Last Modified: 2010年08月14日10時31分

「ザ・ファーム/法律事務所」における郵便詐欺と連邦の権限 

by 松本直樹(未刊行)

 とくに米国の法制度を知らなくても、「ザ・ファーム」のサスペンスを楽しむことはできます。しかし、ストーリーを的確に理解するには、連邦制度などに関する知識が必要です。

目次
1 あらすじ
2 疑問点
3 郵便詐欺は連邦法違反
4 連邦制との関係
5 州警察の限界とFBIの必要性
6 FBIの権限
7 郵便詐欺が連邦法違反である理由
8 特許についての憲法の規定
9 郵便詐欺の刑の重さ
10 時間制による弁護士報酬
11 弁護士を使うためのコンサルタント
12 ストーリーの中での郵便詐欺の意味
13 守秘義務の限界 


1 あらすじ  目次へ戻る

 ミッチ(トム・クルーズ)は、ハーバード・ロースクールを優秀な成績で卒業する。米国を代表する、ニューヨークやシカゴの大手法律事務所から引く手あまただ。ところがそんな彼に、テネシー州メンフィスの小さな法律事務所から、実に魅力的な勧誘が来る。大手法律事務所をしのぐ高給。しかも、低利の住宅ローンや、事務所所有のベンツが私用に自由に使える、などなどの破格の条件。彼はこの事務所に就職する。

 しかし、何かがおかしい。事務所は「家族的」であるとしてそれを誇るのだが、いままでに中途で辞めた弁護士が皆無。ただし、2人の若手弁護士が死んでおり、彼がメンフィスに到着した直後にさらに2人が事故死する。

 実は、この法律事務所は、シカゴのマフィアの獲得した不正な資金について、その不法を隠すための工作、いわゆるマネー・ロンダリングを主要な職務としていたのである。事務所のパートナー(経営者弁護士)たちは、この秘密を共有している。4人の若手弁護士は、この秘密を知って裏切ろうとしたために消されたのだった。

 ミッチは、FBIのエージェントであるタランスから捜査に協力することを強要される。しかし、捜査に協力すれば、仮にそれが上手くいったとしても、その後は復讐しようとするマフィアにつけねらわれ続けることになる。FBIはそれなりの保護をしてはくれるだろうが、どれだけあてになるものか。さらには、顧客の秘密の漏洩という、重大な弁護士倫理違反を犯すことになる。弁護士としての資格を剥奪されることになるだろう。といって協力しないでいては、事務所の犯罪に荷担したことになってしまう。

 ちょうどそんな中で、ミッチは、事務所が依頼者に対して、実際に各弁護士が使った時間に比べて水増した時間を基にして報酬を請求していることを発見する。厳密に言えば、これは詐欺だ。請求書は郵送されているから、郵便詐欺にあたることになる。ミッチは、マネー・ロンダリングの点についてではなく、事務所の郵便詐欺についてだけ、FBIの捜査に協力することにするのだが……。

2 疑問点  目次へ戻る

 A: トム・クルーズがかっこいいし、知的な上にアクションもふんだんにあって、本当に面白かったんだけれど、中で「郵便詐欺」というのが何のことか分からなかったわ。随分な重罪のように言われていたけれど、いったい何なの? 詐欺とは違うわけ? 郵便を使った詐欺のことみたいだけれど、そんなものをわざわざ別扱いにする必要なんてどうしてあるの?

 B: まあまあ、そうあわてないで。そんなにまとめて質問されても返事ができないよ。まず、郵便詐欺というのは、連邦法上の犯罪なんだ。ただの詐欺は州法上の犯罪にしかならないのに対して、連邦法違反だという点が違う、ということ。わかるかな?

 A: 同じ詐欺でも、原則としては州法違反だけなのが、郵便を使うと連邦法上の犯罪になるというのね。でも、どうして「郵便」だけが連邦法違反になるわけ? 重大な犯罪については連邦法にも規定がある、とかいうならわかるような気もするんだけれど。どうして郵便が問題になるの?

