H15.10.16 東京地裁 平成14(ワ)1943 不正競争 民事訴訟事件

平成14年(ワ)第1943号 営業誹謗行為差止等請求事件
(口頭弁論終結の日 平成15年6月20日)
             判       決
         原   告      株式会社コ−ラルコ−ポレ−ション
         訴訟代理人弁護士   安 田 有 三
         同          秋 山 佳 胤
         被   告      マリ−ンバイオ株式会社
         訴訟代理人弁護士   小野寺 昭 夫
         補佐人弁理士     高 橋 康 夫
         同          横 沢 志 郎
             主       文
     1 原告による米国内における別紙物件目録記載のサンゴ化石粉体の販売につき,被告が米国第4540584号特許権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。

     2 被告は,日本国内から原告の米国内の取引先に対して,原告による米国内における別紙物件目録記載のサンゴ化石粉体の販売行為が米国第4540584号特許権を侵害する旨を告知し,流布してはならない。
     3 被告は,日本国内から原告の米国内の取引先に対して,同取引先による米国内における別紙物件目録記載のサンゴ化石粉体の販売行為が米国第4540584号特許権を侵害する旨を告知し,流布してはならない。
     4 被告は,原告に対し,299万8000円及びこれに対する平成14年2月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
     5 本件訴えのうち,「原告の米国内の取引先による米国内における別紙物件目録記載のサンゴ化石粉体の販売につき,被告が米国第4540584号特許権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。」との判決を求める訴えを却下する。

     6 原告のその余の請求を棄却する。
     7 訴訟費用は,これを3分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
     8 この判決の第2項ないし第4項は,仮に執行することができる。
             事実及び理由
第1 請求の趣旨
   1 主文第1項と同じ。
   2 主文第2項と同じ。
   3 原告の米国内の取引先による米国内における別紙物件目録記載のサンゴ化石粉体の販売につき,被告が米国第4540584号特許権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。
   4 主文第3項と同じ。
   5 被告は,原告に対し,1871万7875円及びこれに対する平成14年2月15日(訴状送達の日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 請求の趣旨に対する答弁
   1 本案前の答弁

       請求の趣旨第1項,第3項及び第4項に係る訴えを却下する。
   2 本案の答弁
      原告の請求をいずれも棄却する。
第3 事案の概要等
 1(1) 原告は,日本国内で造礁サンゴ化石を粉砕したサンゴ化石微粉末を製造し,これを健康食品として販売し,米国にも同製品を輸出,販売している会社である。日本法人である被告会社は,サンゴ砂を利用した健康増進のための組成物等の発明について米国特許権を有する。
    原告は,上記の原告製品は被告の米国特許権の技術的範囲に属さず,同特許権には無効事由があるから,米国内において上記原告製品を販売することは上記米国特許権を侵害しないと主張して,原告による米国内における上記原告製品の販売につき被告が上記米国特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認を求め(請求の趣旨第1項),更に加えて,原告の米国内の取引先による米国内における上記原告製品の販売につき被告が上記米国特許権に基づく差止請求権を有しないことの確認をも求めている(請求の趣旨第3項)。

    また,被告が,米国における原告の取引先に対して上記の原告製品が被告の米国特許権を侵害するなどと記載した警告書等を送付したことについて,被告の上記警告は不正競争防止法2条1項14号所定の虚偽事実の告知・流布に当たり,原告の営業上の信用を毀損するものであるなどとして,同法3条1項に基づき,原告による米国内における原告製品の販売が被告の米国特許権を侵害する旨の告知・流布の差止め(請求の趣旨第2項)及び原告の取引先による米国内における原告製品の販売が被告の米国特許権を侵害する旨の告知・流布の差止め(請求の趣旨第4項)を求めるとともに,同法4条に基づき損害賠償を求めている(請求の趣旨第5項)。
   (2) これに対して,被告は,本案前の主張として,請求の趣旨第1項,第3項の米国特許権に基づく差止請求権の不存在確認請求に係る訴えについて,属地主義の原則等を理由として我が国の裁判所に国際裁判管轄は認められないと主張し,さらに,仮に国際裁判管轄が肯定されるとしても,本件訴訟における判決が米国において承認されるかどうか不明であるから,本件訴訟は紛争解決にとって有効・適切な手段とはいえず,上記各確認請求については確認の利益がない旨を主張している。また,請求の趣旨第3項については,原告以外の第三者と被告との間の権利関係の問題であるから,この点においても同請求には確認の利益がない旨を主張している。請求の趣旨第4項については,被告は,我が国に国際裁判管轄があることは否定しないものの,請求の趣旨第3項と同様に,原告以外の第三者と被告との間の権利関係の問題であるから,そもそも訴えの利益が認められない旨主張し,上記第2の1に記載のとおり,請求の趣旨第1項,第3項及び第4項の各請求に係る訴えについて,訴え却下の判決を求めている。

     そして,被告は,本案の主張としては,上記の原告製品は文言上又は均等論の適用により被告の米国特許権の技術的範囲に属するものであり,同特許権には無効事由は存しないから,米国内における原告製品の販売は上記米国特許権を侵害(文言侵害又は均等侵害)すると主張して,原告の各請求を棄却することを求めている。
 2 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び証拠によって容易に認定できる事実)
   (1) 当事者等
     ア 原告は,沖縄県石垣市に本店を置き,造礁サンゴ化石を粉砕したサンゴ化石微粉末を製造し,この微粉末を健康食品として販売することを主たる目的とする株式会社である。
         沖縄県与那国島には,約4万年前にサンゴ礁が隆起し,隆起したサンゴ礁が陸上でサンゴ化石(石灰岩)鉱山となったものが見られるところ,原告は,このサンゴ化石(石灰岩)鉱山の採掘権を有しており,サンゴ化石のブロックを採掘して一部を土木用資源とし,その残りを鉱山付近に設置したサンゴ化石の粉砕工場で微粉末にして,別紙物件目録記載のサンゴ化石粉体(商品名「ドナン」。以下「原告製品」という。)を健康食品として製造,販売している。

         原告製品の主たる成分は,サンゴ虫(腔腸動物)に由来する成分である炭酸カルシウムであり,その他にナトリウム,カリウム,マグネシウム,マンガン,珪素などが含まれている。
         原告製品の用途は,粉体のまま栄養源として食する方法のほか,栄養源(ビタミン等)と共に食材に添加して栄養価を高めるなど各種の用途がある。
     イ 被告は,東京都千代田区に本店を置き,沖縄地方の海底から採取したサンゴ砂を原料とする健康食品及び水質浄化剤の製造販売を主たる目的とする株式会社である。
     ウ 原告は,米国の企業であるHealth Co.net (ヘルス・コ・ネット)社(現,Coral Inc.社−コ−ラル・インク社)に原告製品を輸出し,Health Co.net社は,原告製品とビタミン類などその他の栄養剤と共に混合し,カルシウム含有健康食品「コ−ラル・プラス(Coral Plus)」として米国内で販売している。また,Health Co.net社の関連会社として,Health Nutrients,Inc.社がある(甲2,乙13,弁論の全趣旨)。

   (2) 被告の有する米国特許権について
     ア(ア) 被告の元代表者であるAは,サンゴ砂を利用した食品等の発明について,日本及び米国等で特許出願し,下記の米国特許(以下「本件米国特許権」という。)を取得した(甲3の1)。
         米国特許番号(USP,NO)4540584号
         特許登録日      1985年(昭和60年)9月10日
         権利存続期間の満了日 2003年12月28日
         (出願日から20年−米国特許法154条(c)(1))
         発明の名称      健康増進のための組成物
         出願日        1983年(昭和58年)12月28日
         優先に係る外国出願  [日本]特願57−233889号
                               1982年(昭和57年)12月28日
       (イ) 本件米国特許権の出願経過(乙11)  

         a 本件米国特許権は,出願時(1983年〔昭和58年〕12月28日),単一の独立項である請求項1を含む10の請求項よりなるものとして出願された。
         b 出願当初の請求項1は,「有効成分としてコ−ラルサンドを有している健康増進用組成物」と規定していたが,審査官は,定期刊行誌である「ケミカルアブストラクト」(以下,単に「ケミカルアブストラクト」という。)に掲載された多数の公知例を挙げて,請求項1を拒絶した。ケミカルアブストラクトに記載された公知例には,排水から重金属を除去するために用いられる20ないし60メッシュのコ−ラルサンドが含まれていたため(1984年9月13日付け庁指令2〜4頁参照),出願人たる被告は,1985年(昭和60年)2月13日付けで提出された補正書において,下記イ(ウ)の本件米国特許権の請求の範囲に記載のとおり請求項1を補正した。

         c 出願人たる被告は,上記補正書の意見書記載部分において,いずれのケミカルアブストラクトもコ−ラルサンドパウダ−をミネラルサプリメントとして使うことを教示していないと指摘することにより,先行技術との差異を主張し(1985年2月13日付け補正書5頁参照),「従って,いずれの記録文献も50ないし500メッシュの要件について示唆していない。このサイズは,ミネラルサプリメントの人体への摂取に効果的である。」とも記載している(同上)。
         d 上記補正により拒絶理由は回避され,本件米国特許権は登録に至った。
       (ウ) 本件米国特許権の特許権者であった元代表者Aは平成13年9月16日死亡し,同人の相続人らの遺産分割協議により,本件米国特許権はAの妻であるBが相続した(弁論の全趣旨)。

           Bは,2002年(平成14年)12月24日付けの書面で,被告に本件米国特許権を譲渡し,2003年(平成15年)1月6日,当該譲渡について,米国特許商標庁に登録がされた(乙14の1ないし3,23の1ないし3)。
     イ 本件米国特許権の明細書(以下「本件明細書」という。)の記載内容(甲3の1)
       (ア) 要約
           造礁サンゴまたは暗礁形成サンゴの生骨格又は半化石から得られるサンゴ砂を,約150ないし500メッシュに粉砕し,得られたサンゴ砂粉末を健康増進のための飲料又は錠剤として提供する。
       (イ) 発明の概要(1欄48行〜57行)
           本発明は,造礁サンゴ又は暗礁形成サンゴ(以下「造礁サンゴ」という。)の生骨格及び半化石を粉砕することにより得られるサンゴ砂が,主成分としての炭酸カルシウム及び人間の身体が必要とする種々のミネラルを生態環境的な比率で含有するとの発見に基づいている。すなわち,本発明は,有効成分としてサンゴ砂を含む健康増進のための組成物を対象とするものである。

