日本でのデポジション

松本直樹
初出: 『国際商事法務』1992年10月号1208頁

Last Modified: 2024年3月6日(水)21時03分24秒
目次
1 ディスカバリー
2 デポジション
3 日本でのデポジション
4 弁護士法
5 主権侵害の問題
6 実質論
7 ビザの問題
8 結語
9 注と引用
10 新型コロナ (COVID-19) 下でのデポジション (2023年12月加筆)
11 補足 (2023年12月加筆)

 本稿は、もともと、米国の民事訴訟で証拠としてその記録を使うためにデポジション(deposition: 証言録取)を日本でとる方法について調べたところ米国国務省が説明しているところに疑義を持ったことから、疑問点をまとめたものである。特に、同省が日本の外務省ないし法務省の見解であるとして説明している部分には、まったく理解しかねるものがあった。

 この際に、デポジション等一般について簡単に説明したうえで疑問点を御報告した。我国ではディスカバリー(discovery: 開示手続)の現実に必ずしも馴染みがないとも思われたためである。

 専らデポジションについて論じた文章ではあるが、デポジションがどう行われるべきものかについての知識は(特に日本でどう行われるべきかについての知識は)、日本企業が米国の特許訴訟に対応するに不可欠なものなので、『米国特許法研究室』にも相応しいとも言えると思う。

 なお、本稿では、連邦裁判所での訴訟を前提としている。御存知のように、米国では、連邦の裁判所と各州の裁判所が別系統の組織として存在しており、訴訟手続法も基本的にはそれぞれのものが適用されることになっている。そこで、厳密な議論のためには各個についての検討が必要となるが、本章では、便宜、連邦裁判所に適用のあるFederal Rules of Civil Procedure(「連邦民訴規則」または「民訴規則」)およびFederal Rules of Evidence(「連邦証拠規則」または「証拠規則」)に規定されているところだけを扱うことにする。特許訴訟は連邦裁判所の専属管轄であるから、特許訴訟に限って言えばこれで十分である。

国務省の文書の変遷について(1997年9月20日追記、その後もさらに追記)

 本稿は、United States Department of State, Office of Citizens Consular Services, East Asia and Pacific Division, Obtaining Evidence in Japan (1991) に言及していますが(というか、私のこの文章全体がこの米国国務省の文章に対する批判であるといえますが (2023年12月加筆: 1991年10月16日付けの国務省からの私宛の書簡(これがそのPDF)で送付された「Obtaining Evidence in Japan」を検討対象としていたはずです。その経過について 3.2 に加筆しました))、これがインターネット上で公開されているのを見つけました。 インターネット上の同文書(2004年11月26日、アドレスがちょっと変わっていたのでなおしました) こないだまで見つけられなかったのですが、今回AltaVistaで検索したら簡単に見つかりました。単にタイトルを全文入れただけです。これまで私がサーチエンジンの使い方を知らなかったと言うことだろうか? それとも、最近登録されたのかも知れませんね。このファイルの日付は1997年5月25日になっていますから。(2023年12月加筆: 当時のファイルの中に、このバージョンだと思われるもの(紙の状態)を見付けました。スキャンしたのでアップしておきます。1997年7月14日の日付がフッターに入っていますが、この日に、私がネット上で見てプリントしたのだと思われます。)

 面白いのは、微妙に表現が変化していることです。段々と、断定的でなくなっています。私の手許には、1989年8月、1991年8月、そして今回の1997年5月25日(本文中には日付は出ていないのですが、AltaVistaに表示されたファイルの日付がこうなっています)、と3つのバージョンがあるのですが、最初のものでは「日本の弁護士法3条と72条は、〜禁止している」と、簡潔に断定しています。それが1991年のバージョンでは(『国際商事法務』に論文を書いた際にはこれを対象にしたのですが)、「It is our understanding that 〜」との表現がかぶさって、一段ひいた言い方になりました。今回の1997年バージョンでは、さらに、「It is our understanding that」に加えて、「may prohibit」となっているんですね。国務省もおかしいことにやっと気づいたのかも知れません(私も1991年当時に国務省と電話で議論したり手紙を出したりしましたから、こうした変化に影響を与えているかも知れません)。誤りを正すに遅すぎるということはありませんから、放っておくよりいいとは思います。しかし、この文章はあいかわらず全体としては一所懸命“違法だ、違法だ、領事館でやるんでないと違法だ”と言おうとしている調子です。それでいて「may」というのはいったい何なんでしょう?

 (2004年11月26日追記: 現在のものでも残っていますね。「It is our understanding that Articles 3 and 72 of the Japanese Lawyer Law may prohibit the taking of depositions in Japan by private attorneys not admitted to practice law in Japan.」となっています。改めて見直すと (簡単にですけど)、それでいて、「General Summary」では、「It is our understanding that Japanese law permits the taking of a deposition of a willing witness for use by a court in the United States only if the deposition is presided over by a U.S. consular officer pursuant to a court order or commission, and is conducted on U.S. consular premises, ... で、日本法への言及はなくて、米国の連邦民事訴訟法規則などだけが典拠とされているのですね。ここにキャッシュ。文中には、「gaikokuhu jimubengoshi」なんて、ミスタイプも見られます (oが抜けている)。)

(以下、2020年11月1日さらに追記)

 現在、この辺の言葉でググると、国務省のページは無いようで、代わりに Depositions in Japan という文書が、駐日米国大使館のものとして見られます。この文書では、Japanese Lawyer Law (弁護士法)への言及は無くなっていますが、でも結論は同様で、その根拠としては日本政府がそう言っている、ということになっています。こう言われると、その限りでは事実そのとおりかも知れません(日本政府は先例を重視しますから)。日米領事条約17条の引用に続けて、次のとおりです:

This general reference to the authority of consular officers to take depositions has been interpreted by the Government of Japan very strictly. Japanese law and practice, and the mutually agreed upon interpretation of the United States - Japan Consular Convention concerning obtaining evidence in Japan, permits the taking of a deposition of a willing witness for use in a court in the United States only:

1. if the deposition is presided over by a U.S. consular officer (in order for the consular officer to preside over the deposition, it must be conducted in the English language);
2. is taken pursuant to a U.S. court order or commission;
3. and if any non-Japanese participant traveling to Japan applies for and obtains a Japanese special deposition visa.

Therefore, depositions may be taken in Japan:

1. pursuant to a commission (28 U.S.C. App. Fed. R. Civ. P. Rule 28(b)(2)) to take a deposition issued by a court to any Consul or Vice Consul of the United States at Tokyo/Osaka or
2. on notice, provided a court order specifically authorizes a U.S. consular officer to take the deposition on notice. Japanese authorities have informed the United States that Japan does not permit the taking of testimony via telephone.