 B: う〜ん、そうか。たしかに、ただ“郵便詐欺は連邦法違反”といっても、訳の分からない話にしかならないね。これは、米国の連邦制度と連邦憲法が原因なんだ。少し長くなるけれど、連邦制度の基本から説明しないといけないようだな。

3 郵便詐欺は連邦法違反  目次へ戻る

 映画の中で郵便詐欺(mail fraud、メールフロード)の話が最初に出てくるのは、ミッチが依頼者から報酬が高すぎるとの文句を言われる場面です。請求時間が余りに多いので“水増しているのではないか?”ということで、“水増なら詐欺だ”“詐欺の請求書を郵送したら、郵便詐欺になる”というわけです。

 英語のセリフでは、この罪のことをフェデラル・オフェンス(federal offense)といっています。字幕(ビデオの)ではこれが単に「犯罪行為」とされていますが、これでは十分な説明にはなっていない面があります。「フェデラル・オフェンス」というのは、連邦法に違反する犯罪を意味しているのです。

4 連邦制との関係  目次へ戻る

 では、連邦法違反というのには、どういう意味があるのでしょうか? どうして「郵便詐欺」が連邦法違反になっているのか疑問に思われるでしょうが、この点はひとまずおいて、まずは、連邦法違反となると何が違うのか、御説明しましょう。

 米国は、いわばアメリカ合「州」国であり、50の州が集まって形成されていることはよく知られているところです。しかし、その実際的な意味についてはどうでしょうか?

 連邦制国家である米国では、基本的には各州こそが主権国家であるとされ、「アメリカ合衆国」はそれが集まってできたもの、すなわち連邦であるとされます。各州は、通常の国家のようにあらゆる事項にわたる「主権」を持ちます。これは多分、アメリカ人にとっては極めて自然なことだろうと思われます。米国の各州は「state」と言われるわけですが、世界の他の国についても(たとえば日本とかフランスとかの国のことを)「state」という言い方をすることがあります。こうした言葉の使い方からすれば、米国については各州こそが国であると考えるというのも不思議ではありません。少なくとも用語の上では“各州を国と見る見方”が表れている、ということができるでしょう。

 このように、原則として各州こそが国であり、主権国家としての一般的な権限を持つのです。したがって、州は基本的にはどんな法律を制定することもできます。米国の各州は、一見したところでは、日本の都道府県に対応したものともいえますが、むしろ各州が国に対応しているという方が原則にはかなっています。

 これに対して連邦は、一般的な主権を有するわけではありません。連邦憲法に規定された権限だけを有するのです。ですから、連邦の各機関も、当然ながら連邦憲法に規定された権限しか行使することはできません。連邦議会の立法権は、連邦憲法に規定されているところに限られます。連邦議会が制定した法律が有効な連邦法とされるためには、連邦憲法のいずれかの条項を根拠としていることが必要になります。同様に、連邦行政府の行為も、連邦裁判所の裁判権も、連邦憲法に基礎を有する必要があります。

 連邦の権限は、連邦憲法に規定されているところに限られますが、その範囲内では、州の議会による法律よりも優先します(連邦憲法6条2号)。連邦憲法にしたがった連邦法がある場合には、それに反する州法を制定することは許されません。仮に制定された場合にも、無効とされます。

5 州警察の限界とFBIの必要性  目次へ戻る

 州が基本であるというのは、警察についても同様です。もともとは、基本的に各州および自治体の警察だけだったもので、それがバラバラに活動していたのです。

5.1 日本の場合

 日本でも、現在では、都道府県別の公安委員会と警察を中心とする体制がとられています。これは、戦後改革の一つとしてつくられたものですが、米国の制度を模したものであるといわれています。

 戦前は、警察権はすべて国の権能として行使されていたもので、中央集権的な体制がとられていました。現在の制度では、各都道府県知事の所轄の下におかれる各都道府県公安委員会が、各都道府県警察を監督することになっています。地方自治を尊重した体制であり、この仕組みには、米国の州警察のイメージが反映しているといわれているのです。

