均等論

松 本 直 樹
(初出: 第二東京弁護士会知的財産権法研究会 編集『特許実務の最先端』(商事法務 2004年5月)、同書のアマゾンのページ、の第7回)
Last Modified: 2006年4月17日(月)09時29分15秒

(二弁知財研03年12月月例会講演(03年12月17日)の話をもとに文章化)

(前口上) たまたま機会があって、ボールスプライン事件最高裁判決が出た後で「均等侵害」が認められたケースとして、はしりの一つの事件を担当させていただきました(東京地判平成12年3月23日および東京高判平成12年10月26日 (ページ掲載時の注: 例の生海苔異物除去機の特許の件です) )。大阪の注射器事件(大阪地判平成11年5月27日)が最初で、本件は2番目だろうと思います。中身に関してはこれからご説明しますけれども、私が思うには、侵害が認められるのは非常にもっともな事案であり、ただ、ボールスプライン事件があったから、これを(文言侵害ではなくて)均等侵害という判断になったのではないかな、そういう感じに思っています。もちろん、被告の側ではいろいろとご主張になるところもあり、また、それなりの争点があったものではあるんですけどね。



1. 発明の概要

 発明の概要などをご説明するについて、まず、ビデオをご覧いただいたほうがわかりがいいと思います(確か、ここのビデオ(約6M)(自分のhomepage1の方のページ)が、生海苔異物除去機の概要を説明したものでこのときに上映したもののハズ。約6MありますがADSL以上の環境なら大丈夫でしょう。WINDOWS MEDIA VIDEO V7 (オーディオはV8)です。 ……いや、違うかも知れない。機械の概略を説明している点では同じだけれど、遠心力の働きを説明したものではないですね。まあ、これが良く圧縮したデジタルのものなので、これでご勘弁を。…… 2006年4月追記: もっと新しいフォーマットのものをアップしてあります。このto15v9.wmv(29M)このfk26v9.wmv(35M)です。geocitiesの自分のページにアップしてリンクしました。)。最初にご覧いただくテープは、均等侵害が認められたケース自体で提出したものではないのですが、発明内容の理解のために、権利者による実施品をご覧いただくのが適切と思うので、これをお持ちしました。このテープを提出したのは、均等侵害が認められたケース(東京地裁)での被告が共同原告になって(別の権利を主張して)名古屋地裁で訴えてきた事件でのことです。その事件で、本件の権利者側(その事件の被告)が自分の装置はこういうものであるとの説明をする趣旨でつくったビデオです。

 今思うと、本件のほうでも出してもよかったんじゃないかという気もしてくるんですが、実際には出していなかったものです。本件の発明内容は、明細書や他の図面とかでご理解いただけていたとは思いますが。まず、それをごらんいただきます。

(ビデオ上映。このビデオは、松本のウェブページにも掲載しています (上記のとおりこれだと思う)。他の資料も掲載予定です。http://village.infoweb.ne.jp/~mat/ (ページ掲載時の注: ……と、当時はそうだったのですが、今は現にご覧の http://homepage3.nifty.com/nmat/ となっています。) )

 それ自体はよく見えませんが、ごく僅かなクリアランスがここにあります。これ(回転板)が回るんです。ここが問題のところで、こういうふうにスポッと入り込んでいるんですね。それでそこのところに僅かな隙間がある。これが内嵌めというふうにクレームに書いてある部分です。

 ちょっと今のところで、中での説明は少なかったんですけれども、全体の働き方としては、今説明があったように、ここのところに今示していたような回転板が入っているんですね。言っていたように、底の周りの僅かな隙間のところを海苔が通って行きます。これは、食べる海苔の大もとの海からとってきた海苔を多少加工して通りやすいようにしてあるものなんです。海からとってきた海苔は、ワカメとか昆布とかと同じようにかなり長いんですね。それを少し切って、こういうところでの加工とか、その他の洗浄とかがしやすいようにしたものがありまして、それを通すんです。

 海苔の場合だと、ワカメとか昆布に比べても、1枚1枚の葉っぱというのは非常に薄いものでして、細胞が1列だけとか、2列だけとかという並び方をしている、非常に薄いものなんですね。そういう形状のもののことを海苔という、とも言えるんですが、とにかく、物自体としては非常に薄い。それを集めて漉くと、紙のように漉くんですが、それでいわゆる食べる海苔になる。それをむしゃむしゃと食べたら、今度はそれがバラバラになって口の中で溶けるようになるんですね。

 この装置で扱うのは、漉く前の段階、すなわちとってきたものをわずかに切っただけの段階のものでして、それが塩水と混ざったものをここに入れるんです。それで、入れたドロドロのものがさっきの回転板の周辺の僅かな隙間のところを通過し、それを受け皿で受ける。その僅かな隙間のところは非常に狭いものでして(なお、隙間の大きさは、回転板を入れかえることで変えられるようになっています)、0.2ミリとか、実際上は機械精度の関係でそれより狭くしにくいわけですけれども、それの限界に近いぐらいに狭くつくったクリアランスのところを通過させるんですね。

 そうすると、海苔は今申し上げたように非常に薄い海草なので、そういうところでも通過させられるんですけれども、ここで問題としているような有形の異物というのは通らないわけですね。海苔以外の海草とか、その他エビとか小石とか、そういったものが通過できないことによって分離されて、きれいな海苔が得られるというものなんです。もっと細かい汚れを洗い流して除く、というのとは別の趣旨のもので、有形の塊の異物とか不良の海草とかを除く趣旨で使う装置です。

 今みたいな動き方をするんですが、もうちょっと動き方について追加説明すると、ここに投入して、海苔と塩水の混合液をこのくらいまで貯めるんです。上から投入しながら下で吸い出して良品海苔を取り出して、数分間連続運転する。そうすると、不良物とかゴミがここ(タンク)に貯まります。特に、円周部にたまったり、ほんとうに重い異物があった場合には、外側の下のほうに沈むわけですけれども、それが貯まるので、それを洗い流す趣旨で、良品海苔の吸い取りをずっとしながら上からの投入をやめて、良品海苔は取り出して、できるだけ残りを少なくした段階で良品海苔の取り出しをとめて、今度は洗浄水を入れて、さっき説明していた外側へ向けてのコックをあけて、残った異物とかを洗い流す。それが終わったら、洗浄をストップして、上から新しい未処理の海苔の投入を再開し、下から吸い出す、と、そういう処理の仕方をする、こんな装置です。

 ここで勘どころは、回転板とその円周部を使って、そこを通過させるというところにあるんですね。もともと、海苔の形状から、狭いところでも通過し得るということは、これはある意味で自明のことです。昔から知られていた話です。けれど、薄いけれども、薄いがゆえに面積があるわけですね。しかも、ごく薄いので、普通に食べる海苔の1枚分とかいうのでも、ものすごく数としてはある。海苔はそういうものなんですね。なので、狭いところでもある程度は通過するんですが、意味があるほどの分量を通過させようと思うと、例えば普通の隙間だったら、すぐそこをペタンと張り付いてふさいじゃう格好になっちゃうんですね。だから、どんどん通過させるというのは難しい。それをこういう回転板の円周部を使うと、そこがうまく回っていて横滑りの動きがあるせいで、ふさいじゃうようなことは起こらずに、通過していく。

 また同時に、回転板円周部の回転によって、貯まっている混合液がぐるぐる渦を巻くんですね。そうすると、その中に重い異物(例えば石とか貝殻とかなんですが)が混ざっていると、回転板円周部の良品海苔の取り出し口のところに行かないで、外側の下のほうに沈むという働き方をするわけですね。この両方の点でメリットがあるということがこの発明の意味のあるところであるわけです。

 もうちょっと後でご説明しますが、過去の先行例としては、今の点で回転板円周部を使った装置というのはなくて、少し違う形での隙間を通過させようという試みだけがあったという、そういう状況でありました。

 これからお見せするのは被告の装置なんですが、ただ、このビデオは、遠心力利用の点についての再反論の実験になっているので、全部が今説明した基礎的な事項のご説明ではなくて、その先がむしろ重点になっています。

(ビデオ上映)

 混合液を入れると、こんな感じに動くんですね。それでこのセンサーのところまで来るように混合液を入れた状態で、投入しながら下から良品海苔をとるというのを並行して数分間続けます。ここから示す実験は、被告のほうが遠心力利用がないと主張するので、いや、そんなことはない、それなりには役に立っているんだ、ということを示すものです。

