H11. 9. 2 大阪地裁 H8(ワ)4216 ボルト締付機特許


平成八年泊謗l二一六号 特許権侵害行為差止等請求事件
         判    決
       原       告     前田金属工業株式会社
       右代表者代表取締役     前  田   英  治
       右訴訟代理人弁護士     小  野   昌  延
       同       右     山  上   和  則
       同       右     西  山   宏  昭
       右補佐人弁理士       丸  山   敏  之
       被       告     エムテック有限会社
       右代表者代表取締役     三  浦   正  z

       被       告     三  浦   正  z
       被告ら訴訟代理人弁護士   隈  元   慶  幸
         主    文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
         事実及び理由
第一 請求
一 被告エムテック有限会社は、別紙物件目録AないしJ記載の各ソケットを製造し、譲渡し、貸し渡し、若しくは輸入し、又はその譲渡若しくは貸渡しの申出(譲渡又は貸渡しのための展示を含む)をしてはならない。
二 被告らは、連帯して、原告に対し、金二〇二一万五八〇〇円及びこれに対する平成八年四月二九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
(争いのない事実等)
一 原告は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有している。

 特許番号 第一四九〇四三六号
 発明の名称 ボルト締付機
 出   願 昭和五七年五月一〇日
 公   告 昭和六一年一二月一日
 登 録 日 平成元年四月七日
 優先権主張 国   名 韓国
       出願年月日 一九八一年七月四日
 特許請求の範囲 別紙特許公報の特許請求の範囲欄記載のとおり。
二 原告は、本件発明の実施品として、別紙「原告製ボルト締付機本体と被告会社製ソケットの対照表」(以下「対照表」という。)原告製ボルト締付機の型式欄の第一実施例(本件発明の特許請求の範囲第1、2、4、5項に該当)と第二実施例(同第1、3、4、6項に該当)記載のボルト締付機(以下第一実施例記載のボルト締付機を「原告シャーレンチチ」といい、第二実施例記載のボルト締付機を「原告シャーレンチツ」といい、両者合わせていう場合には「原告シャーレンチ」という。)を製造、販売してきた。

三 被告エムテック有限会社(以下「被告会社」という。)は、遅くとも平成六年六月ころから、別紙物件目録AないしJのソケット(以下AないしCを合わせて「イ号物件」といい、D及びEを合わせて「ロ号物件」といい、FないしHを合わせて「ハ号物件」といい、I及びJを合わせて「二号物件」といい、全て合わせて「被告ソケット」という。)を製造、販売している。
三 被告ソケットは、別紙対照表記載のとおり、イ号物件のインナーソケットとハ号物件のアウターソケットを結合させて、原告シャーレンチツに取り付けることができ、ロ号物件のインナーソケットと二号物件のアウターソケットを結合させて、原告シャーレンチチに取り付けることができる。
(原告の請求)
 原告は、被告会社が被告ソケットを製造、販売することは、本件特許権を侵害するとして、A被告会社に対し、被告ソケットの製造、譲渡等の差止め(特許法一〇〇条一項)及び損害賠償(民法七〇九条)を求めるとともに、B被告会社の代表取締役である被告三浦正隆(以下「被告三浦」という。)に対し、損害賠償(有限会社法三〇条ノ三第一項)を求めている。  

(争点)
一 本件発明は、本件特許権の優先権主張の基礎とされた出願日(以下「本件優先権主張日」という。)当時、公知であったか。
二 被告ソケットは、本件特許権の間接侵害物品に該当するか。
三 被告ソケットは、本件特許権を直接侵害するか。
四 被告三浦は損害賠償義務を負うか。
五 損害の額。
第三 争点に対する当事者の主張
一 争点一について
【被告らの主張】
1 本件発明は、本件優先権主張日当時、原告によって日本国内において公然と実施され、また、日本国内で頒布された刊行物に記載されていた。
2 別表は、原告が自社製品の発売状況を明らかにした表であり、同表中トネ原告製品アで画された製品は、いずれも本件発明の実施品であるところ、同製品群のうち最も販売開始が早いS−20Es型は、昭和五三年当初に販売が開始されている。また、昭和五三年三月に作成された原告のカタログ(甲5の1ないし4)には、本件発明の実施品であるS−20Es型が掲載されている。