 各都道府県の警察は、原則としてその都道府県内において活動する権限のみを有しています。しかし、これが厳格に過ぎると、随分と不便なことになります。たとえばグリコ森永事件では、数県にまたがる広域重要事件であったため、これが問題になりました。こういった事件をきっかけにして、現在、法改正をして明示的に県境を越えて活動ができるようにしようとの検討がなされています。もっとも、こうした法改正をするまでもなく、一応は各都道府県の警察の間の協力がとれていますから、問題はそれほど深刻なわけではありません。

5.2 米国での問題と「俺たちに明日はない」

 さて、本家の米国では、各州の警察は、その州の主権を基にしたものですから、他の州で活動することは本質的に許されません。主権侵害となってしまうのです。ですから、せっかく犯人を追い詰めても、犯人が州境を越えて逃げてしまうと、それをそのまま追いかけることはできません。

 こうした問題が端的にわかる映画があります。「俺たちに明日はない」です。この映画は、大不況時代である1930年代の実話に基づいています。映画では、銀行強盗を繰り返す主人公のカップルをウォーレン・ビーティとフェイ・ダナウェイが演じました。彼らは、連続銀行強盗犯としてお尋ね者になるのですが、それでもなかなか捕まりません。ストーリーの中には、あわやというところで、州境を越えて逃げていってしまったために、州警察がそれ以上は追跡することが許されず、ただ見逃してしまう、という場面があります。もちろん、他州へ逃げても、それで無罪放免というわけではありません。犯罪のなされた州の要求にしたがって引渡がなされることになります(連邦憲法4条2項2号)。しかし、これはその州の政府によってなされることで、州境を越えてそのまま追跡を続けるという訳にはいかないのです。

5.3 FBIの必要性

 州警察の権限は、このように地理的に限られています。これでも、移動手段が馬車くらいだった昔なら、なんとかなったのかもしれません。しかし、自動車と高速道路そして飛行機が発達した現代では、困ってしまうのは明らかです。「俺たちに明日はない」の舞台は、自動車が一般化してきた時代であり(T型フォードが年産160万台のピークを迎えたのは1924年)、州警察の限界が表面化してきた時期だったと見ることができると思います。

 そこで、FBIの機能が増強されてきたのです。ワシントンのFBIに行くと、パネルを使ってこの話が説明されています。ワシントンにある連邦のお役所は全体に、観光施設としての用意がたいへん整っているのですが(連邦最高裁にも観光コースとお土産品売場があり、最高裁裁判官のブロマイドを売っているほどです)、FBIもご多分にもれず、観光コースが完備しています。拳銃を撃つ試技を見せてくれたりするのですが、その中に、FBIの歴史と存在意義について説明したパネルや歴史的な品物をならべたセクションがあります。その一角に、「俺たちに明日はない」のモデルとなったボニーとクライドの犯罪歴などを示して、それを根拠にしてFBIの必要性を説明したパネルが見られます。

 (1999年2月追記) このページを最初に書いた際には、以上のように書いていましたが、FBIのサイトを見たら、ちゃんとこれに相当するページも出てますね。有名ケースのページというのがあって、ここにちゃんとボニーとクライドのケースのページもあります。

5.4 米国の警官の発砲の仕方

 (1999年2月追記) 上記を書いたついでに書いておきますが、1999年2月6日付け読売新聞の夕刊に、ニューヨークでの事件の報道として、丸腰ギニア人を警官4人が41発の弾丸を撃ち込んで射殺したという事件があった、という記事が出ています。このギニア人が不審な行動をとったとして撃たれてしまったのですが、警官の過剰反応として衝撃が広がっている、という説明になっています。これはその通りだと思いますが、記事の末尾にある「ニューヨーク市警によると、同市警の警官は身の危険を感じたときに発砲を許可されているが、腕や足ではなく、体の中心を威嚇発砲無しで狙うよう指導されているという。」との結びには、もう少し説明があっても良いように思います。

 米国の警察は、一般に(いや、もしかすると田舎では違うかも知れないけど、少なくともニューヨークやワシントンでは)「体の中心を威嚇発砲無しで狙うよう指導されている」と思います。上でご紹介したFBIの観光コースでの射撃演技の際にも、そういう話をしていました。これを聞いて“ずいぶんと乱暴な話だ”と思ってショックを受けたのをよく憶えています。