 上記をグーグル翻訳した結果が次です(多少は手を入れました):

 領事館の職員が証言録取を行う権限についてのこの一般的な言及は、日本政府によって非常に厳密に解釈されています。日本の法律と慣行、そして相互に合意された日本での証拠の入手に関する日米領事条約の解釈は、米国の裁判所で使用するための自発的な証人の証言録取を次の場合にのみ許可しています:
  1.デポジションが米国領事館職員によって行われる場合(領事館職員がデポジションを主宰するためには、英語で行われなければなりません)。
  2.米国の裁判所命令または指示に従って取得されます。
  3.また、日本に旅行する外国人参加者が日本の特別証言録取ビザを申請して取得した場合。
 したがって、次の様に日本では証言録取が行われる可能性があります:
  1.東京/大阪の米国領事または副領事に裁判所が発行した指示(28USCApp。Fed。R.Civ。P.Rule28(b)(2))に従い証言録取を行う、または
  2.通知に応じて、裁判所命令により、米国領事館の役員が通知に基づいて証言録取を行うことを明確に許可している場合。日本の当局は、日本が電話による証言の取得を許可していないことを米国に通知しました。
(以上、グーグル翻訳を少し修正)

(以上、2020年11月1日の追記)


1 ディスカバリー  目次へ戻る

 デポジションは、ディスカバリーの手段の一つである。

 一般に、米国の訴訟での弁護士の労力の80%は、ディスカバリーに費やされると言われる。ディスカバリーは、相手方等に対する一種の捜査である(同時に、この手続の中で双方の主張の整理等もなされる)。警察が捜査令状をとって被疑者の家を捜索して証拠を押収するのと同様に、相手方の保管している関係書類を提出させたり、場合によっては、現場に立ち入って捜査をすることができる。また、逮捕して取調べをするのと同様に、(逮捕するわけではないが)一種の取調べであるデポジションを求めることができる。手持ちの証拠に加えて、こうして得た証拠で、トライアル(trial: 正式事実審理)を戦うことになる。

 ディスカバリーによって得られるものは多く、勝訴のためには多大な労力を投入する必要がある。それはすなわち、多額の弁護士費用がかかることにもなる。これが、米国の訴訟が高くつく主因である(そもそもの弁護士報酬の水準も日本より高いとは思うが)。

2 デポジション  目次へ戻る

 一種の捜査としてのディスカバリーの手段には、他にもドキュメントプロダクションリクエスト等があるが(民訴規則26条(a)に一般的規定がある)、情報の取得のためにはデポジションが最重要である。デポジションでは直接に口頭で質問することになるので(書面での質問によるものもあるが、ここでは、一般的な口頭でのデポジション(oral deposition)を想定した)、その答えに応じて柔軟に質問を展開することができることから、情報を得る目的のために役に立てやすいのである。

2.1 デポジションの目的

 デポジションは、捜査として情報を得ることを目的とする場合があるとともに、証拠を保全しておくという意味もある。

 米国の民事訴訟では、厳格な証拠法則があり、伝聞証拠(hearsay)を事実認定に使うことは原則としてできない(連邦証拠規則 802条)。伝聞証拠とは、反対尋問のできない供述のことで、法廷での証言以外の供述がこれに当たる。供述の内容を証明に使用したい場合にそれが文書となっていると、伝聞証拠ということになり、例外として特に許される場合に該当しなければトライアルに提出することが認められない。

 これに対して日本の民事訴訟では、こうした証拠法則による制限が無く、どういう文書でも証拠とすることができる。無制限であれば、例えば日本に居て米国にまでは出向いてくれない証人も、その証人に文書を作成してもらって提出すれば足りる。

 ところが米国の民事訴訟では、上述の通り証拠法則があって、こうした方法はとれない。そこで、こういう場合には、デポジションを取っておくべきということになる。デポジションの記録も伝聞証拠には違いないが(デポジションの場で反対尋問をしていても、法廷での反対尋問が問題であり、記録となってしまっているからこれは不可能なので、デポジションの記録はやはり伝聞証拠ということになる)、妥当な手続でとられたデポジションなら、連邦民訴規則32条および証拠規則 804条(b)(1)の規定する例外が適用される。すなわち、証人が外国に居て米国の裁判所のサピーナ(subpoena)で召喚できない場合には、「unavailable」(証拠規則の規定の仕方による; 民訴規則32条(a)(3)もほぼ同内容である)ということでデポジションの記録をトライアルに提出することが許される。具体的には、証拠とする部分をトライアルの場で読み聞かせることになる。

 また、近頃では、デポジションをビデオ撮影することも一般的である(これには民訴規則30条(b)(4)で両当事者の合意または裁判所の命令が必要とされるが、普通は問題なく認められる)。この場合には、証拠とする際には法廷でビデオを見せることになる。デポジション記録の読み聞かせは印象的でなく退屈なのが普通なので、(単なる情報収集ではなく)実際にトライアルで証拠とすることが予想されるデポジションでは、ビデオ撮影をするのが近頃ではむしろ通例となっている。

2.2 実際のデポジション

 デポジションの場所は、証人の住所が遠隔地である場合など以外は、求めた側の弁護士事務所の会議室になるのが普通である。

 デポジションは、宣誓(oath)をさせる(administrate)権限を有する者の面前でなされる必要がある(連邦民訴規則28条)。米国法では、ノータリーパブリック(notary public: 公証人に相当するが、日本の公証人が極めて人数が少ないのと違って、米国では弁護士事務所のセクレタリーの多くがノータリーパブリックの資格を有しているなど、極めて一般的な存在である)の資格があれば、宣誓をさせることができる。普通は、記録をとる速記タイピスト(「court reporter」と呼ばれる)がノータリーパブリックの資格を持っている。そこで、彼女(男性もいるのだろうが、筆者の知る例はすべて女性である)が証人に宣誓をさせてデポジションの手続が開始される。

 宣誓に続いて、デポジションを求めた側の代理人弁護士がまず尋問をし、続いて相手側代理人が反対尋問をする。

 尋問に際して、トライアルでの証人に対するものであったならば不適切とされるような質問(伝聞証言を求める質問や、事実証人に対して意見を求める質問等)に対しては、相手方代理人から異議が挟まれる。異議は、デポジションの記録が後にトライアルで使われる際に、その部分を証拠法則に従って排除することを求める権利を留保する意味を持つ(異議があった部分について裁判官がトライアルの場で採否を決定する)。

2.3 デポジションに応じる義務

 どんな場合にデポジションに応じる義務が生ずるかは、誰のデポジションなのかによって違う。すなわち、訴訟の相手方当事者のデポジションをとろうという場合と、第三者のデポジションをとろうとする場合とでは、違いがある(ただし、近時の改正の結果、後述のとおり実際的な差異は殆ど無くなった)。