(ビデオ上映)

 ここでとめますが、後で図面を参考にしていただければ、もうちょっとわかると思いますけれども、回転板を使っているところとか、それの周辺のところに僅かな隙間があって、そこを良品海苔が通過していくとか、タンクがあって、そこに処理前の混合液が貯まるとか、こういうあたりは全部同じなんですね。

 ただ違うのは、この回転板自体が内側にスポッとはまり込むような構造ではないんですね。先ほどごらんいただいた原告(権利者)の装置は、その点でスポッとはまり込んでいる、まさに「内嵌め」になっていたんですけれども、被告のは、この周りのところがクリアランスではあるんだけれども、はまり込むのではなくて、下からの部分の上に乗っているような感じでクリアランスをつくっているんですね。それが判決書の添付の図面にもわかるように出ていますし、後ろのほうの図面にも出ています。

 ここが重要な違いでして、それのせいで文言侵害ではないとされた事件なんですね。

 ほかにも争点があるので、ついでだからビデオをごらんいただいてしまおうと思います。

(ビデオ上映)

 争点の概要を、判決書きの別紙などを使ってご説明します。配付資料の通しページの10ページのところに地裁の判決書きが別紙になっている物件目録が入っています。これはもともと私のほうで用意した物件目録のコピーが判決書きに添付されたものなんですけれども、下のほうにある図が今の部分の回転板の周辺の部分の構造を拡大したというか、断面図です。そこに書いてあるように、僅かな隙間というのが、選別ケースの上に回転板が乗るような形で隙間が構成されているんです。この隙間を通過していくことによって良品海苔が選別され、異物が通らないという構造ですけれども、それが権利者のほうの、また本件特許明細書に書いてあるような構造とは若干違っているわけです。本件の明細書は判決書きの後ろにつけましたが、配付資料12ページから公報がついていますけれども、通しページの16ページに図4というのが右上にありますが、これが権利者のほうの構造です。これのほぼそのままのものを実施品としてやっています。

 ただ、図1というのは、その中でもちょっと特殊な構造で二段重ねにしたようなものなんですけれども、これは実施していません。図4に示されている構造は、最初のビデオでご覧いただいた、まさに回転板がはまり込んでいる構造でして、上の真ん中のほうにCと書いてありますが、これがクリアランスです。僅かなクリアランスを介して、その外側の24番の環状枠板部というのを、これはほんとうはドーナツ状になっているわけですけれども、ここではその断面だけが描かれていますけれども、その中に51の回転板がそのまま入っているという、そういう構造です。まさにこれは「内嵌め」と言えると思います。

 これに対して、今申し上げたように、判決書きの物件目録にあるように、ここが文字通りに内嵌めというのには無理のある、私はこれでも内嵌めだというのを主位的には主張したんですけれども、判決では認められませんでした。そう言われれば、確かにそれはそれでもっともな理由があるんですね。上に乗せるような形で隙間を構成する。そういう形で回転板があるという、そういう装置になっているわけです。それ以外の点では、被告は多少ほかのことも言っていますけれども、同じ装置なんですね。この上の部分に処理前の海苔混合液が入る。隙間を通ったものが選別されて良品海苔として回収される。重い異物に関しては遠心力で隙間に来るまでもなく選別され、余り重くないものに関しては隙間を通らないことによって選別される。とても細かい異物については除去できない、そういう装置なわけです。今申し上げたような点では全部同じようなことで、ただ、内嵌め構造の点において違っているというのが被告のものです。

2. 先行技術の状況など

 さらに状況を少し補足して説明しますと、これは主にこちらの権利者側に立ってのご説明になりますけれども、配付資料24ページと25ページに、公報のフロントページだけコピーしましたが、これらが先行技術としてあるものなんですね。ただ、25ページのものは、この公開公報自体は出願時に出ていたものではなくて、ただ、これに相当するものを既に公知の形で実施していたので、公知であることを否定しませんけれども。

 まず、24ページのもの(特開平6-121660、出願人・建部司、ドラム式のもの)は、これは隙間を通して良品海苔を取ろうという点では同じなんですけれども、このドラムの内側に良品海苔を入れるんですね。ドラムの上に細かい横線で示されたのが、細かいスリットでして、これを通して良品海苔を得ようという、そういう話なんです。

 このドラム全体は回ったり動いたりするようにできているので、その動きに基づいて、スリットをふさいでしまうのを避けようということはしているし、また、清掃装置がついているとかいう記載がありまして、今みたいな、海苔がふさいでしまうことや、異物がひっかかることによってふさがれてしまうことに対する対応を何らかの形で取ろうということは書かれているんですけれども、本件の回転板の円周部を使うような仕組みとは基本的に違う構造なんですね。現にこれに相当するものを、建部さん(この人は、この先行技術の発明者で、被告の方と後に提携して名古屋のケースの共同原告となった)が実施はしているんですけれども、余りうまく動いてなかったというのが実際でした。

 次に、25ページのもの(特開平8-56624、出願人・親和製作所)は、本件の原告自身が、本件の実施品を販売するようになる前につくっていたものの権利です。図面が横向いているんですけれども、実際には、縦に並べたシリンダーがたくさんある。それがタルのように、こんな具合なんですけれども、垂直に立っているシリンダー、それぞれが直径10センチぐらいのものなんですけれども、それがずらっと並んでいるような装置なんですね。そのシリンダーの相互間に僅かな隙間を持たせていて、そのシリンダーが周りを取り巻いているものの中に処理前の海苔を入れるんですね。それぞれのシリンダーが、この上のほうにギア装置があって、全部同じ方向に回転するようになっているんです。そうすると、このシリンダーの間の隙間のところにノリがふさがるんですけれども、ふさがったのが横へ動いてしまうことによって除かれて、良品海苔は通過していけるように出来ているという、そういう装置なんですね。

 ただ、これはいかにも、たくさんシリンダーを並べてて、その間の隙間を全部同じように狭い隙間にしないといけないというのが何ともやりにくい装置なんですね。どうしてもばらつきが出てくる。どこもぶつからないようにしようと思うと、どうしても広いところが出てきてしまう。そうすると、広いところを異物が通過してしまいやすいという問題点があります。それ以外でも、シリンダーの回転によってふさがれてしまうことを避けるようにはなっているんですけれども、だからといってなかなかうまく海苔が通過していくわけでもないという問題点もあったんですね。これも必ずしもうまく働いていたわけではございません。

 そういった中で、本件の発明品は、最初のビデオでごらんいただいたような回転板を使って、その円周部のクリアランスを通過させるという仕組みでして、これが横滑りだけをする仕組みであるので、海苔が隙間をふさいでしまうのに対して、十分に有効かどうかやってみないとわからないところがあるというか、むしろうまく動かないんじゃないかとも思えるかも知れません。そんなに広い隙間じゃないですし、1本の円周の隙間だけなので、そこをどんどん海苔が通過していくんだろうか、というのが、ある意味で一つの、この公報だけを見た場合の感想にもなるんですけれども、これは実際には、回転板の仕組みのせいでかなり速く回せるということも大いに関係あるんじゃないかと思うんですけれども、うまく回した場合には、ここをかなりの高い効率で海苔が通過していくんですね。

 しかも、1本だけのスリットをつくっているということがむしろいい面がありまして、さっきのシリンダーみたいな構造に比べると、高い精度で隙間を維持できるんですね。それがうまいところでして、これは実際になかなか好評で使われていて、本件の原告と本件の被告と、もう1社、同様の構造の装置をつくっているメーカーがあるんですけれども、その3社が、本件の被告のものは均等侵害とされたんですけれども、もう1社も同じように侵害訴訟を提起しまして、地裁で侵害だという判決が出ているんですが、その3社でつくっている装置のいずれかを、海苔生産者の大部分が使っているという状況になっているという装置なんです。

 当方の立場からすると、今申し上げたように、回転板の円周部の部分が同じような構造であり、従前の技術状況から比べると、回転板の円周部利用というところに特徴がある話なので、そこがこの程度の構造の違いがあっても、これは侵害で当然ではないかと思っています。これがもともとの話なんですね。