 これは確かに乱暴な話なのですが、米国では相手は拳銃を持っているのが極普通のことであることを考えに入れる必要があります。威嚇射撃なんてしたら、反対に撃ち殺されてしまう危険性が大きすぎます。さらに、撃つにしても腕や足を打ったのでは、外れる可能性が大きいですし、たとえ当たってもやはり反撃されるリスクが相当に残ります。ですから、撃つとなったら、最初から体の真ん中を狙って撃つ、というのはしょうがないことなのだと思います。

 こういう訳で、上記の「指導」は一般的な話で、しかも合理性があるんですね、米国では。単純には非難できないと思うんです。しかしもちろん、さらによく考えてみれば、こういうことになってしまう米国の現状というのは、とても怖い話であり、何とかする必要があるとは思うのです。今回の話では、警察に対する非難がおこるとともに、まともに考えるなら銃規制を強化すべきという議論につながるはずです。でも困ったことに、こうした事件からも、“警官も信用できないのだから、自衛のための銃が必要だ”といった、米国以外の世界では単なる非常識とされるであろう議論が米国では結構力を得てしまったりするんです。

6 FBIの権限  目次へ戻る

 FBIは、連邦司法省の機関であり、正式名称は Federal Bureau of Investigation(連邦捜査局)です。連邦の機関ですから、その権限は、州境に制限されることはありません。犯人が州境を越えて逃亡しても、追跡を続けることができますし、そもそもが全米的な組織を有していて広域犯罪に対処できるようになっています。

 しかし逆に、FBIは、連邦の機関であるがために、連邦憲法に由来する権限しか有していません。本来、連邦法違反の犯罪だけを捜査するものなのです。

 すなわち、連邦法違反である場合に初めてFBIの捜査の対象になります。たとえば複数の州にまたがった犯罪であることによって連邦法違反とされたり、郵便詐欺として連邦法違反になったりした場合に限られるのです。単なる州内の詐欺では、各州の刑法犯にしかなりませんから、FBIが動くわけにはいかないのです。

7 郵便詐欺が連邦法違反である理由  目次へ戻る

 では、どうして「郵便詐欺」などというものが連邦法違反になっているのでしょうか? これには実のところ、余り合理的な理由があるわけではないようです。

 郵便詐欺というのは、詐欺のなかでその手段として郵便を使っているものを指します(18 USC 1341)。この規定によれば、一部として使っていさえすれば十分であり、とくに本質的な要素になっているなどの必要はありません。

 すでに説明したように、連邦議会の権限は、連邦憲法によって個別的に認められた事項についての立法に限定されています。何についてでも立法することができるというわけではありません。連邦憲法1条には、連邦議会が権限を持つ事項が列挙されています。

 その連邦憲法1条8項の中で、7号に「郵便局および郵便道路を設立すること」が規定されており、18号が「上述の諸権限およびこの憲法によって合衆国政府もしくはその部局ないし職員に付与されたすべての他の権限を実施するために必要かつ適切な法律を制定すること」を連邦議会の権限としています。これらの規定によって、郵便詐欺を規定する連邦法を制定することが可能となるのです。郵便事業のためでありさえすれば連邦議会の権限範囲となりますから、郵便に関係のある構成要件とする限り、処罰の必要があると考えるものは何を立法しても原則的には憲法上の問題は生じないことになります。最高裁判例によれば、たとえ犯罪の本体にあたる計画(scheme)は連邦法として処罰の対象としえない場合であっても、郵便に関連した点を処罰する立法をすることは連邦議会の権限の範囲内である、と判示されています(Parr v. United States, 363 US 370, 80 S.Ct 1171 (1960))。

 考えてみれば、連邦が郵便事業を行うのは、ぜひとも必要なことであると言えましょう。全米のあらゆる地域に郵便サービスが供給されるようにするためには、民間企業だけにまかせておくわけにはいきません。連邦政府自らが行う必要があると考えられます(近頃の規制緩和と民営化の風潮からすると、違う考えもありえましょうが、少なくとも憲法起草当時はそう考えたわけです)。