       (ウ) 特許請求の範囲(4欄35行〜40行)
         【請求項1】(以下,この発明を「本件特許発明」といい,分説したものをそれぞれ「構成要件A」,「構成要件B」という。)
           A 有効成分としてのサンゴ砂(Coral Sand)を,人間のためのミネラル補給源として炭酸カルシウム及び他のミネラルを与えるのに十分な量で含有するミネラルサプリメントであって,
           B 前記サンゴ砂は,約150ないし500メッシュを通過する粒子サイズの微細粉末の形態であるミネラルサプリメント
           (【請求項2】ないし【請求項20】を省略)
       (エ) 好ましい態様の説明
         a 本発明の組成物は,有効成分としてサンゴ砂を含有することを特徴とするものである。造礁サンゴの生骨格及び半化石から得られるサンゴ砂は主成分(約95%)としての炭酸カルシウム(CaCO
3)のほか,生体元素として重要なマグネシウム,ストロンチウム,ナトリウム,カリウム,燐,塩素,さらに,鉄,銅,マンガンコバルト,クロム,硼素等のような必須無機ビタミン元素を含んでいる。(1欄64行〜68行)
         b 天然に存在するサンゴ砂を洗浄して塩分を除去し,次いで,この塩分を除去したサンゴ砂を約80℃ないし約150℃,好ましくは,90℃ないし120℃の温度で消毒及び乾燥し,この消毒及び乾燥したサンゴ砂を150ないし500メッシュ,好ましくは200ないし450メッシュに粉砕する。この粉砕は,消毒及び乾燥されたサンゴ砂を窒素気流中において約−180℃ないし−200℃の温度で凍結乾燥することにより,又は,海水もしくは淡水と共に混練した状態で行うこともできる。(2欄48行〜57行)
   (3) 原告の米国取引先であるHealth Co.net社等が受け取った電子メ−ル等の内容(なお,電子メール等の送信者については後記のとおり争いがある。)
     ア Health Co.net社は,2000年(平成12年)3月2日,日本から,下記の内容が記載された電子メ−ルを受け取った(以下,同日の電子メ−ルを「第1警告」という。)。

         「Health Co.net社が取り扱う『CORAL PLUS』と称する製品は,被告の有する米国特許第4540584号,その他の権利を完全に侵害するものであり,7日以内に回答するよう求める。回答がなければ直ちに米国裁判所に訴訟を提起する。」(甲4)。
     イ 平成13年7月16日ころ,Health Co.net社の関連会社Health Nutrients,Inc.社の担当者から,米国内における原告製品の取引関係を扱う担当者Cに対し,Health Nutrients,Inc.社が,被告とミ−ティングした内容が記された電子メ−ル(甲9の1)が送られた。
         上記電子メ−ルには,Health Nutrients,Inc.社が,那覇地方裁判所平成10年(ワ)第429号商品製造販売差止請求事件判決の初めの1頁部分(甲9の2)と同判決に添付された商品目録の写しを被告から示された上,「同判決は,健康食品に使用されるすべてのコ−ラルはマリ−ンバイオ社(本件被告)の世界特許により保護されていることを判断したものである。」,「マリ−ンバイオ(本件被告)は,以前からコ−ラルコ−ポレ−ション(本件原告)に対し,同社のドナン(原告製品)は,本件米国特許権を侵害している旨通告しているのに,同社(本件原告)がこれを無視し続けてきたことに対し権利主張するつもりであり,Health Nutrients Inc.社に対しても訴訟提起の準備をしている。」等と伝えられた旨が記されていた。

     ウ Health Co.net社は,日本から,平成13年(2001年)11月2日付けの次の内容の書簡を受け取った(甲12)(以下,同日の書簡を「第2警告」という。)。
         その内容は,次のとおりである。
         「我々は当社弁理士及び顧問弁護士とコ−ラルコ−ポレ−ション(本件原告)の特許侵害につき検討した。そして,コ−ラルコ−ポレ−ションに対して訴訟提起をすれば,勝訴に至ると確信した。しかしながら,訴訟が提起されたら,貴社及びコ−ラルコ−ポレ−ションの両社に数十万ドルの費用がかかる事実を貴社はご存じであろうか。我々は,本件について勝訴すると確信しているが,調査の結果,コ−ラルコ−ポレ−ションが訴訟費用その他の経費を支払うことができるとは到底考えられないことが判明した。それ故,貴社にとっては,訴訟外で我々との交渉により解決することがより良い解決策であると申し上げる。貴社もご存じのとおり,我々マリ−ンバイオ(本件被告)は約40年にわたり,コ−ラルその他商品につき国内及び海外の市場におけるリ−ディングカンパニ−である。我々とひとたび取引をした顧客の信頼を,我々は決して裏切らない。これが我々の企業精神である。貴社の大いなる決断があるものと理解している。貴社とのビッグビジネスを期待している。」

第4 争点
 1 争点1−本案前の抗弁(請求の趣旨第1項,第3項に係る訴えについての国際裁判管轄及び確認の利益(訴えの利益)の有無,並びに,第4項に係る訴えについての訴えの利益の有無)
 2 争点2−原告製品の販売が本件米国特許権を侵害するかどうか
 3 争点3−被告の行為は,不正競争防止法2条1項14号所定の「虚偽の事実を告知し,又は流布する行為」に該当するか
 4 争点4−原告の損害
第5 争点に関する当事者の主張
 1 争点1(本案前の抗弁)について
 (被告の主張)
   (1) 本件米国特許権に基づく差止請求権不存在確認の訴え(請求の趣旨第1項,第3項)について
     ア 請求の趣旨第1項及び第3項は,米国特許権に基づく米国内での行為についての差止請求権不存在確認請求であるが,我が国の裁判所に,米国内の行為につき米国特許権に基づく差止請求権が存在するか否かについて審理・判断する国際裁判管轄権は存在しない。

         最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁によれば,我が国は特許権について属地主義の原則を採用しており,我が国と米国との間で互いに相手国の特許権の効力を自国においても認めるべき旨を定めた条約も存しないから,米国特許権の侵害を積極的に誘導する我が国での行為の差止め,又は,我が国内における侵害品の廃棄を命ずることは法例33条の公の秩序に反し,よって,米国特許法(合衆国法典第35巻)271条(b)及び283条の規定を適用し,差止め又は廃棄を求める請求はいずれも認められないとしている。また,同判決においては,特許権の効力に基づく差止請求の準拠法は当該特許権が登録された国の法律であると解すべきであり,米国の法律が準拠法となると判断している。
         この判決の趣旨,精神に照らせば,我が国において,米国特許権に基づく米国内の行為の差止請求権の存否について判断することはできないと解するのが論理的である。すなわち,特許権の効力に関しては属地主義の原則が適用され,その保護は当該国の領域においてのみ認められるものであって,我が国で米国の特許権に基づく差止請求が認められないことからしても,我が国の裁判所が,米国特許権に基づく差止請求権の不存在について確認することができないのは当然である。
     イ(ア) 仮に,本件米国特許権に基づく差止請求権不存在確認の訴えについて,我が国の裁判所に管轄権が認められるとしても,確認訴訟における確認の利益は,原告と被告間の具体的紛争の解決にとって,当該確認訴訟の判決が有効かつ適切な場合においてのみ認められる。

           しかし,本件米国特許権に基づく差止請求権の有無についての我が国の裁判所の判決は,米国において承認されるかどうか不明であるから,このような確認訴訟を我が国で提起することは紛争の解決にとって有効・適切な手段といえない。
           また,被告は,米国における実施者に対し,米国裁判所に対して特許権侵害を理由として差止請求をなし得るのであるから,本件訴訟における判決によっては,紛争は何ら解決しない。
           したがって,原告の上記請求については確認の利益がないというべきである。
       (イ) 確認の利益の有無について,原告は,米国ネヴァダ州とは相互保証があるから本件訴訟の判決も米国ネヴァダ州で承認される旨主張するが,相互保証がある場合とは,「信義・信頼をもって対処するに値するとみなされればネヴァダ州の裁判所の判決と同一の効力を有する。」というものであるところ,本件事案の争点は,米国特許権侵害の有無,特に均等論の適用の有無,出願経過禁反言適用の有無という点にあり,この点は我が国と米国とで裁判実務が著しく異なる点であるため,我が国の判決がそのままネヴァダ州の裁判所において承認されるかどうか疑問である。

           しかも,仮に,ネヴァダ州において我が国の裁判所の判決が承認されるとしても,これをもって,米国全域において我が国の裁判所の判決が承認されることの根拠にはなり得ない。
     ウ さらに,請求の趣旨第3項は,被告が原告以外の第三者(米国内の原告取引先)に対して差止請求権を有しないことの確認を求めるものであるが,仮に,同確認請求について判決がなされたとしても当該判決の効力は被告と原告以外の第三者との間に及ぶものではないから,原告の法律上の地位の不安を除去できるものではない。原告は,原告製品を原告の米国内での取引先に譲渡できるという経済的な利害関係を理由として,同請求について確認の利益がある旨主張しているが,経済的な利害関係と法律上の地位に関する争いを混同する主張であり,本件請求に対する判断は,被告と原告以外の第三者との間の紛争解決にも何ら有効性はないから,請求の趣旨第3項は,この点においても確認の利益がない。

   (2) 請求の趣旨第4項について
       我が国の裁判所が,本件事件における不正競争防止法の適用について判断し得ることは認めるが,請求の趣旨第4項の請求は,米国内での原告取引先の販売行為について,被告が本件米国特許権を侵害する旨を告知・流布し得るか否かの問題であり,被告と原告以外の第三者との間の権利関係の有無の問題であって,原告は当該請求の当事者適格を有しない。
 (原告の主張)
   (1) 本件米国特許権に基づく差止請求権不存在確認の訴え(請求の趣旨第1項及び第3項)について
     ア 最高裁判所は,国際裁判籍につき,「被告が我が国に住所を有しない場合であっても,我が国と法的関連を有する事件について我が国の国際裁判管轄を肯定すべき場合のあることは,否定し得ないところであるが,どのような場合に我が国の国際裁判管轄を肯定すべきかについては,国際的に承認された一般的な準則が存在せず,国際的慣習法の成熟も十分ではないため,当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である。」(最高裁判所昭和55年(オ)第130号同56年10月16日第二小法廷判決・民集35巻7号1224頁等参照)とし,「我が国の民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内にあるときは,原則として,我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき,被告を我が国の裁判権に服させるのが相当であるが,我が国で裁判を行うことが当事者間の公平,裁判の適正・迅速を期するという理念に反する特段の事情があると認められる場合には,我が国の国際裁判管轄を否定すべきである。」(最高裁平成5年(オ)1660号同9年11月11日第三小法廷判決・民集51巻10号4055頁)としている。