2.3.1 当事者証人の場合

 当事者の場合には、主題と日時および場所を記した通知(notice)を送付するだけで、これに応じる義務が生ずるものとされている。通知が不合理で従えないという場合には、通知を送られた側の方で、民訴規則26条(c)に従って申立て(motion)をして通知の効力を否定する保護命令(protective order)を裁判所に発布して貰う必要がある。保護命令の無いままに通知に応じないと、制裁が科されることがある(37条(d))。

 もっとも、通知に応じない場合の制裁はさほど強力なものではない。裁判所の命令に従わない場合には裁判所侮辱罪(contempt of court)として収監することもできるのに対して、この場合は、そのために余分に必要とされた費用の負担を命ぜられることがあり、場合によっては関係の争点について不利益に決定されることもあり得るというに止まり、収監まではない(37条(d)は37条(b)(2)の(A)から(C)は準用しているが (D)は準用していない)。

 単に通知に応じないだけでも、以上のとおり限定的ながら制裁もあり得るが、これがすぐさま発動されるわけではないのが普通である。通知したところに応じない場合には、典型的には、求めた側が申立てをして手続を強制(compel)する趣旨の裁判所の命令を得て、これにも従わない場合に初めて37条(b)(2)に規定される制裁が科される、といった具合になる。

 通常は通知に応じるから、裁判所の関与は無い。デポジションを求めた側が、会議室と速記タイピストを手配し(多くの場合はビデオ撮影者も用意することになること、既述のとおりである)、両当事者代理人が出席して、裁判所とは関係なく行われる。裁判所を煩わせるのは、当事者が手続について折り合えなかった限られた場合だけであり、他の通常の場合は裁判所の関与はデポジションの記録が後に裁判記録の一部とされるだけである。

2.3.2 民訴規則30条(b)(6)

 法人が当事者の場合には、デポジションを求めるにしても、具体的にどの人の尋問をしたら良いのかわからない、ということがままある。こうした場合には、民訴規則30条(b)(6)によって、尋問の内容だけを通知すれば良いことになっている。通知を受けた側の当事者の方で、その内容について証言するのに適切な取締役等を指名しなければならない。

2.3.3 第三者証人の場合

 第三者の場合には、裁判所による出頭命令であるサピーナが45条に従って出された場合に初めてデポジションに応じる義務が生じる。ただし、1991年12月施行の連邦民訴規則の改正で、この手続が変更されている。本来的には裁判所が発することに変わりはないのであるが、裁判所の名前でサピーナを発する権限が、一般的に代理人弁護士に与えられることになった(民訴規則45条(a)(3))。そこで、第三者を召喚する場合にも、裁判所の手を煩わせる必要が無くなった。

 第三者証人についても、多くの場合は、この意味での裁判所の関与も無い(すなわち、サピーナが必要なことは、それほど多くはない)。もっとも、サピーナを発することも例外的という程ではない。例えば、“相手方当事者ではない相手方関係者”を証人としようとする場合である。こういう場合は、任意には応じてくれないことも少なくはない。

2.4 外国でのデポジション

 外国に居る証人のデポジションをとるには、その国での手続が必要となることがある。

 連邦民訴規則26条(c)は、デポジションの場所について、裁判所に広範な裁量権を認めている。裁判所としては、事案の諸特性を勘案して適当と思われる判断を下せば良いことになっている。

(2020年11月1日追記: ここで26条(c)を根拠としているのは、適切なのか、ちょっと疑問です。当初の執筆時にどういう理解でいたのか、記憶が定かでないのですが。26条(c)は保護命令(protective order)の条文であり、場所の決定についての裁判所の裁量権を特に規定するものではありません。それでも、場所について覆すためには裁判所の保護命令が要るからこれで根拠たり得る、という考えだったのかも知れませんが。。むしろ条文としては、28条に言及するべきと思われます。下の 3.2.1 で加筆しますが、28条の(b)項は特に外国での手続きについて規定しています。)

 もっとも[ソルター事件]は、“会社に対するデポジションはその主たる事務所の所在地で行う”との原則が確立しているとしている。したがって、少なくとも第5サーキットでは、日本の当事者は、求められたデポジションを日本で行うことを請求できる(他のサーキットでも同様の判例法が形成されているところが少なくない)。実際には、日本で行うことは、日本側の当事者にとっても余り都合が良いわけではないことも多いであろう(担当している弁護士に日本に来て貰わなければならないことになるから)。しかしそういう場合でも、相手方にとっては一層純粋に負担となるところなので、ディスカバリーの進め方などについて交渉する際の材料としては役に立つ。

3 日本でのデポジション  目次へ戻る

 日米領事条約に、領事官がデポジションをすることができるとの規定がある。国務省は“この規定による以外では、日本でデポジションをとることはできない”と説明しているが、疑問である。

3.1 日米領事条約

 日米領事条約17条によれば、領事官は、本国の裁判所のためにデポジションをとることができる。同条は次のように規定している: 「領事官は、その領事管轄区域内において、次のことを行うことができる。」「派遣国の法例に従い、かつ、接受国の法例に反しないような方法で、接受国内にあるすべての者に関し、」「派遣国の裁判所その他の司法当局のために、その者が自発的に提供する証言を録取すること。」(17条から、その(1)(e)(ii)に関係する部分を抜粋した)。

 同条は、これ以外でのデポジションを禁じているわけではない。単に、上記のとおり、領事官の職務としてできると規定しているだけである。

 なお、領事条約によるデポジションは、あくまでも「自発的に提供する証言」についてのものであり、強制的に呼び出す権限が領事官に与えられているわけではない。他国の機関にそんな権限が与えられることがないことは当然であり、条約の文言上も明らかであるが、デポジションを話題にした一般向けの報道の中には、これと違う印象を与えるものも時に見られるので、敢えて付言しておく次第である。

3.2 国務省の説明

 領事条約17条は同条約による以外のデポジションを禁じているわけではないが、米国国務省の配布している文書である「Obtaining Evidence in Japan」[OEIJ])によれば、日本でのデポジションは、日米領事条約のこの規定に従って米国領事館(または大使館)で行われなければ“ならない”とされている。同文書によれば、これは、日本の法律のためであり、具体的には、弁護士法に違反することと日本の司法主権の侵害となることが問題であるとする。

 「連邦民訴規則28条および連邦刑訴規則15条の規定にかかわらず、日本法は、自発的証人(willing witness)のデポジションを米国の裁判所で使用するためにとることを、裁判所の命令または委任に従った米国領事官によって主催(preside)された場合でかつ米国領事館の領域内で行われる場合に限って許している、というのが我々の理解である。この理解は、国務省と在ワシントン日本大使館との間での、また、在東京アメリカ大使館と日本の法務省との間での、徹底的な議論に基づくものである。」[OEIJ]2頁: 筆者の翻訳による)。