 このように、郵便詐欺は、連邦法違反とすることが連邦憲法上で可能です。しかし、可能であるにしても、とくに郵便詐欺を連邦法違反とするべき理由が(以下で説明するような便宜の他に)存在するわけではありません。これは、郵便詐欺という類型をいわば“利用”しているのだと理解するべきものと思われます。

 各種の犯罪に対処するのに、一般的に、FBIなどの連邦の機関が活躍する必要性が高まっています。これは、広域的な犯罪という形の場合もありますし、捜査の能力としても、やはり連邦の機関には高いものがあり、その活動を期待する場面があるのです。しかし、連邦制度に由来する制約がありますから、何らかの理屈を付ける必要があります。そこで“利用”されるものの1つが、連邦憲法1条8項7号の郵便の条項であり、またこれに基づく郵便詐欺を処罰する連邦法なのです。

 複数の州にまたがった犯罪行為の場合には、次章で詳しく説明するように、連邦憲法の州際通商条項に基づいた連邦法に違反するものとして連邦の機関が権限を持つことが可能です。粗暴犯の多くは、現在とられている憲法解釈によれば、たとえ実際には複数の州にまたがっていない場合であっても、公道上の犯罪として州際通商との関連付が可能です。ところが、いわゆる知能犯あるいはホワイトカラークライムでは、そういうわけにはいかないことが、ままあります。そうしたものに対してFBIが捜査をしようという場合に郵便詐欺が“活用”されるのです。

8 特許についての憲法の規定  目次へ戻る

 以上の説明を憲法の起草の仕方という見方で言い直せば、“連邦の権限とする必要のある事項は、すべて憲法に列挙しておくのが基本である”ということになります。連邦自らが郵便事業を行うには、基本的には、憲法のこの規定(1条8項7号)が必要なのです。憲法にまで規定があるからといって、それが、その内容を特別に重視していることの現れであると説明するのは、少し違っています。憲法に規定があるのは、憲法起草当時から連邦がなすべきことだと考えられていた、というだけのことなのです。

 話が少々それますが、特許法の関係では、これと関連したことで、ほとんど間違いというべきものでありながら日本では半ば通説となっている説明があります。

 連邦憲法1条8項8号は「著作者および発明者に対し、それぞれの著作および発明についての独占権を一定期間保障することにより、科学および有用な芸術の進歩を促進すること」を連邦議会の権限として規定しています。これは原則としては、著作権法および特許法を連邦法として制定するためには必須の条項であるというにすぎません。

 ところが、米国の特許について説明した我が国の本の多くが、この連邦憲法の規定を取り上げて“米国は憲法でわざわざ規定するほど、発明の保護に熱心な国なのだ”といった類の説明をしています。

 こうした説明は、まったくのウソではないにしても(後に2.5で説明するような事情があるのも事実です)、連邦憲法の意味を無視して言い切ってしまったのでは、ほとんど間違いということになるでしょう。

9 郵便詐欺の刑の重さ  目次へ戻る

 さて、少々横道にそれてしまいましたが、郵便詐欺の話に戻りましょう。

 郵便詐欺の法定刑は、1,000ドル以下の罰金(fine)または5年以下の懲役(imprisonment)と規定されています(18 USC 1341; なお、ミッチのセリフでは罰金の上限は1万ドルということになっていますが、何か意図があるのか不明です)。この範囲内で、裁判官が事案の具体的状況を考えて、実際の罰金額あるいは刑期を決めるわけです。

 この罪にあたる行為を多数回にわたって重ねた場合にはどうなるのでしょうか? 回数分だけ加えた刑期になるのでしょうか?