3ア 別表の原告製品S−6100型は、本件発明の実施品であるが、これは昭和五六年ころから販売されている。
イ S−6000タイプ(S−6100型、S−6200型)の価格表(乙4の1。以下「原告価格表」という。)には、同シャーレンチの構造が示されているが、同表末尾には「1981.4.1現在」との表示がある。したがって、本件優先権主張日よりも前である昭和五六年四月一日時点で、本件発明を説明する図面が存在し、かつ本件発明を実施した製品が販売されていた。
ウ 原告は、「鋼構造ジャーナル」昭和五六年六月一一日号にS−6000タイプの広告(以下「本件広告」という。)を掲載している(甲ヨ)。本件広告には、S−6000タイプの写真が掲載され、カタログの請求ができると記載されている。したがって、右商品は、遅くとも昭和五六年六月一一日には広く世間に知られたはずである。

【原告の主張】
1 別表は、シャーレンチの形状の変遷とその市場占有率を示した表にすぎず、本件発明の実施製品を示しているものではない。
 S−20Es型は、前期品と後期品とがあり、前期品は、原告が有していた「ボルト締付具に於けるボルトチップの不完全嵌合防止装置」に関する特許第九〇七四三二号に係る発明(以下「旧特許発明」という。)の実施品である。そして、後期品が、本件発明の実施品であるが、それがいつから発売されたかは、記録が残されていないので特定できない。また、昭和五三年三月に作成された原告のカタログに、掲載されているS−20Es型は本件発明の実施品ではない。
2ア S−6000タイプのいずれもが、本件発明の実施品であることは認める。
イ 別表は、S−6100型の販売開始の月日までは正確に記載されていない。別表には「年度」と記載されているが、これは販売年度を示しているのであり、原告の場合、毎年六月から翌年五月までの期間をいう。

ウ 原告価格表の「1981.4.1現在」は架空の日付であり、原告価格表はそのころ存在していなかった。
 原告においては、年度末(毎年五月末日)に過大の利益金が見込まれるときは、経理上の都合でカタログなどの印刷物が入荷されていないのに費用計上することが過去において再三あり、このような場合、カタログ等には、現実の印刷日でなく、費用計上より前の日付を記載していた。
 原告価格表も右事情から、「1981.4.1現在」と印刷されたにすぎず、同表の稟議書の決裁日(昭和五六年五月二六日)からすると、原告価格表の完成は、昭和五六年七月四日以降になるはずである。
 また、原告においては、特許出願が完了するまでカタログ類の頒布をしないという確立された長年の慣行があった。
エ 営業としては新商品の発売をできるだけタイムリーに知ってもらいたいのであって、実際の発売日より後に広告を出すなどということは通常考えられないのであり、本件広告は、実際の発売日前の広告である。

二 争点二について
【原告の主張】
1ア 被告ソケットは、原告シャーレンチにのみ適合し、他のメーカーのシャーレンチにはそのままでは取り付けできない。被告らは、原告ソケットと寸分違わぬ被告ソケットを製造し、原告シャーレンチへの完全な適合性を謳い文句として営業活動をしている。
イ 被告は、被告ソケットが、旧特許発明の実施品にも使用できる可能性が高いことを理由に、間接侵害の「のみ」の要件を満たさないと主張する。
 しかし、本件発明は、旧特許発明と全く同一構造のシャーレンチにおけるナメリ防止装置(シャーレンチのインナーソケットとボルトの剪断用チップが不完全な嵌合状態で締付け状態に入って、チップとソケットの間に空転が生じることを防止する装置)に係る発明であり、旧特許発明のうち、ソケットのみを改良した発明であるから、旧特許発明の実施品であるシャーレンチに被告ソケットを装着できることをもって、他の用途があるということはできない。

