の製法について,その課題解決原理を全く明らかにしておらず,被告製法について開示が不十分である。

そして,本件発明1が規定する「高純度プラバスタチンナトリウム」を得ることが可能な「本精製」の手法は,本件発明1が規定する「塩析結晶化法」しか知られていないのであるから,それに代わる具体的な「本精製」の手法が開示されない限り,被告製法は,前記の特許法104条の類推適用により,本件製法要件記載の方法で製造したと推定されざるを得ない。上記開示の不十分性を看過してされた原判決の認定は,誤りである。

(3) 新規性・ 進歩性判断における本件各発明の要旨に対し

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ア 控訴人は,プロダクト・バイ・プロセス・クレームに係る発明は,請求項に記載された製造方法に限定されず,物自体を意味しているものと解する(物同一説)。

したがって,特許庁の審査基準と同様に,請求項に記載された製造方法とは異なる方法によって同一の物が製造でき,その物が公知である場合は,当該請求項に係る発明は新規性が否定されるものと考える。

すなわち, プロダクト・ バイ・ プロセス・ クレームに係る発明の特許性は,請求項に記載された物自体に基づいて判断されるべきである。

これを本件についてみれば,本件発明1の要旨は,「プラバスタチンラクトンの混入量0.2(訂正前0.5)重量%未満,エピプラバの混入量が0.1(訂正前0.2)重量%未満のプラバスタチンナトリウム」である。

本件特許は,請求項に製造方法が記載されているが,製造方法が付加されないと特許性がないというものではなく,その物自体で特許性があることは明らかである。また,本件特許の出願人が,本件製法要件記載の製造方法により製造した物に限定して特許を得ようとしたものでないことも明らかである。

イ 他方,本件発明1が,不純物を従来なし得なかったレベルまで顕著に低減した高純度品という「新規な化学物質」の発明である以上,その進歩性を主張するには,従来技術では得られなかった高純度品が,新しい製法で初めて取得可能となったことを具体的に主張する必要がある。そのため,本件発明1の進歩性との関連では,本件発明1の製法上の特徴(「塩析結晶化」法)を主張するものである。

すなわち,本件発明1は,「塩析結晶化」を用いた新たな製法により「プラバスタチンナトリウム」の高純度精製に初めて成功した特許発明であり,その点で従来技術との関係で進歩性を有するものである。

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そして,優先日当時(平成12年〔2000年〕10月5日),当業者は「塩析結晶化」で「プラバスタチンナトリウム」を高純度精製しようという発想を有しなかった。つまり,「プラバスタチンナトリウム」の高純度精製に「塩析結晶化」を適用することには困難性があった。

具体的には,( ⅰ )水溶性の高い「 粗プラバスタチン」の「 塩析結晶化」には多量の無機塩(例:塩化アンモニウム)の添加が必要である,(ⅱ)添加した無機塩やそれに由来する無機イオンが,精製後の「プラバスタチンナトリウム」に混入する,(ⅲ)混入した無機塩・イオンは,それ自体が生体に良くない影響を及ぼすほか,「プラバスタチンナトリウム」を他形態の「プラバスタチン」に転換させ,「プラバスタチンナトリウム」の純度を低下させる,さらに,( ⅳ )精製後の「 プラバスタチンナトリウム」から無機塩・イオンを除去すること自体も,極めて困難であった。このような多くの問題があったため,「塩析結晶化」をプラバスタチンナトリウムの高純度化精製に適用しようとの発想はなく,また,これを試みた当業者も存在しなかった。

これに対し,本件発明1では,工程c)の後,工程d)において,① プラバスタチン遊離酸を抽出する工程(段落【0023】,【0043】等),② 水洗により不純物(無機塩・イオン)を除去する工程(段落【0023】,【0043】等),③ 過剰量のナトリウム陽イオンを導入してプラバスタチンナトリウムに転換する工程(段落【0023】,【0043】等),及び④ 過剰のナトリウム陽イオンを捕捉・除去し,プラバスタチン陰イオンと等量比となるよう調整する工程(段落【0024】,【0044】等)を採用することにより,上記困難性(阻害事由)を解消しつつ「塩析結晶化」を適用することを可能にし,ひいては「プラバスタチンナトリウム」の高純度精製に成功したのである。

こうした阻害要因を克服して「塩析結晶化」法を適用し,「プラバスタ

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チンナトリウム」の高純度精製に成功した本件発明1が,従来技術に対して進歩性を有するのは明らかである。

ただし,以上の説明は,あくまで,本件発明1の物の構成に当業者が想到する手段がなかったことの論拠として,本件製法要件を検討するものであって,これが本件製法要件記載の製造方法で製造された物であるから進歩性がある,あるいは製造方法の相違をもって進歩性があると主張するものではない。

つまり,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5(訂正後0.2)重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2(訂正後0.1)重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」との記載のみでは,実際にかかる高純度のプラバスタチンナトリウムが得られるのか明らかとならないので,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5(訂正後0.2)重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2(訂正後0.1)重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」が実際に得られることを明確にするために,本件製法要件を記載したものである。

(4) 乙30に基づく新規性・進歩性の欠如に対し

ア 本件発明1の新規性の欠如につき

被控訴人は,乙30の1(WO 00/46175 名称「MICROBIALPROCESS FOR PREPARING PRAVASTATI N」〔訳文 プラバスタチンの微生物学的製法〕国際公開日2000年(平成12年)8月10日,国際出願番号 PCT/US00/02993,日本における出願番号 特願2000 − 597248号,公表特許公報 特表2002 − 535977号〔乙30の2〕。以下「乙30文献」という。なお,乙30文献の訳文として上記公表特許公報を用いる。)に記載された発明(以下「乙30発明」という。)を引用して対比した上,乙3 0 発明と本件発明1 との間には相違点はないとして新規性を欠如するものであるから,特許無効審判において無効にされ

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るべきものであると主張する。

しかし,前記(3)アのとおり,特許性判断における発明の要旨認定は物同一説で行うべきであるから,本件発明1の新規性を判断するに当たっては,本件製法要件(工程a)∼工程e))の対比は不要であり,構成規定(プラバスタチンラクトン0.5重量%未満,エピプラバ0.2重量%未満のプラバスタチンナトリウム)のみを乙30文献の記載事項と対比すれば足りる。

この点に関し,被控訴人は,乙30文献の「その純度はHP LC分析では99.5%を超える」との記載(24頁25行∼26行(乙30の2の段落【0064】末文)を引用して,HP LC面積純度が99.9%のプラバスタチンナトリウムも記載されていることになるとし,プラバスタチンラクトン0.2重量%未満,エピプラバ0.1重量%未満のプラバスタチンナトリウムが開示されていると結論付けている。

しかし,上記「99.5%を超える」との記載は単に,得られたプラバスタチンナトリウムの純度が「99.5%を超える」いずれかの値(おそらくは99.5%を僅かに超える値)であったことを示すにすぎず,被控訴人の主張するような「 9 9 . 9 % 」 の純度が得られたなどという具体的な記載は,乙30文献には存在しない。

以上のとおり,乙30文献の上記引用箇所は,純度99.9%のプラバスタチンナトリウムを記載するものではなく,ましてや,本件発明1の構成であるプラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満,エピプラバの混入量が0.1重量%未満のプラバスタチンナトリウムが得られたなどとは,上記引用箇所はもちろんのこと,乙30文献のどこにも記載されていない。

よって,少なくとも構成において,本件発明1は乙30発明とは明確に相違し,新規性を有するから,被控訴人の上記主張は失当である。

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イ 本件発明1の進歩性の欠如につき

被控訴人は,医薬品を塩析結晶化する方法で純度を高めることは当該分野における周知技術であり,純度を高めるためにアンモニウム塩を用いた塩析を行うことは,当業者が公知文献に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に想到し得るものであるところ,乙30文献にはHP LC純度99.5%を超えるプラバスタチンが記載され,乙1文献,乙6文献および後記乙2 4 文献には, プラバスタチン類縁物であるプラバスタチンラクトンやエピプラバ等の混入量が低減された9 9 % 以上の高純度プラバスタチンナトリウムが開示されており, かかる高純度プラバスタチンナトリウムに比して,プラバスタチンラクトンの混入量が0. 5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2 重量%未満であるプラバスタチンナトリウムが当業者の予測を超えた技術的効果を奏するとは到底考えられないから, 本件製法要件によってプラバスタチンラクトンの混入量が0 .5 重量% 未満であり, エピプラバの混入量が0 . 2 重量% 未満であるプラバスタチンナトリウムを製造することは, 当業者が公知文献に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に想到し得るものであると主張する。

しかし,乙30文献には,プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満,エピプラバの混入量が0.1重量%未満のプラバスタチンナトリウムを取得し得る製法が開示も示唆もされていない。すなわち,被控訴人が指摘する乙30文献の段落【0064】に記載の製法によって得られるプラバスタチンナトリウムは,せいぜい「99.5%を超える」程度のものにすぎない。 被控訴人がいうような「 純度が9 9 . 9 % のプラバスタチンナトリウム」を得る方法など,乙30文献には開示も示唆もされていない。

仮に製造方法を対比するとしても,本件製法要件では,プラバスタチン

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アンモニウムを「塩析結晶化」により高純度精製する(工程c))のに対し,乙30発明では,プラバスタチンベンジルアミン塩を「再結晶化」するにすぎず,「塩析結晶化」は行っていないのであって,単なる「再結晶化」は「塩析結晶化」とは分離原理が異なるから,プラバスタチンラクトンやエピプラバの含量を本件製法要件と同程度まで低減し得ないことは明らかである。

また,本件製法要件では,塩析結晶化後のプラバスタチンアンモニウムからいったんプラバスタチン遊離酸を単離し,水洗した後,改めてプラバスタチンナトリウムに変換する(工程d))のに対し,乙30発明では,プラバスタチンベンジルアミン塩に水酸化ナトリウムを加えて直接プラバスタチンナトリウムに変換しているのであるから,プラバスタチン遊離酸を単離して水洗するという手順を経ず,アミン塩に水酸化ナトリウムを加えて直接ナトリウム塩に変換した場合,全てのプラバスタチンベンジルアミン塩をナトリウム塩に変換することは不可能であり,相当量のアミン塩が混入することは明らかである。

さらに,本件製法要件は,過剰のナトリウム陽イオンを捕捉・除去してプラバスタチン陰イオンと等量比に調整する工程を有する(工程d))のに対し,乙30発明では,そのような工程は設けられていないから,乙30発明では,プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとの等量比が崩壊していることは明らかである。

したがって,本件発明1は,乙30発明から容易に発明することができたということはできない。

なお,被控訴人は,乙28(本件特許の分割に係る特願2004 − 278522の拒絶理由通知)及び乙29(本件特許に関連する特願2005− 304900の拒絶理由通知)を挙げて,塩析を行うことは当該分野における周知技術であり,純度を高めるためにアンモニウム塩を用いること

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は,当業者が容易に想到し得るとして,本件発明1の想到困難性が否定されると主張する。

しかし,乙28及び乙29の出願経過では,プラバスタチンナトリウムの精製方法という「方法の発明」の想到困難性が問題となっているのに対し,本件発明1で問題とすべきはカテゴリーの異なる「物の発明」の想到困難性であって前者の出願経過とは全く無関係であるから,被控訴人の上記主張は失当である。

(5) 乙24に基づく新規性・進歩性の欠如に対し被控訴人は,本件特許権の優先日前に,控訴人の前身であるビオガル社が

製造したプラバスタチンナトリウム原末がA社(以下「 A社」という。)に頒布されていたこと(以下,この頒布されたプラバスタチンナトリウム原末を「乙24サンプル」という。),その際交付された控訴人作成に係る製品仕様書( 分析結果証明書)である「 PRODUCT SPECI FI CATI ONS AND CERTIFICATE OF ANALYSIS;Certificate No.120/00・Batch No.PR-20399」(乙24の3。以下「乙24文献」という。)に基づいて,本件発明1及び本件訂正発明1が新規性ないし進歩性を欠いており,無効理由がある旨主張する。

しかし,乙24文献は,乙6文献と同様に,ビオガル社の試験成績書であり,それには「Sampl e for experi mental purposes onl y」(試験目的専用サンプル)と記載されており,乙6文献に関するこれまでの控訴人の主張が妥当するものである。

すなわち,乙24文献及び乙24サンプルについて,① 秘密保持義務が存在しており,公知・公用には当たらないこと,② その取得方法(製造方法)が開示されておらず,当業者がその「製法」を理解して,再現することができず,引用例としての適格性を欠くこと,③ 乙24文献はそもそも刊行物ではないことが明らかである。