 「他の方法で日本でデポジションをとろうとすることは、日本の司法主権(judicial sovereignty)の侵害と見られ得るものであり、これらの手続によらずに日本でデポジションをとろうとした者の逮捕および/または国外退去(deportation)を結果することがあり得る。」(同前)。

 「日本の弁護士法(Japanese Lawyer Law)3条および72条は、日本で法律事務を行うことを許されていない(米国)弁護士が日本でデポジションをとることを禁止している、というのが我々の理解である。」(同前)。

(2023年加筆: 1991年10月16日付けの国務省からの私宛の書簡がファイルにあったので、スキャンしました。これがそのPDFです。「Obtaining Evidence in Japan」が添付されています。これを当時は検討対象としていたはずです。論文においては、書簡は言及せず文書だけを取り上げましたが、この文書の方が一般に出ているものなので、それに言及引用し、私宛の書簡には言及しなかったのだと思います。
 そもそもは、事務所にあった同名の文書を見て疑問を持ち(日本の弁護士法が、領事条約による手続きに限定される根拠というのはヘンだと)、国務省に電話をしたのですね。それでこの書簡中に、私の電話とそこでの私の解釈の説明が言及されています。
 今思うと、英語で電話をかけるのは、ちょっとハードルが高いです。当時は出来たんだなあ。。)

3.2.1 連邦民訴規則28条は外国での手続きの便宜を考えている(2020年11月加筆)

 連邦民訴規則28条は(b)項において、特に外国でのデポジション手続きについて規定しています。(a)項が「(a) Within the United States.」であるのに対して、「(b) In a Foreign Country.」です。28条の条文(コーネル大)同日本語訳(レクシス提供)

 28条(b)項は、まず「(1) In General. A deposition may be taken in a foreign country: / (A) under an applicable treaty or convention;」とあるとおり、外国において条約に従ったデポジションが可能であると規定します。これはもちろんもっともですが、国務省の文書とは違って、これだけではありません。(B)以下が併記されています:
「(B) under a letter of request, whether or not captioned a “letter rogatory”; / (C) on notice, before a person authorized to administer oaths either by federal law or by the law in the place of examination; or / (D) before a person commissioned by the court to administer any necessary oath and take testimony.」

 国務省の文書の「連邦民訴規則28条...の規定にかかわらず、日本法は、」との書き方は、これを反映しているのですね、どうやら。28条は、普通に外国でのデポジションが出来るように規定しています。それに対して、「にかかわらず」との日本の現状だとの説明であるわけです。逆に言って、28条のドラフトにおいては、日本での現状のような状況はおよそ想定されていないと見えます。

 日本以外の国において実際にどうなっているのかは知らないのですが、日本(国務省の言う日本)と同様とは考えにくいです。

4 弁護士法  目次へ戻る

 弁護士法3条は弁護士の職務を規定しており、同72条は、いわゆる非弁活動を禁止する条文である。国務省の上記文書は、上で引用したとおり、日本での領事館外でのデポジション手続に米国の弁護士が参加することは、これらの条項に違反することになるとしている。しかし、このように一般的に考えることが妥当な弁護士法の解釈であるのか、はなはだ疑問である。

4.1 弁護士法72条

 デポジションにおける尋問をするのを日本に事務所を設けて業務とすることが弁護士法72条違反になることは、当然である。しかし、同条は、「業とする」ことのみを禁止している。普通に行なわれる可能性があるものとして想定すべきは、米国の訴訟手続の一部として、たまたま日本で執り行なわれることになったものに関与することである。国務省によれば、これが「業とする」ことに必ずなるということのようである。理解に苦しむところである。

 これが「業とする」ことになるとすると、米国弁護士がクライアントの日本本社をたまたま訪れて会議に出席する、というのはどうなるのであろうか? 両者を区別する理由は見当たらない。こうした“偶発的な会議出席”までもが弁護士法違反であるというのであろうか?

 さらに、これが必ず弁護士法違反になるというなら、領事条約に従ってなされるデポジションで尋問をすることも同じく弁護士法違反になるはずである。領事条約17条は、領事官がデポジションをとり得ることを規定してはいるが、日本の弁護士資格の無い米国弁護士が法律事務をすることを認めているわけではない。したがって、国務省の言うように領事条約の規定する以外のデポジションがすべて弁護士法72条に違反することになるのなら、領事条約によるデポジションで米国弁護士が尋問をすることもやはり弁護士法違反になるはずである。

4.2 法務省の説明

 この問題は、外弁問題との関連もあるためか、法務省では一応の決着が付いているようである。少なくとも上記の“会議”のような例については、「業とする」に該当せず、弁護士法違反の問題を生じないとするのが、法務省の見解である。筆者が口頭で問い合わせたところでは、デポジションの問題もこれと同様であり、“米国での手続の一部がたまたま日本で行われれるためにこれに参加して尋問をする”という場合は弁護士法違反の問題は生じない、ということであった。国務省の説明するところの“法務省の見解”とは、まったく異なっている。太平洋の何処でこうした齟齬が生じたのであろうか?

4.3 日弁連の回答

 日本弁護士連合会に照会したところでも同様の回答を得た。こちらでは、事務総長名の書面をいただいた(平成4年7月29日付け日弁連総第33号)。

(2023年12月加筆: 今さらですが、この文書をスキャンしました。ここにPDF。もの持ちのよいことに、この文章を書いたときの資料ファイルにオリジナルが残っておりました。)

 これによれば、「『業として』とは、反復的に又は反復継続の意思をもって法律事件に関する法律事務の取扱いをすることをいうとするのが判例ですが(最判昭和50年4月4日民集29巻4号 317頁)、結局行為の反復継続性及び反復継続の意思の有無があるか否かの認定問題となります。」「そして、デポジションが日本国内において一時的ないし一過的に行われるものであれば、通常は、『業として』とは認められないといえると考えられます(但し、貴殿が御指摘のような『恒常的に(すなわち、典型的には事務所を開設して)』という場合以外であれば、直ちに『業として』に該当しないとはいえません。)」「従って、貴殿から送付を受けた米国国務省の文書が、上記のような分析をすることなく、日米領事条約に規定する在日米国領事館での手続以外のデポジションは、全て法72条に違反するとの結論をとっているとすれば、それは弁護士法の正しい解釈とはいえないと思料します。」(掲載時は筆者が下線を付していたがここでは略)とのことである。