 さらに申し上げると、この被告は、この紛争が起こる前は、この原告と提携関係にありまして、さっきの25ページのシリンダー式のものですけれども、これを売っていたんですね。原告のほうがつくった装置をOEMという形で被告のほうに売っていて、被告はこの装置を売っていたんです。それの改良型として本件発明の装置をつくって、それも被告のほうに数台、むしろ先行的に売っていたんですね。被告は、それを買って転売するというか、自分の装置として販売(OEM販売)していたんですけれども、それを1年ほどした後で突然もう要らないと通告してきまして、その後、調べたところでは、そっくりな装置、ただ、回転板の上へ乗るというところだけ違うという装置を試験して売ろうとしているという状況にあることがわかったんですね。それで警告をし、訴え提起をしたというのがこのケースの経過です。

 単に技術を知って真似たとか、参考にして独自開発したとかという話とは違って、わざわざこちらと提携して買っていたのに、それを真似たのをつくって自分で売り始めたというのは、こちらとしては非常に不快なところがありまして、それで訴え提起になったという、そういう話でもあります。

3. クレームと争点

 議論として問題となったのは、先ほどから何度も申し上げていますけれども「内嵌め」という部分です。クレームとしては、「筒状混合液タンクの底部周端縁に環状枠板部の外周縁を連接し」、……この辺、あまり重要じゃない部分も構造どおりに文字どおりに書いているクレームなんですね。

 続いて、「B この環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし C この第一回転板を軸心を中心として適宜駆動手段によって回転可能とするとともに D 前記タンクの底隅部に異物排出口を設けたことを特徴とする E 生海苔の異物分離除去装置」、というクレームなんですね。

 今のが請求項1で、請求項2として、外側に向かうに従って傾斜にしているというのが追加されているクレームがあるんですけれども、これは特に問題となったというわけではありません。ひとえに問題となったのは、今の請求項1の中のBの要件ですね。この環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めしと、僅かなクリアランスが存在していることは、ある意味で争いないんですけれども、ここで言っている意味でのクリアランスではないという意味で、そこも争点ではあるんですけれども、結局のところは「内周縁内」に「内嵌め」しているかどうか、というところが問題なわけですね。

 先ほど見ていただいたように、物件目録の図にあるように、回転板としてはほんとうの意味で「嵌り込んで」いるわけではないんですね。原告の実施品は、その意味でまさに「嵌り込んで」いますし、明細書の図面のものもまさにスライドするというか、そういう感じで嵌り込んでいるんですね。こういう構造だけが「内嵌め」だというのだとすると、確かに被告のものは内嵌めではないわけです。判決は結局そういう文言解釈を採用したんですね。

 ただ、こちらのほうからの主張としては、第一次的にはどう言っていたかというと、この場合でも回転板として、また装置として意味のあるところは、底板との関係で、隙間を介して回転板が内側に入って、それでふさがれていると。隙間の部分を良品海苔が通過していくという構造に意味があるのであって、そういう意味で回転板は全体としては装置の中で内側に入っているのだと。これを「内嵌め」と称してよいのだという主張をしたんです。

 けれども、言葉の意味としては、確かに無理があるといえば無理がある主張なんですね。そこを排斥している部分が地裁の判決の5ページから6ページにかけてです。構成要件Bについて、右側のところで判断していますが、そこの6ページのところをごらんいただくと、内周5、次に右3の(1)及び(3)について見ると、内周縁内に及び内嵌めという特許請求の範囲の文言からして、環状枠板部の最も内側、軸芯に近い側の部分よりもさらに内側に第一回転板の最も外側の部分があることが要件とされていると認められる。回転板が全体の一番外側でも内側にあるんじゃないといかん、というわけですね。

 判決で見ると、特に別紙2はそういう意味ではハミ出ているんですね。回転板のほうが選別ケースの外側よりも外側に出ていまして、経過としては、この辺は、ある意味では意味のある相違だという話の対象にもなるんですけれども、最初の被告の装置は、この辺をもっとひどくしてて侵害じゃないことを確実にしようというか、そういう主張をしやすいようにしようとしていたんですね。

 それは27ページの、これは原告準備書面1に添付した説明図なんですけれども、当初の被告の装置はこういう構造だったんですね。ごらんいただくとわかりますけれども、判決の別紙のものよりも、もっと極端に回転板のほうが装置の固定側よりも外側に入るような仕組みだったんですね。これだと確かに内嵌めというのはより言いにくくなる装置なんですね。ただ、こういう装置ですと、いかにも流れ方が妙な具合になることがおわかりいただけるかと思うんですけれども、余り具合が良くなかったようで、その後、別紙2にあるようなぎりぎり外側、0.何ミリかぐらい外側に回転板の外側がくるという装置になり、その後、実際にたくさん使われていたのは、別紙1にあるように全く一致するような装置なんですね。これだと、通過する隙間に関していうと、通過する隙間が横方向というか、水平方向に近くて、それの障壁になる部分が原告のものだと水平な線に対して垂直な隙間ですけれども、そこを90度横に回転させただけのような構造で、隙間方向が水平に近いけれども、隙間を構成する仕組みとしてはかなり近いような構造になっているわけですね。これだとちゃんと動いたようなんです。こういう方向に変わったんですけれども、でもこれにしても、判決書きが言うような「内嵌め」をほんとうに文字どおりにとる解釈からすると、「内嵌め」とは言えないと言われてしまったわけです。

4. 判旨と均等の判断

 それで、その判断を前提としながらも、判決書きはその上で、右側のところにありますが、均等であるかについて、通しページの6ページの左下のところから検討して、ここで認めているわけですね。まず、均等の判断について、6ページの右側のところにも書いてありますけれども、ここで引用されている2月24日の最判ですけれども、これがいわゆるボールスプライン事件と言われているケースで、事案自体としては差し戻しになったものですが、判決として、厳密にいうと傍論ですが、均等侵害が認められる可能性があること、その要件を示して判示した最高裁判決です。

 そこに書いてあるように、この部分で判決のエッセンスが引用されているわけです。

 「ところで、特許請求の範囲に記載された構成中に他人が製造等をする製品(以下「対象製品」という。)と異なる部分が存する場合であっても、(1) 右部分が特許発明の本質的部分ではなく、(2) 右部分を対象製品におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、(3) 右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、(4) 対象製品が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、(5) 対象製品が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、右対象製品は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成六年(オ)第一〇八三号同一〇年二月二四日第三小法廷判決・民集五二巻一号一一三頁参照)。」

 この最判のフレームワークに従って、ただ、ちょっと特徴的とも言われるのは、まず、2番目の要件から検討して、結局、結論としては、全部の充足を認めて均等侵害としたわけです。

 まず要件(2)として、作用効果の同一ということが検討されています。そこにあるように、ここでの課題として、異物除去が課題だと。作用として隙間を通過しやすくなっているし、遠心力によっての異物除去もあるというような説明がされています。このあたりについては全部同じなんですね、被告の製品でも。

 ただ、被告のほうで一所懸命主張していたのは、遠心力利用がないという主張なんですね。それでさっきのような実験のビデオを提出したりしたわけですけれども、これはそんなはずはないんです。大体が、被告の装置で違っているのは、回転板の構造がわずかに上に乗っているのか、まさに中にはまり込んでいるかの違いだけなんですから、遠心力利用の点において違いがあるわけはないんですね。ただ、被告のほうがこういうことを一所懸命言いたくなるのもある程度わかるところはありまして、本件明細書で遠心力の利用の話がちょっと強調され過ぎているという面は多少あります。遠心力だけで異物が除去されるかのように見えないでもない面があるんですね。でもそれは全体を見れば曲解でして、それは明細書の中で記載されている従来技術への言及などからもわかることなんです。基本的には隙間を通過しない異物が除去される装置であるということは、これは前提となっている話でして、その上で本件の発明の構成だと遠心力利用もできるという、そういう装置なんです。ですので、このように同じ構造をとっている装置について遠心力利用がないという主張は最初からちょっと無理がある話ではなかろうかと、こういうふうに思っております。

 今のような認定がされて、その上で、今度要件(1)について、すなわち本質的部分についての判断がされています。ここでは、従来技術への言及などをして、ローラー式の話と比べてどういうところが違うのか。クリアランスを介して回転板が入っているというところにエッセンスがあると。8ページの右側真ん中のあたりに書いてあります。具体的な構造として環状枠板部の内周縁内に内嵌めという、こういう具体的な位置関係は置き換えても、全体として本件特許発明1の技術的思想と別個のものと評価されるものではないから本質的部分に当たらない。別にここがエッセンスではないという、そういう認定なわけですね。