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したがって,本件発明1及び本件訂正発明1は,乙24文献に記載された発明及び乙24サンプルに対しても新規性・進歩性を有するのであって,被控訴人の上記主張は失当である。

(6)特許法29条1項柱書違反に対し

被控訴人は,本件発明1のプラバスタチンナトリウムが「高純度」であることなどは特定されていないと主張する。

しかし,不純物であるエピプラバは,プラバスタチンに構造が非常に類似し,分離・除去が極めて困難であり,さらに不純物であるプラバスタチンラクトンは精製工程で増量する可能性があるため,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」(本件訂正発明1)は,単に従来の精製工程を繰り返せば得られるというものではない。すなわち,精製工程を経て高純度のプラバスタチンナトリウムを得る上で最も困難な問題が,プラバスタチンラクトン及びエピプラバの分離・除去である。これを実現すれば,必然的に他の不純物も除去され,高純度のプラバスタチンナトリウムを得ることができるのである(目的)。

そして, 本件発明1 は, 「 塩析結晶化法」 という手法を採用することにより,精製工程でのプラバスタチンラクトンの増量を抑えつつ,プラバスタチンラクトン及びエピプラバの混入量を著しく低減させ,高純度プラバスタチンナトリウムの取得に成功したのである。そして,医薬品では,一般に,純度の高いものほど副作用が少なく,優れた効果を発揮するとされている。特にプラバスタチンナトリウムのような長期服用薬では,副作用の観点に照らし,それまで達成できなかったような高純度品は,そのこと自体で,顕著な効果を有することが明らかである(作用効果)。

したがって,本件発明1と本件訂正発明1の目的,作用効果がすべて共通することに照らせば,本件発明1及び本件訂正発明1が,「プラバスタチン

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ラクトン,エピプラバの混入量を限りなく低減させたプラバスタチンナトリウム」であって,「高純度の」プラバスタチンナトリウムであることは明らかであり,特許法29条1項柱書に違反するものではないから,被控訴人の上記主張は失当である。

(7) 訂正の可否について

ア 特許請求の範囲の減縮を目的としないことに対し

(ア)被控訴人は,本件発明1の技術的範囲について「0.5重量%を若干下回る数値」「0.2重量%を若干下回る数値」と解釈すべきである旨主張するが,この解釈は,そもそも特許請求の範囲に何ら記載のない事項を付加するものであり,全く論拠がない点で不合理である。また,具体的にどの程度下回る数値なのか明らかにしていない点でも不合理である。

(イ)本件訂正は,プラバスタチンラクトンの混入量について「0.5重量%未満」から「0.2重量%未満」に,エピプラバの混入量について「0.2重量%未満」から「0.1重量%未満」に訂正するものであるから,特許請求の範囲の「減縮」に当たることは明らかである。

この点に関し,被控訴人は,本件訂正は,数値を一挙にその半分以下に変更するものであるから,本件発明1の技術的範囲外への変更に当たる旨主張するが,本件発明1の技術的範囲には,文理解釈,実施例によるサポート, 発明の目的・ 作用効果の点に照らして, 「 プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるような高純度プラバスタチンナトリウム」の全てが包含されることは明らかである。したがって,プラバスタチンラクトンあるいはエピプラバの混入量の上限を「0.5重量%未満」あるいは「0.2重量%未満」から一挙にその半分以下に減少したとしても,そうしたプラバスタチンナトリウムが依然,本件発明1の技術的範囲に含ま

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れることに疑いの余地はないから,被控訴人の上記主張は失当である。

イ 特許請求の範囲の拡張又は変更に当たることに対し被控訴人は,本件訂正前の明細書には,少なくとも本件訂正後の特許請

求の範囲である「 プラバスタチンラクトンの混入量が0 .2 重量% 未満であり,エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」を現実に得ることを可能とする技術的事項が記載されていないと主張する。

しかし,① 請求項1には,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」を得ることができる方法の例として,工程a)∼工程e)が記載されており,② 本件明細書の「発明の詳細な説明」には,上記工程a)∼工程e)の好ましい態様が具体的にかつ詳細に記載されており,③ 本件明細書の「発明の詳細な説明」の段落【0031】には,「プラバスタチンナトリウムは更に,2つが例1及び3に例示される,本発明の好ましい態様を遵守することによってプラバスタチンラクトンが0.2%(w/w)未満で且つエピプラバが0.1%(w/w)未満で単離されうる。」と記載されており,そして,④ 本件明細書の「発明の詳細な説明」中の例1及び例3においては,上記の工程a)∼工程e)の好ましい態様の具体例が実際に行われており, その結果として, 約9 9 . 8 % の純度のプラバスタチンナトリウムが現実に得られているからである。

したがって,上に引用した段落【0031】の記載を考えれば,例1及び例3 において得られた, 約9 9 . 8 % の純度のプラバスタチンナトリウムが, 「 プラバスタチンラクトンの混入量が0 . 2 重量% 未満であり, エピプラバの混入量が0.1重量%未満である」という要件を充足していることは明らかであるから,被控訴人の上記主張は失当である。

2 当審における被控訴人の主張

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(1) 本件各発明の技術的範囲に対し

ア いわゆるプロダクト・ バイ・ プロセス・ クレームとして規定された発明においても,特許請求の範囲に製造方法が明確に記載されている以上,当該製造方法を無視して特許発明の技術的範囲を認定すべきではない。このことは,「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定する特許法70条の趣旨に照らしても明らかである。

したがって,本件においても,プロダクト・バイ・プロセス・クレームとして規定された発明であるからといって,本件各発明につき,製造方法の記載を除外して特許発明の技術的範囲を認定することは許されないというべきである。

そして,原判決は,「特段の事情」がある場合について製造方法を除外して技術的範囲の解釈をする場合があることを許容しているが,本件については,① 物の特定のために製造方法を記載する必要がないにもかかわらず,あえて製造方法の記載がされていること,② 出願当初の特許請求の範囲には,製造方法の記載がない物と,製造方法の記載がある物の双方に係る請求項が含まれていたが,製造方法の記載がない請求項について進歩性がないとして拒絶査定を受けたことにより,製造方法の記載がない請求項を全て削除し,その結果,特許査定を受けるに至っていること,という事情が存在するものであるから,本件各発明の技術的範囲は,本件製法要件記載の製造方法により製造された物に限定されると判断しているので,その結論において誤りはなく,これを取り消すべき理由はない。

イ 本件製法要件記載の製造方法により製造された物に限定すべき積極的な事情

仮に,控訴人の主張するように,本件発明1の技術的範囲が「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量

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が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」であるとすれば,当該技術的範囲は,プラバスタチンラクトンとエピプラバの混入量を規定しているだけで,プラバスタチンナトリウム自体の純度を規定していないことになるが,プラバスタチンナトリウム自体の純度が規定されていない以上,プラバスタチンラクトンとエピプラバ以外の不純物の除去を励行しなければ組成物中のこれらの不純物の混入量の比率が高くなるから,組成物全体の中でのプラバスタチンラクトンとエピプラバの混入量の比率(重量%)を簡単に低減することができるものであり,そのようなプラバスタチンラクトンとエピプラバ以外の不純物の割合の高い結果,プラバスタチンラクトンとエピプラバの混入量の比率(重量%)が低減されているというだけの組成物をも,技術的範囲に含むことになってしまう。このような本件特許の特殊性を考慮すれば,本件特許については,その技術的範囲を本件製法要件記載の製造方法により製造された物に限定すべき積極的な事情があるというべきである。

また,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」が本件製法要件記載の製造方法により製造された物に限定されないとすれば,当該記載は,単にプラバスタチンラクトン及びエピプラバの混入量をゼロ重量%あるいはこれに限りなく近い数値にまで低減して高純度のプラバスタチンナトリウムを得るという,請求項に記載された製造方法によって実現され得るプラバスタチンラクトン及びエピプラバの混入量の低減の程度を超えて,それ以上の未実現の範囲を含むことになる。しかし,控訴人が本件明細書において開示しているのが本件製法要件のみであることに照らせば,そのような結果は,出願人に対して,明細書において開示した技術手段を超える範囲にまで独占権を付与することになり,特許制度の趣旨に反することとなる。上記の点からも,本件特許については,特許発明

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の技術的範囲を本件製法要件記載の製造方法により製造された物に限定すべき積極的な事情があるというべきである。

ウ 「特段の事情」の認定・判断の誤りに対し

控訴人は,本件各発明は,「プラバスタチンナトリウム」という化合物としては公知であるものの,「不純物が極めて低減された」という意味において新規性を有する化学物質を規定するものであるから,その進歩性を主張するためには,従来技術では得られなかった高純度物質が,新しい製法で初めて取得可能となったことが不可欠で,製造方法はその進歩性を明確にする必要があったためであると主張している。

しかし,その進歩性を明確にするために製造方法を規定したのであれば,そのような物の発明において製造方法の規定部分は,その発明を特徴づける意味があるものと解すべきであり,当該部分を無視して技術的範囲を理解することなどできないはずである。

(2) 被告製品の構成要件充足性に対し

ア 物としての同一性につき仮に,控訴人主張のように,本件発明1の技術的範囲について,本件製法要件記載の製造方法により製造された物に限定されないと解した場合であっても,次に述べるとおり,被告製品が,本件製法要件記載の製造方法により製造された物と同一であることは証明されていない。

すなわち,本件製法要件記載の製造方法により製造される対象物は,プラバスタチンラクトンとエピプラバに限らず,他の不純物をも混入した組成物(混合物)である。つまり,本件製法要件は,原料として雑多な物質が存在する発酵培養物を用いるものであるから,組成物中にはプラバスタチンラクトン及びエピプラバ以外にも多様な不純物が混在するものである。そうであれば,被告製法がプラバスタチンナトリウムのほかプラバスタチンラクトン及びエピプラバ以外の多様な不純物をも含めた組成物の構成内

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容が本件製法要件記載の製造方法により製造された物と同一であることの証明がない限り,本件発明1の技術的範囲に属するものということはできないというべきである。

イ 本件製法要件の充足性につき

(ア)「有機溶液は水を含有する」に対し控訴人が主張するように,有機溶液には水と混和するものから水と混

和し難いものまであることは事実であるが,工程a)の「プラバスタチンの濃縮有機溶液」との記載に接した当業者が,その有機溶液がどのような有機溶液であってもよいなどと理解することは決してない。

本件発明1の「プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成」するプロセスを本件明細書に従ってみれば,本件明細書の段落【0008】に記載されているように,「水性培養液から有機溶媒へのプラバスタチンの抽出,塩基性水性溶液へのプラバスタチンの逆抽出及び有機溶媒への再抽出を含み,その結果培養液中のプラバスタチンの初濃度と比較してプラバスタチンに富む有機溶液をもたらす」という工程であり,具体的には,本件明細書の段落【0012】に例示されるとおりの,水性溶媒と接触,混合したとき明確に2相に分離される,酢酸エチル,酢酸i−ブチル,酢酸プロピルなどの水と混和しない有機溶媒と,水性溶媒とを用い,pH値をコントロールすることで水性溶媒もしくは有機溶媒のどちらか一方に交互にプラバスタチンを抽出する,という抽出及び逆抽出という一連の工程を繰り返す(本件明細書の段落【0011】,【0013】,【0015】等参照)方法であり,「液− 液抽出法」としてよく知られる方法である。

したがって, ここで使用する有機溶液が, 例えばメタノールのように水と混和するものであっては,上記のような液相互の分離や,それによる抽出などは不可能である。

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上記したように工程a)に規定される有機溶液は,次工程以降のステップで高純度のプラバスタチンナトリウムを与えることができる有機溶液でなければならないと理解され,工程b)以降に供することができるプラバスタチンの濃縮有機溶液の調製法として,上記の「 液 − 液抽出法」しか記載されておらず,その「液−液抽出法」に用いられる有機溶媒として水と混和しないで2相に分離するものしか記載されていない以上,工程a)の「濃縮有機溶液」の「有機溶液」は,水と混和しない有機溶液であるとしか理解することはできないというべきである。

(イ) 抽出・逆抽出の工程の採用に対し

控訴人がいう「 有機溶媒」が水と親和性を有するとか,水が混入する,などという主張は,本件明細書の記述に反するのみならず,技術常識にも反する主張である。

例えば,本件明細書の段落【0012】に最も好ましい抽出溶媒と記載されている酢酸i−ブチルなどの有機溶媒が非水溶性であることは,よく知られている(乙23には,酢酸i − ブチルは,水に0.55%しか溶解しないこと,消防法2条危険物第4類第1石油類又は第2石油類に属し「非水溶性液体」であることが記載されている。)。