         本件についてみると,被告は,日本法人であって,その普通裁判籍は日本国内にあるから,我が国に国際裁判管轄が肯定される(民事訴訟法4条4項参照)。我が国に国際裁判管轄が肯定されることは原・被告両当事者間にとっても公平であり,両当事者のいずれも日本に主たる営業所を有する日本法人であって,かつ,被告の不法行為は日本国内における被告の本店から発信されたものであることからすると,我が国で裁判を行うことがその適正・迅速を期すのに最適であって,我が国の国際裁判管轄を否定すべき特段の事情もない。
         そして,被告は,原告が米国内において被告の有する米国特許権を侵害する旨述べ,原告の米国内における不法行為を問題としているから,法例11条1項により,準拠法は米国特許法となる。
     イ(ア) そもそも確認訴訟は,@原告の権利又は法律的地位に危険・不安が現存し(必要性),かつ,Aその危険・不安を除去する方法として,原告・被告間でその訴訟物たる権利又は法律関係の存否の判決をすることが有効,適切である場合(実効性)に,確認の利益が肯定されるというべきである。

           原告は米国ネヴァダ州にあるHealth Co.net社に原告製品を販売していたものであり,同州の民事訴訟法(修正法)には,外国判決を承認する規定(NRS 17.350)がある。また,米国ネヴァダ州連邦地方裁判所がした判決について,我が国の裁判所が執行判決を認容した裁判として,東京地方裁判所平成3年12月16日判決(判例タイムズ794号246頁・甲53)があるが,同判決は,「ネヴァダ州においては,我が国の民事訴訟法200条(平成8年法律第109号による改正前のもの。現行民訴法118条)と重要な点で異ならない条件のもとで外国判決の効力を承認しているということができるから,同条4号にいう『相互の保証ある』場合に該当するものと認めることができる」旨を判示している。
           以上に照らすと,少なくとも,我が国の裁判所において,本件米国特許権に基づき米国内の販売等に対する差止判決が下されれば,その判決は,ネヴァダ州の外国判決承認手続により,同州においてその効力を認められることになる。

       (イ) 原告は,英語版の原告製品の商品説明のパンフレットやビデオを米国内で配布して販売の申出(宣伝)及び販売を行っており,米国における担当者のCにその協力を依頼している。
           一方,被告は,米国ネヴァダ州のHealth Co.net社に対し,2000年3月,2001年7月,同年11月の多数回にわたり,原告製品が本件米国特許権を侵害する旨の警告を繰り返し,米国での訴訟提起も辞さないことを告知・流布しているが,この告知内容は虚偽である。
           そうすると,原告には,@被告から本件米国特許権に基づく差止請求を受けるという法的危険・不安が現存し(必要性),かつ,Aその法的危険・不安を除去する方法として,原告が被告に対して,本件米国特許権に基づく差止請求権不存在確認判決を得ることが有効・適切(実効性)であるといえ,原告の米国内における販売行為につき,被告から差止請求を受けることを事前に阻止する法的利益を有する。

       (ウ) この点,被告は,米国においてその効力が承認されるかどうか不明である確認判決について確認の利益はない旨を主張しているが,確認訴訟においては,米国内においての執行という問題は生ぜず,我が国の裁判所で,差止請求権を有しないことの確認判決がなされれば,既判力のみが生じ,原告の米国内の取引先は,原告から原告製品を適法物として安心して購入することができる。また,原告の得べかりし利益の喪失を防ぐという原告の法的利益を確保することもできる。
           したがって,確認の利益は存在するというべきである。
     ウ 請求の趣旨第3項は,形式的には他人間の法律関係の確認であるが,確認の利益とは,当該対象が確認訴訟による紛争処理にとって適切かどうかを判断するための概念であるから,他人間の法律関係の確認であってもそれによって,被告との関係で原告の法律上の地位の不安定さを除去するのに適切である限り,確認の利益を肯定すべきである。

         被告が米国内の原告取引先に対し,本件米国特許権に基づき差止請求ができることになると,原告は,当該原告取引先から損害賠償の請求を受けることになるし,当該取引先に原告製品を譲渡することができなくなる。反面,被告が米国内での原告取引先に対し,その販売行為を差止める権利を有しないことが確認されれば,原告は米国内での原告取引先に対し,自由に原告製品を譲渡できることになる。つまり,同請求につき確認判決がされれば,原告と米国内での原告取引先との間に,営業上の信用が回復されることになるから,確認の利益は存する。
   (2) 請求の趣旨第4項について
     ア 不正競争防止法は,2条1項1号ないし3号,10号,11号及び13号において,それぞれ商品等の「輸出禁止条項」を定めており,この趣旨については,「不正競争が海外で問題になることが多く,国際的に日本の信用を高めようと意図され,昭和25年の改正で追加されたものである。」と説明されている。したがって,我が国の民法及び不正競争防止法により保護される法的利益には,我が国の特許権におけるような属地主義(日本国内の行為によって生ずる損害に限る)による法的限界はない。

         以上からすると,同種商品を輸出し,競争関係にある両当事者が日本法人である場合,不正競争防止法2条1項14号における「告知し,又は流布する行為」とは,両当事者の商品等の競合する市場内でなされれば足り,日本国内はもとより競合する輸出先地域(本件では米国内)も含まれ,日本国内に限定すべき理由はない。
         本件においては,被告は,その本店所在地である日本国内から,米国内の原告取引先に対して,電子メ−ルにより,原告の米国内での販売行為は本件米国特許権を侵害するとの虚偽の事実を発信しており,被告の行為は,不法行為あるいは不正競争行為に該当する。
         法例11条1項は,「不法行為ニ因リテ生スル債権ノ成立及ヒ効力ハ其原因タル事実ノ発生シタル地ノ法律ニ依ル」と定めており,過失主義の原則に支配される不法行為の問題として,行為者の意思行為に重点が置かれて判断されるべきであるから,本件では,被告の意思行為のなされた上記電子メ−ルの発信地である日本が同項にいう「其原因タル事実ノ発生シタル地」である。

         さらに,被告の行為の結果,原告の米国向け輸出についての営業権に損害が生じており,結果の発生地も日本である。
         したがって,準拠法は我が国の民法709条,不正競争防止法2条1項14号,3条ないし5条である。
     イ 被告からの警告の内容は,原告だけでなく,原告の米国内での取引先が原告製品を販売することも権利侵害であるとの告知を含むものであり,競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の事実である。
         そして,上記(1)ウに主張したとおり,同請求につき確認判決がされれば,原告と米国内での原告取引先との間に,営業上の信用が回復されることになるから,請求の趣旨第4項につき訴えの利益は存在し,原告は,同請求につき当事者適格を有する。
 2 争点2−原告製品の販売が本件米国特許権を侵害するかどうかについて

 (被告の主張)
   (1) クレーム充足性について
     ア 侵害の法的基準
        米国特許法271条(a)によれば,米国特許権の直接侵害は,特許権の存続期間中に権限なく,米国内において,特許発明を生産し,使用し,販売のための申出をし,米国内に輸入した場合に発生する。
       (ア) 文言侵害
           侵害分析は2つのステップを必要とし,まず,主張される請求項は,その意味と範囲を決定するため,法律事項として法廷で解釈され(Cybor Corp. v. FAS Tech.,Inc., 138F.3d 1448,1454 (Fed.Cir.1998)(en banc)),次いで,適切に解釈された請求項を,侵害しているとされる製品又は方法と比較する(Bai  v. L&L Wings, Inc.,160 F.3d 1350,1353 (Fed. Cir.1998))。
           請求項の意味を確定するため,法廷はまず内部証拠(請求項,詳細な説明,出願経過)を検討する(Digital Biometrics, Inc. v. Identix, Inc., 149 F.3d 1335, 1343−44 (Fed. Cir. 1998))。

           請求項が適切に解釈されると,次にどの請求項が侵害されているかを決定するため,適切に解釈された請求項を被疑装置または方法と比較する(Dawn Equip. Co. v. Kentucky  Farms, Inc., 140 F.3d 1009,1014(Fed.Cir.1998))。
           文言侵害は,請求項に説明されているすべての構成要件が被疑装置に見出されることが必要である(Dawn Equip. Co. v. Kentucky Farms, Inc., 140 F.3d 1009,1014 (Fed. Cir. 1998))。
       (イ) 均等侵害
           解釈された請求項が被疑製品又は被疑方法と一致しない場合であっても,均等論により侵害とされることもある(Cybor  Corp., 138 F.3d at 1459)。
           米国における均等論については,以下のとおり,多数の判例がある。
           均等論による侵害は,特許請求項の各要素が,文言どおり又は均等物によって,被疑装置又は被疑方法において実施されているという条件を満たす必要がある(Cybor  Corp., 138 F.3d at 1459)。

           均等論は,限定要件を請求項から事実上削除するために使ってはならない(Warner−Jenkinson Co. v. Hilton Davis Chem. Co., 117 S.Ct. 1040,1049(1997))。
           被疑装置の要素が,請求項の構成要件と等価であるかどうかを決定する試金石は,相互の相違点の実質性である。被疑装置あるいは被疑方法の要素と対応する請求項の構成要素の相違点が実質的でない場合にのみ,被疑装置又は被疑方法は,均等論の下において,請求項を侵害する(Digital Biometorics,149 F.3d at 1349)。
           侵害しているとされる装置の要素が,実質的に同一の構成において,実質的に同一に作用し,主張されている請求項と実質的に同一の結果が得られる場合には,当該装置は均等物と見なされ得る(Dawn Equip., 140 F.3d at 104)。
           均等論は,請求項に,「先行技術のいずれかを包含し得る広範囲の均等物」を与えるために使ってはならないとされている(Sannmed.Inc., v. Richard−Allan Med.Indus.,888 F.2d 815 (Fed. Cir.1989);(Cardinal Chemio.Co.v.Morton Intl.Inc.,508 U.S.83(1993)。