 加えて、要件(3)について、これを被告のようなものに変更することは設計上の微小な点に関する変更にすぎない。特別困難はない。要件(4)、これは従来技術の関係ですね。これについて、公知技術から容易に推考できたことをうかがわせる証拠もない。

 ここでちょっと書いてあるんですけれども、海苔の洗浄機というのが、被告のほうから、およそ無理な主張なんですけれども主張されておりました。これは家庭用の電気洗濯機のようなぐるぐるかき回すものがありまして、そこに海苔を入れてかきまぜて汚れを落とすような、そういう装置があるんですね。ちょうど家庭用の脱水機で注水すすぎをしている場合に、きれいな水を入れながらかきまぜて、それで石けんを洗い流すという工程がありますけれども、それと全く同じように海苔を入れたものをかきまぜながら、きれいな塩水を追加して汚れを流すという、そういう装置があるんですね、海苔の洗浄機が。この場合でも回転する部分があるわけですね。インペラというか、洗濯機だったらパルセータというのかな。その部分が隙間があって、そこを海苔が通過する場合があるという、そういう主張をしていたんですね。

 でも。電気洗濯機の場合もそうですけれども、それはそこには僅かに隙間があります。貼りついていると回転させにくいですから。でもそこを海苔を通過させてどうこうしようという装置ではおよそないわけですね。貯まっているだけですから。そういう、およそ無理のある主張、見かけだけ似ているんですけれども、そういう主張をしていた。それに対して排斥する判断がされました。

 あと要件(5)として、意識的除外にも当たらない。このケースは、最初からこのとおりの明細書で何の拒絶理由通知もなくそのまま成立しているという、そういうケースなんですね。補正で加えられた要件の場合などについては均等侵害が認められない可能性がある。それが当然に第5要件に該当するのかどうかというのは議論のあるところですけれども、そういう議論がありますけれども、このケースの場合には今のような点でも問題にもならないという幸運なケースだったわけです。そういうことで均等侵害が認められたという、そういう判決でございます。

5. 均等侵害とは何か

 これだけで終わってしまうのは余りにも簡単な話なので、多少追加してご説明いたしますと、5要件というのがボールスプライン事件最判で提示されていて、それが意味がないとは決して言いませんし、ここで検討されているように、それに従って判断されるものではあるわけですけれども、本質的部分の話とか、作用効果のとらえ方というようなところに関して言えば、結局のところは、このフレームワークが示されたからよくわかるようになったとか、これに基づけばハッキリわかるとかとは、なかなか言えないものなんじゃないかな、ということを改めて思うんですね。

 重要なのは、先行技術との関係において何が発明されているのかということであり、それに照らして、被告のものが除外されるような、そういう特許ではないという、そのあたりのことを総合的に考えるしかない。それを考えるにあたっては、最判のフレームワークに従って考えることにはなるんだけれども、それが意味していることというのは、最判の言葉だけではなかなかわからないな、というのは改めて思うところがあります。

 結局のところは、先行技術に照らして発明の内容にかんがみて、言葉どおりではないけれども、その発明の実施としては同じことだというのが均等侵害だ、というのが普遍的に言えることなんだなと、そういうふうに思います。ビデオを見ていただいてある程度ご理解いただけたと思うんですけれども、同じことをやっているんですね、率直に言って。それが一番肝心なところではないかと思います。

 クレームの書き方については、それに対して内嵌めとかの点で、それが外れてしまうような書き方に結果的にはなっているわけですね。結果的にはそれをある程度認めざるを得ない話なんですけれども、これも、被告のようなものが侵害品にならないとか、それが技術的範囲から外れるとかいう趣旨で記載されたクレーム文言ではなくて、むしろ、自分の発明の構造を単に素直に書いただけの要件なんですね、「内嵌め」というのも。まさに、実施品として開示されている装置は「内嵌め」している装置なので、そういう構造をそのままクレームに書くとこうなったということだと思うわけです。

 書いてあるからといって、“「内嵌め」の要件に文字どおりに限定される、そういう技術的範囲の発明だ”とは言えないわけでして、それはむしろ明細書全体から見ても言えることなわけですね。内嵌め構造に特有の効果とかは一切記されていないですし、そういうのは実際ないんです。内嵌めじゃなきゃいけないということは、むしろ言えない話なわけです。そういう発明であるわけです。

 それでもクレームの言葉としては、ある意味で素直に書いてしまったがゆえに文言侵害でないという話になってしまった。こういう場合だから均等侵害ということになるのだろうな、と思うわけです。つまり、クレームの文言というのが発明の実質に比べて限定し過ぎなんですね。だからこそ、侵害ではあるべきだけれども、文言侵害は認められない。そういう場合に均等侵害というのが考えられてくるという、そういう状況だと思います。

 こういう言い方をすると、じゃ、明細書の書き方が悪かった、クレームの記載が悪かった、弁理士さんがちょっと下手だったのではないか、という話にもなりますね。原告代理人としてやっている途中では、確かにそうも言いたくなったわけです。何もこんなふうに書かなくたって特許が成立する発明ではないか、と思える面はあります。後から考えてみれば、もっと広いクレームがあり得るもので、ベストなクレームというのはほかにあり得ますよね。それは確かなんですけれども、でも同時に、後ろのほうのレポートに書いたんですけれども(弁理士会の研究所でレポートしてそれを原稿に直したものを資料として配付しました)、そこでレポートしたときに、弁理士の先生方からいただいたコメントで、いろいろな方向のコメントがあったんですけれども、それで思ったんですが、今と同じようなことをおっしゃる弁理士の先生もいらっしゃるんですね。

 むしろ、ある意味で弁理士のセンスとしては、余り厳しいことを言われたら後で困るなというのも、このクレームを書いた弁理士さんに身を置いて考えると出てくる感想なんですけれども、それももっともだと思います。けれど、それと違って、プロ意識の高い弁理士さんだと、こういう狭いクレームを書いたのに、こんなに(均等侵害で)救済されちゃうようだと、自分の職業としてやることが無いじゃないか、だれが書いても、素人の明細書でよくなっちゃうんじゃないか、そういうことをおっしゃる先生もいるんですね。僕も最初のころ、むしろそういう方向のことを思ったんです。

 でも同時に、弁理士会でレポートしたときに言われた話で、これはまた別の意味でもっともだと思った話は、“いや、機械のクレームだと、このくらいに実物に即して書くのは普通だ”と。これを抽象化して書こうと思ったら、そのこと自体で必ずや審査官から何かケチがつくだろう。そういう意味では、これは素直な良いクレームなんだ、とおっしゃる先生もいるんですね。

 すべては仮定の話ですけれども、もしもベストのクレームを目指して書いていたら、確かに、そのこと自体で何らかの拒絶理由通知を受けたという可能性はかなり高くなるとは思うんです。それでその後、それでも縮小の(限定する)補正をせずに広い形で成立すれば、それはそれでいいでしょう。その場合であれば、仮にこういう紛争になった場合でも均等侵害とかという限界的な議論をしなくても侵害が認められたでしょう。

 が、でも同時に、拒絶理由通知を受けた場合には、何らかの補正をして縮小するというのも普通の実務だと思うんですね。そうじゃないと審査官の顔が立たない面もありますから、何らかの補正をして、それで成立させるということもよくあることだと思います。

 そういうプロセスを経て、その結果として、このクレームよりは良いクレーム、広いクレームであっても、ベストよりは狭いクレームが成立したとすると、結果としては、かえってやりにくいことになったかもしれないですね。それはどんなクレームなのかによって全然話が違ってきますから、こういう仮定の議論は余りよくわからないところがありますけれども、何らかの縮小限定がされたとすると、その部分に関して均等侵害を認めてもらうというのはかなり難しくなりますから。意識的限定の第5要件としてですね。

 仮に、最初は「内嵌め」と書かずにおいて、縮小限定の補正で「内嵌め」と入れたんだったら、それは非常にやりにくい話になったと思うんですね。そう思うと、最初からクレームでこう書いたというのは、そんなに悪くもないのかなという、そういう感じがするんです。

 特に機械の分野の実務としては、このくらい即した形になるんだとも思います。発明として本当はもっと広範なものだとすれば、それはある意味で均等侵害とかいう形で後から検討してもらえばいい話だという、そういう実務になっているという面も、ある意味であるわけですね。そういうのも反映した事件でもあるのかもしれない。だから出願人の弁理士の先生がまずいというわけじゃなくて、むしろ結果としてはこういうふうにうまくいったわけですから、決してまずくなかったのかもしれないなと、そんなふうにむしろ思っています。