 なお、同回答は、「日本国とアメリカ合衆国の領事条約17条(1)(e)( )(ママ)の規定に基づいて米国領事館において行う場合と当事者が合意する場所において行う場合とを含む」デポジションを前提としている。そこで、“「業として」なす場合には領事条約による場合であっても弁護士法違反を生ずる”つまり“領事条約によることは弁護士法との関係では何の利点ももたらさない”との点でも、上記の筆者の見解と一致するものである。すなわち、領事条約外でのデポジションで「業として」にあたるため弁護士法違反を生ずるなら、同じく「業として」なす場合には、条約によるデポジションで米国弁護士が尋問をすることも同様に弁護士法違反となる、というのが日弁連の見解である。

4.4 まとめ

 国務省の説く弁護士法の解釈は、文理に反するだけでなく、在日米国領事館自身の行っているプラクティス(領事官によるデポジションにおいて米国弁護士に尋問をさせていること)にも反している。日本の担当官庁等にも、国務省の説明を支持する見解は見出されない。何処から発生したものか、不思議である。

5 主権侵害の問題  目次へ戻る

 国務省の文書は、いまひとつ、主権侵害の問題をとりあげている。デポジションを条約上の根拠なく日本で行うことが、米国の訴訟手続の一部であるからといって、それだけの理由ですべてが当然に主権侵害になるかのように言うのである。

5.1 通知だけによる場合

 既に説明したとおり、通知だけによるデポジション(これが最も一般的である)の場合には、裁判所の関与は無い。トライアルで使用する証拠を得る意味を持つディスカバリーの一環ではあるが、主催するのは裁判所ではない。45条によるサピーナの発行を別にすれば、裁判所の名前での行動は無い。

 デポジションは、ディスカバリーにおける捜査手段の一つではある。しかし同時に、単なる文書作成や会議との比較で言えば、証拠法則があるために必要となる手続である。特に、任意にデポジションに応じる証人の場合には(米国外では領事条約等による場合を含めて、結局この場合にしか可能でない: それ以外は、司法共助によるしかない)、この意味が専らである。すなわち、(単なる文書作成や通常の会議ではなく)デポジションという形をとる理由は、証拠法則に従っての証拠能力を得ることにある。証拠能力が認められるだけの信用性を確保するというだけのことで、権力作用によって取調べをするわけではなく、ここに公権力的色彩は無い。証拠法則の関係以外では、まさに私的な会議である。

 このように、通知だけによる場合については、第三者に対するものも相手方当事者に対するものも、単に当事者が行うものに過ぎず、直接に手続を執り行なうのは私人であり、主権侵害を構成しないものと思われる。

5.2 第三者のデポジション

 第三者のデポジションのうち、サピーナの無いままでの場合には、正にこのとおりであり、主権侵害の問題は生じない(かかる第三者には、デポジションに応じる義務はなく、応じなくても制裁も無いのであるから、後述の当事者のデポジションの場合の強畝力云々の問題に相当するものもない)。

 デポジションに任意に応じない第三者に対しては、米国内に居るなら裁判所のサピーナを発行して強制をすることができるが、これに相当することを日本にいる第三者に対してすることが許されないのは勿論である。結局、司法共助によって日本の裁判所に証人尋問を託する他ない。

5.3 当事者のデポジション

 当事者のデポジションでは、通知だけで応じる義務が生ずるという点で第三者の場合と違いがある。この点で 5.1で述べたところと差があるとの議論もあり得るので、検討の必要がある。

 応じる義務があるということは、ある種の強制力が認められるわけであるから、これを理由にして主権作用であると見る可能性がある。当事者のデポジションでは通知するだけでも強制することになり、その場合には、直接に行為しているのは私人であっても、その強制力は国家権力によって与えられたものであり、その限りでその私人は主権の行使者としての行為をしているから、主権侵害を生じることになる、というわけである。

 しかし、こう考えるとすると、領事条約17条の手続も「自発的に提供」される場合に限られているのと平仄が合わなくなってしまう。領事条約17条は、領事官の職務の一つとして、「その者が自発的に提供する証言を録取すること」をあげている。米国民事訴訟法上の通知を受けた当事者の義務を以て“強制的”であると理解すると(上で確認したところによれば、こう考えることによって初めて主権侵害の可能性が生じるのだと思われる)、かかる義務のある場合のデポジションは領事条約との関係でも「自発的に提供」されるものではないことになるはずである。その結果、領事条約によっても行なえないことになってしまうように思われる(実際は、領事条約下のデポジションは裁判所の命令を得たうえでなされるのが通例であり、より“強制的”である)。

5.4 命令によるデポジション

 既に 2.3.1で説明したとおり、当事者証人が通知に応じない場合は、裁判所の命令を得るのが通常である。また、領事条約17条では、「派遣国の裁判所その他の司法当局のため」のデポジションが規定されていて、実際の領事館でのデポジションは、米国の裁判所による命令(order)または委任(commission)がある場合に限ってなされている(この点は、ビザの関係で7.でさらに議論する)。こうした場合には、その手続は、まさに米国の裁判所のためになされるものであり、領事条約のような規定が無い場合には、主権侵害の問題が生ずることも理解できるところである。もっとも、この場合ですらも、任意に応じている証人の場合には、主権侵害であるとする必要があるとまでは言えないようにも思われる。

 私見のような、私的な手続も許されるとの見解に対しては、“そう解釈したのでは領事条約の規定が無意味になってしまいおかしい”という批判があるかもしれない。この点で、上記の事情は意味がある。領事条約での手続は、米国の裁判所の命令または委任がある場合のものであり、これらは条約の規定が無いと主権侵害となるおそれがある。領事条約の規定は、この可能性を排除する。反対に、私的な手続が可能であるとしても、領事条約の規定がまったく無意味になってしまうわけではない<注1>

5.5 まとめ

  通知だけで裁判所の関与が無い場合には、当事者証人についても第三者証人についても、領事条約によらないデポジションをしても主権侵害とはならないものと思われる。もっとも、当事者証人の場合は通知だけでも応じる義務があり従わなければ(一応は)制裁もあるので、主権の問題も議論になり得る。しかし、第三者の場合は、まったく問題が無い<注2>

6 実質論  目次へ戻る

 主権侵害の議論は、基本的には自国民保護を目的としたものであると思われる。この観点から、日本での手続を制限することの意味を、日米の国民を各当事者とする訴訟を想定して具体的に考えてみる。

6.1 第三者証人の場合

 まず、訴訟当事者以外の証人の場合を検討する。日本国民である第三者が任意に(この場合は“本当に任意に”である)デポジションに応じようというのは、日本側の当事者の関係者が日本側のイニシアティブに従ってその利益になる証言をしようという場合が普通である(証拠法則の問題があることから、この必要があること、初めに説明したとおりである)。こうした場合に、米国の訴訟手続に関係するものだからといって、日本でするのが不自由になるような制限を課すことが、日本国民の保護になるとは考えられない。