仮に控訴人が,酢酸i−ブチルなどの有機溶媒においても,若干量の水を含む場合がある(0.55%以下)ことを主張しているのであれば,それは本件明細書に開示された「液−液抽出法」に用いる有機溶媒技術や,原判決が認定した「水を含まない」という意味とは全くかけ離れた空虚な議論をしているにすぎない。

また,控訴人は,本件明細書の記載によれば,「液−液抽出法」の③「再抽出」工程は任意の工程とされており,再抽出前の②逆抽出工程を経たものが水を含むものであることからみても,「濃縮有機溶液」が水を含むものであるといえると主張する。

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しかし,本件明細書の段落【0008】の記載のとおり,「水性培養液」・「水性溶液」と「有機溶媒」・「有機溶液」とは明確に分けられている。すなわち,「抽出」は「有機溶媒」になされ,「逆抽出」は「塩基性水性溶液」になされることが明記されているのであって,仮に控訴人が主張するように「塩基性水性溶液」に僅かの有機溶媒が混入していることがあるとしても,本件明細書ではそのようなものを「 有機溶液」などとはしていない。控訴人の主張は,本件明細書中で明確に区別している「水溶液」と「有機溶液」の差異を無視するか,意図的に両者を混同させようとするものであり,「液−液抽出法」に関する当業者の技術常識に反するものであって,失当である。

(ウ) 例5が実施例に当たらないことに対し控訴人は,原判決が本件明細書の例5が本件発明1の実施例ではないと認定したことが誤りである旨主張する。

しかし,例5において,「プラバスタチンの濃縮有機溶液」を形成していないことは,原判決の認定するとおりである。

すなわち,本件明細書の段落【0050】の記載は,「例1で行った様に更に濃縮された溶液を得るために酢酸i−ブチルで抽出する代わりに,水性の抽出物を減圧下で140g/Lに濃縮した」というのであるから,これは「液−液抽出法」を繰り返す途中で得られた水性抽出物を,有機溶媒で抽出せずにそのまま減圧して濃縮していることを記述しているのであって,そこで得られている濃縮液は明らかに水溶液であって,工程a)にいう「濃縮有機溶液」ではないから,「濃縮される『水性の抽出物』は,有機溶媒を含まないものであって,濃縮『有機溶液』に該当しない」(原判決73頁下5行∼下3行)とし,本件発明1の実施例ではない,とした判断に誤りはない。

控訴人は,若干の酢酸i − ブチルが混入することをもって,例5の「水

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性の抽出物」は「濃縮有機溶液」であり,工程a)で得られる濃縮有機溶液の有機溶媒の含量の多寡は問題ではない旨主張するが,本件明細書中において,有機溶媒を使用して培養液からプラバスタチンを抽出し( 段落【0012】),塩基性溶液中にプラバスタチンを逆抽出し(段落【0013】),有機溶媒へ再抽出してプラバスタチンは濃縮有機溶液へと濃縮され(段落【0013】),次の段階でプラバスタチンは濃縮有機溶液から塩析される(段落【0014】),と明確に述べているとおり,工程a)で取得され,工程b)に使用される「濃縮有機溶液」は,水と混和しない有機溶液であり,例5にあるような,ごく少量(0.55%以下)の酢酸i − ブチルしか含有しない「水性溶液」が工程a)の「濃縮有機溶液」に該当するなどとする控訴人の上記主張は明らかに失当である。

(エ)被告製法の工程a)の充足性に対し

控訴人は,被告製法において,培養液中のプラバスタチンは,

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工程a)の「有機」溶媒による抽出が達成されてい

ると主張する。

しかし,被告製法では,工程a)に対応する工程として,

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本件明細書の段落【0006】に「本発明は, 高純度, 高収率で, 予備的な規模で且つクロマトグラフィーによる精製無しに,」と記載され,また,本件特許の出願過程において,控訴人自身がクロマトグラフィー法と本件製法要件との差違を強調しているとおり(乙3の5等),本件発明1には,クロマトグラフィー法による精製方法を含まないことは明らかである。

この点に関し,控訴人は,本件明細書の段落【0008】,【002

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4】∼【0027】,【0045】の記載においてクロマトグラフィーの使用が開示されていると主張するが,これらにはイオン交換樹脂による過剰なイオンの捕捉や,HP LCによる収率の測定について記載されているにすぎない。 これらのクロマトグラフィーの使用が, 工程d ) 以降で採用される方法に関するものであることは本件明細書の記載からも明確であり,工程a),すなわち濃縮有機溶液を形成する工程で,クロマトグラフィーが使用されるとするものではないから,控訴人の上記主張は失当である。

また,■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

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■■■■■■■■■■■■■■本件明細書の段落【0012】に記載さ

れているような,「液−液抽出法」に用いられる「有機溶媒」とは明確に異なるものである。

さらに,

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■■■■■■■■「濃縮水溶液」が形成されるにすぎない。

以上のとおり,被告製法には本件発明1の「プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成」する工程が存在せず,工程a)を充足しないことは明らかである。

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(オ) 工程a)が非中核的構成にすぎないことに対し控訴人は,工程a)は,「本精製」の前提としての「粗精製」の工程

にすぎず,発明の中核的構成に当たらないなどと主張する。

しかし,工程a)が「粗精製」工程であるということなどは,控訴人が現時点に至って勝手に主張しているにすぎず,本件明細書には全く記載されていないし,「粗精製」とは,プラバスタチンがどこまで精製されたものを指すのか,全く不明である。本件発明1の技術的範囲は工程a)を含むもの解さざるを得ない以上,工程a)の軽重を論じても意味がなく,工程a)を含まない製法で製造されたプラバスタチンナトリウムがその技術的範囲に属さないことには何ら変わりはないというべきである。

(カ)特許法104条の類推適用に対し控訴人は, プロダクト・ バイ・ プロセス・ クレーム特許の対象が当該

製造方法によって得られた物に限定されるという見解をとるのであれば,特許法104条の類推適用を認めるべきであると主張する。

しかし,プロダクト・バイ・プロセス・クレームも,「物の発明」に係るものであるから,特許法104条が適用されることはない。

また, プロダクト・ バイ・ プロセス・ クレームにおいては, 対象物を特定する方法が他に存在しないからこそ,製造方法が物の特定のための手段としてクレーム中に記載されるのである。 これに対して, 特許法104条は,化合物名,化学構造式等の製造方法以外の手段によって特定ができる物質について,当該物質が存在する場合には同一の製造方法により得られたものと推定することを明らかにした規定である。プロダクト・ バイ・ プロセス・ クレームでありながら, 製造方法を考慮しないで物の同一性を判断することができるというのはそれ自体背理であり,プロダクト・ バイ・ プロセス・ クレームの何たるかを知らない主張という

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ほかない。

ウ 手続違背等に対し

(ア) 弁論主義違背につき

「濃縮有機溶液」が水を含むかどうかは,被控訴人が原審準備書面(被告その6)28頁「B.被告製品の製法は,本件特許の請求項1に記載の「a)プラバスタチンの濃縮水溶液を形成し」の要件を充足しないこと」等で主張しているとおり,原審の侵害論における主要な争点であり,これが弁論主義に反するという控訴人の主張は理解できない。

(イ) 心証開示と異なる原判決の理由付けにつき

和解期日は非公開であり,いわゆる交互面接方式による場合には,裁判所と一方当事者とのやりとりの内容は他方当事者の知るところではないばかりか,和解期日における裁判所の心証開示は暫定的心証に基づき行うものであるから,その際の裁判所の発言内容等は,紛争解決という観点から本来の訴訟の進行のみにとらわれない自由な立場から行われるものであって,和解手続における裁判所と双方当事者の間のやり取りは,当事者の対応内容を含めて,口頭弁論手続ないし判決手続に影響するものではないから,控訴人の上記主張は失当である。

(ウ) 被告製法の開示の不十分さ等に対し

控訴人は,被告製法の開示が不十分である旨主張する。

しかし,控訴人は,被告製法を自ら特定することなく,主張責任すら果たさないまま一方的に被告製法の開示を求めており,極めて不当な主張である。いずれにせよ,原判決の認定するとおり,被告製法は少なくとも工程a)を充足しないことが明らかであるから,それ以上被告製法を開示する必要は認められない。

(3) 新規性・ 進歩性判断における本件各発明の要旨について

いわゆるプロダクト・ バイ・ プロセス・ クレームとして規定された発明に

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おいても,特許請求の範囲に製造方法が明確に記載されている以上,当該製造方法を無視して発明の要旨を認定すべきではない。このことは,特許出願に係る発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっての発明の要旨認定につき,特段の事情のない限り,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであるとした最高裁平成3年3月8日判決・民集45巻3号123頁〔リパーゼ事件〕及び特許法70条の趣旨に照らしても,明らかである。

したがって,本件においても,プロダクト・バイ・プロセス・クレームとして規定された発明であるからといって,本件各発明につき,本件製法要件を除外して発明の要旨を認定することは許されない。

(4) 乙30文献に基づく新規性・進歩性の欠如について

ア 前記のとおり,本件製法要件を除外して発明の要旨を認定することは許されないものと解すべきところ,次のとおり,本件各発明は,乙30発明に基づき,新規性又は進歩性を欠如するものであるから,特許無効審判において無効にされるべきものである(特許法104条の3)。

イ 本件発明1

(ア) 新規性の欠如

a 乙30文献にはプラバスタチンの微生物学的製法に関する発明が記載されているところ,同文献記載の「プラバスタチン」とは,1頁のFormulaI(公表特許公報の段落【0003】の式I)にあるとおり,プラバスタチンナトリウムと定義されているが,溶解状態にあるプラバスタチンもまた「プラバスタチン」とされている。

b 工程a)乙30文献の23頁22行∼24頁2行(公表特許公報の段落【0064】31頁8行∼17行)によれば,乙30文献には,4.9リットルの発酵ブロスから「 液− 液抽出法」 によりプラバスタチン

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を含有する0.8 リットルの酢酸エチルを形成することが記載されている。したがって,乙3 0文献には,プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成させる工程,すなわち工程a )が記載されているといえる。

c 工程b)乙30文献の24頁2行∼9行(公表特許公報の段落【0064】31頁17行∼24行)によれば,乙30文献には,ジベンジルアミン塩としてプラバスタチンを沈殿させる工程が記載されている。ここで,本件明細書の段落【0016】には,「窒素上の置換の有無又はそれが多数であるか否かに関わらず, アンモニア又はアミンの反応によって形成される塩は, 以降アンモニウム塩として言及する。 この意味は, アミンの塩及びアンモニアの塩を包含することを意図する。」と記載されているが,乙30文献で用いられているベンジルアミンは文字通り「 アミン」 であるから, 工程b )の「 そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し」 とは,ベンジルアミン塩としてプラバスタチンを沈殿させることも包含する, と本件明細書に記載されていることになる。

したがって, 乙30 文献には,工程b)が記載されているといえる。

d 工程c)乙30文献24頁9行∼15行(公表特許公報の段落【0064】31頁24行∼28行)によれば,乙30文献には,再結晶化によってプラバスタチンジベンジルアミン塩を精製する工程が記載されている。前記bで主張したとおり,本件明細書にはアミンの反応によって形成される塩もアンモニウム塩として記載されているから,工程c )の「 再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し」 とは再結晶

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化によってプラバスタチンジベンジルアミン塩を精製することも包含することは明らかである。したがって,乙30文献には,工程c)が記載されているといえる。

e 工程d)乙30文献24頁15行∼17行(公表特許公報の段落【0064】31頁28行∼32頁2行)によれば,乙30文献には,プラバスタチンジベンジルアミン塩をプラバスタチンナトリウムに置き換える工程が記載されている。前記bのとおり,本件明細書にはアミンの反応によって形成される塩もアンモニウム塩として記載されていることから,工程d)の「当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え」とは,プラバスタチンのベンジルアミン塩をプラバスタチンナトリウムに置き換えることも包含することは明らかである。

したがって,乙30文献には,工程d)が記載されているといえる。f 工程e)について乙30文献24頁17行∼26行(公表特許公報の段落【0064】32頁2行∼10行)によれば,乙30文献には,プラバスタチンナトリウム単離する工程,すなわち工程e)が記載されている。

g 物として同一性

乙30文献24頁25行∼26行(公表特許公報の段落【0064】

32頁9行∼10行)には,「その純度はHP LC分析では99.5%を超える。」と記載されているので,乙30文献には,HP LC面積純度が99.9%のプラバスタチンナトリウムも記載されていると認められる。そうすると,本件明細書に従えば,不純物であるプラバスタチンラクトンの混入量が0.5(訂正後,0.2)重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2(訂正後,0.1)重量%未満である