 日本では、こうした場合には併合罪という扱いになります。有期懲役刑の場合は、刑法47条によれば、それぞれの犯罪の法定の刑期を足し合わせたものを最長期の制限としながら、最長期のものの5割増が上限となることになっています。たとえば、10年以下の懲役と規定されている犯罪と2年以下の懲役と規定されている犯罪の2つを犯せば場合には、処罰の上限は12年の懲役ということになりますが、10年以下の懲役と規定されている犯罪を2つ犯したという場合には上限は懲役15年です。いくらたくさん罪を犯しても、そのうちで最も重い刑を定めている罪の5割増にしかならないのです。たとえば窃盗罪は10年以下の懲役に処せられることになっていますから(刑法235条)、盗みを2度以上はたらいた場合には15年以下の懲役に処せられることになります。何回やっても、これより重く罰せられることはありません。もっとも、米国のものに比べて日本の刑法は、法定刑の幅が広いので、法の定める刑の下限や上限には、さほどの意味はないとも言えます(普通の窃盗で10年以上の懲役に処せられることは実際にはありません)。米国では、州によって違いがありますが、たとえばイリノイ州では3犯になると自動的に無期懲役になってしまう(SHA 720 ILCS 5/9-33B; 同類の規定がミシガン州など相当数の州に見られるようです)など、裁量の幅が狭いことが多いようです。

 米国では、こうした併合罪に相当する扱いは一般的には無いようです。複数の犯罪事実に対して有罪判決が下される場合には、累積的判決(cumulative sentences)となり、そこに含まれるそれぞれの判決が連続して執行されることになります。すなわち、実効的には法定の刑期を足し合わせただけの判決を下すことが可能です。実際上は、それを1つの判決にすることもできるようです。

 したがって、郵便詐欺が繰り返された場合には、1回ずつの犯罪事実を認定してそれぞれについて5年以下の懲役を科することができ、理論的には何十年もの懲役とすることができることになります。しかし、「ザ・ファーム」における郵便詐欺の場合には、何回やっていようとも実質としては重罪でないことはたしかです。後述のとおり、本当に詐欺といえるのかどうかすら微妙な程度ですから、いくら多数回にわたっていても、実態においては重大な犯罪ではないのは明白です。こうした場合に重い刑が言い渡されることは考えにくいと思います。

10 時間制による弁護士報酬  目次へ戻る

 「ザ・ファーム」の郵便詐欺は、弁護士の報酬請求において、使った時間を水増して計算したというものです。ここでは、時間制で報酬を請求することが前提となっています。米国ではたしかに、弁護士がどれだけの時間を使ったかということを基にして弁護士報酬を請求するのが通例です(もっとも、時間制が通常なのは企業の仕事の場合で、不法行為被害者の個人が依頼者の場合などには、米国でも成功報酬制がむしろ普通です)。

 日本では、弁護士報酬を時間制で請求するのは余り一般的ではありません。日本では、弁護士の報酬は、「着手金」と「報酬金」の二本建てにするのが通例です。「着手金」は、事件処理の受任時(たとえば訴訟提起の時)に支払を受けるもので、その金額は、紛争の大きさすなわち訴訟によって得られる経済的利益の額を基準にして算出します。「報酬金」は、事件の解決時に、実際に獲得した経済的利益を基準として支払われます。

 こうした、日本で一般的な“争いになっている事項の金額に応じて着手金を決める”というやり方にも、一定の合理性があることは確かです。

 時間制を機械的にあてはめた場合には、依頼者が得ようとしている、または失うまいとしている金額と関係なく報酬を請求することになってしまいます。これでは、せっかく勝訴しても赤字になってしまう、というような愚かなことにもなりかねません。依頼者と弁護士が話し合いをして、事件の規模を考えに入れながら使う時間を決めることによって、こんな馬鹿なことにはならないようにすることが、当然に必要になります。

 日本流の場合にも、大きな案件ではそれに応じた周到な用意が必要になるなど、それなりに多くの時間が費やされるものです。そういったことまでを考えに入れれば、時間制と比べて大きな違いはないとも思われます。ただ違いが残るのは、米国流の時間制の場合には、どれだけの時間を弁護士に使わせるかを決めるのが、明示的に依頼者側の責任になるということだと思います。それゆえに、依頼者の側で弁護士をコントロールしなければならず、そのための用意の必要も生ずるのです。