           その他,@2つの要素が実質的に同一の方法によって,実質的に同一の機能をもって,実質的に同一の結果を生ずるならば,両者は均等である(Tigrett Indust.,Inc.v.Standard Indust.Inc.,162USPQ32,1976)。A2つの要素の間に代替性があることを当業者が知り得べき状態にある場合,両者は均等である(Graver Tank & Mfg.Co.v.The Linde Air Products Co.,85USPQ328,1950)B先行技術とは全く異なる基本発明に対しては,均等論による広い範囲の保護が与えられるべきである(Corning Glass Works v.Anchor Hocking Glass Corp.,374F.2d 473,1967),C均等論の判定に当たり,パイオニア発明については広い範囲で均等論による侵害が認められるべきである( Alpex Computer Corp. v. Nintendo Co., Ltd . S. D. N. Y. 1991, 770 F. Supp.161)。          
       (ウ) 均等論の制限
           均等論は出願経過禁反言の理論によって制限される。判例上,出願経過禁反言原則は,出願手続中に放棄された内容を均等物の範囲から除外してきた(Cybor Corp.,138 F.3d at 1460)。

           米国連邦最高裁判所は,「請求項の構成要素が特許性に関する法的要件に関連する理由で補正される場合で,しかも,補正が権利範囲を狭めるための補正である場合には,『特許権者は,広義の用語と狭義の用語との間に含まれるすべての主題を放棄した』との推定ができる。」とし,特許権者は,問題のある特定の均等物は補正によって放棄されていないと明示する義務を負うものとしている。さらに,「法廷が,権利範囲を狭める補正に内在する目的が何であるか判断できず,それ故に,特定の均等物の放棄に対する禁反言を制限する理論的根拠を決定できない場合には,法廷は,特許権者が広義の用語と狭義の用語の間のすべての主題を放棄したと推定する。」とする。また,「補正が特定の均等物を放棄しているとは理論的に見なされない例」として,「(a)均等物が,出願時に予測できないものであった場合,(b)補正の理論的根拠が問題となっている均等物と無関係である場合,(c)特許権者が問題となっている非本質的な代用物を記載することを期待し得なかったことを推認させる他の合理的な理由がある場合」を挙げる。これらの場合は,特許権者は,出願経過禁反言が均等物の認定を妨げるという仮定を排除できる(Festo Corp. v.Shoketsu Kinzoku Kogyo Kabushiki Co.,Ltd.,62 U.S.P.Q.2d 1705 , 1713,122 S.Ct.1831(2002)−フェスト事件連邦最高裁判決)。
     イ 原告製品の充足性について
       (ア) 構成要件Aにおける「サンゴ砂」とは,文字通り「coralのsand」,「sand状のcoral」であり,海底から採取されるか,陸上の鉱山から採取されるかを問うものではない。サンゴ砂は,石灰質のサンゴ礁堆積物が岩石化したものの破片であることが記載され,サンゴ砂はサンゴ化石であることは明らかである。海産出のサンゴ化石は砂状で存在することもあり,砂状のサンゴ化石が存在する理由は,海水中の海流によりサンゴ化石岩石が削られて砂に変化したためであって,海底のサンゴ化石から採取しようと,陸上のサンゴ化石から採取しようと,本質的な相違はなく,サンゴ化石からなるものはいずれもサンゴ砂である。

           また,「砂」とは,一般には「細かい岩石の粒」であり,岩石を粉砕したものは常識的に「砂」の範疇に入る。「砂」の粒度は,一般に2ミリメ−トル以下で16分の1ミリメ−トル(62.5ミクロン)以上の径のものである。
       (イ) 構成要件Bは,「約150ないし500メッシュを通過する(passing)粒子サイズの微細粉末の形態である」と規定されているのであって,メッシュとは,微細粉末の粒径を直接規定しているものではなく,当該微粉末を選択する「ふるい」の範囲を規定するものである。原告製品も,当該メッシュのふるいを通過(passing)することに相違ないから,原告製品は,構成要件Bを充足する。
       (ウ) また,仮に文言侵害が認められないとしても,粒度の相違によって,溶解度に大きな差は認められず,補食してそのすべてを胃腸で消化するサプリメントにおいては,全体としての成分量が問題であり,一定以上に微細化してもその作用効果において格別の効果をもたらすものではないから,原告製品の作用効果は本件特許発明の作用効果と同一である。

           そうすると,両者において作用効果の点において実質的な相違はないから,上記の判決に照らすと原告製品は,本件特許発明の構成と均等である。
       (エ) パイオニア発明においては,広い範囲で均等論による侵害が認められるところ,本件米国特許権は,「天然から得られるサンゴ砂を食品添加物として利用する」というサンゴ砂の用途として全く新たな分野を提案した点において,パイオニア発明であることが明白である。サンゴ化石を粉末化して食品として製造販売したのは,被告が初めてである。このパイオニア性を考慮すると,基本的にはサンゴ化石の粉末食品である原告製品は,本件特許発明の構成と均等とみなされる。
       (オ) 均等の判断時期は基本的には侵害時であり,侵害時の技術水準に基づいて判断されることになる。
           本件において,被告が本件米国特許権を出願した1983年(昭和58年)当時,食品業界では微粉末をつくることのできる粉砕技術は普及しておらず,ジェットミルという微粉砕機が導入されて普及したのは本件特許出願から数年後のことである。本件米国特許権が特許出願された当時,食品の原料業界,特にカルシウム原料を製造している業界ではそれ以上細かくしても格別の効果を生じるものではないことから,500メッシュ以上にカルシウム原料を細かくすることなく,現在においても,流通しているカルシウム原料製品のほとんどが500メッシュ程度である。Hughes Aircraft Co.v.United States事件(717 F.2d 1351,219 U.S.P.Q.1473(Fed.Cir.1983))によれば,発明時及び出願時より後に開発された構成要素又は装置にも均等論による侵害は及ぶ場合があるとされており,本件においても,「500メッシュよりも微細な粉末を製造することが可能な粉砕機」を用いることを,発明者が発明当時予測できなかったとしても,均等論を適用して本件特許発明の構成と同一と解される。

       (カ) さらに,請求項1は,150ないし500メッシュを通過する粒子サイズのコ−ラルサンドに狭めて補正されており,前述のフェスト事件連邦最高裁判決によれば,この範囲以外のすべての均等物を放棄していないことを明示する義務を特許権者が負うことになる。
           本件米国特許権出願の審査記録によれば,150メッシュの下限は先行技術を避けるためであったと思料されるが,約500メッシュの上限が追加された経緯は,出願記録からは明確でない。しかし,上記(オ)のとおり,本件米国特許権の発明がなされた当時,コ−ラルサンドを粒子サイズ500メッシュ以上に粉砕できる商業的に入手可能な機械は存在しなかったし,将来的に5000メッシュの粒子サイズを得られるとは予測できなかった。したがって,出願時において,原告製品のような均等物を予測することは困難であったから,特許権者が500メッシュよりも小さな粒子サイズのコーラルサンドにつき均等論を主張することは妨げられない。

     ウ 以上のとおり,米国特許訴訟の実務に照らし,米国の法廷においては,原告製品は,文言侵害あるいは均等論の適用により,本件特許発明の特許請求の範囲に属する。
   (2) 本件米国特許権の無効主張に対する反論
       本件米国特許権の無効主張は,本来,侵害訴訟における相手方が当該侵害訴訟の審理の場において抗弁として主張した場合に初めて問題となるに過ぎない。
       原告は,本件米国特許権が無効であることの資料として,優先権主張の基礎である日本の昭和57年特許願第233889号に関する出願経緯,出願の結果について主張するが,そもそも優先権は,出願に際しての判断時に関する利益を主張するための制度であって,優先権を主張してなされた出願についてこれが基礎とされた出願の帰趨に左右されるものではない。しかも,日本出願における拒絶の指摘が本件米国特許権にそのまま妥当するというものでもない。また,昭和57年特許願第233889号の特許請求の範囲は,平成3年4月18日付け手続補正書により補正されているが,補正された明細書の特許請求の範囲第1項には,「化学組成が維持されたままで150ないし500メッシュに粉砕されたコ−ラルサンドの粉体を有効成分とする健康増進剤」と記載されている。これに対し,本件米国特許権は,「有効成分としてのサンゴ砂を」,「人間のためのミネラル補給源として」,「炭酸カルシウム及び他のミネラルを与えるのに十分な量で含有するミネラルサプリメント」を要件とするものであるから両者は同一でない。

 (原告の主張)
   (1) 本件米国特許権の構成要件を充足しないことについて
     ア(ア) 米国特許法271条(a)項には,「本法に別段の定めがある場合を除き,米国内において特許の存続期間中に,特許発明を権限なく生産し,使用し,販売提供し又は販売し,あるいは米国内に特許発明を輸入した者は,特許を侵害したものとする。」と規定され,直接侵害に関する要件を定めている。また,侵害の有無は,クレーム(特許請求の範囲)を各エレメント(各構成要件)に分説し,下記原則に従い,我が国特許法70条とほぼ同一の論理で判断される。
         @ クレ−ムの各構成要件ごとに用語を明確に定義する。
         A 侵害が成立するためには,被疑製品はクレ−ムの構成要件のすべてを実施していなければならない(オ−ル・エレメント・ル−ル)。

         B 構成要件はそれぞれ独立して対比しなけばならない(エレメント・バイ・エレメント)。
       (イ) 本件特許発明の特許請求の範囲に記載された「サンゴ砂」は,原料として海底から採取される天然サンゴ砂を利用し,これを洗浄,消毒の上,通常の粉砕機で粉砕するもので,粉砕条件として室温乾燥,凍結乾燥あるいは水と混連し,「約150ないし500メッシュを通過する粒子サイズ」にするというものである。
           これに対し,原告製品は,与那国島に隆起しているサンゴ化石鉱山から採掘されるサンゴ化石岩石を粉砕したものであり,岩石は,「サンゴ砂」ではない。
           したがって,原告製品は,構成要件Aを充足しない。
       (ウ) 本件特許発明の特許請求の範囲に記載された「サンゴ砂」の粒子サイズは,約150ないし500メッシュに数値が限定されているが,原告製品は,サンゴ化石を約5000メッシュ程度に粉砕したサンゴ化石粉体であるから,上記数値を充足せず,構成要件Bについても充足しない。