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プラバスタチンナトリウムもまた記載されているといえる。

h 以上のとおり,乙30発明と本件発明1との間には相違点はない。

(イ) 進歩性の欠如

前記(ア)のとおり,乙3 0 文献には,アンモニウム塩を用いたプラバスタチンの精製法が開示されているとするのが相当であるが,仮にそうでないとしても,控訴人が行った別件各特許出願(特願2004 − 278522号,特願2005 − 304900号)の審査経過(乙28,乙29)において明らかなように,医薬品を塩析結晶化する方法で純度を高めることは当該分野における周知技術であり,純度を高めるためにアンモニウム塩を用いた塩析を行うことは,当業者が公知文献に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に想到し得るものである。

そして,前記(ア)のとおり,乙30文献にはHP LC純度99.5%を超えるプラバスタチンが記載され,乙1文献,乙6文献および乙2 4 文献には, プラバスタチン類縁物であるプラバスタチンラクトンやエピプラバ等の混入量が低減された9 9 % 以上の高純度プラバスタチンナトリウムが開示されており, かかる高純度プラバスタチンナトリウムに比して,プラバスタチンラクトンの混入量が0 .5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量% 未満であるプラバスタチンナトリウムが当業者の予測を超えた技術的効果を奏するとは到底考えられない。

したがって, 本件製法要件記載の製造方法によりプラバスタチンラクトンの混入量が0 .5 重量% 未満であり,エピプラバの混入量が0 .2 重量% 未満であるプラバスタチンナトリウムを製造することは,当業者が公知文献に記載された発明及び周知技術に基づいて容易に想到し得るものである。

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ウ 本件発明2

本件発明2の構成は,乙30文献23頁22行∼24頁2行(公表特許公報の段落【0064】31頁8行∼17行)に記載された構成と一致する。

エ 本件発明3

本件発明3は,本件発明2と同様に,本件特許の優先日(平成12年〔2000年〕10月5日)において当業者が容易に想到する発明である。

オ 本件発明4

本件発明4は,本件発明1と同様に,本件特許の優先日において当業者が容易に想到する発明である。

カ 本件発明5

本件発明5は,本件発明4と同様に,本件特許の優先日において当業者が容易に想到する発明である。

キ 本件発明6

本件発明6は,本件発明4と同様に,本件特許の優先日において当業者が容易に想到する発明である。

ク 本件発明7

本件発明7は,本件発明1と同様に,本件特許の優先日において当業者が容易に想到する発明である。

ケ 本件発明8

本件発明8は,本件発明1と同様に,本件特許の優先日において当業者が容易に想到する発明である。

コ 本件発明9

本件発明9は,本件発明1と同様に,本件特許の優先日において当業者が容易に想到する発明である。

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(5) 乙24文献に基づく新規性・進歩性の欠如について

ア 新規性の欠如

仮に控訴人が主張するとおり本件製法要件を除外して発明の要旨を認定すべきであるとしても,本件発明1及び本件訂正発明1は,乙24文献(ビオガル社がA社に交付した製品仕様書)に記載された発明と同一であるか,本件特許の出願前に公然実施されていた発明であるから,特許法29条1項2号又は3号の規定により特許を受けることができない。

すなわち,控訴人の前身であるビオガル社は,本件特許権の優先日前に,B社を通じて,自社が製造したプラバスタチンナトリウム原末である乙24サンプルをA 社 に対し, 秘密保持義務を課すことなく, 頒布していた(乙24の1)。

同頒布の際には,控訴人の作成した製品仕様書(分析結果証明書)である乙24文献が交付されており,そこには,プラバスタチンラクトンの混入量が0.03%,エピプラバの混入量が0.08重量%であることが記載されている(乙24の3)。

A社が,上記乙24サンプルを分析した結果,プラバスタチンナトリウムの定量値(HP LC法)は99.9%であった(乙24の5)。

以上のとおり,本件発明1及び本件訂正発明1は,ともに乙24文献に記載された発明であり,かつ乙24サンプルの交付により控訴人によりその優先日前に公然実施されていた発明であるから,特許法29条1項2号及び3号に該当する無効理由がある。

この点に関し,控訴人は,乙24文献及び乙24サンプルについて,① 秘密保持義務が存在しており,公知・ 公用に当たらない,② その取得方法(製造方法)が開示されておらず,引用例としての適格を欠く,③ そもそも刊行物ではない,などと主張する。

しかし,秘密保持義務については,秘密保持契約や秘密保持の慣行が存

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在しなかったことは明らかであり(そもそも,秘密保持契約や慣行の存在を控訴人が主張立証すべきであるところ,控訴人は一切主張立証をしていない。),公知・公用に当たる。

また,製造方法が開示されていないとの点についても,本件においては,乙24文献は,控訴人自身が本件特許と同一の構成の原末サンプルを配布していたものであり,かつ,その構成を控訴人自身が明示しているものである。すなわち,本件特許の対象物が現実に存在し,それが本件特許の組成を備えていることが外部的に明らかな状況であったのである。このような乙24文献及び乙24サンプルが特許法29条1項2号に該当することは明らかである。なお,控訴人は,乙24文献が刊行物に当たることも争っているが,これが刊行物に当たることは,従前の裁判例に照らしても明らかである。

イ 進歩性の欠如

また,本件発明1及び本件訂正発明1は,乙24文献に記載された発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明することができたので,特許法29条2項の規定による無効理由がある。

ウ さらに,本件発明1及び本件訂正発明1を引用する,本件発明2∼9及び本件訂正発明2∼9も同様である。

(6)特許法29条1項柱書違反について

特許請求の範囲の記載において,プラバスタチンナトリウム自体の純度が規定されず,混合物中の他の不純物の混入量も規定されていない以上,本件発明1及び本件訂正発明1は,プラバスタチンナトリウム以外の不純物を多く含むがゆえにプラバスタチンラクトン及びエピプラバの混入量が少ないだけのものを含み得るものであるから,プラバスタチンナトリウムが「 高純度」であることを特定した発明ということはできない。そうすると,いずれの発明も産業上の利用可能性の要件を欠く発明であるから,特許法29条1項柱

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書に違反し,無効とされるべきものである。

(7) 訂正の可否について

ア 本件訂正は特許請求の範囲の減縮を目的としない

仮に,本件発明1及び本件訂正発明1が,高純度のプラバスタチンナトリウムを得る発明であるとしても,本件訂正は特許請求の範囲の減縮を目的としないから,本件訂正は許されない。

すなわち,プラバスタチンラクトン及びエピプラバの混入量がいずれも0(あるいは,0に限りなく近い数値)であるプラバスタチンナトリウムは,本件発明1よりもはるかに高度な課題を達成したもの(発明としての技術が高度なもの)であるといえるから,本件発明1の技術的範囲は,「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%を若干下回る数値であり,エピプラバの混入量が0.2重量%を若干下回る数値のプラバスタチンナトリウム」であると解すべきである。

ところが,本件訂正は,不純物であるプラバスタチンラクトンの混入量を訂正前の「0.5重量%未満」から一挙にその半分以下である「0.2重量%未満」と変更し,エピプラバの混入量を「0.2重量%未満」からその半分である「 0 .1 重量% 未満」と変更するというものであるから,本件発明1の技術的範囲外への変更に当たる。

したがって,本件訂正は「特許請求の範囲の減縮を目的とするもの」には該当しないというべきである。

イ 本件訂正は特許請求の範囲の拡張又は変更に当たる

また,本件訂正前の明細書には,少なくとも本件訂正後の特許請求の範囲である「 プラバスタチンラクトンの混入量が0 .2 重量% 未満であり,エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」を現実に得ることを可能とする技術的事項が記載されていない。したがって,本件発明1の技術的範囲は,少なくとも本件訂正発明1の特許請求の範囲

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を含むものではないから,本件訂正は,本件発明1の特許請求の範囲を実質上拡張し,又は変更するものとして,許されない。

ところで,本件特許に対する特許無効審判(無効2008 − 800055号)の審決は,「本件特許明細書には,プラバスタチンラクトン,エピプラバの混入量について,段落【0031】には,『・・・以下の例で示すように,プラバスタチンナトリウムは,プラバスタチンラクトンの混入が0.5%(w/w)未満で且つエピプラバの混入が0.2%(w/w)未満で単離されうる。プラバスタチンナトリウムは更に,2つが例1及び3で例示される,本発明の好ましい態様を遵守することによってプラバスタチンが0.2%(w/w)未満で且つエピプラバが0.1%(w/w)未満で単離されうる。』と記載されており,この訂正は,願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてするものである。」(甲41・審決書6頁31行∼7頁3行)としている。しかし,特許法は,訂正請求の要件として,「特許請求の範囲を実質的に変更するもの」に当たらないこと(特許法134条の2第5項において準用される同法126条4項)を,「願書に添付した明細書に記載した事項の範囲内においてするもの」であること(同法134条の2第5項において準用される同法126条3項。いわゆる「新規事項の追加禁止」)とは,別個の要件として要求している。そして,「特許請求の範囲を実質的に変更するもの」に該当するかどうかは,明細書全体ではなく,専ら「特許請求の範囲」の問題であり,訂正の前後における「特許請求の範囲」の記載を比較して,発明としての同一性の有無を判断すべきものである。そうすると,本件訂正は,不純物であるプラバスタチンラクトンの混入量を訂正前の「 0 .5 重量% 未満」から一挙にその半分以下である「 0 .2 重量% 未満」へと変更し,エピプラバの混入量を「0.2重量%未満」からその半分である「0.1重量%未満」へと変更するというものであり,混入量の数値を大幅に減少させる内容であるか

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ら,本件訂正前後の「特許請求の範囲」の記載を比較するときには,発明の同一性を欠くことが明らかである。

本件訂正について強調すべき点としては,本件訂正前の本件発明1については,その新規性を否定する公知例として,C社発行「医薬品インタビューフォーム(メバロチン錠)1997年10月改定版」(乙1文献)のメバロチン錠及び控訴人の前身であるビオガル社作成の「 PRODUCT SPECIFICATIONS AND CERTIFICATE OF ANALYSIS」(乙6文献)のプラバスタチンナトリウム製品が存在することである。これらの公知例が,本件訂正前の本件発明1と同一であることは,審決(甲41)も認めている。

審決は,本件訂正発明1を,これらの公知例と比較して,進歩性を肯定するものであるが,仮にそうであれば,本件訂正後の特許請求の範囲に記載された発明は,本件発明1と比較して進歩性を有する,すなわち,当業者にとって単に周知の技術手段が付加されたものとはいえず,別個の技術的事項を導入したものということになるから,本件訂正は,実質上,特許請求の範囲を変更するものというべきである。

第4 当裁判所の判断

当裁判所は,本件特許の請求項1はそこに記載されているとおりの製造方法に限定して技術的範囲を理解すべきであり,被告製品は同請求項に記載された要件(工程a))を充足せず,かつ,本件特許の請求項1は当審で新たに提出された乙30発明から容易想到であって,特許法(以下「法」という。)29条2項,123条により特許無効審判により無効にされるべきものと認められる(法104条の3)から,原判決と同じく,控訴人の本訴請求は棄却すべきものと判断する。

その理由は,以下に述べるとおりである。

1 本件各発明の技術的範囲について

(1)本件特許の請求項1ないし9の内容(訂正後も含む)は,原判決(2頁∼

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4頁,58頁∼62頁)記載のとおりである。

(2) 特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の確定について

ア 特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の確定について,法70条は,その第1項で「特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない」とし,その第2項で「前項の場合においては,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする」などと定めている。

したがって,特許権侵害を理由とする差止請求又は損害賠償請求が提起された場合にその基礎となる特許発明の技術的範囲を確定するに当たっては,「特許請求の範囲」記載の文言を基準とすべきである。特許請求の範囲に記載される文言は,特許発明の技術的範囲を具体的に画しているものと解すべきであり,仮に,これを否定し,特許請求の範囲として記載されている特定の「文言」が発明の技術的範囲を限定する意味を有しないなどと解釈することになると,特許公報に記載された「特許請求の範囲」の記載に従って行動した第三者の信頼を損ねかねないこととなり,法的安定性を害する結果となる。

そうすると,本件のように「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「製造方法」が記載されている場合,当該発明の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物に限定されるものとして解釈・確定されるべきであって,特許請求の範囲に記載された当該製造方法を超えて,他の製造方法を含むものとして解釈・ 確定されることは許されないのが原則である。

もっとも, 本件のような「物の発明」 の場合, 特許請求の範囲は, 物の構造又は特性により記載され特定されることが望ましいが,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難である

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との事情が存在するときには,発明を奨励し産業の発達に寄与することを目的とした法1条等の趣旨に照らして,その物の製造方法によって物を特定することも許され,法36条6項2号にも反しないと解される。