2 本件特許権は、ソケットを中心としたナメリ防止機構の特許であり、ソケットは本件発明の根幹そのものであるから、間接侵害の対象物となる。
3 被告らは、用尽論を主張するが、間接侵害は、元来、本体部分に対し部品交換することによって本体部分の機能を回復させる問題を取り扱った法理論であるから、用尽論を適用する余地はない。また、原告は、シャーレンチ本体の販売とソケットの販売によって本件特許権に対する研究開発経費を回収している。
【被告らの主張】
1 被告ソケットは、サイズとして原告シャーレンチに適合しやすいだけであって、その没個性的形状から、原告シャーレンチのみに使用するとはいえない。
 また、被告ソケットは、旧特許発明の実施品にも使用できる可能性が高く、間接侵害の「のみ」の要件を満たさない。

2 本件発明は、シャーレンチ全体に関するものであって、そのごく一部を構成するソケットについては、そもそも間接侵害の対象外と考えるべきである。
3 用尽論の立場から考えても、本件特許権は、シャーレンチの販売で用い尽くされており、消耗品たるソケットは自由な販売に任せるべきである。
三 争点三について
【原告の主張】
 本件発明は、実質的にはソケットに関する発明であるから、被告ソケットが本件発明の技術的範囲に属することは明らかであり、本件特許権を直接的に侵害する。
【被告らの主張】
 争う。
四 争点四について
【原告の主張】
 被告三浦は、被告会社の代表取締役の地位にありながら、被告会社の本件特許権侵害行為を漫然と放置したものであるから、その職務の執行を行うにつき重大な過失があったものというべきである。

【被告三浦の主張】
 被告三浦が、被告会社の代表取締役であることは認めるが、その余は争う。
五 争点五について
【原告の主張】
 被告会社は、平成六年六月ころから平成八年三月までの間に、被告ソケットの製造、販売により、少なくとも合計二〇二一万五八〇〇円の利益を得た。右利益額が原告の受けた損害額と推定される(特許法一〇二条二項)。
【被告らの主張】
 争う。
第四 争点に対する判断
一 争点一について
1 特許法は、特許無効審判制度を設け(同法一二三条)、特許の無効に関する第一次的判断を特許庁の職責とし、審決の取消訴訟の第一審を東京高等裁判所の専属管轄に服せしめている(同法一七八条一項)ことからすると、侵害訴訟において裁判所が特許権の有効無効を判断することは、許されないと解される。
 しかしながら、特許権といえども、その権利の行使は信義に従い誠実にこれをなさなければならないのであって、権利の濫用は許されない(民法一条二項、三項)。そして、特許登録に明らかな無効事由がある場合、本来当該特許登録に係る発明の実施は、権利者が独占できるものではなく、万人が享受できるものであることが明らかである。それにもかかわらず、無効であることが明らかな特許権を有する権利者が、第三者に対し、当該権利を行使し実施の差止等の民事的救済を得ることは、産業の発達を阻害するものであり、権利の濫用として許されないものというべきである。

 被告らは、明確に権利の濫用を主張していないが、その主張の内容は、権利の濫用を根拠づける事実に該当すると認められるので、以下、この観点から判断する。
2ア 原告の製品であるS−6000タイプ(S−6100及びS−6200型シャーレンチ)が、本件発明の実施品であることは当事者間に争いがない。
イ 証拠(甲9の1、2、甲モの1ないし3、甲ヨ、乙4の1、2、弁論の全趣旨)によれば、右シャーレンチに関して次の事実が認められる。
A 原告は、S−6000タイプのシャーレンチに関する価格表(原告価格表、乙4の1)を発行しているが、同表にはS−6000タイプの内部構造図が掲載されており、同表末尾には「1981.4.1現在」と、同表中の定価表には「昭和五六年四月一日現在」と記載されている。そして、右構造図にはS−6000タイプのシャーレンチの内部構造が詳細に図示されており、同図には本件発明の構成(特許請求の範囲第1項)の全てが明示されている(このことは、原告も争わない。)。