           なお,被告は,文言侵害を主張しているが,約150ないし500メッシュを通過する粒子サイズと規定した範囲とは,サンゴ砂の粒子サイズの範囲を決めたものであり,「約150メッシュを通過する」あるいは「約500メッシュを通過する」とは,それぞれ「同メッシュの大きさに相当する」ものと解すべきであり,150ないし500メッシュを通過する粒子サイズとは,粒子径でいうと約30ないし99μmに相当するものである。これに対し,原告製品の粒子サイズは,5000メッシュであり,中間値直径は約3μmであるから文言侵害は成立しない。
       (エ) 原告製品の約5000メッシュという粒子は超微粒子に属し,本件特許発明の特許請求の範囲に規定するサンゴ砂粒子と比べて粒度が10倍細かく,表面積は約100倍大きいことになる。健康食品は胃腸から吸収されるものであり,粒度が細かく,表面積が大きいほど,吸収効果すなわち栄養効果が高いため,原告製品の方が胃腸での吸収の点で,本件特許発明の実施品よりも100倍効果が高い。

           本件特許発明は,サンゴ砂粉末は水に対する高い溶解性を有するという作用を利用し,人がサンゴ砂粉末の溶解した飲料水を飲むことにより,飲料水中に溶けているカルシウム(イオンの形)を身体で吸収するという効果を有している。
           原告製品は,5000メッシュという粒度を有することから,化粧品,歯磨き剤,優れた食感を有する食品等の添加剤として採用でき,その効果ないし有用性(人体への炭酸カルシウムの補給源)は極めて高く,健康増進剤としての効果は本件特許発明よりも優れており,作用効果は異なる。
           したがって,原告製品は,作用効果の点においても,本件特許発明とはおよそ異なる効果を奏する。
       (オ) 以上のとおり,原告製品は,本件発明の構成要件を充足しないから,原告製品を販売する行為等は本件米国特許権を侵害しない。

     イ(ア) 均等論について
           米国特許法においては,均等の判断に関して,@均等論は,特許発明に対して論ずるものであり,特許要件欠如の発明には均等論は適用されず,A均等論の適用に際しては,オ−ル・エレメント・ル−ル(すべての要件(エレメント)を基準にするという原則)があり,ある要件を無視ないし削除するという均等論は認められない。
           上記Aについて,米国において,「Sage事件(Sage Products, Inc.v.Devon Industries, Inc.,44 U.S.P.Q2d 1103)」判決と「Tronzo事件(Dr.Raymond G.Tronzo v. Biomet Inc.47 U.S.P.Q2d 1829)」判決があり,Sage事件判決では「簡単でかつ明確な構成要素については均等論の適用が否定される。」とされ,Tronzo事件判決では「均等範囲を認めると,クレ−ム中に要素として記載した意味がなくなるとして,当該構成要素の変換について均等論の適用は認められない。」と判断されている。

       (イ) 本件米国特許権は,後述のとおり,特許要件を欠如している上,本件特許発明の特許請求の範囲に規定された「約150ないし500メッシュ」の要件は,簡単で明確な構成要素であって均等論は適用できない。また,同要件の粒子サイズに比べてはるかに細かな粒子サイズである原告製品を均等であるとすると,同要件をクレ−ム中に要素として記載した意味がなくなる。したがって,均等論を適用することはできない。
           なお,被告は,「均等論は,限定要件を請求項から事実上削除するために使ってはならない。」としながら,「約150ないし500メッシュ」との限定要件を請求項から事実上削除するために使っており失当である。
       (ウ) また,フェスト事件連邦最高裁判決に従えば,補正の範囲外の物を均等物であると主張する特許権者は,同均等物を補正によって放棄していないことを具体的に立証しなければならない。本件においては,本件米国特許権の出願当初のクレ−ムには粒子サイズについて何ら限定がなかったところ,拒絶理由を回避するために出願人によって,「約150ないし500メッシュ」との要件が追加され,減縮補正されたものであるから,かかる補正によって,「約150ないし500メッシュ」以外の部分は放棄したものと推定される。したがって,上記数値以外の粒度の製品につき,クレ−ムの補正によって放棄していないと特許権者が具体的に立証しない限り,上記推定は覆せないのであって,本件において,被告の均等論の主張は,出願経過禁反言の法理に違反し,許されない。

           この点,被告は,出願当時,500メッシュ以上に粉砕できる商業的に入手可能な機械は存在しなかったと主張するのみであるが,食品業界においては,小麦粉など粉体に関する製造技術に優れており,ボ−ルミルなど様々な粉砕機が古くから開発されている(例えば,うどん粉ははたけば空気中に漂うほど細かな粉である。)。したがって,本件米国特許権出願前から食品業界においては,極めて細かな粉体を得る技術は周知であった。また,様々な粒度の群からなる集合体からある特定の程度の粉体だけを選り分けて収集するためには分級の技術が必要であるところ,原告は,ボ−ルミルとその出口に連続した配管を取り付け,ボ−ルミル側から配管中に強力な風力を起こし,得られる粉砕物の大きさによって配管中を飛ぶ距離が違う原理(風力分級技術)を採用して特殊機械を開発し,平成元年4月8日までにサンゴ石の粉体化に成功したものであるが,この風力分級技術も古来からある技術である。
   (2) 本件米国特許権の無効
     ア 米国特許法282条(2)項は,「特許又はクレ−ムの無効」を特許権侵害訴訟における差止請求ないし損害賠償請求に対する抗弁として認めている。
         そして,米国特許の要件として,@米国特許法102条(b)は,特許を受ける権利を与えられない場合として,「発明が合衆国における特許出願日より1年を超える以前に,合衆国ないし外国において,特許され,もしくは刊行物に記載され,……ている場合」を掲げ,また,A同法103条(a)は,「発明が,本法第102条に定めるごとく同一の内容で開示され,あるいは記載されていなくとも,出願にかかわる技術と先行技術の間の差異が,発明がなされた時において,当該技術の属する分野における当業者にとって,当該技術を全体として自明にせしめる場合,特許は許されないものとする。特許性は,発明にいたる方法によって否定されてはならない。」と定めている。

     イ ところで,本件米国特許権の優先権主張の基礎となった日本出願(昭和57年第233889号。出願日:昭和57年12月28日)(以下「本件日本出願」という。)は拒絶査定され,被告はこれを不服として審判を申し立てたが(平成3年審判第5674号),平成4年9月3日,特許庁は,格別の熱処理をすることなく骨類を粉砕したものを使用してカルシウム剤を得ることは本件日本出願前に周知であり,健康増進剤における有効成分含有材料について,消化・吸収を向上させるためにより細かく粉末化することは常套手段であって,引用例の記載から当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができないとして,「本件審判の請求は,成り立たない。」旨の審決をした。さらに,被告は,同審決に対し,審決取消訴訟を提起したが(東京高等裁判所平成4年(行ケ)第220号事件),平成6年6月29日,請求棄却の判決がされ,平成6年7月,拒絶査定が確定している。
     ウ 本件米国特許権の米国における特許出願日は1983年(昭和58年)12月28日であり,本件日本出願に対する審決において引用例として記載されている発明は,昭和57年8月5日に公開されているから,本件米国特許権出願日より,上記ア@の「1年を超える以前に,外国において刊行物に記載されている発明」に該当する。
         また,本件米国特許権と先行技術を対比すると,先行技術は,サンゴ等の骨粉砕物をカルシウム剤として利用するものであり,カルシウム等の摂取を目的として,骨類を単に熱消毒し,乾燥して粉砕することによってカルシウム剤を得ることは本件米国特許権の出願前に公知である。そして,健康増進剤における有効成分の消化・吸収を向上させるためにより細かく粉末化することは常套手段であり,当業者は容易に推考できる。

     エ 以上のとおり,本件米国特許権は特許要件を充たさず,無効である。
 3 争点3−被告の行為は,不正競争防止法2条1項14号所定の「虚偽の事実を告知し,又は流布する行為」に該当するか。
   (原告の主張)
   (1) 被告は,第1警告などはいずれも電子メ−ルの発信者などが不明であったり,内容が不正確であるなどとして,被告からの警告とは認められない旨主張するが,次のとおり,上記の警告は,被告が原告の米国取引先に対して発したものであることが明らかである。
       まず,第1警告が記載された電子メ−ル(甲4)は,被告から,Health Co.net社に宛てたものであり,原告製品が本件米国特許権を侵害する旨明確に記載されており,内容からみても被告から発信されたものである。
       そして,電子メ−ル(甲9の1)の前段部分には,Health Nutrients,Inc.社の担当者が被告との面談において警告を受けたことが記載されており,その中段部分には,Health Nutrients,Inc.社は,原告から本件米国特許権と原告製品ではその粒子サイズが異なる旨の返事を受け取っていることが記載され,その後段部分にはHealth Nutrients,Inc.社.の担当者のジレンマが記載されているのであって,被告がHealth Nutrients,Inc.社に対し,警告を行ったことは明らかである。

       さらに,第2警告については,被告が行った警告であることは明らかである。
       なお,原告が,第2警告の訳文について,「are convinced」を「(訴訟を提起すれば勝訴に至るとの)結論に達した」と訳したことについて,被告は誤訳であると主張し,上記は自己が確信したことを正確に告知しているに過ぎない旨主張しているが,誤訳と言えるほどのものでなく,仮に,被告の訳が正しいとしても,特許を侵害する旨を告知していることには変わりない。
   (2) 被告のHealth Co.net社に対する再三にわたる警告は,本件米国特許権について,原告製品が侵害している事実がないのに,それがあるかのように虚偽の事実を告知し,もって原告の営業上の信用を害する行為であり,不正競争行為に該当する。
       原告は,第1警告の報告を受けた後,被告に対し,直ちに原告製品のサンプルを提供し,原告製品の粒度が本件特許発明の特許請求の範囲に規定された粒度要件に該当しないことを知らせていたものであり,それにもかかわらず,被告は,本件と何の関係もない那覇地裁での判決主文と目録を悪用した上,更に第2警告を行った。