11 弁護士を使うためのコンサルタント  目次へ戻る

 最近の米国では、“弁護士の使いかたについてアドバイスを与える”ことがコンサルタント業として成立しているようです。弁護士を使っている依頼者からの依頼を受けて、弁護士の仕事とその報酬請求を点検・監査するのです。

 日本では、およそ成立しそうにはない職業です。米国でこうしたコンサルタントが成立しうる背景には、上述のような時間制報酬の性格があると思われます。時間制の下で合理的に弁護士を使うには、依頼者側にもそれなりの用意が必要なのです。もっとも、米国でも原則的には、こうした“外部の弁護士を上手にコントロールして使うこと”こそが、企業の法務部の仕事であると考えるのが通例であるとは思われます。

 依頼者は、使った時間を基礎にした請求を受けるには違いありませんが、報酬を実際に支払う際には、それだけの時間が本当に必要だったのかどうか、チェックをし、ときに文句を付けます。とくにコンサルタントは、弁護士の出すタイムシートの記載の細分化を要求するなどして、内容を詳細に点検します(それが仕事ですから当然ですが)。こうしたことから、弁護士の方でも、使った時間を機械的に請求できるとは限らないことになります。弁護士の責任で無駄な時間を使った場合には、その分は差し引くことにもなります。そこまで明らかではない場合でも、実際に使った時間を基本としつつも、“依頼者にとって得たものがどれだけあるか”という観点から妥当なところまで時間を削ることは普通のことです。

 そういった検討の上で報酬額を決めるのですから、時間計算が決定的というわけではなく、水増するといったことには余り意味がないのが通常ではないかと思われます。こういうことを考えに入れると、「ザ・ファーム/法律事務所」で出てきたような請求をしたことが、詐欺といえるかどうかは、微妙な問題になると思われます。

12 ストーリーの中での郵便詐欺の意味  目次へ戻る

 ミッチは結局、FBIには郵便詐欺の証拠だけを渡します。FBIは、マフィアの犯罪行為をすべて暴くことを目的としていたわけですから、もちろんミッチに対して不満をもつことになります。

 ミッチが郵便詐欺の証拠を渡したことには意味があったのでしょうか? 郵便詐欺でも、本当に重罪になることもありえるのですが、ここで出てきたようなものでは、御説明したとおり、実質的な犯罪とされる可能性はほとんどないでしょう。ですから、ミッチが郵便詐欺の証拠を渡したことには大した意味はないと思われます。つまり、本来のマフィアの違法行為の証拠を集めたことの方がストーリーの本筋であって、それを使ってミッチがマフィアと……

 ……本書は、各章で取り上げる映画(ここでは「ザ・ファーム/法律事務所」)をすでに御覧になった方を念頭に置いて執筆していますが、サスペンス劇のストーリーをすべて明かしてしまうのはルール違反でしょうから、説明はこの辺にとどめておくことにしましょう。

 郵便詐欺に関しては、原作では、落ちの付け方が映画とはまったく異なっており、ミッチの関係では登場しません。代わりに、FBIが捜査をする中で、タランスの独り言として郵便詐欺の話が出てきます。逮捕令状をとる関係で、「もちろん、定番の郵便詐欺も含まれていた。タランスには、どこが郵便詐欺に当てはまるのか分からなかったが、彼は永らくFBIで働いてきた間で郵便詐欺を含んでいない事件というものにお目にかかったことはなかった。」というのです。映画でのタランスの最期のセリフ「郵便詐欺とはよく考えたな!」とは随分な違いです。

 連邦制の扱い方が映画と原作とで違っているところがもう一点あります。ミッチの兄であるレイが服役しているのについて、ミッチがFBIに協力する交換条件として釈放を求めるのですが、映画ではこれがFBIの命令として実行されてしまいます。特に、日本語字幕では英語のセリフに比べて一層配慮のないものになっています。英語では、federal subpoena (連邦の召喚状)で連邦機関への出頭を求めることになっているのですが、字幕では単に「FBI命令で釈放する」ことになっています。対して原作では、“服役しているのは州刑務所であるからFBIが命令することなどできない”というのが徹底しています。それで、半ば脱獄するような形をとっています。この辺りは、映画で再現すると分かりが悪くなってしまう(連邦制を考えないと理解が不可能になってしまう)ということで簡略化されたのではないでしょうか?