そして,そのような事情が存在する場合には,その技術的範囲は,特許請求の範囲に特定の製造方法が記載されていたとしても,製造方法は物を特定する目的で記載されたものとして,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」一般に及ぶと解釈され,確定されることとなる。

イ ところで,物の発明において,特許請求の範囲に製造方法が記載されている場合,このような形式のクレームは,広く「 プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」と称されることもある。前記アで述べた観点に照らすならば,上記プロダクト・バイ・プロセス・クレームには,「物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するため,製造方法によりこれを行っているとき」(本件では,このようなクレームを,便宜上「真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム」ということとする。)と,「物の製造方法が付加して記載されている場合において,当該発明の対象となる物を,その構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するとはいえないとき」 ( 本件では, このようなクレームを,便宜上「 不真正プロダクト・ バイ・ プロセス・ クレーム」 ということとする。)の2種類があることになるから,これを区別して検討を加えることとする。 そして,前記アによれば,真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいては,当該発明の技術的範囲は,「特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,同方法により製造される物と同一の物」と解釈されるのに対し,不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームにおいては,当該発明の技術的範囲は,「特許請求の範囲に記載され

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た製造方法により製造される物」に限定されると解釈されることになる。

また,特許権侵害訴訟における立証責任の分配という観点からいうと,

物の発明に係る特許請求の範囲に,製造方法が記載されている場合,その記載は文言どおりに解釈するのが原則であるから,真正プロダクト・バイ・ プロセス・ クレームに該当すると主張する者において「 物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難である」ことについての立証を負担すべきであり,もしその立証を尽くすことができないときは,不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレームであるものとして,発明の技術的範囲を特許請求の範囲の文言に記載されたとおりに解釈・確定するのが相当である。

ウ そこで, 本件発明1 において, 上記「 物の特定を直接的にその構造又は特性によることが出願時において不可能又は困難であるとの事情」が存在するか否かについて検討する。

(ア) 本件製法要件による物の特定の必要性

証拠(甲2,36,37,乙1)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許の優先日(平成12年〔2000年〕10月5日)当時,本件発明1に記載されたプラバスタチンナトリウムは,当業者にとって公知の物質であること,また,プラバスタチンラクトン及びエピプラバは,プラバスタチンナトリウムに含まれる不純物であることが認められる。

したがって,特許請求の範囲請求項1の記載における「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」の構成は,不純物であるプラバスタチンラクトン及びエピプラバが公知の物質であるプラバスタチンナトリウムに含まれる量を数値限定したものであるから,その構造によって,客観的かつ明確に記載されていると解される。

すなわち,特許請求の範囲請求項1に記載された「プラバスタチンラ

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クトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」には,その製造方法によらない限り,物を特定することが不可能又は困難な事情は存在しないと認められる。なお,当該物の特定のために,その製造方法までを記載する必要がなかったことについては,控訴人も認めるところである。

(イ)したがって,本件発明1は,上記不真正プロダクト・バイ・プロセス・ クレームであると理解すべきであるから, その技術的範囲は, 本件製法要件によって製造された物に限定され,その技術的範囲は,次のとおりとなる。

「次の段階:

a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,

b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,

c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,

d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そして

e)プラバスタチンナトリウム単離すること,

を含んで成る方法によって製造される,プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム。」

(3) 被告製品の構成要件充足性について

ア 物としての同一性の有無

(ア) 前記のとおり,被告製品は,プラバスタチンラクトンの混入量が0.2重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.1重量%未満であるプラバスタチンナトリウムであるから,本件発明1の構成要件中,後段の「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」を

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充足する。

(イ)この点に関し,被控訴人は,前記第3,2(2)アにおいて,被告製法がプラバスタチンナトリウムのほかプラバスタチンラクトン及びエピプラバ以外の多様な不純物をも含めた組成物の構成内容が本件製法要件により製造された物と同一であることの証明がない限り,本件特許の技術的範囲に属するものということはできないと主張する。

しかし,そもそも本件発明1はプラバスタチンラクトン及びエピプラバ以外の不純物については規定しておらず,物の特定及び権利範囲が不明確であるとはいえない。したがって,被控訴人の上記主張は,本件特許の請求項の記載に基づかない主張であり,採用することができない。イ 本件製法要件の充足性の有無前記アのとおり,被告製品は本件発明1の後段にいう「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」といえるから,物としての同一性は充足されるので,進んで,工程a)∼e)にいう製造方法の要件を充足するかについて検討する。

(ア) 被告製法の内容

a 証拠(甲38,乙5)によれば,被告製品の製造方法に関し,次の記載がある。

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b 以上の記載及び弁論の全趣旨に照らすと,被告製品の製造方法(被

告方法)は,次の工程に区分されるものと認められる。

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なお,上記 の工程は,さらに,次の工程に区分される。

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しかしながら,この書面は,被告製法の変更の了解を求める書面であって,変更されたことの通知ではなく,これをもって,既に製造方法の変更がされていると認めることはできない。

(イ)本件発明1における工程a)の「濃縮有機溶液」の意義

a 本件明細書(甲2)には,工程a)の「濃縮有機溶液」に関し,次の記載がある。

・「・・・本発明は,高純度,高効率で,予備的な規模で且つクロマトグラフィーによる精製無しに, 培養液からプラバスタチンナトリウムを単離する効率的な方法についての当業界での必要性を満たす。」(段落【0006】)

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・「本発明の要約

本発明は,プラバスタチンラクトン及び,プラバスタチンのC−6エピマーであるエピプラバ,を実質的に含まないプラバスタチンナトリウムを提供する。本発明は更に,その様な実質的に純粋なプラバスタチンナトリウムを製造するための,工業的な規模で実施され得る方法を提供する。」(段落【0007】)

・「本方法の好ましい態様は,水性培養液から有機溶媒へのプラバスタチンの抽出,塩基性水性溶液へのプラバスタチンの逆抽出及び有機溶媒への再抽出を含み,その結果培養液中のプラバスタチンの初濃度と比較してプラバスタチンに富む有機溶液をもたらす。プラバスタチンは,そのアンモニウム塩としての沈殿及びそれに続く当該アンモニウム塩の再結晶による精製によって豊富となった溶液から得ることができる。」(段落【0008】)

・「コンパクチンの酵素的ヒドロキシル化

プラバスタチンが単離される酵素的ヒドロキシル化培養液は,コンパクチンの工業的な規模での培養について知られている任意な水性の培養液であってもよく,・・・・好ましくは,酵素的ヒドロキシル化は,コンパクチン及びデキストロースの栄養混合物を含む,生きているステプトミセス(Steptomyces)の培養液を用いて実施される。培養液が醗酵の完了時に中性又は塩基性である場合,培養液を約1∼6,好ましくは1∼5.5,そして更に好ましくは2∼4のpHにするために酸がそれに加えられる。・・・・培養液の酸性化は,培養液中の任意なプラバスタチンカルボン酸塩を遊離酸及び/又はラクトンへと変換する。」(段落「【0010】)

・「実質的に純水なプラバスタチンナトリウムの単離

プラバスタチンは,一連の抽出及び逆抽出段階によって,比較的

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高度に濃縮された有機溶液中での水性培養液から最初に単離される。」(段落【0011】)

・「第一段階において,プラバスタチンが培養液から抽出される。C2− C4アルキルのギ酸塩及びC2− C4カルボン酸のC1− C4アルキルエステルは,水性溶媒液からプラバスタチンの効率的な抽出を行うことができる・・・・好ましいエステルはギ酸エチル,・・・・を含む。これらの好ましい有機溶媒の中でも,我々は酢酸エチル,酢酸i−ブチル,酢酸プロピル及びギ酸エチルが特によく適していることを発見した。最も好ましい抽出溶媒は酢酸i−ブチルである。他の有機溶媒も当該エステルと交換されてもよい。(略)」(段落【0012】)

・「プラバスタチンは,約8.0∼約9.5のpHの塩基性溶液中に任意に逆抽出される。・・・・抽出溶媒は,好ましくは,有機層中のプラバスタチンの量が,薄層クロマトグラフィー又は,完全な抽出のために十分な接触が起こったという主観的な判断を含む任意な他の方法,によって決定した場合に実質的に枯渇するまで,塩基性水溶液と接触される。複数回の逆抽出は,至適な回収のために実施され得る。・・・・逆抽出は,有機性の抽出液の量未満の量の水性塩基を用いることによってプラバスタチンを濃縮するために使用され得る。好ましくは,逆抽出は,有機性抽出液の量の1/3未満,更に好ましくは有機性抽出液の1/4未満,最も好ましくは約1/5の量未満の量の塩基性水溶液と接触される。」(段落【0013】)・「水溶液は,好ましくは酸,・・・・を用いて,約1.0∼約6.

5,更に好ましくは約2.0∼約3.7のpHに酸性化される。」(段落【0014】)

・「プラバスタチンは,好ましくは,培養液からプラバスタチンを抽

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出するのに適しているとして既に記載した有機溶媒の1つへ再抽出される。・・・・この再抽出において,プラバスタチンの更なる濃縮は,好ましくは水性抽出液の約50%(v/v),更に好ましくは約33%(v/v)∼約20%(v/v),そしてより更に好ましくは約25%(v/v)の量の水性抽出液よりも少ない量の有機溶媒に再抽出することによって達成されうる。プラバスタチンは,最初の有機抽出液から89%の収率で,100Lの培養液から8Lの濃縮有機溶液へと濃縮されうる。当業者には,本発明の実施にとっての好ましい態様においてわずかに1回の抽出を記載した高収率の精製プラバスタチンが,複数回の抽出を実施することによって達成されうることが理解される。この好ましい態様は,溶媒の経済性と高い生成物の収率との平衡をもたらす。・・・・「塩折」によって濃縮した有機溶液からプラバスタチンを得る手順の前に,濃縮した有機溶液は好ましくは乾燥され,これは常用の乾燥剤(略)を用いることによって行われることがあり,そして任意に活性炭を用いて脱色される。乾燥し,そして/あるいは脱色した濃縮有機溶液は,好ましくは,続いて常用の方法で,例えば濾過又はデカンテーションによって分離される。」(段落【0015】)

・「次の段階において,プラバスタチンは,アンモニア又はアミンを

用いて濃縮有機溶液から塩折され得る。・・・・窒素上の置換の有無又はそれが多数であるか否かに関わらず,アンモニア又はアミンの反応によって形成される塩は,以降アンモニウム塩として言及する。この意味は,アミンの塩及びアンモニアの塩を包含することを意図する。」(段落【0016】)

・「プラバスタチンのアンモニウム塩の沈澱も,アンモニウム塩単独

の,又はアンモニア若しくはアミンと組み合わせた添加によって誘

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導され得る。・・・・アンモニウム塩並びに高沸点の液体及び固体のアミンが,常用の手段によって,好ましくはよく換気された領域で,固体,ニートな液体又は水性若しくは有機性溶媒中の溶液として加えられ得る。・・・・特に好ましい態様において,プラバスタチンは,濃縮有機溶液への気体のアンモニア及びNH4Clの添加によって,アンモニアのプラバスタチン塩として,濃縮有機溶液から得られる。」段落【0017】)

・実施例

「例

例1

プラバスタチンの精製

培養液(100L)を硫酸の添加によって約2.5∼約5.0に

酸性化した。酸性化した培養液を酢酸i − ブチル(3×50L)で抽出した。・・・・一緒にした酢酸i − ブチル層を,続いて濃水酸化アンモニウムの添加によって約pH7.5∼約pH 11.0となった水(35L)を用いて抽出した。生じたプラバスタチン水溶液は,続いて5M硫酸の添加によって約2.0∼約4.0のpHに再酸性化され,そして酢酸i − ブチル(8L)で逆抽出された。生じたプラバスタチンの酢酸i − ブチル溶液は,パーライト及びN a 2SO4上で部分的に乾燥された。プラバスタチン溶液をデカンテーションし,そして次に乾燥剤から濾過され,そして活性炭(1.7g)で脱色された。溶液を続いて濾過し,活性炭を除いてガス注入口を備えたフラスコに移した。」(段落【0039】)

・「アンモニアガスを,素速く撹拌した前記溶液の上のヘッドスペー

スに導入した。プラバスタチンの炭酸アンモニウム塩の沈澱した結晶を濾過によって回収し,そして酢酸i−ブチル,次にアセトンで

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洗浄し,それにより,λ=238nmで測定するUV吸光度計を備えたHP LCによって決定した場合,約94%の純度のプラバスタチンアンモニウム塩が生成された。」(段落【0040】)