       その結果,Health Co.net社は,原告に対し,非難を突きつけ,原告のHealth Co.net社に対する営業上の信用は完全に毀損された。
       被告のHealth Co.net社に対する侵害警告及び訴訟提起通告は,外形的には権利行使の形式をとっているが,その実質は原告の取引先であるHealth Co.net社に対する原告の信用を毀損し,Health Co.net社との取引ないし市場での競争において被告が優位に立つことを目的としてされたものである。
   (3) また,直ちに訴訟提起する旨の通告は,極めて威嚇力が強く,仮に,特許権者であるとの証明ができなければ,当該訴訟通告は極めて違法性が強いものというべきであるが,被告が,Aが死亡する前に同人から特許権を譲り受けた,あるいは,専用許諾を受けたという事実はなく,その予定もされていなかったのに,被告は,Health Co.net社に対し,訴訟提起の通告をしたものである。

       本件米国特許権の特許権者でないのに再三にわたり訴訟提起を通告した被告の行為は,違法性が極めて高い。
   (4) したがって,被告の再三の警告は,虚偽の事実を告知し,もって原告の営業上の信用を害する行為であり,不正競争行為に該当することは明らかである。
 (被告の主張)
   (1) 不正競争防止法にいう「営業誹謗行為」について,工業所有権侵害の警告をその侵害したと目される本人だけに対して行うことは,その社会的信用を低下させることにはならず,基本的に営業誹謗行為を構成するものではない。被告が警告した相手であるHealth Co.net社は,米国における被告の直接の競争者であり,本件米国特許権を侵害する直接の相手方であって,その取引先への告知や流布ではない。
   (2) しかも,原告が主張しているのは,発信者も明らかでないような数回の警告が行われただけであり,仮にこれらが被告によってされたものであったとしても,社会通念上必要と認められる範囲内の警告であって正当な権利行使である。

       まず,第1警告とされる電子メ−ル(甲4)は,被告関係者が送付した電子メ−ルとは認められるものの,発信者も記載されておらず,被告側では正確に確認できない。当時,被告代表者は,何らかの回答を得られなかった場合は法的対応も考慮していたもので,その内容は事実であるが,上記電子メ−ルは,全体で3行半という簡単な文面である上,電子メ−ルという簡潔,簡略な通信手段を,文書による正式の警告書と同視できるのかも疑問である。
       また,米国Health Co.net社に関係するD氏が原告の担当者C氏に宛てた電子メ−ル(甲9の1)は,被告作成にかかるものではなく,その末尾も不自然に終止している不可解なものである。そして,Health Nutrients,Inc.社が被告との面談で警告を受けたというメールの内容も,被告側の誰が発言したのか,発言の日時場所状況等一切が不明であり,被告の言動を正確に記載したものではない。

       第2警告とされる書簡(甲12)の内容のうち,被告内部で特許権侵害について検討を行ったこと,訴訟提起をすれば勝訴に至ると確信したことは事実である(この点,原告は,「are covinced」を(勝訴に至る)「との結論に達した」と訳しているが,誤訳である。)。被告は,専門家による慎重な検討を行ったものであるが,最終的な結果を予測することが困難な侵害訴訟の性質に鑑み,検討結果を自己の見解として告知したに過ぎない。
       したがって,被告は,明らかに権利侵害でないものを権利侵害であると伝えたわけではないから,虚偽の事実を告知したものではない。
       以上のとおり,被告による上記のいずれの警告も不正競争防止法2条1項14号所定の「虚偽の事実を告知し,又は流布する行為」には該当しない。
   (3) なお,書面発信者と本件米国特許権の名義上の権利者との齟齬については何の問題もない。本件米国特許権については,米国特許制度の原則に照らし,発明者個人名義で出願し,そのまま登録していたことによるものであり,従来から個人企業である被告の実質的な所有にかかるものであり,被告に独占的な権利を認めていた。実際の訴訟の提起については,名義の検討を行い,形式的な名義変更を行えばよいのであって,他人の権利を基礎として主張していたわけではない。形式的な譲渡の登録前に先立ち書面を送付することには,何の問題もない。

 4 争点4−原告の損害
   (原告の主張)
   (1) 原告は,1999年(平成11年)から2001年(平成13年)までの間,Health Co.net社に対し,原告製品である「ドナン」を次のとおり,販売し,利益を得ていた。
                                                                       
  
 
       その他にも,1999年にはドナン分包として12万9600円の売上げがあり,Health Co.net社に対する売上げは年々増加しており,今後も増加する見込みであった。

   (2) ところが,被告が再三にわたって,Health Co.net社に対して警告を行った結果,2001年(平成13年)7月以降,原告とHealth Co.net社との間の取引が失われた。
       したがって,原告は,得意先であるHealth Co.net社との取引を失ったことにより,次のとおり,1350万円の得べかりし利益を失った。
                                                                       
   
 
   (3) 原告は,本件裁判費用として次の出捐をした。
     ア 翻訳費用

         本件米国特許公報の翻訳料    10万5000円
         均等論に関する米国判決の翻訳料 11万2875円
     イ 弁護士費用
         本件は,日本の裁判所において,米国特許権について米国特許法の下における無効,文言侵害,均等侵害に対する検討を要するものであり,過去に先例のない新しい問題を含むものであるから,弁護士に依頼せざるを得ず,原告代理人に支払う弁護士費用のうち500万円は被告の行為によって生じた損害である。
   (4) 損害額合計
       上記(2)+(3)の合計金額は,1871万7875円となる。
       したがって,原告が,被った損害は1871万7875円である。
 (被告の主張)
   原告が主張する被告の警告と,原告が取引先を失い,それに伴って得べかりし利益が喪失したことの間には,相当因果関係はない。

   原告は,2001年(平成13年)7月以降,原告とHealth Co.net社との取引が消滅したと主張するが,同月以降,原告とHealth Co.net社との取引が消滅したことの証拠はない。また,被告の警告により取引が消滅したのであれば,原告とHealth Co.net社とのやり取りが証拠として提出されるはずであるが,提出されていない。
第6 当裁判所の判断
 1 争点1(本案前の抗弁)について 
   (1) 国際裁判管轄について(甲14ないし16参照)
     ア 請求の趣旨第1項,第3項は,米国内における原告製品の販売行為についての米国特許権に基づく差止請求権の不存在確認請求であるが,被告は,特許権については属地主義が適用されることなどを挙げて,上記の各請求に係る訴えについては,我が国に国際裁判管轄がない旨を主張するので,この点について,まず検討する。

     イ 国際裁判管轄については,国際的に承認された一般的な準則が存在せず,国際慣習法の成熟も十分ではないため,具体的な事案について我が国に国際裁判管轄を認めるかどうかは,当事者間の公平や裁判の適正・迅速の理念により条理に従って決定するのが相当である。そして,我が国の裁判所に提起された訴訟事件につき,我が国の民事訴訟法の規定する裁判籍のいずれかが我が国内に存する場合には,我が国において裁判を行うことが当事者間の公平,裁判の適正・迅速の理念に反するような特段の事情が存在しない限り,当該訴訟事件につき我が国の国際裁判管轄を肯定するのが相当である(最高裁昭和55年(オ)第130号同56年10月16日第二小法廷判決・民集35巻7号1224頁,最高裁平成5年(オ)第764号同8年6月24日第二小法廷判決・民集50巻7号1451頁,最高裁平成5年(オ)第1660号同9年11月11日第三小法廷判決・民集51巻10号4055頁参照)。
       そして,これを本件についてみるに,被告は我が国内に本店を有する日本法人であり,被告の普通裁判籍が我が国内に存するものであるから(民訴法4条4項),上記のような特段の事情のない限り,我が国の国際裁判管轄を肯定するのが相当である。
     ウ 被告は,特許権については属地主義が適用されることを挙げて,上記の各請求に係る訴えについては,我が国の国際裁判管轄が否定される旨を主張する。しかしながら,特許権の属地主義の原則とは,各国の特許権が,その成立,移転,効力等につき,当該国の法律によって定められ,特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められることを意味するものであり(最高裁平成7年(オ)第1988号同9年7月1日第三小法廷判決・民集51巻6号2299頁),特許権の実体法上の効果に関するものであって,特許権に関する訴訟の国際裁判管轄につき言及するものではない。

       特許権に基づく差止請求は,私人の財産権に基づく請求であるから,通常の私法上の請求に係る訴えとして,上記の原則に従い,我が国の国際裁判管轄を肯定すべきかどうかを判断すべきものであり,被告の普通裁判籍が我が国に存する場合には,我が国の国際裁判管轄が肯定されるものである。たしかに,特許権については,その成立要件や効力などは,各国の経済政策上の観点から当該国の法律により規律されるものであって,その限度において当該国の政策上の判断とかかわるものであるが,その点は,差止請求訴訟における準拠法を判断するに当たって考慮されるものであるにしても,当該特許権の登録国以外の国の国際裁判管轄を否定する理由となるものではない(最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁参照)。
     エ なお,特許権の成立を否定し,あるいは特許権を無効とする判決を求める訴訟については,一般に,当該特許権の登録国の専属管轄に属するものと解されている。特許権に基づく差止請求訴訟においては,相手方において当該特許の無効を抗弁として主張して特許権者の請求を争うことが,実定法ないし判例法上認められている場合も少なくないが,このような場合において,当該抗弁が理由があるものとして特許権者の差止請求が棄却されたとしても,当該特許についての無効判断は,当該差止請求訴訟の判決における理由中の判断として訴訟当事者間において効力を有するものにすぎず,当該特許権を対世的に無効とするものではないから,当該抗弁が許容されていることが登録国以外の国の国際裁判管轄を否定する理由となるものではなく,差止請求訴訟において相手方から特許無効の抗弁が主張されているとしても,登録国以外の国の裁判所において当該訴訟の審理を遂行することを妨げる理由となるものでもない。
       本件は,米国特許権に基づく差止請求権の存否が争われている事案であるところ,米国においては,差止請求訴訟において相手方が特許無効を抗弁として主張することができることが,法律に明文で規定されているものであるが(米国特許法282条(2)項),当該訴訟における特許無効の判断により,当該特許が直ちに対世的に無効となるものではない。
     オ 本件は,特許権に基づく差止請求の不存在確認請求訴訟であり,いわゆる消極的確認訴訟であるが,差止請求訴訟について述べた上記の点は,同様に妥当するものである。
       また,原告による米国内における原告製品の販売につき,被告が本件米国特許権に基づいて差止請求訴訟を提起する場合については,相手方である原告の本店所在地である我が国か,あるいは特許権の登録国であり侵害行為地でもある米国に国際裁判管轄を認め得るものと解されるが,特許権者たる被告の本店が我が国に存すること等に照らせば,被告が我が国において本件訴訟に応訴することが,米国において差止請求訴訟を提起して追行することに比して,不利益を被る事情が存在するとは認められない。この点に照らせば,本件は,被告による差止請求訴訟の提起に先んじて,原告から差止請求権不存在確認訴訟を我が国において提起したものであるが,原告が本件訴訟の提起により我が国の国際裁判管轄を不当に取得したということもできない。