 このどちらの点でも、原作の方が玄人好みになっているようです。原作者のグリシャムは弁護士でもあり、郵便詐欺や連邦制のことは、得々として語るわけにはいかず、あたりまえの話として言うのでなくては格好が付かないと考えたということかと思います。

13 守秘義務の限界   目次へ戻る

 さて、ミッチは、弁護士の守秘義務とFBIの協力要請とのジレンマに陥るわけですが、映画のストーリーでは、秘密を漏らしてしまうことに正当な理由があるとも見られる場合にもあくまでも守秘義務があることが前提になっています。しかし、いくら守秘義務があるといっても、それには自ずと限界があるのではないか、という疑問をお持ちになった方もいらっしゃることと思います。たしかに、常識的に考えて、もらしていい場合もあるはずです。この点を解明するには、映画では違法行為の内容が明らかでないので、難しいものがありますが、原則的には以下のように考えることになるものと思われます。

 弁護士倫理の求めるところとして、依頼者の秘密を守る義務があるわけですが、当然のことながら、この義務も絶対無限定というわけではありません。一定の場合には、秘密を守ることよりも優先されるべき事項が存在するとして、守秘義務にかかわらず秘密を漏らすことが認められています。

 アメリカン・バー・アソシエーションのモデル弁護士倫理規定(Model Code of Ethics: 米国では弁護士資格は基本的に州単位であり、弁護士に対する倫理規定も州ごとに定められているが、弁護士の任意団体であるアメリカン・バー・アソシエーションがその参考となる規定を公表している)を見ると、その Rule 1.6 に守秘義務についての定めがあり、続いて守秘義務を免れる場合が規定されています。この規定によると、守秘義務を免れるのは、死亡または重大な傷害を生じる可能性のある場合に限られることになっています。脱税などの単なる法律違反では、守秘義務を免れることができないのです。これは逆に考えれば、脱税の相談では、安心して弁護士に秘密を明かすことができるということでもあります。

 「ザ・ファーム/法律事務所」のストーリーでは、脱税行為などが行われることは明かですが、生命身体に危害を及ぼすものかどうかは分かりません。どちらかというと、そうではないように理解されます。これを前提にすると、ミッチは、たとえ犯罪行為を止めるためであっても、守秘義務を免れず、よってFBIに協力することはできないことになります。すなわち、映画のストーリーが成立するのです。

 ただし、モデル規定ではそうなのですが、相当数の州規定では、単なる犯罪行為(crime)を防ぐためでも 秘密を漏らすことが許されることになっているようです。しかし、「ザ・ファーム/法律事務所」の舞台であるテネシー州の場合には、モデル規定のとおりになっており、上記のとおりジレンマに陥ってしまうのです。

 もっとも、さらに考えてみると、この映画の想定によれば、クライアントはシカゴのマフィアなので、イリノイ州も関係があります。そしてイリノイ州のこの辺りの規定の仕方には、モデル規定とは多少の違いがあります。こういう、弁護士倫理の州の間での調整がどのように解決されているのか、必ずしもはっきりしてはいないようですが、原則的には、テネシー州に事務所を構えて、テネシー州の弁護士として仕事をしている以上は、テネシー州の弁護士倫理が適用される、と考えればよいようです。


 パラマウント・ピクチャーズ制作、1993年作品。

 原作は John Grisham, The Firm (1992). 同翻訳はJ・グリシャム『法律事務所』(白石朗訳・新潮社・1992年).

  2010年8月14日(土)、htmlの体裁を修正(wpで入っていたのをやめて、行間を設定)。


http://homepage3.nifty.com/nmat/E1-FIRM.HTM

松本直樹のホームページ(http://homepage3.nifty.com/nmat/index.htm)へ戻る 御連絡はメールで、上記のホームページの末尾にあるアドレスまで。


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