6. 事件の経過

 ちなみに、このケースでは、この地裁判決の後で控訴されて、高裁で主に遠心力利用の話について追加した実験とかが被告のほうから示されまして、それも余り意味はなかったんですけれども、原審とほぼ同じ形で高裁でも判決が出ました。それが平成12年10月26日です。半年しかかかっていないことからもご想像いただけるかと思いますけれども。その後上告受理申立てとかされましたけれども、受理されず確定しました。翌年の春のことです。

 この事件は、こちらから訴え提起をした時点では、被告はまだ試作品をつくっていて、実験していて売ろうという販売活動は始めていたんですけれども、実際にはまだ売れてはいなかったという、そういう時期でした。これは装置の使用の季節性との関係もありまして、生海苔を処理する装置ですので、生海苔の収穫時期の前に売れるんですね。要するに冬になると海苔が養殖されますので、秋口に主に売れる装置でして、もともと侵害だというのを警告したり、訴え提起したりしたのは春先からの話だったんですね。だからそのときにはまだ売れていなかったんです。展示会とかに出していたという段階でした。

 ですが、このように裁判をやっている間に被告のほうは一所懸命売りまして、かなりたくさん売れたんですね。かなり儲けたんです。というふうにこちらからは見ているんですけれども、ほんとうのところはよくわかりませんけれども。

 とにかく、地裁判決で侵害だとされた後、たくさん売ったんですね。地裁判決に仮執行宣言はついているんですが、被告はその執行停止を供託金を積んで取りまして、そういう意味ではこっちは執行できないんだけれども、でも侵害だとされているもので、地裁でそういう判決が出たんだから、余りにもリスクが大きいからやめるのが普通だと思うんですけれども、でも判決の後にもたくさん売りまして、高裁判決が出て、実際仮執行の状態になった後でも、当時はこちらでは十分認識できなかったんですけれども、これが秋口の話なので、その時期が一番たくさん出荷する時期なんですね、海苔の収穫期の前なので。厳密には、その前に注文をとっていたものがあったからしようがなかったのかもしれませんが、高裁判決が出た後、かなりたくさん出荷したようなんですね。なかなかそういう意味でいい根性しているなと思うんですけれども、そういう状況だったので、高裁判決が出ても上告申立てをして、何かそれを目指していたようで、全然こっちからの警告というか和解交渉に反応してくれないんですね。

 最高裁で確定した後は、さすがにあきらめるかと思って和解交渉をまた申し入れたんですけれども、やっぱり拒絶されてしまったので、しようがなくて損害賠償請求訴訟を提起しました。地裁で相当額の損害賠償が認容されまして、それの仮執行をしたりしたんですけれども、その後、ついこの間なんですけれども、高裁で和解が成立しました。仮執行したお金の一部を返して、結局、損害賠償として3億円弱を残すような形の和解で終わっています。そんな感じの話でございます。

 もう少しお話することは一応あるんですけれども、とりあえず今までの話の中でご質問なり、ご指摘いただく点があれば、その点を中心にもう少しお話をさせていただこうかと思いますので、何かあれば。

7. クリアランスの構造

司会 ありがとうございました。

……まず、わかりにくかったところがありまして、権利の実施品の絵というのはどれなんでしょうか。

松本 そのもの自体の図面はないんですけれども、明細書のほうの問題となっている構造に関しては図4、16ページの構造がほぼ対応してございます。

……ほとんどこれに近いんですか。

松本 これを改良しているので、多少ほかの部分は変わっているんですね。でもこの回転板の円周部周辺の部分、そこが問題ですけれども、これに関してはこのとおりです。

……さっきビデオで見た、名古屋でやった、あれが実施品なんですか。

松本 そうです。

……あれは何かちょっと上に乗っているような気がしたんですけど。

松本 そうですか? いや、そうじゃないんですよ。乗ってないんですよ。もう1回ごらんいただきましょうか。

(ビデオ上映)

 ここがクリアランスの部分なんです。だからここから下のほうにまだ構造があるので、そういう意味では回転板は何かの上ではあるんですけれども、このクリアランス自体は垂直にできていて、まさにこちら側からの関係では、ここは内嵌めしているような形に中に入り込んでいるんですね。この部分がクリアランスの外側と内側になるんですけれども、これはほとんど水平に段差の余りないような構造になっているんですね。比較的小さいものとか、軽い異物とかはここにひっかかるんですね。そういう構造です。

 回転させるとわかりますけれども、ここの内側のステンレスの部分までが回転するんですね。こちらのステンレスは外側に固定されている。ただ、多少違うのは、図面の場合だと、ここの部分とかが書いてないですね。これは後から改良したものです。この回転板とかは銅合金なんですけれども、それだと特に砂粒とかが入っていた場合にここが回るので、そこにひっかかった場合に磨耗しやすいんですね。この銀色の部分は、それを防ぐようにステンレスの帯を追加したんです。これは後から改良したものなので、その点では明細書の図面とちょっと違っています。でも基本的な構造としては、まさに中に入り込んでクリアランスを垂直に形成しているという点では図面のとおりでした。

 あと図面とちょっと違うのは、図4に関しては今のとおりでほとんどそのままなんですけれども、図1というのは、さっきちょっと申し上げましたけれども、二段構成になっているんですね。こういう実施品はないです。さらに図1に比べると、実際の実施品は回転板よりも上のほうのタンクが浅いです。

 この明細書を書いたときの試作品ですと、わざわざ吸引はしないような構造なんですね。海苔混合液をかなり深いタンクに貯めて、それの圧力で下のクリアランス、回転板円周部のクリアランスからは自然に通過させるというのが明細書を記載した当時の試作品だったんですね。

 実際の装置だと、実施品もそうですし侵害品もそうですけれども、下から吸引ポンプで吸引しているんです。それでこのクリアランスを通過させる。その方が混合液タンクが浅くできるので、回転板をいじるときとか、メンテナンスするときにハンドリングが易しくなるというメリットがあります。そのあたりがちょっと実際の商品と明細書と違うんですけれども、そういう主張も多少されていたんですけれども、この効果は余り力点を置いてなかったんですね。

 もう一つ、被告は、明細書のやつは吸引ポンプがない、自分のやつはあって違うんだ、と主張しました。でもそういうプラスアルファがあっても全然侵害は否定しないと思うんですが、そういう主張を一所懸命されていたこともあります。この辺は違うといえば違いますけれども、発明の実施としては違いはないと、そういう話でございます。

司会 わかりました。どうぞ質問。

8. 先行技術

……先行技術がよくわからないんですが、先行技術のほうも回転するわけですね。混合液の渦が形成されないわけですか?

松本 25ページにある先行技術ですね。

……25ページではなくて、その前の24ページ。

松本 24ページ(特開平6-121660、出願人・建部司、ドラム式のもの)の場合ですと、このフロントページ以外のやつで、確かに今の点でもうちょっと近いのはあるんですけれども、とにかく、この場合でも確かに回転はしますね。でも、メッシュの部分というのは混合液を入れる中の一番外側にあるんですね。だから重い異物も全部メッシュのところに来て、そこでかかるしかない構造なわけです。回転しようとしまいと。本件発明の装置ですと、ここで回転するというよりも、クリアラスよりも外側にあるから、そこに沈むわけです。そういう意味で、これがあったら回転することによる回転の遠心力で重い異物が分離できるという構造になりますけれども、このドラム式のやつだと、重い異物も全部メッシュのところの隙間を通過できないという形でとまるしかない。そういう意味で遠心力利用での分離というのができる構造ではないですね。

 それともう少し基本的に違うのは、1個1個の隙間自体は単に止まっている隙間で、全体のドラムが回るだけなんですね、24ページの先行技術は。それなので、海苔がペタッとはりついてしまうんです。吸引されているから、また水の圧力があるから、混合液が通過するときに海苔がここを通過しようとして、この隙間をふさぐ場合があるわけです。

 けれども、本件発明の場合には、それが横滑りの動きによってうまく通過していくんですね。そういう構造的な働きというのが、24ページの先行技術ですと、1個1個のスリット自体はとまったスリットなわけですね。横滑りとかがあるスリットではないので、ふさいでしまうのに対して対処ができないんです。全体を回転させるとか、洗浄装置をつけるという形で今のを対処しようとはしているんですけれども、それは十分ではない。その点が本件発明の発明たるゆえんなんですね。