     カ 以上によれば,本件においては,被告の普通裁判籍が我が国内に存するものであり,我が国において裁判を行うことが当事者間の公平,裁判の適正・迅速の理念に反するような特段の事情も存在しないから,我が国の国際裁判管轄を肯定すべきものである。
   (2) 訴えの利益(確認の利益)の有無(請求の趣旨第1項,第3項)について
     ア 請求の趣旨第1項,第3項について
      (ア) 被告は,米国特許権に基づく差止請求権不存在確認の訴えについて,我が国の裁判所により判決がされても,米国において承認されるかどうか疑問であるから,確認の利益が存在しない旨を主張する。
        しかしながら,上述のとおり,特許権に基づく差止請求訴訟は,当該特許権の登録国以外の国にも国際裁判管轄が認められるものであるから,登録国以外であっても国際裁判管轄を有する国の裁判所により判決がされた場合には,当該判決は他国において承認・執行されるべきものであり,このことは当該他国が登録国であっても異なるものではない。そして,前記のとおり,特許権に基づく差止請求権不存在確認の訴えであっても,国際裁判管轄の点については差止請求訴訟と同様に解すべきであるから,登録国以外の国であっても国際裁判管轄を有する国の裁判所によってされた差止請求権不存在確認判決は,国際裁判管轄を有する国の裁判所によってされた差止請求棄却判決と同様,登録国を含めた他国において承認されるべきものである。

        そうすると,本件においては,本件米国特許権に基づく差止請求権不存在確認の訴えにつき,我が国に国際裁判管轄が認められるのであるから,本件につき当裁判所によって判決がされ,これが確定した場合には,当該判決は,登録国である米国を含めた他国において承認されるべきものであって,被告の主張するような理由により確認の利益が否定されるものではない。
        なお,外国判決の承認・執行につき,我が国の民事訴訟法は,外国裁判所の確定判決は,@法例又は条約により外国裁判所の裁判権が認められること,A敗訴の被告が訴訟の開始に必要な呼出し若しくは命令の送達(公示送達その他これに類する送達を除く。)を受けたこと又はこれを受けなかったが応訴したこと,B判決の内容及び訴訟手続が日本における公の秩序又は善良の風俗に反しないこと,C相互の保証があること,の要件のすべてを具備する場合に限り,その効力を有するものと規定している(民訴法118条)。我が国の裁判所によりされた判決については,我が国の民事訴訟法の規定する前記各要件を具備する場合に限り,外国において承認・執行されることを期待すべきであるとの見解もあり得るかもしれないが,仮にそのような見解を採るとしても,本件については,前記のとおり我が国に国際裁判管轄が認められ,被告は適式の呼出しを受けた上で応訴しており,原告の求める請求の内容及び我が国の民事訴訟法に基づく訴訟手続が国際的に一般に認められている公の秩序又は善良の風俗に反するものではない。また,我が国と米国との間には相互の保証が存在するものであり,侵害行為地に該当する米国ネヴァダ州(原告の取引先であるHealth Co.net社の所在地)の民事訴訟法(修正法)においては,「17.350 (外国判決の受付と効力) 外国判決の認証謄本は,当州のいずれの地方裁判所でも書記官が受け付ける。書記官は外国判決を当州の地方裁判所の判決と同様に処理するものとする。このように提出された外国判決は,当州の地方裁判所の判決と同様の効力を有し,これと同様に手続に付され,防御の機会が与えられ,同様に,再審,破棄,執行停止手続が適用され,同様に実施され,履行され得る。」旨が規定されており(甲52),他方,米国ネヴァダ州の裁判所によりされた判決が,我が国において,その効力を承認された例(東京地方裁判所平成3年(ワ)第6792号同年12月16日判決・判例タイムズ794号246頁。甲53)が存在する。
      (イ) また,前述のとおり,原告による米国内における原告製品の販売については,被告は,本件米国特許権に基づく差止請求訴訟を,原告の普通裁判籍の存する我が国の裁判所に提起することも可能であるところ,本件において,原告の当該販売につき被告が本件米国特許権に基づく差止請求権を有しないことを確認する判決がされれば,当該判決の既判力により,被告が将来我が国の裁判所において差止判決を得ることを阻止することができるのであるから,この意味においても,請求の趣旨第1項に係る訴えに確認の利益が存在することは,明らかである。

     イ 請求の趣旨第3項について
       (ア) 請求の趣旨第3項は,「原告の米国内の取引先による米国内における原告製品の販売につき,被告が本件米国特許権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。」というものであり,米国における原告の取引先と被告という,本件訴訟当事者以外の第三者と被告との間の法律関係についての確認を求めるものである。
         確認の訴えは,一定の法律関係についてこれを確定させることが被告との間の紛争を解決するために必要かつ適切である場合にのみ,即時確定の利益が存在するものとして,当該訴えを提起することが許されるものである。訴訟当事者以外の第三者の法律関係に関する確認の訴えについては,常に確認の利益が否定されるわけではなく,当該第三者の法律関係が原告の権利義務に直接影響を与える場合には,確認の利益が肯定されることもあり得るというべきであるが,本件は,原告製品が本件米国特許権の技術的範囲に属するかどうかをめぐる原告と被告との間の紛争であり,これは請求の趣旨第1項(原告による米国内における原告製品の販売につき,被告が本件特許権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。)により解決されるべきものである。また,仮に請求の趣旨第3項につき判決がされたとしても,被告と米国における原告の取引先との間に何らかの法的効果を生ずるものではなく,当該判決の既判力により被告が当該取引先に対して米国等の裁判所において差止判決を得ることを阻止し得るものでもない。

         上記によれば,請求の趣旨第3項に係る訴えについては,訴えの利益が存在するということはできない。
       (イ) 原告は,請求の趣旨第3項につき確認判決がされれば,原告は,米国内での原告取引先に対し,自由に原告製品を販売することができ,原告と取引先の営業上の信用が回復されるから,確認の利益は存在する旨主張するが,上記のとおり,仮に請求の趣旨第3項につき判決がされたとしても被告と米国における原告の取引先との間に何らの法的効果も生じないものであるから,原告の主張する事情は,単なる事実上ないし反射的な効果をいうものにすぎない。したがって,原告主張のような事情をもっては,即時確定の利益が存在するということはできない。
     ウ 以上によれば,請求の趣旨第1項に係る訴えについては確認の利益が存在するというべきであるが,同第3項に係る訴えについては確認の利益が存在するということができない。したがって,請求の趣旨第3項に係る訴えは,不適法なものとして,却下すべきものである。

   (3) 請求の趣旨第4項について
    ア 被告は,請求の趣旨第4項について,被告と原告の取引先という第三者との間の権利関係についての請求であり,原告は当事者適格を有しない旨を主張する。
     イ しかしながら,請求の趣旨第4項は,被告の行為が不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当することを理由として,同法3条1項に基づきその差止めを求めるものであるところ,同請求は,「被告が日本国内から原告の米国内の取引先に対して,同取引先による米国内における原告製品の販売行為が本件米国特許権を侵害する旨を告知し,流布する行為」が同法2条1項14号にいう「他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し,又は流布する行為」に該当するとの主張を前提とするものである。すなわち,本件において,原告は,「原告の米国内の取引先が米国内において原告製品を販売する行為が本件米国特許権を侵害する」との内容が,被告と競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の事実であると主張し,これを告知・流布する行為が原告の営業上の信用を害する不正競争行為に該当すると主張して,請求の趣旨第4項の請求をしているものである。

      したがって,本件においては,被告が上記のような内容の告知・流布をしたかどうか,上記内容が原告の営業上の信用を害する虚偽の事実に該当するかどうかを審理することにより,被告が原告に対する不正競争行為を行ったものかどうかを判断すべきものである。すなわち,原告は,被告の原告に対する不正競争行為の差止めを求めて,請求の趣旨第4項の請求をしているものであって,被告と第三者との間の権利関係について請求をしているものではない。請求の趣旨第4項の請求につき原告が当事者適格を有しない旨の被告の主張は,原告の当該請求の内容を正解しない非難であって,採用できない。
 2 争点2(原告製品の販売が本件米国特許権を侵害するかどうか)について
   (1) 準拠法について
       請求の趣旨第1項は,「原告による米国内における原告製品の販売につき,被告が本件米国特許権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。」というものであり,米国内における原告の行為につき被告が米国特許法により付与された権利に基づく請求権を有するかどうかを問題とするものであって,渉外的要素を含むものであるから,準拠法を決定する必要がある。

       米国特許権に基づく差止請求は,被害者に生じた過去の損害のてん補を図ることを目的とする不法行為に基づく請求とは趣旨も性格も異にするものであり,米国特許権の独占的排他的効力に基づくものというべきであるから,その法律関係の性質は特許権の効力と決定すべきである。特許権の効力の準拠法については,法例等に直接の定めがないから,条理に基づいて決定すべきところ,@特許権は,国ごとに出願及び登録を経て権利として認められるものであり,A特許権について属地主義の原則を採用する国が多く,それによれば,各国の特許権がその成立,移転,効力等につき当該国の法律によって定められ,特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められるとされており,B特許権の効力が当該国の領域内においてのみ認められる以上,当該特許権の保護が要求される国は,登録された国であることに照らせば,特許権と最も密接な関係があるのは,当該特許権が登録された国と解するのが相当であるから,当該特許権と最も密接な関係がある国である当該特許権が登録された国の法律によると解するのが相当である(最高裁平成12年(受)第580号同14年9月26日第一小法廷判決・民集56巻7号1551頁参照)。
       したがって,請求の趣旨第1項の請求については,米国特許法が準拠法となる。
   (2) 米国特許法の規定について
       米国特許法271条(a)項には,「本法に別段の定めがある場合を除き,米国内において特許の存続期間中に,特許発明を権限なく生産し,使用し,販売提供し又は販売し,あるいは,米国内に特許発明を輸入した者は,特許を侵害したものとする。」と規定され,同法283条には,「本法に基づく訴訟について管轄権を有する裁判所は,特許により付与された権利侵害を防止するため,衡平の原則に従って裁判所が合理的と認める条件に基づいて差止命令を下すことができる。」旨が規定されている。
       したがって,本件においては,米国特許法271条(a)項,283条に従って,原告製品の販売が本件米国特許権を侵害し,被告が原告に対して差止請求権を有するかどうかを判断する。