・「プラバスタチンアンモニウム塩は,以下の様に飽和塩化アンモニ

ウム溶液から結晶によって更に精製された。162gの活性物質を含むプラバスタチン塩を水(960ml)に溶解し,そしてアセトン(96ml)及び酢酸i − ブチル(96ml)を用いて35∼40℃で希釈した。この溶液を約30∼32℃に冷却し,そしてプラバスタチンアンモニウムは,固体のNH4 Clの添加によって結晶化する様に誘導され,これは更なる添加が結晶の形成の見かけ上の増大が生じなくなるまで続けられた。塩化アンモニウムの添加の後,この溶液を約0∼26℃に冷却した。プラバスタチンアンモニウムの結晶を濾過によって回収し,そして酢酸i−ブチル及びアセトンで洗浄し,以前のとおり,続いて約40℃で乾燥した。生じたプラバスタチンアンモニウム塩の結晶(155.5g)が,前述の条件を適用するHP LCによって決定した場合に,約98%の純度で得られた。」(段落【0041】)

・「プラバスタチンアンモニウム塩を,以下の別の結晶によって更に

精製した。プラバスタチンアンモニウム塩(155.5gの活性物質)を水(900ml)に溶解した。イソブタノール(2ml)を加え,そしてpHを濃水酸化ナトリウム溶液の添加によって約pH 10∼約pH13.7に上げ,そしてこの溶液を周囲温度で30分間撹拌した。この溶液を硫酸の添加によって約7のpHへと中性化し,プラバスタチンアンモニウムの結晶化を固体のNH4 Clの添加によって誘導した。結晶(150g)は濾過によって回収され,そしてアセトンで洗浄した。プラバスタチンアンモニウムは,上述した条件

62

を用いるHP LCの決定によって約99.3%であることが明らかとなった。」(段落【0042】)

・「プラバスタチンアンモニウムは,続いて,以下の様にナトリウム

塩へと置き換えられた。プラバスタチンアンモニウム塩の結晶を水(1800ml)に溶解した。酢酸i − ブチル(10.5L)を添加した。この溶液を硫酸の添加によって約pH2∼約pH4の間のpHに酸性化し,これにより,プラバスタチンをその遊離酸へと戻した。プラバスタチンを含む酢酸i − ブチル層を水(5×10ml)で洗浄した。プラバスタチンは,続いてそのナトリウム塩へと変換され,そして約pH7.4∼約pH13のpHに達するまで8MのNaOHを途中添加しながら,約900∼2700mlの水の中で酢酸i − ブチル溶液を撹拌することによって別の水層の中に逆抽出した。」(段落【0043】)

・「プラバスタチンナトリウム塩溶液は,続いて過剰なナトリウムカ

チオンを捕捉するために,イオン交換樹脂で処理された。分離後,水層をH+イオン交換樹脂のIRC上で30分間撹拌した。撹拌は,約pH7.4∼約pH7.8のpHに達するまで続けられた。」(段落【0044】)

・「この溶液は,樹脂を除くために続いて濾過され,そして減圧下で

508gの重さに部分的に濃縮された。アセトニトリル(480ml)を加え,そしてこの溶液を脱色するために活性炭(5g)上で撹拌した。プラバスタチンナトリウムが,約− 10∼約0℃に冷却しながら,1/3/12の水/アセトン/アセトニトリル混合物(5.9L)を形成するためにアセトン及びアセトニトリルを添加した後に,結晶化によって90%の収率で結晶として得られた。プラバスタチンナトリウムは,上述した条件を用いるHP LCによって測定

63

した場合に,出発時の培養によって生成した活性物質から,65%の全収率,約99.8%の純度で得られた。」(段落【0045】)・「例5

例1の手順に従い,培養液(100L)を硫酸の添加によって約

2 .5∼約5.0のpHに酸性化した。酸性化した培養液を酢酸i− ブチル(3×50L)で抽出した。一緒にした酢酸i − ブチル層を,濃水酸化アンモニウムの添加によって約pH7.5∼約pH 11.0のpHに塩基性化した水(35L)で抽出した。」(段落【0049】)

・「水性抽出物を再び酸性化し,そして例1で行った様に更に濃縮さ

れた溶液を得るために酢酸i−ブチルで抽出する代わりに,水性の抽出物を減圧下で140g/Lに濃縮した。生じた濃縮溶液は,続いて1M HClの添加によって約pH4.0∼約pH7.5のpHに酸性化された。」(段落【0050】)

・「塩化アンモニウムの結晶(405g)を続いて濃縮溶液に加え,

そしてプラバスタチンアンモニウム塩が周囲温度で放置されて結晶化した。結晶は続いて濾過によって単離され,そして塩化アンモニウムの飽和溶液を用いて洗浄された。続いて結晶を40℃の水(1L)に加えた。溶解後,温度を30℃に下げ,そして塩化アンモニウム(330g)を溶液に加えた。続いてこの溶液を周囲温度で15時間撹拌し,そしてプラバスタチンアンモニウム塩の結晶を濾過によって回収し,そして酢酸i−ブチル,その後アセトンで洗浄し,そして乾燥した。生じた結晶は,続いてナトリウム塩に置き換えられる再結晶化によって更に精製され,そして例1に記載の様に単離された。プラバスタチンナトリウムは,約99.9%の純度及び67.7%の収率で得られた。」(段落【0051】)

64

b 工程a)における「濃縮有機溶液」の意義についての検討

工程a)で得られる「濃縮有機溶液」がプラバスタチン培養液から

製造されることについては,当事者間に争いがない。

そして,その「濃縮有機溶液」の具体的な製造方法に関する本件明

細書の前記記載(段落【0011】∼【0017】,【0039】)を検討すると,その具体的な製造方法として「水と混和しない有機溶液層」と「水性溶液層」という明確に2層に分離される液層を用いて行う「液−液抽出法」のみが開示されていること,加えて,本件明細書には,「本発明は,・・・クロマトグラフィーによる精製無しに,培養液からプラバスタチンナトリウムを単離する効率的な方法についての当業界での必要性を満たす。」(段落【0006】)との記載があることを考慮すると,本件発明1は,クロマトグラフィーによる精製なしに,「液−液抽出法」を用いて「濃縮有機溶液」を形成することを前提とした発明であると認められる。

そして,「液−液抽出法」による具体的な「濃縮有機溶液」の製造

法に関しては,前記段落【0015】の記載によれば,まず,①プラバスタチンがプラバスタチン培養液から有機溶媒によって抽出され,②その有機溶媒溶液から任意に塩基性水溶液中に逆抽出され,③さらに,その塩基性水溶液から有機溶媒中に再抽出されるものであることが認められる。上記各工程は,①抽出工程,②逆抽出工程,③再抽出工程の上記順番で行われる必要のあることが技術的にみて明らかであるところ,前記段落【0013】の記載によれば,上記各工程のうち,②の逆抽出工程は任意の工程とされているから,その後の③再抽出工程も当然に任意の工程であるといえる。

次に,本件明細書において,①ないし③の全ての工程に関連する液

体について使用されている用語について検討すると,抽出溶媒として

65

の「有機溶媒」,「塩基性水溶液」の他,「有機層」,「有機性の抽出液」,「水性塩基」,「有機性抽出液」,「水性抽出液」の各用語が使用されている。これらの用語の使い方をみると,本件明細書においては,「有機溶媒」,「有機層」,「有機性の抽出液」,「有機抽出液」という「有機」の液体に関する用語と,「塩基性水溶液」,「水性塩基」,「水性抽出液」という「水」を主体とする液体に関する用語が使用されており,その両者が明確に使い分けされていることが分かる。

そうすると,「濃縮有機溶液」とは,水とは完全に混和しないため

に「液−液抽出法」の抽出,再抽出に使用することができ,比重の差により水層と2層に分離され,プラバスタチンが濃縮される有機溶液をいうものと認めるのが相当である。

c 「濃縮有機溶液」の意義に関する控訴人の主張に対する判断

(a)「『有機溶液』は水を含有する」に対し

控訴人は,本件明細書の段落【0008】の冒頭に「本方法の好

ましい態様」として「液−液抽出法」が記載されているとおり,「液−液抽出法」は任意の手段であるというべきであるから,「液−液抽出法」が工程a)の必須の手段であることを前提として「液−液抽出法」において「水と混和しない有機溶剤」を用いて得られた「濃縮有機溶液」が水を含まないものであるとする被控訴人の主張及びこれと同旨の原判決の判断は誤りである旨主張する。

しかし,本件明細書の段落【0008】の冒頭にある「本方法の

好ましい態様」との記載は,「液−液抽出法」が本件発明1において必須の手段であることを前提として,①抽出工程に加えて,②逆抽出工程や,③再抽出工程を採用するかどうかなどの他の記載事項が任意であることを記載したものであると解されるから,上記の記載をもって「液−液抽出法」自体が任意の手段であるとする控訴人

66

の上記主張は採用することができない。

(b)「抽出・逆抽出の工程の採用」に対し

控訴人は,有機溶媒の水混和性には様々な程度があって,「抽出

・逆抽出」工程の採用により水と混合分離した場合には,その水混和性の程度に応じて,有機溶媒であっても様々な程度で水を含み得るものであるから,工程a)の「濃縮有機溶液」は水を含むものであると主張する。

しかし,前記認定のとおり,工程a)の「濃縮有機溶液」は,水

と完全に混和しない有機溶媒であって「液−液抽出法」に用いたときにも水と2層に分離するために,有機溶媒と完全に混和してしまうような水を含まないという趣旨であって,水を全く含まないという意味ではない。より具体的にいえば,乙23(「15710の化学商品」化学工業日報社)によれば,本件明細書記載の「酢酸i−ブチル」などの有機溶媒においても,0.55%以下の微量の水分を含み得るものであると認められるが,そのような微量の水分は,上記の「液−液抽出法」において比重の差により「水層」を構成するような水には当たらないというべきである。したがって,そのような微量の水分の混入をもって「濃縮有機溶液」が水を含むものであるとする控訴人の上記主張は採用することができない。

また,控訴人は,任意とされている③の再抽出工程を省略する場

合には,②の逆抽出工程により得られた若干の「有機」溶媒を含有する水溶液が,「濃縮有機溶液」であると当業者は理解するから,工程a)の「濃縮有機溶液」は水を含むものである旨主張する。

しかし,前記認定のとおり,本件明細書においては,「液−液抽

出法」の抽出溶液として,「有機」の液体に関する用語と,「水」を主体とする液体に関する用語とが区別されて使用されていること

67

に照らせば,②の逆抽出工程後の水を含む液体を「濃縮『有機』溶液」であるということはできないし,前記のとおり,控訴人主張のような微量の「有機」溶媒の混入をもって「濃縮『有機』溶液」に当たるとはいえない。

したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

さらに,控訴人は,本件明細書には,「・・・濃縮した有機溶液

は好ましくは乾燥され,・・・。乾燥し・・・た濃縮有機溶液は,・・・」(段落【0015】)との記載があり,濃縮有機溶液について好ましくない状態では乾燥(すなわち脱水)が必要な状態もあること(水分を含み得ること)が示されているから,「濃縮有機溶液」は水を含むものであると主張する。

しかし,本件明細書の前記記載と前記認定に照らせば,本件明細

書の上記記載は,「液−液抽出法」を用いた場合に,2層に分離することができないような有機溶媒中に完全に混和した多量の水分を乾燥させることを示したものではなく,比重の差により水層と2層に分離することができる有機溶液層に混入した少量の水についてこれを乾燥させ得ることを示した記載であると解されるから,同記載をもって「 濃縮有機溶液」が水と完全に混和する有機溶液であって,水を含むことを示すものであるとはいえない。

(c) 「アンモニウム塩不沈殿との認定の誤り」に対し

控訴人は,工程b)の塩析工程において,「有機溶液」中に水が

あってもプラバスタチンのアンモニウム塩を沈殿させることは可能であるし,その塩析工程前に「有機溶液」を「乾燥」(脱水)に供し水を除くことも可能であるから,「有機溶液」が水を含むとアンモニウム塩が沈殿しなくなることを理由として「有機溶液」が水を含まないとした原判決の認定判断は誤りであると主張する。

68

しかし,原判決は,「有機溶液」が水を含むとアンモニウム塩が

「沈殿しにくくなる」ことが明らかであるとしたにとどまり,「沈殿しなくなる」と認定したものではないから,控訴人の上記主張はその前提において誤りがある。また,塩析工程前に「有機溶液」を「乾燥」(脱水)に供し,水を除くことも可能である点は,アンモニウム塩が沈殿しにくくなるとの認定を覆すに足りるものではない。したがって,原判決の認定判断に誤りはなく,控訴人の上記主張は採用することができない。