B 原告価格表の作成に当たり、原告内部で作成された禀議書(甲9の1)では、起案日が「(昭和)五六年五月一七日」、件名が「S−6000・S−9000型価格表作成の件」、「目的又は理由」欄には「新機種発売に伴う調整、部数各三〇〇〇部作成」、添付書類欄には「添付見積書の通り 但し本見積書は一機種当り」、決裁年月日として「(昭和)五六年五月二六日」との記載があり、資料として添付された見積書(甲9の2)は大日本印刷株式会社作成の昭和五六年五月一二日付原告宛見積書であり、品名欄に「シャーレンチ価格表」、規格「A4」、数量「三〇〇〇」、単価「五七円」、金額「一七万一〇〇〇円」との記載があるほか、品名欄の「シャーレンチ価格表」の記載の下に「S−6000 三〇〇〇枚、S−9000 三〇〇〇枚」との書込みがある。
C 原告は、昭和五六年六月一一日付け週刊「鋼構造ジャーナル」(甲ヨ)に「新発売!!S−6000タイプ強力型」と題する広告(本件広告)を掲載したが、同広告には、S−6000タイプと思われるシャーレンチの外観写真が掲載され、その下方にはカタログを原告本社機器部等に請求することができる趣旨の記載がある。「鋼構造ジャーナル」は、建築鉄骨、鋼製橋梁、鉄塔、海洋・陸上各種大型構造物等の分野の専門誌であって、毎週月曜日に発行されている。
ウ 右認定事実からすると、原告は本件広告掲載時には既に本件発明の実施品であるS−6000タイプのシャーレンチの製造を開始しており、本件広告が掲載された「鋼構造ジャーナル」の発売時(昭和五六年六月一一日)には、既に原告価格表が作成され、原告において需要者に原告価格表を配布する用意があり、本件広告を見た需要者から購入の申し出を受けた場合には、同シャーレンチを販売する用意があったものと認められる。

