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米国独禁法(刑事)の域外適用(日本製紙事件)

松本直樹
(本ページのための書き下ろしon1997年6月6日、追記on98年6月5日、その後僅かに修正)


目次
1. はじめに
2. 事件の概要
3. 控訴審判決と上告
4. 主権侵害か?
5. 日本の刑事法でも……
6. 上告の意義はあるのか?
7. 日本政府の書面
8. 追記(上告の不受理)


1. はじめに  目次へ戻る

 1997年4月17日付けの日経新聞に、感熱紙価格カルテル事件で日本製紙が米最高裁に上告へ、という記事が出ていました。この高裁判決は、刑事事件において、米国独禁法の域外適用を認めた初めての事例ということです。記事のいう「ボストン連邦高裁」判決というのは、3月17日付けのファースト・サーキットの判決のことだと思われますが、これを読んだところ、なかなか興味深い事件であると思われました(判決自体ではなくて、その周辺状況が興味深い、という意味ですが)特許権の効力に関する国際的問題(80KB)とも関係のあるところであり、一言コメントしたくなりました。

2. 事件の概要  目次へ戻る

 この控訴審判決によると、事件の概要は次のとおりです。本件は、ファクス用感熱紙の価格カルテルについての米国反トラスト法違反の刑事事件です。日本製紙は、北米における感熱紙の価格について他の日本メーカーとカルテルを結んだとして、マサチューセッツ連邦地裁に刑事訴追されました。

 一審において日本製紙は、起訴されている事実はもっぱら日本国内での行為であるところ、米国反トラスト法は米国内での行為だけを処罰するものである、と主張しました。一審判決はこの主張を認めて、ケースを dismiss しました(日本でいえば、刑事訴訟法339条1項2号「起訴状に記載された事実が真実であつても、何らの罪となるべき事実を包含していないとき。」の決定による控訴棄却に相当するものと思われます)

3. 控訴審判決と上告  目次へ戻る

 1997年3月17日にファースト・サーキットは、この地裁判決を破棄して差し戻しました。内容は、一言でいうと“米国反トラスト法は日本での行為も処罰の対象とする”というものです。4月17日付けの日経の報道は、この判決に対して日本製紙が上告(certiorari ということだと思われます)をすると語ったとの内容です。この記事によると、「米反トラスト法の海外適用を巡っては『主権侵害にあたる』と反発する声が日本や英国などに少なくなく、最高裁の判断が注目される。」とのことです。また、日本製紙の会長の言葉として「そもそも談合の事実はなく、米国の主張はいわば日本の主権侵害であり、最高裁で徹底的に戦う」とのコメントが記されています。

4. 主権侵害か?   目次へ戻る

 日本での行為に米国の法律が適用されるというのは、ちょっと考えるとひどい話のようにも思われます。「主権侵害」というのは、そういう素朴な感覚を言葉にしたものでしょう。

 しかし、少し考えてみれば、この件のような場合には、米国法の適用があっても当然であることがわかると思います。問題となったのは、主に米国の市場に向けた価格カルテルです。日本の国内の法益は損なわれておらず、立件する価値があるとすれば、米国しかないのです。しかも、日本では合法として認められた行為だというならともかく、価格カルテルは日本でも立派な違法行為です(日本の独占禁止法はあまり機能していない、……とかいったことはここでは度外視しておきます)

5. 日本の刑事法でも……  目次へ戻る

 こうした関係では、米国が特に酷いというわけでもありません(まあ、微妙な問題についても積極的に適用する実例があるという意味では、米国が一番極端とは言えますが)。日本の刑事法でも、外国での行為も処罰されることがあります。

 まず、日本の刑法でも、罪の種類によっては国外犯も処罰の対象となることが明記されています。それで主権侵害とかの議論はありません。

 さらに、本件のように自分は外国(この場合は日本)でだけ行為していたとしても、関係者が国内で行為している場合には、国内犯として一般的に処罰できるというのが日本の判例です(最決平6・12・9刑集48-8-576)。

6. 上告の意義はあるのか?   目次へ戻る

 このように、このファースト・サーキットの判決は、ほとんど問題の無いものです。日本製紙には申し訳ありませんが、米連邦最高裁がこの判決を覆すとは到底考えられません。そもそも取り上げるかどうかも疑問です。また、日本製紙のコメントは、ますますわかりません(またそのコメントをそのまま報道した日経新聞もどうかしてます)。日経の報道によると日本製紙は「そもそも談合の事実はない」とコメントしているわけですが、そういうのであれば、上告をするのではなくて地裁で争うべきです。

7. 日本政府の書面  目次へ戻る

 なお、本件では、日本政府も日本製紙を助ける旨の主張をしてして書面を提出しているようです。そのあげくに、高裁判決では hollow(英和辞典には「うつろ」とか「不誠実」とかと出ていますから、ここでは「無内容」とでもするのが適切でしょうか? )なものだったといわれています。外務省の司法についての無理解は時にすごいものがありますから(この点については、日本でのデポジション(35KB)を御参照ください)、さして驚く話ではありませんが、いったい何をやっているんでしょうか?

8. 追記(上告の不受理)  目次へ戻る

(追記したのは98年6月5日、ただしこの追記の内容は既に1月に「NEW!」のコーナーで書いたものです)

 その後結局、裁量的上告(サーシオラリー)は取り上げられませんでした。1998年1月12日付けのオーダーリストにでています(長大なリストなので、NIPPON PAPER で検索しないと見つけられないでしょう)。

 この事件は1審では驚くべき理論によって米国独禁法の適用が否定されましたが、2審ではこれが肯定されました。この結論は、殆ど当たり前のことです。日本での報道はあたかもそうでないかのようですが。結局、サーシオラリーを取り上げてももらえなかった(最高裁は取り上げる価値のない事件であると判断した)ということは、検討の必要も無いとしたということです。これはまた、日本での報道はおかしかったということを意味してもあると思います。


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