(d) 「例5が実施例に当たらないこと」に対し

控訴人は,例5は本件発明1の実施例であって,その例5で形成

される「水性の抽出物」が「濃縮有機溶液」に該当するから,工程a)の「濃縮有機溶液」は水を含んでもよいことが開示されていると主張する。

しかし,本件明細書の前記段落【0049】の記載によれば,例

5は,例1の手順に従うものであり,その例1の抽出に関する前記段落【0039】の記載及び例5の抽出に関する前記段落【0049】,【0050】の記載によれば,例1の①抽出工程においては,100Lの培養液に対して150Lの酢酸i − ブチルが抽出有機溶媒として使用されており,得られた有機溶液中においてプラバスタチンが「濃縮」されるものではないから,例1の①抽出工程のみを行う場合は「『濃縮』有機溶液」には当たらない。

また,例5においては,酢酸i − ブチル溶液から,塩基性化した

水でプラバスタチンを逆抽出してその水性の抽出物を減圧下で濃縮した上で酸性化していることからすれば,濃縮される「水性の抽出物」は有機溶媒を含まないものであって,濃縮「有機溶液」には当たらないから,この点においても,例5は本件発明1の実施例には

69

当たらない。

そうすると,水を含む例5が本件発明1の実施例であることを前

提にして本件発明1の「濃縮有機溶液」が水を含むとする控訴人の前記主張は,その前提を欠くものであって採用することができない。(ウ)被告製法は本件発明1の工程a)を充足するか

a 控訴人は,

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

■■■■■■■■■■■■■■■■■■

本件発明1の工程a)の「濃

縮有機溶液」に該当すると主張するので,以下,順次検討する。

b 被告製法

前記(イ)のとおり,本件発明1の工程a)の「濃縮有機溶液」とは,

「液−液抽出法」を用いた場合に「水」を主体とする液体と比重の差

により2層に分離され得る「有機」の液体である。これに対して■■

■■■■■■■■■■■■■■■

水と完全に混和してしまうため,本

件発明1において必須の手段である「液−液抽出法」を用いた場合に比重の差により水と2層に分離されることがないものである。そうす

ると,

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

工程a)の「

濃縮有機溶液」には該当しないと認めるのが相当である。c 被告製法 の2

被告製法 の2は,

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■「液

−液抽出法」を用いた場合に水と完全に混和してしまうため,比重の差により水と2層に分離することのできないもの)を添加しているこ

とから,■■■■■■■■■■■■

比重の差により水と2層に分離で

きるものではないものである。そうすると,■■■■■■■■■■■

本件発明1の工程a)の「濃縮有機溶液」には該当しないと認めるの

70

が相当である。

d したがって,被告製法は,本件発明1の工程a)の要件を充足しな

いことになる。

ウ 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,被告製品は本

件発明1の技術的範囲には属さないと認められる。

エ 被告製品の本件発明2∼9の充足性の有無

被告製品は,前同様の理由により,本件発明1を直接又は間接に引用す

る本件発明2ないし9の技術的範囲にも属さない。

オ 被告製品の充足性に関する控訴人の主張に対する判断

(ア) 工程a)が非中核的構成にすぎないことにつき

控訴人は,本件発明1の工程a)はプラバスタチンの濃縮有機溶液を

得るための「濃縮」及び「粗精製」の工程にすぎず,高純度のプラバスタチンナトリウムを得るための製法の特徴的構成には当たらないから,被告製法が非中核的構成である本件発明1の工程a)を充足しないことをもって直ちに非侵害の結論を導くことは誤りである旨主張する。

しかし,工程a)が非中核的構成であるかどうかはともかく,それが

本件製法要件の一工程であって本件発明1の技術的範囲を構成するものである以上,その非充足は被告製品が本件発明1の技術的範囲に属しないことを意味することは明らかであるから,控訴人の上記主張は採用することができない。

(イ)特許法104条の類推適用につき

控訴人は, プロダクト・ バイ・ プロセス・ クレーム特許の対象が当該

製造方法によって得られた物に限定されるという見解をとるのであれば,特許法104条の類推適用を認めるべきであると主張する。

しかし,特許法104条は,物を生産する方法の発明について,その

物が特許出願前に日本国内において公然知られた物でないときは,その

71

物と同一の物につきその方法により生産したと推定する規定であるところ,前記のとおり被告製法は本件発明1の工程a)の「プラバスタチンの濃縮有機溶液」を形成せず,その技術的範囲に属しないものと認められる以上,同一の製造方法により生産されたとの推定を及ぼす余地はないから,被控訴人の上記主張は採用することができない。

カ 手続違背等の主張に対する判断

(ア) 弁論主義違背につき

控訴人は,原審においては「濃縮有機溶液」が水を含むかどうかが争

点になっていなかったのに,原判決が当事者に主張立証の機会を与えずにこの点について判断したとして,弁論主義に違反する旨主張する。

しかし,原判決の「被告の主張」(17頁8行∼15行)に摘示され

ているとおり,原審において被控訴人は,平成21年5月25日付けの

準備書面(被告その6)28∼29頁で,

■■■■■■■■■■■■■

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

■■■■■■■■■■■■被告製法は,被告製法 においてプラバスタ

チンの濃縮「水」溶液を形成するものであることを理由として,本件発明1の工程a)の構成要件充足性を争っていることが明らかであるから,工程a)の「濃縮有機溶液」に水を含むかどうかが問題とされていたとみることができ,それに対して,控訴人にも主張立証の機会が十分に存したというべきであるから,控訴人の上記主張は採用することができない。

(イ) 心証開示と異なる原判決の理由付けにつき

控訴人は,原判決が,和解勧告時とは異なる理由により非侵害と判断

したから,そのような不意打ち的な判断は違法であると主張する。

72

しかし,裁判所は,和解勧告時に開示した心証の見込みには拘束され

ることなく,その後も十分に主張と証拠を精査検討した上で適正な判断をすることが求められているものであるから,原判決が和解勧告時とは異なる理由により非侵害と判断したとしても違法ということはできない。

したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

(ウ) 被告製法の開示の不十分さ等につき

控訴人は,被控訴人が被告製法のうち本件発明1の工程b)ないし工

程e)の精製方法に相当する構成の詳細を開示しないから,控訴人においてそれらの構成要件の充足を主張立証することができないばかりか,均等の主張をすることもできないと主張する。

しかし,前記のとおり被告製法は本件発明1の工程a)の「プラバス

タチンの濃縮有機溶液」を形成しないため本件各発明の技術的範囲には属しないものと認められる以上,その余の被告製法の開示の有無は問題とする必要はないというべきであるから,控訴人の上記主張は採用することができない。

なお,控訴人は均等の主張をするかのように述べるが,原審において

は単なる事情にすぎない旨主張しており,また,当審においても,いまだ均等の要件に関し具体的な主張を一切していないから,これ以上の判断は示さないこととする。

2 本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものかについて

前記1で述べたことによると,一審被告たる被控訴人の製造販売する被告製

品は本件発明1の技術的範囲に属しないことになるが,以下,念のため,一審被告たる被控訴人が抗弁として主張する「本件特許が特許無効審判により無効にされるべき」かについての判断も示すこととする。

(1) 発明の要旨の認定について

73

法104条の3は,「特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟において,当該特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるときは,特許権者又は専用実施権者は,相手方に対しその権利を行使することができない。」と規定するが,法104条の3に係る抗弁の成否を判断する前提となる発明の要旨は,上記特許無効審判請求手続において特許庁(審判体)が把握すべき請求項の具体的内容と同様に認定されるべきである。

すなわち,本件のように,「物の発明」に係る特許請求の範囲にその物の「 製造方法」 が記載されている前記プロダクト・ バイ・ プロセス・ クレームの場合の発明の要旨の認定については,前述した特許権侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の認定方法の場合と同様の理由により,① 発明の対象となる物の構成を,製造方法によることなく,物の構造又は特性により直接的に特定することが出願時において不可能又は困難であるとの事情が存在するときは,その発明の要旨は,特許請求の範囲に記載された製造方法に限定されることなく,「物」一般に及ぶと認定されるべきであるが(真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム),② 上記①のような事情が存在するといえないときは,その発明の要旨は,記載された製造方法により製造された物に限定して認定されるべきである(不真正プロダクト・バイ・プロセス・クレーム)。

この場合において,上記①のような事情が存在することを認めるに足りないときは, これを上記② の不真正プロダクト・ バイ・ プロセス・ クレームとして扱うべきものと解するのが相当である。

上記の観点から本件を検討するに,本件特許には,上記①にいう不可能又は困難であるとの事情の存在が認められないことは前述のとおりであるから,特許無効審判請求における発明の要旨の認定に際しても,特許請求の範囲に記載されたとおりの製造方法により製造された物として,その手続を進めるべきものと解され,法104条の3に係る抗弁においても同様に解すべきで

74

ある。

(2) 本件についての検討

被控訴人は,控訴審係属中の平成23年6月13日の第3回口頭弁論期日

において同年6 月1 0 日付け準備書面( その3 )を陳述し,その中で新たに,本件特許の無効理由として,特許法29条1項3号,2項を主張して乙30文献を提出してきた(したがって,関連する無効2008 − 800055号特許無効審判請求には引用例として提出されていない。)ので,以下,その当否について検討する。

ア 乙30文献の内容

(ア)乙30文献(出願日平成12年〔2000年〕2月3日,国際公開日

2000年〔平成12年〕8月10日,PCT/US00/02993,WO 00/46175,名称「MICROBIAL PROCESS FOR PREPARING

PRAVASTATI N」〔 訳文 プラバスタチンの微生物学的製法〕,公表特許公報 特表2002 − 535977号)には,次の記載がある(ただし,訳は公表特許公報(乙30の2)による。)。

・「発明の分野

本発明はプラバスタチンの製法,特にプラバスタチンの工業規模で

の微生物学的製法に関連する。」(乙30文献1頁2∼4行,公表特許公報の段落【0001】)

・「発明の背景

アテローム性動脈硬化症および特に冠動脈閉塞症の最大の危険因子

は高血しょうコレステロール値である。 この2 0 年間, コレステロール生合成の主要な律速酵素としての3-ヒドロキシ3-メチルグルタリル補酵素 Aレダクターゼ( EC.1.1.1.34)が幅広く研究されてきた。プラバスタチン,すなわち式Iで示される化合物

75

【化5】

および他の関連化合物( コンパクチン, メビノリン, シンバスタチン)は HMG-CoAレダクターゼ酵素の拮抗阻害剤である[ A. Endo et al., J. Antibiot.29,1346-1348(1976);A.Endo et al.,FEBS Lett.72, 323-326(1976);C.H.Kuo et al., J.Org.Chem.48,1991(1983)]。」(乙30文献1頁5∼12行,公表特許公報の段落【0002】∼【0004】)

・「生物変換終了後,プラバスタチンはブロスまたは糸状カビ細胞分離

後に得られたろ液のいずれかから抽出することができる。糸状カビ細胞はろ過または遠心分離のいずれかによって除去することができるが,特に工業規模では全ブロス抽出を行うのが有利である。抽出前に,ブロスまたはブロスろ液のpHを無機酸好ましくは希硫酸で3.5∼3.7に調整する。抽出は酢酸エステルおよび炭素原子数24の脂肪族アルコール,好ましくは酢酸エチルまたは酢酸イソブチルで行う。抽出ステップは,酸性 pHでプラバスタチンからラクトン誘導体が形成されるのを防ぐ意味できわめて迅速に行うのがよい。」(乙30文献14頁15∼23行,公表特許公報の段落【0042】)

・「発酵が終わったところで,650μg/mlのプラバスタチンを含

む4.9リットルのブロスのpHを,連続かく拌しながら2Mの水酸化ナトリウムで9.5∼10.0へと調整し,次いで1時間後に20%硫

76

酸でpHを3.5∼3.7に調整した。その後,この酸性溶液を2.45リットルの酢酸エチルで抽出した。相を分離し,乳化有機物相から遠心分離により清澄エキスを分離した。

このブロスを,前述の方法により2×1.22リットルの酢酸エチルで再抽出し,次いで混合液のpHを1M水酸化ナトリウムで8.0∼8. 5に調整した。相を分離し,酢酸エチル相を前述の要領でpH8.0∼8.5の脱イオン水2×0.2リットルで抽出した。弱アルカリ性水溶液を含む混合プラバスタチンのpHを20%硫酸で,かく拌しながら3.5∼3.7に調整した。得られた酸性溶液を酢酸エチル4×0.2リットルで抽出した。酢酸エチル抽出物を混ぜ合わせ,脱イオン水2×0 .2 リットルで洗浄し, 次いで1 5 0 モル% のジベンジルアミン(HP LCで求めたプラバスタチン濃度に対応させて計算)を酢酸エチル溶液に加えた。 酢酸エチル溶液を容量0 .2 リットルに減圧濃縮した。