6.2 当事者証人の場合

 次に、当事者のデポジションの場合を考える。

 この場合は、日本に居る当事者のデポジションであるから、米国側当事者の求めたものであるのが普通である。米国側のイニシアティブによるものであるから、これに制限を課すことは日本国民の保護となることがあると思われるかもしれない。しかし、当事者として米国の裁判権に服してしまっている以上、これも単なる不自由としかならないのが普通であると考えられる。すなわち、日本でのデポジションに応じないならば(領事館での予約が詰まっているために、領事条約によるのでないと違法だとすると、ディスカバリーの期間内に応じることができないという場合がある: 現実に、東京のアメリカ大使館ではデポジションの予約は半年先まで埋まっていると考えるように言っている)、むしろ“米国に来てデポジションに応じろ”との裁判所の命令が出されることが蓋然的である。

 この場合にも、もちろん、強制的に連行されることはあり得ず、ミクロには自国民保護が達成できる。しかし、米国でのデポジションに応じなければ関係の争点について不利益に認定されてしまう(ひいては敗訴となる)という負担が終局的にはある以上、当事者としては何等かの形で応じないわけにはいかない(すなわち、裁判所に命じられた場合には、米国でのデポジションに行かざるを得ない)。したがって、自国民保護を貫徹できるものではない。それどころか、主権云々の問題がなければ日本での手続を求めることができたものを、米国まで(原則として自分の費用によることになる: 手続地として妥当とされる場所にまで出向くのはその者の義務であり、自己の費用によるのが原則であるとされている)出向かざるを得なくなってしまう<注3>

 [道垣内]が、「日本において、証拠開示命令違反に対するアメリカの裁判所の制裁を背景にしてアメリカの弁護士が証言録取を行うことについて、これを主権侵害と見る見解もあるが、外国での裁判自体が国際法上問題なく、かつ、その裁判と証言録取との間に合理的関係があれば、国際法違反の問題は生じないと解される。」としているのは、こうした実質を踏まえての考えであろうと思われる。

6.3 まとめ

 実質的に考えても、日本での任意のデポジション手続を制限することには通常の場合は意味がない。

7 ビザの問題  目次へ戻る

 日本に当然に入国できる弁護士だけが関係者であるなら(例えば日本国籍を有する弁護士だけが関係している場合)、以上のとおりの“私的なデポジション”を行うのに問題は無い。

 しかし普通は、米国人の弁護士などが日本に入国するためのビザが問題となる。

7.1 “デポジション”ビザ

 領事条約17条下のデポジションでは、手続に立ち会うための特別な種類のビザが発給されている。日米間では短期の滞在についてはビザの免除があるが、この特別なビザの対象となり得るものであれば、そうしたビザのカテゴリーが特にある以上、免除の対象とはならないのはおかしくない。

 ところが、このビザを申請するには、裁判所の命令または委任を証する文書を添付することが要求されている(少なくとも在サンフランシスコ日本領事館での扱いはそうである)。そこで、“私的なデポジション”のためでは、このビザの発給を受けることはできない。

7.2 私的な手続でのビザ

 こうした“私的な手続のためにはデポジション用のビザの発給をしない”実務の意味するところは、“私的な手続の場合には、日本の法律からすれば私人の会議に過ぎないものである”ということのように思われる。在サンフランシスコ日本領事館の文書によると、裁判所の命令または委任を証する文書を添付することを要求しているのは、日米領事条約による領事官の権限は「裁判所その他の司法当局のために」手続をすることなので、これに該当するものであることを確認する必要があることが理由とされている。この説明は、主権侵害の関係での私見とも平仄が合う。

 そうとすれば、私的な手続の場合はビザ免除の対象となるはずである。言い換えれば、裁判所の命令または委任がある場合のデポジションが“デポジション・ビザ”の対象であり、私的な手続はこのカテゴリーには入らず、そのためにはビザ免除での入国が許されるものと思われる。そう考えないと、反対に、私的なデポジションのためでは、日本への入国ができないことになる。

 もっとも、“この取扱いによって私的な手続を禁止しているのである”との考えもあるかもしれない<注4>。しかし、中身が本来は禁止されていないのに、ビザ発給手続の間隙を理由としてできないものとするというのは、随分と奇妙な議論である。また、仮に禁止しているとしたら、いったい何のためであろうか? 自国民保護にもならないというのに。

7.3 現状

 ビザ免除で入国をして領事条約によらないデポジションをしている例は、既にかなりの数にのぼるように見聞している。外務省では、こうした事情を知りながら黙認しているようである。実際に禁止しようという動向は見られないが、積極的に認めているわけでもない。関係者にとっては、予測可能性の無い不安定な状態であり、合理的な対処がなされることを望むものである。

8 結語  目次へ戻る

 以上の次第で、“通知しかないなら、当事者証人についても第三者証人についても、領事条約によらないデポジションもできる”と考える。もっとも当事者証人の場合は、応じない場合には制裁があり得るところから、主権の問題も議論になる可能性がある。しかし、第三者の場合は、まったく問題が無い。

 このように、国務省の言うところは不適切なように思われる。しかも、その議論の出所および動機が不明である。もしかすると、在日米国領事館の設備を使用しなければならないことにした方が、使用料が徴収できて国務省の利益に適うのだろうか? しかし、米国の訴訟関係者の便宜という点では、こうした議論が望ましいものとは思われないのに、何故こんなことを熱心にやっているのであろうか? まことに不思議である。

9 注と引用  目次へ戻る

<注1>

 領事条約17条のデポジションに関する規定の存在意義については、以下のような議論も可能である。

 まず、(条約の規定がなければ)国内法で禁止することもできるのだから、現状においては条約が特に意味を持たなくてもおかしくはない、と言えよう。

 また、米国の民事訴訟法の関係で、デポジションを主催する権限を規定しているという意義がある。特に、連邦民訴規則28条の1963年改正の前は、米国外でのデポジションについては特別の制限があったために、領事条約で特に規定することにも意味があった。

 米国内でのデポジションは、宣誓を主催できる者(ノータリーパブリックなど)の面前でなされれば足りるが、上記の改正前は、米国外では、領事官などによる必要があるものと規定されていた。こうした米国民訴法の規定に対応するものとしての意義があり得る。改正後の法律の下では意味が無いが、日米領事条約は、1963年3月22日に調印されており(発効は翌年8月1日)、少なくともその起草段階ではこうした意味が未だあったのではないかと思われる。また、旧法のような規定にも対処の用意をしておいてもおかしくない、ということもある。加えて、この関係もあって、領事官がその職務として行う事項であるから、(領事官でなくても行い得るものであるとしても)領事条約で規定することは何等おかしくないとも言える。