  もっとも、前記禀議書は、その記載からすれば昭和五六年五月一七日に作成され、同月二六日に決裁されたことが認められるから、原告価格表は、その日付(昭和五六年〔一九八一年〕四月一日)の記載にもかかわらず、右日付の時期に配付され始めたものとはいえない。原告価格表に記載された日付が、右のように実際の配付時期より遡った日である理由について、原告は、「原告においては、年度末(毎年五月末日)に過大の利益金が見込まれるときは、経理上の都合でカタログなどの印刷物が入荷されていないのに費用計上することが過去において再三あり、このような場合、カタログ等には、現実の印刷日でなく、費用計上より前の日付を記載していた。」と主張するところ、甲ムによれば、原告は、平成四年に、カタログ等広告宣伝物について、物が入荷されていないのに費用計上をしていたとして国税局の指導を受けていたことが認められ、原告主張のような取り扱いがされていた可能性があることは否定できない。
  しかしながら、右禀議書は、前記のようなその記載内容からすれば、単にS−6000及びS−9000の新型シャーレンチの価格表の作成部数とその費用に関するものであると認められる上、見積書まで添付されているのであるから、新機種の製品が開発される一般的な手順からみて、稟議書が作成された昭和五六年五月一七日の時点で、S−6000タイプの商品開発、製造準備、価格決定、原告価格表の基本的内容の作成等は終了していたとみるのが適当である。そして、右禀議書が同月二六日に決裁を経た後は、原告において、正式に原告価格表の作成を業者に発注し、若干の校正を経て印刷され、これにより原告価格表は、禀議書決裁日である昭和五六年五月二六日から余り時間を経ることなく、公に配布することが可能となっていたものと推認される。
 したがって、本件発明の実施品であるS−6000タイプは、遅くとも本件優先権主張日である昭和五六年七月四日よりも前に、原告によって製造、販売が開始され、当業者が本件発明の内容を容易に知り得るような状態に至ったものと認められる。
エ 原告は、営業としては新商品の発売をできるだけタイムリーに知ってもらいたいのであって、実際の発売日より後に広告を出すなどということは通常考えられないのであり、本件広告は実際の発売日前の広告であると主張する。
 しかし、「鋼構造ジャーナル」は、前記のとおり毎週月曜日に発売されている週刊誌であるから、新製品が発売される直前、直後の月曜日に発売される週刊誌に広告を掲載することが、新商品の発売を最もタイムリーに知ってもらうことができると考えられるところ、仮にS−6000タイプを同年七月四日以降に販売したのであれば、本件広告は新発売の時期よりも半月以上も前に出したこととなるから、必ずしもタイムリーな広告とはいえない。また、仮に、原告の主張どおりだとすると、本件広告を読んで原告に問い合わせた需要者に対して、原告は本件広告掲載のS−6000タイプはいまだ発売日前であると説明することとなるが、発売日について特段の記載がなく、単に「新発売」と記載した本件広告を読めば、S−6000タイプが既に発売されていると理解するのが当然であるから(この点、原告が同じく鋼構造ジャーナルに掲載した別のいわゆる記事広告(甲モの2)には、発売開始日が明記され、発売日前の広告であることが一読すれば分かる記載となっている。)、本件広告は、原告の信用を多少なりとも損なう可能性を含んだ記載となっているものといわざるを得ない。そのような広告を原告自らが作成するとは、考え難い。
 なお、原告は、原告において、特許出願が完了するまでカタログ類の頒布をしないという確立された長年の慣行があったと主張するが、そのような事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
 したがって、原告の右主張は認められない。
オ なお、原告は、本件口頭弁論終結後の平成一一年七月二二日付けで、終結後に新たな重要証拠を発見したとして、口頭弁論再開の申立てをし、同時に、書証として甲ラの1ないし9、甲リ及びルの写しを提出した。当裁判所は、口頭弁論再開の必要性はないと判断したものであるが、念のために、終結後に提出された右各書証について検討したところも付言しておくこととする。
 A 原告は、弁論再開申立書において、本件広告で「カタログ進呈」とあるのは、甲ルのカタログのことであるが、右カタログにはS−6000タイプが掲載され、同カタログの別の頁にはナメリ防止装置説明図として旧特許発明に係るナメリ防止装置の構造が開示されていることを理由に、S−6000タイプは、発売当初は旧特許発明の実施品であったとして、従前と異なる主張をした上、本件優先権主張日の時点では本件発明の実施品であるS−6000タイプは発売されていなかったと主張する。

  しかし、前記のとおり、原告価格表に記載されているS−6000タイプは、その内部構造図から明らかなように、本件発明の実施品であると認められる。そして、原告が原告価格表の禀議書であるとして提出した甲9の1、2には、目的又は理由として「新機種発売に伴う調整」と記載されているから、同じくS−6000タイプについて「新タイプ」と銘打った本件広告が時期を置かずにされていることを併せ考慮すれば、同禀議書が原告価格表の禀議書であるとの原告の主張立証を前提とする限り、S−6000タイプは、発売当初から本件発明の実施品であったと認めるほかない。
  確かに、甲ルのカタログの2頁に示されたナメリ防止装置の説明図には、旧特許発明の内容(甲4)に沿う図面が記載されているが、右カタログにはS−6000タイプのほかにS−9000タイプも同じく「強力型」として記載されており、甲リによれば、S−9000タイプは旧特許発明の実施品であると認められるところ、甲ル中の前記説明図が原告の「強力型シリーズ」シャーレンチ一般の説明として記載されていることは体裁上明らかであるから、右説明図は、旧特許発明に係るナメリ防止装置と本件発明に係るナメリ防止装置の双方をまとめて説明するために簡略化して図示されたものと見るのが相当である。