得られた濃縮液にさらに20モル%のジベンジルアミンを加え,沈殿溶液を一晩0∼5℃に保持した。沈殿したプラバスタチンジベンジルアミン塩をろ取し,沈殿物をフィルター上で冷酢酸エチルで1回,次いでn − ヘキサンで2回,それぞれ洗浄し,最後に40∼50℃で減圧乾燥させた。得られた粗産物(3.9g)を100mlのメタノールに室温で溶解し,次いで溶液を0.45gの活性炭で清澄処理した。その後,メタノールろ液を減圧濃縮した。蒸発残留物を120mlのアセトンに62∼66℃の外部温度で溶かし,次いで溶液を室温まで冷却した。その後,再結晶を0∼5℃で一晩継続させた。

沈殿した結晶をろ取し, フィルター上で冷アセトンで2 回, n− ヘキサンで2 回, それぞれ洗浄した。 再結晶プラバスタチンジベンジルアミン塩を160ml酢酸イソブチルと80ml脱イオ

77

ン水の混合液に懸濁させた。 その後, 当量の水酸化ナトリウムを懸濁液にかく拌しながら加えた。 懸濁が消えてから相を分離し,プラバスタチンを含む水溶液を酢酸イソブチル2×30mlで洗浄した。 得られた水溶液を活性炭で清澄処理した。 次いで水性ろ液を容量約20mlへと濃縮した。得られた水溶液を0.4リットルSephadexLH − 20ゲル(Pharmacia,Sweden)充填クロマトグラフィーカラム( 高さ: 径= 2 2 ) に注入した。 クロマトグラフィーでは溶離液として脱イオン水を使用し,20ml画分を収集した。画分をLTCで分析し,次いでプラバスタチンを含む画分を前述の要領でHP LCで分析した。純水のプラバスタチンを含む画分を混ぜ合わせ,凍結乾燥させた。こうして,1.75gのプラバスタチンが得られた。その純度はHP LC分析では99.5%を超える。」(乙30文献23頁22行∼24頁下から2行,公表特許公報の段落【0064】)

(イ) 上記記載によれば,乙30文献には,プラバスタチンの工業規模での

微生物学的製法について,特に,その実施例4において,プラバスタチンの製造方法として, ① 4 .9 リットルの発酵ブロスから「 液− 液抽出法」によりプラバスタチンを含有する0.8リットルの酢酸エチルを形成する工程,② ジベンジルアミン塩としてプラバスタチンを沈殿させる工程,③ 再結晶化によってプラバスタチンジベンジルアミン塩を精製する工程,④ プラバスタチンジベンジルアミン塩をプラバスタチンナトリウムに置き換える工程,⑤ プラバスタチンナトリウムを単離する工程が記載されていると認められる(以下,上記各工程を「乙30工程①」等という。)。

イ 本件発明1と乙30発明との対比

(ア) 一致点

78

a 本件発明1の工程a)

乙30工程①は,4.9リットルの発酵ブロスから「液− 液抽出法」

によりプラバスタチンを含有する0.8リットルの酢酸エチルを形成するものであるところ,プラバスタチンを含有する0.8リットルの酢酸エチルは「有機溶液」であり,また,4.9リットルの発酵ブロスから0.8リットルの酢酸エチルを形成するのであるから,「濃縮」有機溶液といえる。

したがって,乙30工程①は本件発明1の工程a)に相当する。b 本件発明1の工程b)

乙30工程②は,ジベンジルアミン塩としてプラバスタチンを沈殿

させるものであるところ,本件明細書の段落【0016】には,「窒素上の置換の有無又はそれが多数であるか否かに関わらず, アンモニア又はアミンの反応によって形成される塩は, 以降アンモニウム塩として言及する。 この意味は, アミンの塩及びアンモニアの塩を包含することを意図する。」と記載され,乙30文献で用いられているベンジルアミンは文字どおりアミンであるから,工程b )は,ベンジルアミン塩としてプラバスタチンを沈殿させることも包含するものと認められる。

したがって, 乙3 0 工程② は本件発明1 の工程b ) に相当す

る。

c 本件発明1の工程c)

乙30工程③は,再結晶化によってプラバスタチンジベンジルアミ

ン塩を精製するものであるところ,前記のとおり,ベンジルアミン塩もアンモニウム塩に包含されるから,工程c)は,再結晶化によってプラバスタチンジベンジルアミン塩を精製することも包含すると認められる。

79

したがって, 乙3 0 工程③ は本件発明1 の工程c ) に相当す

る。

d 本件発明1の工程d)

乙30工程④は,プラバスタチンジベンジルアミン塩をプラバスタ

チンナトリウムに置き換えるものであるところ,前記のとおり,ベンジルアミン塩もアンモニウム塩に包含されるから,工程d)は,プラバスタチンのベンジルアミン塩をプラバスタチンナトリウムに置き換えることも包含すると認められる。

したがって, 乙3 0 工程④ は本件発明1 の工程d ) に相当す

る。

e 本件発明1の工程e)

乙30工程⑤は,プラバスタチンナトリウムを単離するものである

から,本件発明1の工程e)に相当する。

f 以上によれば,乙30発明と本件発明1は,

「次の段階:

a)プラバスタチンの濃縮有機溶液を形成し,

b)そのアンモニウム塩としてプラバスタチンを沈殿し,

c)再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製し,

d)当該アンモニウム塩をプラバスタチンナトリウムに置き換え,そ

して

e)プラバスタチンナトリウム単離すること,

を含んで成る方法によって製造されるプラバスタチンナトリウム」である点で一致する。

(イ)相違点

上記製造方法によって精製されるプラバスタチンナトリウムの濃度に

関し,乙30発明では「純度はHP LC分析では99.5%を超える。」

80

ものであるのに対し,本件発明1では「プラバスタチンラクトンの混入量が0.5重量%未満であり,エピプラバの混入量が0.2重量%未満であるプラバスタチンナトリウム」である点で相違する。

(ウ) 相違点についての判断

a 証拠(乙1・医薬品インタビューフォーム「メバロチン錠等」)及

び弁論の全趣旨によれば,プラバスタチンナトリウムは高脂血症及び

高コルステロール血症等の疾病の治療薬として使用されており, C

が平成9年(1997年)10月ころに頒布した刊行物であ

るメバチロン錠の「 医薬品インタビューフォーム」( 乙1 文献) には,同錠が99%前後のプラバスタチンナトリウムの含量を有する高純度品であり,その類縁物質である「RMS − 414」(プラバスタチンラクトン)の含有量が0.02∼0.06%,「RMS − 418」(エピプラバ)の含有量が0.19∼0.65%であることが記載されていた。また,メバチロン錠・細粒の発売日は平成元年(1989年)10月2日,メバチロン錠10・細粒1%の発売日は平成3年(1991年)12月6日であり,前記のような成分を有するプラバスタチンナトリウム製剤は,本件特許の優先日前に公然取得することができたことが認められ,同認定を覆すに足りる証拠はない。

b 上記認定のとおり,本件優先日(平成12年〔2000年〕10月

5日)以前,医薬品であるプラバスタチンナトリウムにおいて,プラバスタチンラクトン及びエピプラバが低減すべき不純物であることは,乙1文献に記載されており,また,医薬品の技術分野において,より高純度のものを製造することは,周知の技術課題である。

ところで,乙30文献の実施例において抽出工程に供されている培

養液は,本件明細書の実施例と同じく硫酸によって酸性化されていることから,精製前の培養液中にあるプラバスタチンラクトンの量は,

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本件発明1と大きく相違しているとは考えられない。

また,乙30文献の実施例4(段落【0064】)では,純度はH

PLC分析では99.5%を超える程度であったが,さらに高純度のプラバスタチンナトリウムを得るために,乙30文献に記載された精製方法を繰り返したり,最適化することで,より高純度のものまで精製することは,当業者が容易になし得ることである。

そして,本件発明1は,クレームに特定される工程a)∼工程e)

によって高純度のプラバスタチンナトリウムを得るものであるが,乙30発明も,本件発明1で特定される工程a)∼工程e)を備えるものであるから,乙30文献に記載された精製方法によって,本件発明1で達成できた純度が達成できないとは考えられず,そのようにして達成された高度に精製されたプラバスタチンナトリウム塩の純度は,本件明細書の実施例と同程度であると考えられる。

さらに,不純物がより少ない方がよいことは技術常識であるから,

この高度に精製されたプラバスタチンナトリウム塩について,低減すべき不純物の含有量の上限値を特定することも,当業者の容易になし得ることである。

したがって,本件発明1は,乙30発明並びに乙1文献及び技術常

識によって,当業者が容易に想到し得た発明であると認められる。(エ) 控訴人の主張に対する判断

a 控訴人は,本件製法要件では,プラバスタチンアンモニウムを「塩

析結晶化」により高純度精製する(工程c))のに対し,乙30発明では,プラバスタチンジベンジルアミン塩を「再結晶化」するにすぎず,「塩析結晶化」は行っていないのであって,単なる「再結晶化」は「塩析結晶化」とは分離原理が異なるから,プラバスタチンラクトンやエピプラバの含量を本件製法要件と同程度まで低減し得ないこと

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は明らかであると主張する。

しかし,工程c )は「 再結晶化によって当該アンモニウム塩を精製」

する工程であって,「塩析結晶化」に特定されていないところ,乙30文献には工程c)が記載されている。そして,乙30文献に記載された精製方法を繰り返したり,最適化することで,より高純度のものまで精製することは,当業者が容易になし得ると考えられるから,「再結晶化」が「塩析結晶化」とは分離原理が異なることを理由とする控訴人の上記主張は採用することができない。

b また,控訴人は,本件製法要件では,塩析結晶化後のプラバスタチ

ンアンモニウムからいったんプラバスタチン遊離酸を単離し,水洗した後,改めてプラバスタチンナトリウムに変換する(工程d))のに対し,乙30発明では,プラバスタチンジベンジルアミン塩に水酸化ナトリウムを加えて直接プラバスタチンナトリウムに変換しているのであるから,プラバスタチン遊離酸を単離して水洗するという手順を経ず,アミン塩に水酸化ナトリウムを加えて直接ナトリウム塩に変換した場合,全てのプラバスタチンジベンジルアミン塩をナトリウム塩に変換することは不可能であり,相当量のアミン塩が混入することは明らかであると主張する。

しかし,本件発明1は,プラバスタチンラクトンとエピプラバの混

入量を特定するものであり,仮にプラバスタチンナトリウム塩に相当量のアミン塩が混入していたとしても,それによってプラバスタチンラクトンとエピプラバの混入量が増加するとは考えられない。

したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

c さらに,控訴人は,本件製法要件は,過剰のナトリウム陽イオンを

捕捉・除去してプラバスタチン陰イオンと等量比に調整する工程を有する(工程d))のに対し,乙30発明では,そのような工程は設け

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られていないから,乙30発明では,プラバスタチン陰イオンとナトリウム陽イオンとの等量比が崩壊していることは明らかであると主張する。

しかし,上記bと同様に,仮にプラバスタチン陰イオンとナトリウ

ム陽イオンとの等量比が崩壊したとしても,それによってプラバスタチンラクトンとエピプラバの混入量が増加するとは考えられない。

したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

ウ 以上のとおり,本件発明1は,乙30発明並びに乙1文献及び技術常識

から本件優先日当時当業者が容易に発明することができたものと認められるから,法29条2項に違反してなされたものであり,特許無効審判において無効にされるべきものである。

したがって,その余について判断するまでもなく,特許権者である控訴

人は,同法104条の3第1項に従い,被控訴人に対し,本件特許権を行使することができないといわなければならない。

エ なお, 控訴人は, 前記のとおり, 本件発明1 は, プラバスタチンラクト

ンの混入量について「0.5重量%未満」から「0.2重量%未満」に,エピプラバの混入量について「0.2重量%未満」から「0.1重量%未満」に訂正し,同訂正は認容されるべきであると主張するが,仮に,本件訂正が認められたとしても,本件訂正発明1も乙30発明等との関係では無効審判により無効にされるべきであることは前記のとおり明らかであるから,上記訂正の主張は特許法104条の3の抗弁に対する対抗主張としては失当である。

3 結論

よって,控訴人の請求を棄却した原判決は結論において正当であるから,本

件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。

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知的財産高等裁判所特別部

裁判長裁判官

中 野 哲 弘

裁判官

飯 村 敏 明

裁判官

塩 月 秀 平

裁判官

滝 澤 孝 臣

裁判官

東海林保

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