 なお、上記の連邦民訴規則28条の改正経過は、外国でのでポジションについての一定の考えを示していて興味深い。同条は、デポジションは一定の資格を有する者の面前で取られなければならないことを規定している。この条文のうち、外国での手続についての部分が、上記のとおり1963年に全面的に改正されている。改正の前は、米国外では領事などの面前で行われることが求められていた。改正により、この制限が無くなり、(その地のまたは米国の法律によって)宣誓をさせる資格のある者の面前でなされさえすれば良いことになった。外国での手続の便宜のためであると説明されている(Advisory Committeeによる1963年改正へのNoteによる)。

 これが便宜として意味を持つためには、主権侵害などとはされないことが必要である。すなわち、少なくとも米国は(より正確に言えば“米国はこの改正経過においては”)、デポジションをとることが主権侵害となり得るとは考えていないわけである。 本文に戻る

<注2>

 主権侵害の可能性については、いまひとつ、宣誓との関係での問題がありえる。デポジションでは、2.2でも説明したように、宣誓のうえで証言をさせることになる。当然、これによって(米国法での)偽証罪の可能性も生ずる(そうであるからこそ、証拠法則上の扱いの差もある)。そうすると、この点で主権侵害になるのではないかとの議論がありえよう。とくに、日本の法律では、私的に宣誓させるということを排除しているから(例えば、民訴法 795条2項は「仲裁人は証人又は鑑定人をして宣誓を為さしむる権なし」と規定している)、こうした立論にも説得力があるかもしれない。

 しかし、こうした背景があるにしても、自発的に宣誓をするという証人に(「自発的」であることは当然の前提である)宣誓をさせることが主権侵害を構成しうるものなのだろうか(仲裁人の場合も、「為さしむる権なし」であって、自発的な宣誓までもが禁じられているわけではあるまい)。米国のノータリーパブリックが宣誓させても刑法169条でいう「法律に依り宣誓したる証人」には該当しないのは当然であろうが、自分から宣誓するという者に宣誓させることが“主権侵害”というのもおかしいように思われる。さらに、宣誓させるのはただの速記タイピストであることを現実的に考えてみると、国家主権といった話には余りに縁遠い外観を与えるものであり、宣誓させるのを主権侵害とすることには、いかにも無理がある。

 なおこの点は、上記注1の米国の民訴規則の改訂経過でも考慮されているところであるが、ここから一義的な結論を導くことは難しい。 本文に戻る

<注3>

 いまひとつ、債務履行の要求との比較による議論が可能と思われる。

 米国の当事者を債権者とし、日本の当事者を債務者とする、米国法に準拠して米国で締結された契約に基づく債権債務を想定する。この債務の履行を米国の債権者が日本で求めたとしよう。これを日本の主権侵害であるという議論はあり得ないものと思われる。

 この状況は、デポジションの通知を受けた場合と何等違いが無い。どちらも同じように、要求に応じることは米国法上の義務である。債務の履行を請求することが主権侵害を構成するとの議論はあり得ないのと同様に、デポジションに応じるのを求めることについても、義務があるとしても主権侵害とはならないと考えるべきではなかろうか。

 もっとも、債務については日本法上も義務である点に違いがあると言えるかもしれない。たとえ米国法に準拠しているにしても、日本法から見ても認められる債権債務である、と言える可能性がある。そう考えて“専ら日本法上の義務履行の要求をしているのである”とすれば、形式上の区別が付くようにも見える。しかし、この説明には無理がある上に、無意味である。要求されているのは契約の履行であり、(米国法によるものと日本法によるものとの)二つの権利があるように説明するのは、(たとえ日本法も根拠にできるのだとしても)現実を無視した説明である。

 また、デポジションに応じない場合には制裁があることも、債務履行の要求と比較してみると違いにならない。制裁といっても、費用負担に止まるのが原則である。単なる費用負担なら、債務の履行をしない場合の遅延損害金と同じことである。

 さらに、債務を認める米国での判決があった上での請求を想定しても、日本で履行を求めることが主権侵害になるとは考えらない。これに準ずるなら、“当事者として通知を受けたための義務だけの場合は勿論、裁判所の命令または委任に基づいてのデポジションであっても、これに任意で応じる場合には、主権侵害の問題は生じない”ということにもなりそうである。 本文に戻る

<注4>

 歴史的には、そう見るべき要素もまったくないわけではない。しかし、ビザ免除の協定が発効したのはデポジションのためのビザが設けられたのよりも後のことではないかと思われるし(そうとすれば、私的な手続も免除の対象となるべきものと思われる)、歴史的な経緯というのも明確ではないように見える。こうした事情については、調べる機会が得られなかったので、是非、御指導をいただきたい。 本文に戻る

<引用判例>

 [ソルター事件]: Salter v. Upjohn Co., 593 F.2d 649 (5th Cir. 1979). 引用箇所

<引用文献>

 [OEIJ]: United States Department of State, Office of Citizens Consular Services, East Asia and Pacific Division, Obtaining Evidence in Japan (1991). インターネット上の同文書 (2004年11月26日、リンク修正、law が余計に入っただけですけど。移転していたのですが、Googleでとても簡単に見付かりました。)(1997年7月15日記: こないだまで見つけられなかったのですが、今回AltaVistaで検索したら簡単に見つかりました。単にタイトルを全文入れただけです。これまで私がサーチエンジンの使い方を知らなかったと言うことだろうか? それとも、最近登録されたのかも知れませんね。このファイルの日付は1997年5月25日になっていますから。) 引用箇所 引用箇所

 [道垣内]: 高桑昭など編『国際取引法』(青林書院 1991年)75頁(道垣内正人). 引用箇所

10 新型コロナ (COVID-19) 下でのデポジション (2023年12月加筆)  目次へ戻る

(以下は、2020年11月3日(火)15時21分44秒のメーリスへの投稿を元にしています。)

10.1 日本のデポジションルームとコロナ

 本文書の冒頭に加筆言及した米国大使館の文書の次のところに、現状での予約可能性が書かれているのですが、これがいずれも「Not taking new reservations until further notice. Availability will be announced here.」とされています。新規予約は出来ないのですね、新型コロナのためなのでしょうね。

https://jp.usembassy.gov/u-s-citizen-services/attorneys/depositions-in-japan/#ava

10.2 新型コロナ下での米国内でのデポジション

 次のアドレスのブログ(カリフォルニアの日本語通訳の方のもの)によると、
「そんな中でも決してなくならなかった現場の通訳案件があります。/写真からはわかりにくいですが、デポジションつまり司法分野の現場通訳です。」
とのこと。

https://ameblo.jp/tsu-honyaku/entry-12612369753.html

 ディスタンスを取りながら、でもそれなりにデポジション手続きは行われているのですね、仕方が無いですから。

 リモートでの手続きを認め始めると、国境を越えた手続きでも違って扱うのがいかにも不自然な話になってきます。その点について、上で言及した米国大使館の文書によると、

「Japanese authorities have informed the United States that Japan does not permit the taking of testimony via telephone.」

とされています(妙なところに突然。これは後から加筆されたのでしょうか? )。

 どうせリモートなら、日本にいる人に対するものでもいかにも実際的には同様に出来てしまうわけで、「Japan does not permit」というのはどういう根拠によるのか、また本気なのか、疑問です。。

10.3 新型コロナでZOOMで裁判?