 もう1個、25ページのほうは、そういう点では動きのあるクリアランスだという点ではむしろ近いということをこちらでも自認しているんです。しかし、それは回転板円周部ではなくて、こういうシリンダーのものを全部同じ方向に回している。そういう形の動きなんですね。かなり違うという、そういう話でございます。

9. 均等の主張の経過

……均等の主張ですが、最初から均等の主張をされて訴えられたんですか。それとも審理をやられる中で裁判所の様子を見ながら主張されたんですか。

松本 後者です。ていうか、そもそもが、こちらから警告状を送ってはいるんですけれども、侵害じゃないと思うよ、というだけの、要件を具備していないとかと言っているだけの、ある意味で抽象的な回答が来てただけなんですね。だから訴状の時点では、何が問題だというのかわからなかったんです。それなので、今の点については、少なくとも今の内嵌めの点については、回転板全体として内側に入っているんじゃないかという、そういう摘示をしているだけなんです。同じ構造じゃないの? という、そういうつもりだったんですね。審理している間に、いや、そうじゃなくて厳密な内嵌めじゃない、うちは上に乗っている構造なんだから、というご主張があったので、それに対応する形で、実際には裁判所のほうから均等侵害の主張はしないのかということも指摘されました。それの上でそういう主張をしたという(ものです)。

……均等の主張というのは怖いですよね。弱気じゃないかと思われるというのもあると思うので、雰囲気を察知したりとか、難しいだろうなと思うんですが。

松本 そういう意味では、余り考えなくても、主張しなさいと言われたに等しい経過でした。わかりやすかったんです。余り高度な判断をしているわけではないです。それに尽きるんだな。

 話としては、おっしゃるとおり、均等の主張をするというのは弱気というか、文言侵害についてあきらめているかのような印象を表面上与えるとは思うんです。そうは思うんですけれども、陪審裁判じゃないですからね。裁判官はむしろ、特にこのときには均等侵害にふさわしい事件を待っていたかもしれないと思いますね、今思うと。そういう意味では、それほど問題でもないような気がしますね。

……裁判所の見方も変わってきたというか、最高裁のケースが出てから。

……判事の名前を見るとすぐわかりますね。

松本 そうなんです。さっきのボールスプラインのときの調査官の三村さんが裁判長だったんですね。そういう意味では、ふさわしい事案というのは歓迎されている面もあったかもしれないですね。

 ただ、もう一つの弱気どうこうという意味では、最終的に問題になるのは、そういう文言があるから技術的範囲を狭めて成立しているという、そういう特許なのか、そういうところが本来問題なんだと思うんです。仮にその文言で技術的範囲を制限している、限界づけている特許なんだとすれば、それは結論として侵害じゃないわけですね。均等侵害でもないわけです。そういう話に結びつくような主張だとすると、それは文言侵害をあきらめるというのは非常に問題なわけですけれども、本件の場合には、幸いにも内嵌めとかいうことと関係してのメリットというのは全然ないんですね。明細書に全然書いてないし、被告のほうからも、内嵌めだから明細書の実施例に特異なメリットがあるんだとか、それを被告のものは達成していないんだとか、そういった主張は無いんですね。実際ほとんどないと思うんですけれども、そういうケースだから、結局、均等侵害にもなりやすいし、また、文言侵害をあきらめる主張も余りリスクを感じないというところはありましたね。

 そうなんですね。弁理士会のやつでいろいろ弱点を書いていますけれども、というか、当方にとってリスクのある可能性について書いているんですけれども、被告のほうでもっと頑張るとすれば、遠心力利用の点とかではなくて、今申し上げたような話が可能なのであれば、そういう主張をするべきだったと思うんです。つまり、内嵌めに特異なメリットがあって、それを被告の装置は享受していない。そういう主張が可能な場合だとすると、だんだん微妙になってくると思うんですね。ただ、そんなメリットは明細書に全然書いていないので、今みたいな話が仮にあったとして、何か言い出したとしても、そこで成立している特許ではないという話で侵害が認められるんだろうとは思うんですけどね。

 あえて考えると、内嵌めのほうが、この構造で損得があるとすると、こういう主張でしょうね。上に載せる構造なので回転板を動かせるんですね。微妙に回転板を上げればクリアランスの幅が広がるわけですね。そういう調節ができるメリットが自分のほうにあるというのは、被告が一所懸命主張していたことなんです。でもそういう主張だったら、侵害を否定しないんですよね、普通の特許業界の常識としては。と思うんですよ。

 被告のほうとしては、自分のところのやつを悪くは言いたくないから、今みたいな主張のほうに、どうしてもそうなっちゃうんだけれども、ほんとうに侵害を否定するだけの議論をしたいのであれば、自分のところは悪いんだと言わないとだめだと思うんです。違うという主張をするにしても、(その方向として)ですね。そうすると、不完全利用の状況になって、それだと侵害が否定されるという可能性がかなり高まってくると思うんです。けれども、内嵌め特有のメリットというのは明細書に全然書いていないので、不完全利用という話に結論としてなる可能性はないんですね。

 あえて想像して言うと、被告のほうの構造の欠点として言うとすれば、調節できるということの裏腹ですけれども、クリアランスの大きさが安定して保つのが難しい構造なんですね。内嵌めのほうがむしろ安定して保てるんじゃないかな、という気はするんです。余りはっきりしませんけど。うまくできていれば、別に今のは問題にならない話ではあるんですけれども、多分、あえて言えば、被告の構造のほうが調節できることの裏腹として、クリアランスの大きさを安定するのが難しい構造だと思うんですね。これを強調して言えば、自分のほうはメリットを達成していないということで非侵害の方向の議論にできたと思うんです。けれども、でも、もとに戻って言えば、明細書にそんなメリットは書いていないんですね。そんなことを問題として「内嵌め」構造に限定して成立した特許ではない。そういう限定的な発明ではないので、これはやっぱり侵害で当然なんだろうと改めて考えます。そういう話です。

10. 明細書作成の問題

……内田先生、出願側からはどうですかね、これは。

……機械のほうの弁理士は、依頼者が持ち込んだ構造物を正直に言葉にして、そのままに出しちゃうと、こういうことでしょう? それが、正直に言えば言うほど、要件が具体的になり、逆に狭くなるんですね、技術的範囲としては。

……内嵌めという限定が必要なら、どうなんでしょう? 仮に、スリットの点などで共通して、内嵌めという点だけが相違するような、そういう先行技術が出てきていたら、そこに限定的要素を持たせなきゃいけないことになるわけですね?

松本 いや、少なくともこういう用途の装置としては、侵害訴訟でとことん争っても、さっきの以上の先行技術は提示されていないんですね。全然関係ない洗浄機の先行技術が示されているだけくらいなのです。そういう意味では、もっと包括的なクレームでよかった話なんです。「内嵌め」の限定は要らなかったケースなんですね。そうじゃなかったら均等侵害にならないんですけれども。

……結果として、有力な先行技術は無かったから、結果として均等論が成立したわけですね? そう考えたら、小さな範囲のクレームだから均等論が必要になったわけで、先行技術に照らして適切に広いクレームで成立していれば、ごく一般のように文言侵害とできたのでしょうか?

松本 結果論としてはそうだと思いますし、技術状況としては、まさにそういう技術状況だから本件は侵害なんですね。

 ただ、今のお話からも改めて思うのは、本件の技術状況はそうだったんだけれども、でも一般の機械のクレームがかなり具体的というか、物に即して書かれているのが通例だという点は、実務上は結構大きな影響力を持つと思うんですね。審査官の方も、分野別に審査官の担当が決まっていますから、この出願を審査する審査官は、おそらくは普段は非常に構造に即した具体的なクレームばっかり見ているわけですよね。そうすると、仮に、内嵌め構造とかにも言及しない非常に抽象的なクレームを見たら、それ自体に対して何か言ってみたくなるんじゃないかという気はするんですよ。そういう可能性があるんじゃないかと。そうすると、なかなかやっかいな話になったかもしれないという意味で。

……この案件が。

松本 そうなんです。難しいですね。これがベストなクレームでないことは、結果論としてはもちろんなんですね。だからこそ均等侵害とかになるんですよ。

 でも、だからといってベストなクレームが書けるか、またベストなクレームを書くように目指すのが実際的にいいのかというと、なかなか難しいかもしれないという、そんなふうに思います。