  したがって、甲ルを根拠とする原告の主張は理由がない。
B 次に原告は、弁論再開申立書において、本件発明の特許出願手続のために作成された図面である甲ラ(原告補佐人である弁理士が出願手続のために原告から提出を受けて、事務所に保管していたものであるという。作図年月日として昭和五六年三月三一日の記載がある。)と旧特許発明の実施品であるS−9000タイプの組立図である甲リ(作図年月日として昭和五五年八月二〇日の記載がある。)とを対比すると、甲ラは甲リを一部流用して作成していることが判明するから、本件優先権主張日の時点では、本件発明の実施品であるS−6000の製作図は作成されておらず、実施品も販売もされていなかったと推認されると主張する。
  確かに、甲ラの6の図面に記載されたシャーレンチの外形が甲リのS−9000の外形を流用して作成されたものであることは、両図面を対比すれば原告指摘のとおりであると認められる(ちなみに、甲ラの1ないし6には、いずれも「形式」欄に「S−9000」の記載がある。)。また、甲ラの6と甲2とを対比すれば、甲ラの6の図面は、ナメリ防止装置の部分を含め、本件発明の特許公報第1図(本件発明の締付機の断面図)の基になった図面であることがうかがわれる(ただし、甲ラの1ないし9の図面は甲2の特許公報の各図面と同じではない。)。しかし、もともと、本件発明は旧特許発明のナメリ防止装置を改良した発明であることは原告が自認するところであって、本件発明の特許出願の願書に添付する図面を旧特許発明の実施品の製作図面を基に作成することは自然なことであるし、一方で、先に判示したとおり、乙4の原告価格表のS−6000の内部構造図は、甲ラの作図年月日とされる昭和五六年三月三一日時点ではともかくとして、甲9の禀議書が作成された同年五月一七日の時点では、既に基本的に作成されていたと推認されるのであり、そうである以上、S−6000の製作図もそれまでに作成されていたと推認される。本件発明の特許出願願書に添付する図面にS−6000の製作図を使用しなかったとしても、必ずしも不自然なこととはいえず、右出願時にS−6000の製作図が存在しなかったことの証左ともならない。
  したがって、本件発明の特許出願の願書に添付した図面の基礎として甲ラの図面を使用したからといって、本件優先権主張日の時点で発売されていたS−6000が本件発明の実施品であったとの認定を覆す事由とはならない。
C 以上のとおり、原告が口頭弁論終結後に再開申立書とともに写しを提出した書証によっては、前記の認定を覆すには足りないものというべきである。
3 よって、本件発明は、その優先権主張日である昭和五六年七月四日よりも以前に、原告によって公然と実施されていたものであると認められ、特許法二九条一項二号、四三条の二第一項、パリ条約(千九百年十二月十四日にブラッセルで、千九百十一年六月二日にワシントンで、千九百二十五年十一月六日にヘーグで、千九百三十四年六月二日にロンドンで、千九百五十八年十月三十一日にリスボンで及び千九百六十七年七月十四日にストックホルムで改正された工業所有権の保護に関する千八百八十三年三月二十日のパリ条約)四条B前段により特許登録を受けられない発明であったことが明らかであり、本件特許権は、特許法一二三条一項二号により無効審判手続において特許を無効とされるべきものであることが明らかである。したがって、原告が、そのような本件特許権に基づき、被告会社に対し被告物件の差止等を求め、被告三浦に対し損害賠償を求めることは、権利の濫用に当たるものというべきである。

二 以上によれば、原告の請求は、その余の争点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、棄却することとし、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日 平成一一年六月一〇日)
大阪地方裁判所第二一民事部


         裁判長裁判官     小   松   一   雄


            裁判官     高   松   宏   之


            裁判官     安   永   武   央