 ZOOMで裁判という話については、次の2020年5月7日付けの記事が思い出されます:

https://scan.netsecurity.ne.jp/article/2020/05/07/44071.html

「裁判所がシスコに Webex ではなく Zoom の使用を命令、「Zoomのセキュリティ脅威」主張認めず

 裁判官は特許侵害に関するリモート裁判に際し Cisco に、同社のビデオ会議システム Webex ではなく最大のライバル Zoom を使用するように命じた。」

 今ググっていたら(2023年の注、2020年春のことです)、最高裁のヒアリングについて、次のような記事が目に付きました:

https://www.asahi.com/articles/ASN552V7PN55UHBI001.html

米最高裁、電話会議で遠隔審理 230年の歴史で初
新型コロナウイルス
ニューヨーク=鵜飼啓2020年5月5日 9時00分

 日程については、「米最高裁は、3月下旬と4月に予定されていた審理を延期。延期された案件のうち、この日の案件を含めた10件について4〜13日に遠隔審理を行う予定だ。」とされています。

10.4 遠隔で陪審トライアル?

 先日、ググって見付けたのは、次の記事です。これだと、まるで陪審トライアルがzoomで行われたかのような見出しですが:

https://japanese.engadget.com/jp-2020-05-19-zoom.html

「米テキサス州でZoomを使った遠隔陪審裁判が実施」

 でも中身をよく読むと、そうではないみたい。この記事は、「ロイター通信が報じました。」とのことで、伝言ゲームで妙な事になっている面があるようですが、次のとおり:

「2020年5月18日(現地時間)、新型コロナ対策として、米国テキサス州でZoomを使った陪審制度が採用されたことをロイター通信が報じました。
 米国では新型コロナウイルスによるパンデミックの影響により、感染を広める可能性のある陪審裁判の開催が保留されています。
 そのため、各州では感染のリスクを避ける形での陪審裁判の方法を模索しており、このたびテキサス州では全米初となるオンラインミーティングアプリ「Zoom」を使った陪審裁判が採用されたとのこと。
 ロイターが伝えたところによると、選出された陪審員はZoomを使って双方の弁護士の議論を聞き、評決を下します。この模様は裁判の透明性を公にするためにYouTubeのライブストリーミングで配信されます。評決が下されたのち、裁判の当事者は和解交渉を行うという仕組みです。」

 「YouTubeのライブストリーミングで配信」とか、完璧な公開です。「評決が下されたのち、裁判の当事者は和解交渉を行うという仕組み」というので、本当の陪審トライアルとは違うのかな、とも思います。まあ、本当の陪審トライアルでもその後も和解交渉はあるわけですが。。(陪審評決後、判決前、に和解というのは結構あるもので、実際、セガの件がそうでした。ここで書いたように。)

11 補足 (2023年12月加筆)  目次へ戻る

(以下は、2020年11月8日(日)23時42分37秒の投稿に基づきます。)

11.1 宣誓の手続きが問題

 デポジションをリモートで行うについては、宣誓を in person でさせることを求めている規定が問題となります。これについて、多くの州で、対処しています。

 たとえばワシントン州の場合(ググったら出てきたというだけですが)、次の様に最高裁の命令という形で、リモートで宣誓をさせ得る、これに反する法令は否定、ということになっています。

 

http://www.courts.wa.gov/content/publicUpload/Supreme%20Court%20Orders/
25700B610EMERGENCYORDERTemporarySuspensionofInPersonOathsandAffirmations.pdf

IN THE MATTER OF TEMPORARILY
SUSPENDING LOCAL AND STATE COURT
RULES THAT REQUIRE IN-PERSON
ADMINISTRATION OF OATHS OR
AFFIRMATIONS

11.2 実際的には難しい; 敵性証人の場合など

 リモートで行うのは、実際的には、敵性の証人に対するデポジションやトライアルでの尋問が問題だと思うのですよね。

 そういう場合は、単なる返事の言葉やその意味内容ではなく、返事する様子を見たい見せたいという場合もある(むしろ多い)わけです。そうすると、リモートでは微妙なところがいかにも難しいのではないか、またそのように心配されて、出来れば面前でやりたい、ということになるのではないか、と思われます。

11.3 ヒアリング(弁論)はマシ

 ヒアリング(弁論)は、上記の敵性証人の問題は生じないので、スムーズに行えるし、現に普通に行われつつあるように思います。つまり、ヒアリングの場合は、話し手が積極的なわけです。ちゃんと聞こえるように、聞こえやすいように、努力するのが当然です。これだと余り問題が起こりません。

 昔から、電話でのヒアリングはかなり行われてきたと思います。日本でもあるんですが、まあ日本では弁論手続き一般がさほど議論をしない(内容は主に書面による)のに比べて、米国では議論を本気でしている場合が結構あるわけですが、それが電話でも行われていたようです。自分の、30年前の限られた経験でもそうでした。

 そういうわけで、CAFCを含む控訴審や最高裁では、積極的にリモートでの手続きをやっているんだろうな、と思った次第です(実際の程度がよく分かる記事は見付けられないでいますが)


http://matlaw.info/DEPO.HTM
松本直樹のホームページ(http://matlaw.info/index.htm)へ戻る
御連絡はメールで、上記のホームページの末尾にあるアドレスまで。


(HTML transformation at 19:28 on 15 March 1997 JST
using WordPerfect 5.2J with my original macro HTM.WPM)

 2004年11月26〜28日、ネット上の Obtaining Evidence in Japan を改めて検索、体裁の変更など。 2006年6月25日(日)、ちょっと推敲。

 2020年11月3日、先週ちょっと話題にしたので、久しぶりに見直して訂正と修正。国務省のページはなくて、米国大使館のページが代わりにあったことなど。

 2023年12月9日、10の中身を書き入れました。加えて11も。いずれも2020年春に研究会のメーリスに投稿した文章を元にしています(最小限の推敲をしました)。また、4.3で言及した、日弁連の文書をスキャンしたPDFをアップしました。 12月10日、3.2 などで言及の、国務省からの書簡をアップするなどしました。