……私の疑問は、クレームが先ですから、出願のクレームが先で、その後の権利でしょう。だから将来、均等が成立しそうな範囲で抽象化して出願すれば、それでいいだろうという理屈になるんですよね。

松本 結果論として、そういうクレームで特許が成立したら、そのほうがいいのは、それはそのとおりです。

……だから出願側としては、資料を開示して、今後やっぱり実施例に均等の範囲に抽象化したクレームをなるべく書くように努力するだろうと思うんですね。

松本 いや、それは均等とは余り関係ない話で、むしろそれが本来得られるべき権利範囲だから、そういう抽象的なクレームが成立するべきで、それで文字どおりにすべてが運用されるというのが、むしろ周辺限定主義としてのクレーム・ドラフティングと侵害実務のあるべきところではあるんです。

……弁理士さんもいろいろ法廷代理をやられますよね。アメリカなんかは普通じゃないですか。リティゲーターが出願もやりますよね。だから、そういう状況にこれからどんどん日本もなっていくと思うんです。弁理士さんがどんどん訴訟代理をやっていくという時代になってくるのは間違いないと思うんですけれども。そうすると、出願する人もやはり侵害というのを念頭に置きながら、ある意味、特許というものを打って出ていくための戦略として考えた場合には、どっちがいいのかという視点が、今までの弁理士さんは権利を取るということをまず念頭に置かれていて、ある意味、いつも成功報酬というのがありますから。

 ですけど、弁理士さんが訴訟代理をどんどんやられていく。あるいは弁護士が逆にこういう明細書を書くという時代もそんなに遠くないのかなという気もするんですね。そうすると、今までの弁理士さん・弁護士さんという棲み分けがだんだんオーバーラップしていくことになっていく時代、アメリカみたいになっていく時代はすぐそこに来ていると思うんですけれども、そうなった場合に、侵害ということを念頭に置くというよりは、特許というものをどう会社として位置づけるのかというのを考えながらクレームを書いていくというプラクティスが出てくるのかな、と個人的にはちょっと思っているんですけど。

松本 弁理士さんが、単に(特許が)成立すればいいというのでクレームを書くんじゃいけないというのは、まさにおっしゃるとおりだと思います。依頼者のためになる弁理士の仕事としては、広い権利を獲得したほうがいいとは思うんです。

 それは全くそのとおりなんだけれども、でも同時に、機械の実務においては素直に書くというのが通例だというのもまた事実としてあることを踏まえて考えると、それでまた均等侵害も認められる可能性がこのようにしてある、ボールスプライン以降ですね、そういうことからすると、余り無理するのもどうかなとむしろ思うんです。

 そういう意味で、この例はそんなに捨てたものじゃないクレーム・ドラフティングだったと、こういうふうに今では思っているんですね。

 役割分担どうこうということと、今の話と直接絡むのかどうかは、よくわからないような気がしますね。僕は、侵害訴訟で、もしくは権利交渉の場面でどうなるのかということを弁理士さんがお考えになる必要はあるし、今後よりそうなっていくとは思うんですけれども、それはむしろ弁理士の中での競争とかの話だと思うんです。最初に申し上げましたけれども、余り柔軟に解釈されるのでは弁理士の腕の見せどころがないとおっしゃる先生もいらっしゃるわけで、広いクレームで権利を獲得するというのは、むしろ弁理士としての本来のプロフェッションだと思うんです。どれだけ意識されている先生が多いのか少ないのかはよく知りませんけれども、むしろそうだと思うんですね。職域がオーバーラップすることと、今のとは余り関係ないように僕はむしろ思います。

 アメリカでどうなっているかというと、アメリカではむしろ、弁理士との関係では、事務所単位ではオーバーラップしているけれども、やっている人の担当からすれば、それは弁理士とオーバーラップするどころか、むしろ弁護士の中でも相談をやっている人とリティゲーターとは全然分離しているというくらいに分業がむしろ進んでいて、明細書を書きながら訴訟でのトライアルもやるという人なんて、いるのかな? というふうに僕はむしろ思っているんですけれども。私がカリフォルニアで勤務していた事務所は、専らリティゲーションだけやっていて、出願なんて全然やらないどころか、相談業務すらもなくて、訴訟になってから受けていたというに近いスタイルですね。

……私が知っているところでも、アメリカの場合は、出願の中でも分化していて、外国からの出願と、スクラッチから最初から明細書をつくる専門の方と、訴訟の専門の方と、別々のようです。

松本 かなり分業しているというイメージを持っていますけど。

……今の話で、例えば装置とか機械のクレームだったら、そのまま書くのも良いのかも知れないですね。そういう分野では、それは断定はできないんですけれども、さっき先生がおっしゃったとおり、仮に明確な先行技術がないにしても、万が一補正が入った形でこうなったとしたら、それこそ第5要件で切られた可能性があるかもしれない。ですからそういう意味で、(化学の分野とかいろいろあるでしょうし、審査官や権利者の経験次第だとも思うんですけれども、技術分野ごとによって最低限必要な、どこまで活用すべきだと考えるかはあるけれど)広過ぎると、また補正が入っちゃうと、むしろ狭くなるので、それだったら最初からぎりぎりにして、均等で広げてもらったほうが、結果として広いわけですね。だからアメリカなんかでもたしか、最初から、広いクレームではなくて、それは技術分野の違いがあるでしょうけれども、むしろ限定する方向になっているんじゃないか? そういう流れもあるんじゃないか?

松本 そうなんですね。フェストのケースの後で、補正に関しては非常に広げにくいというか、均等主張が難しいということが明らかになったので、補正して成立させるのは不利だと認識されていると思いますね。同じことは日本でもあるんじゃないかな、という気はしますね。

11. 難しい鑑定

……ただ、法律家としては、均等を成立させるのは、やってみなきゃわからないところがあるわけで、それを事前にコンサルして会社のご判断でどうぞと言ったところで、会社はどうしたらいいんですか? 均等侵害の可能性があるから撤退するのか、どうするのか、というのは非常に難しいですよね。

松本 そうなんです。難しいんです。でも結局のところは、先行技術との関係から見て何が発明されているのか、それを利用するんだったらリスクはあるんだ、こういう説明に撤するしかないと思うんですね。

 僕はこのケースの前から、そういうスタンスの説明をしていたつもりなんです。依頼者に鑑定を求められた場合に、ですね。もちろん、何が発明されているのかという点において、その要件があってこその発明なのであれば、そこから外れれば当然に非侵害です。何か似た技術であってもね。ただ、それがそうではなくて、先行技術としてかなり離れたものしかなくて、明細書で開示されているのと似たところを利用しているという場合には、それはリスクはあるんだという話に必ずなると思うんです。クレームの言葉に依拠はしますけれども、でも僅かな言葉の要件にひっかけて、それを満たしていないんだから絶対大丈夫だという話にはならない。これはある意味で原理的には当然のことだと思うんですね。

 でも、そういうことを言っていると、自分の依頼者にとっては過剰に不利な話にもなりかねない。余り控え目なことを言うと、和解交渉とかでも弱気は損の場合があるわけですね(法律実務全部においてそういうところがありますけれども)。そういう意味では、こんな弱気なことを言ってはいけないのかな、とも思っていたんですが、こうして均等侵害のケースが取れてみれば、言っていることは間違ってないな、と改めて思うんですね。「内嵌め」じゃないからいいんだと言えるかといえば、そうじゃないんです。だから、何が発明されているのかということに照らして、「内嵌め」は余り問題じゃないんだとすれば、リスクがあるというのが、それがこのケースの状況なんですね。

 このケースでは、確かに侵害にはなったけれども、限界的ではあります。仮にうまく説明できなかったら侵害じゃないかもしれないですね。そういう話であり、どっちでもいい、言葉としては「内嵌め」と書いてあるわけだから、はっきりしない部分が残る話なんだけれども、でもまさに判決で実証されたように、少なくとも侵害とされるリスクはある話で、それは、発明の意味内容を考えて、それを利用していたらやっぱりまずい場合はあるよね。そういう話にまとめざるを得ないんじゃないか、そんなことですね。

……私の疑問は、例えばこの発明の本質的構成要素は何だと、そういう深いところまで理解した上で均等の範囲って決まってくるんだろうと思うんですね。じゃ、この発明の本質は何だったんだ、という価値判断は、かなり普遍性がないというか、だれにその意見を聞いたらいいんですか? 複数の法律事務所に意見を聞きましょうかとか、そういうところで、じゃ、依頼を求められた法律事務所が、きちんとその事件で“この範囲で均等が成立するだろう”とかって到底言えないですよね、今の状況下では。均等が成立する範囲なんかについては。

松本 均等侵害になるのだという判断は難しいけれども、その可能性があるというのは、十分に言える話だと思います。そういう鑑定しか出来ないです。均等侵害が確実に成立するのだという意見は難しいですよ。それは仮想被告に対しても仮想原告に対してもそうなんですね。そういう意味で難しいけれども、仮想被告に対して、こういう点で発明の内容をそのままやっているんだからリスクはあるよ、と言うのは、これはそんなに難しくないと思いますね。

……あと分野にもよるしね。例えばこれが機能クレームだったらどうするのかとか、さまざまなバリエーションがあったときに、あらゆる均等の可能性はあるわけですよね。

松本 その場合でもやはり内容を考えて、何が発明されているのかというのを検討するというのが必須なんだと思うんです。けれども、確かに難しいですね。

 元に戻って言えば、ほんとうはそういう負担を成立した特許に関しては極力減らすべきだというのが「周辺限定主義」のクレーム主義ではあるはずなんです。原則はクレームで限定されているところで技術的範囲が決まるから、クレームだけ読めば、侵害品かどうかわかるというのが理想的な周辺限定主義の状況なんだけれども、それじゃ余りにも権利者の発明についての実質的な権利というのが保護されないというので、均等侵害を認めるというのが、周辺限定主義に対する部分修正として認められているわけですね。

 そういう範囲でのことではあるんだけれども、それは考えないといけない。やっぱりでも部分修正ではあるから、クレームに基づいて侵害じゃないとは言えるでしょうという話は、それはそれで言っても間違いではないとは思うんですよ。でもその先、一定のリスクというのが残る意味で修正がある、そういう話だと思うんですね。だから、クレームから外れるから、それで一刀両断安全ですとは言えないというのが現状なのは間違いないですね。

12. 補正との関係

……クレームを書いて、拒絶理由通知を受けて、その結果、限定したとします。その限定の結果として、均等侵害にも当たらないとします。だけども、侵害されているということは、限定した部分について、何か侵害品が出て、結構売れているからそうなるわけですね? ということは、審査官が拒絶理由通知を書いて限定させた部分が売れているわけですね、状況としてはおそらく。そうすると、審査官のおかげで限定させられたあげくに、そこで物が売られているので、損をして、どこへ行っても認められない。すごく損したような感じがしちゃうんですけれども、この場合、限定した趣旨というのが拒絶査定が原因なんだというところを解釈してもらって、限定したわけじゃないんだ、というような、そういうのはないんですか?

松本 今のおっしゃり方そのままだと、ないと思います。だって、限定したんでしょう? 限定したから成立した特許なんでしょう? 今のお話からすればね。そうしたら、そこは外した部分なんだから、それで成立している特許なんだから、そこが権利範囲内になるわけはないですよね。

 そういう意味では、フェスト事件があったからというわけでもないけれども、さっきのお話での侵害じゃないという話を言いたい場合には、審査結果を見て、どういう意見を言っているのか。また特にどういう補正をしているのかというのを見て、そこに当たらないような実施をされるのであれば、相当安全性は高いですよねというのは言えますよね。特にその場合の意見書を参酌して、その意見書の話からすると、明らかにその点を限定して成立している特許だということになれば、その点から外れる製品だったら、まず大丈夫だという、そういう関係になりますよね。そういう話だと思います。

 今の話をまさに被告の立場から見れば、そこを外して成立している特許なんだから、外したところを実施して、どうして侵害責任を問われるんだ、という話になると思うんです。

……最初に拒絶理由通知を受けたら、補正の仕方にコツが要るというか、うまく補正しないといけない、ということになるのでしょうか?

松本 これはちょっと言い方が難しいけれども、ほんとうは、本来広い範囲で成立するべき権利の技術状況なんだったら、補正せずに成立させるんですよ、拒絶理由通知を受けても。技術状況からして、これでいいんだ、と言ってね。それで成立するんだったら、それはもっともいい状況ですよね、広いクレームで成立していれば。

 それを、「内嵌め」と追加して、それで成立したんだったら、それは最悪ですね。それは当然です。そういう場合だと、後から内嵌めじゃないやつも侵害なんだと言うのは、ちょっと無理だと思うんですよ。

……本来は、広くとるべきもので、信念があれば、不服審判で争うということですね。

松本 そうです。

……例えば、拒絶理由として、抽象的なクレームで36条違反といわれた場合はどうでしょう? 例えば、回転板の相対的な位置関係がわからんので記載不十分と言われたとしたら? それに対応して補正で加えたときに、それは限定なのかどうなのかという問題です。

松本 僕は、その場合でも非常にやりにくくなると思いますよ。それで絶対ダメかというと、確かに一定の可能性は残るけれども、自分で限定したのに、「内嵌め」と限定する趣旨じゃないんだという主張をするというのは、どうでしょうか? 先行技術回避の話とは違って絶対不可能じゃないかもしれないけれども、でも、自分で限定しているのに、限定する趣旨じゃないんだと主張するのは、私は嫌ですね。というのがまさに第5要件なわけですね。そういう話だと思います。36条が理由であっても、最初に入れていなかった要件を後から「内嵌め」だと入れたのに、それなのに、……というのは非常にやりにくいと思います。

13. 弁理士の仕事

……23ページのところ、さっきのまさにクレームがどうだというところで逆方向の指摘もあったが、って括弧書きで書いていらっしゃる。ここはどういう指摘があったんですか? その前の機械の分野においては。

松本 逆方向というのは、最初に申し上げたように“こんなに柔軟に解釈されるのでは弁理士の腕の見せどころがない”という話です。両側があるわけですね。それは、権利範囲を大いに考慮して、依頼者にとって価値の高い特許を得ているとお考えの弁理士の先生は、ある意味では自分のエキスパティーズを無にしかねない均等侵害の認定なわけですね。ある意味で非常に素人的な明細書ですからね。そのまま素直に書いているわけですから。

14. 先願主義との関係

……難しいのは、先行技術があって、その中のあいている部分と、どういうふうにカバーしているのかな、というのは難しいですね。解釈。

松本 そうなんです。もっと大局に立って、国際比較の観点とかをちょっと交えて言えば、本当は、周辺限定主義としてクレームの文言にこだわって権利範囲を確定するというのは、ドイツの中心限定主義と比較して言うと、アメリカのやり方なわけですね。でもアメリカのやり方がアメリカでどうして成立するかというと、先発明主義だからなんです。つまり、発明をした時点を基準として特許性が認められる制度であり、一刻を争って出願しなくてもいいわけですね。単に出願相互間での優劣を発明時を基準にして決めるというのではなくて、新規性の基準時も原則的に発明時点なわけです。発明して商業化して、模倣品が登場して、それから後で出願してもオーケーなんですね、米国の国内的には(1年以内であれば)。それなので慎重にクレーム要件を考えてカバーする範囲を検討した上でクレーム・ドラフティングができるんですね。それを前提としているからクレームの文言にこだわった解釈をするという周辺限定主義が妥当するというのがアメリカの制度なんです、もともとの。

 それに対して、日本の先願主義というのは、先願主義の例外のグレースピリオドについても非常に厳しくて、ほとんど認められないわけですね。だから、一刻も早く出願しないといけない。商品化してから出願するとかというのはもってのほかなのは当然なわけです。この状況では、そんなに的確なクレーム・ドラフティングというのは、できわけがないわけです。先発明主義のアメリカですら周辺限定主度を修正する均等侵害を認めるのに、先願主義の非常に厳しい日本がクレームの一言一言にものすごくこだわったら、それでは権利が狭くなり過ぎてしまう可能性があることは当然なんですね。

 ただ、今の話をある程度でも避けようと思えば、補正すればいいんですね。そういう形で対応するのが日本でのやり方なんだけれども、でもそれはそれで難しい問題が生じる場合があるわけですね。だからその点も含めて考えると、やっぱり日本の先願主義は厳しいから均等侵害も認めないといけないのかなという話にも結びつくんですけどね。

……弁護士の仕事は絶対なくならないな、というお話にも聞こえました。

松本 それは別に均等だからどうこうじゃなくても、争いはあり得るものではあるんですよね。そうは思いますよ。

司会 いいでしょうか。ほかになければこれで。ありがとうございました。(拍手)


http://homepage3.nifty.com/nmat/KintoRon.htm

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