   (3) 米国特許法における特許侵害の判断の手法
      米国特許法の下での侵害訴訟においては,侵害の成否の判断の対象となる製品(以下「対象製品」という。)が特許発明の技術的範囲に属し,その販売等が特許権侵害となるかどうかは,概ね,次のような手法により判断される(甲19[乙10と同じもの],乙7等,弁論の全趣旨)。
     ア 文言侵害(Literal Infringement)
        明細書の特許請求の範囲の記載(クレーム。Claim )を各構成要件(エレメント。Element )に分説し,下記原則に従って,対象製品の構成をこれと対比した場合において,対象製品が各構成要件の文言を充足している場合には,対象製品は,特許発明の技術的範囲に属する。
         @ オ−ル・エレメント・ル−ル(All Element Rule) − 構成要件のなかには,重要でないものは存在しないから,侵害が成立するためには被疑製品はクレ−ムの構成要件のすべてを実施していなければならない。

         A エレメント・バイ・エレメント(Element by Element) − 構成要件はそれぞれ独立して対比しなければならない。
     イ 均等侵害(Infringement by the Doctrine of Equivalents)
         文言侵害が成立しない場合であっても,対象製品が特許発明と実質的に同一の方法により同一の機能を果たし,同一の結果を生ずる場合には,対象製品は,特許発明と均等なものとして特許発明の技術的範囲に属する。
        もっとも,出願経過において,特許性に関連してクレ−ムの構成要件を限定した場合,当該構成要件に関しては均等論による権利の拡張は認められない。
         この点に関して,フェスト事件連邦最高裁判決(Festo Corp. v.Shoketsu Kinzoku Kogyo Kabushiki Co.,Ltd.,62 U.S.P.Q.2d 1705 , 1713,122 S.Ct.1831(2002))は,「請求項の構成要件が特許性に関連する理由で補正される場合で,しかも,補正が権利範囲を狭めるための補正である場合には,『特許権者は,広義の用語と狭義の用語との間に含まれるすべての主題を放棄した』と推定される。」としており,特許権者は,問題とされている特定の均等物は補正によって放棄されていないことを示す義務を負うことになる。さらに,同判決は,「裁判所が,権利範囲を狭める補正に内在する目的が何であるか判断できず,それ故に,特定の均等物の放棄に対する禁反言を制限する理論的根拠を決定できない場合には,裁判所は,特許権者が広義の用語と狭義の用語の間のすべての主題を放棄したものと推定する。」とした上,「補正が特定の均等物を放棄しているとは理論的に見なされない例」として,「(a)均等物が,出願時に予測できないものであった場合,(b)補正の理論的根拠が問題となっている均等物と無関係である場合,(c)特許権者が問題となっている非本質的な代用物を記載することを期待し得なかったことを推認させる他の合理的な理由がある場合」を挙げ,これらの場合には,特許権者は,出願経過禁反言による均等成立の制限を免れることができる旨を判示している。
   (4) 原告製品の販売等が本件米国特許権を侵害するかどうか
      上記の判断手法により,原告製品が本件特許発明(本件米国特許権の請求項1の発明)の技術的範囲に属するかどうかについて,判断する。
     ア 本件明細書(甲3の1。本件米国特許権に係る明細書)の記載内容
       前記前提となる事実(第3の2(2)イ)に記載のとおり,本件明細書には,次の記載がある。
       (ア) 要約
           造礁サンゴまたは暗礁形成サンゴの生骨格又は半化石から得られるサンゴ砂を,約150ないし500メッシュに粉砕し,得られたサンゴ砂粉末を健康増進のための飲料又は錠剤として提供する。

       (イ) 発明の概要(1欄48行〜57行)
           本発明は,造礁サンゴ又は暗礁形成サンゴ(以下「造礁サンゴ」という。)の生骨格及び半化石を粉砕することにより得られるサンゴ砂が,主成分としての炭酸カルシウム及び人間の身体が必要とする種々のミネラルを生態環境的な比率で含有するとの発見に基づいている。すなわち,本発明は,有効成分としてサンゴ砂を含む健康増進のための組成物を対象とするものである。
       (ウ) 特許請求の範囲(4欄35行〜40行)
         【請求項1】(本件特許発明)
            有効成分としてのサンゴ砂(Coral Sand)を,人間のためのミネラル補給源として炭酸カルシウム及び他のミネラルを与えるのに十分な量で含有するミネラルサプリメントであって,前記サンゴ砂は,約150ないし500メッシュを通過する粒子サイズの微細粉末の形態であるミネラルサプリメント

       (エ) 好ましい態様の説明
         a 本発明の組成物は,有効成分としてサンゴ砂を含有することを特徴とするものである。造礁サンゴの生骨格及び半化石から得られるサンゴ砂は主成分(約95%)としての炭酸カルシウム(CaCO
3)のほか,生体元素として重要なマグネシウム,ストロンチウム,ナトリウム,カリウム,燐,塩素,さらに,鉄,銅,マンガンコバルト,クロム,硼素等のような必須無機ビタミン元素を含んでいる。(1欄64行〜68行)
         b 天然に存在するサンゴ砂を洗浄して塩分を除去し,次いで,この塩分を除去したサンゴ砂を約80℃ないし約150℃,好ましくは,90℃ないし120℃の温度で消毒及び乾燥し,この消毒及び乾燥したサンゴ砂を150ないし500メッシュ,好ましくは200ないし450メッシュに粉砕する。この粉砕は,消毒及び乾燥されたサンゴ砂を窒素気流中において約−180℃ないし−200℃の温度で凍結乾燥することにより,又は,海水もしくは淡水と共に混練した状態で行うこともできる。(2欄48行〜57行)

     イ 原告製品が構成要件Aを充足するかどうか
         構成要件Aの充足の有無については,「サンゴ砂(Coral Sand)」の解釈について,原告は,原料として海底から採取される天然サンゴ砂を意味するものであり,微粉末に加工する以前の段階において「砂」の範疇に属する大きさの粒子であることを要すると主張するので,この点について,検討する。
       (ア) クレームにおいては,「サンゴ砂」自体の定義は記載されていないので,辞書に記載された用語の一般的意義,クレーム以外の明細書の記載や出願経過等を参照して解釈する(甲19,乙7等によれば,これは米国特許法の下におけるクレーム解釈においても,一般的な手法である。)。
         a 本件明細書(甲3。本件米国特許権に係る明細書)中の「発明の概要」の欄には,「本発明は,造礁サンゴ又は暗礁形成サンゴ(以下「造礁サンゴ」という。)の生骨格及び半化石を粉砕することにより得られるサンゴ砂が,主成分としての炭酸カルシウム及び人間の身体が必要とする種々のミネラルを‥‥‥」(1欄49行〜55行)と,「好ましい態様の説明」の欄には「造礁サンゴまたは暗礁形成サンゴの生骨格及び半化石を粉砕することにより得られるサンゴ砂は主成分(約95%)としての炭酸カルシウム(CaCO
3)のほか,生体元素として重要なマグネシウム‥‥‥必須無機ビタミン元素を含んでいる。」(1欄64行〜2欄3行),「天然に存在するサンゴ砂の典型的な例に含まれる表1に示した元素(硼素,ナトリウム,マグネシウム‥‥‥)は,腔腸動物である造礁サンゴの生命活動により蓄積及び石灰化されたものである。従って,サンゴ砂は,純粋に化学的処理により得られた炭酸カルシウム等のような食品添加物とは異なり,生態学的な化学的調和を有している。」(2欄33行〜39行),「サンゴ砂を調整するための原料として用いられる造礁サンゴは,その体内に存在する渦鞭毛虫(Zooxanthella)又は動物体内性の藻類の作用によって促進される骨格形成又は石灰化のためにサンゴ礁の形成における先導部分として知られている。」(2欄58行〜62行)などと記載されている。その他,本件明細書中において,サンゴ砂について,造礁サンゴ化石から得られるサンゴ砂を排除する旨の記載はない。
             また,甲23によれば,「岩波生物学辞典・第2版」(1977年7月5日第1刷,1981年11月20日第5刷発行)には,「珊瑚礁〔英coral reef,仏recif corallien‥‥‥〕 造礁サンゴ類を主体とする石灰質分泌生物の遺骸が堆積してできた石灰岩の岩礁をいう。珊瑚礁石灰岩は,造礁サンゴ類の骨格が核となり,その間隙を石灰藻類(calcareous algae)・貝類・ウニ類・甲殻類・有孔虫類などの骨格片が埋め,それら全体がサンゴモ類(melobesioid algae)によって接着・固化されて形成されたものである。」 などと記されている(米国の辞書・辞典において,これと異なる説明がされていることを認めるに足りる証拠は,提出されていない。)。

         b サンゴ砂の「砂」の点に関しては,本件明細書中においては,単に「coral sand(サンゴ砂)」(1欄57行,64行など)と記載されているほか,「好ましい態様の説明」の欄において,150ないし500メッシュに粉砕した後のサンゴ砂について,「こうして得られた微細化されたcoral sand powder(サンゴ砂粉末)は,極めて細孔性であり,高い水溶性を有する。このようにして得られたサンゴ砂粉末は‥‥‥」(3欄3行,5行,8行)などとも記されている。
             他方,乙4によれば,「広辞苑・第2版補訂版」(昭和51年12月1日第1刷発行)には,「砂」とは,「細かい岩石の粒。主に各種鉱物の粒子よりなる。通常,径2ミリメ−トル以下,16分の1ミリメ−トル以上のものをいう。」と記されている(米国の辞書・辞典において,これと異なる説明がされていることを認めるに足りる証拠は,提出されていない。)。

       (イ) 上記に照らせば,「サンゴ砂」の解釈としては,人工的に化学合成により調整された炭酸カルシウムとは異なり,主に,炭酸カルシウムを成分とし,硼素,ナトリウム,マグネシウム等のミネラル分を含んだ,自然界において採取されるサンゴ砂という意味と解され,特に,海底から採取されるサンゴ砂と限定して解釈すべき理由は認められない。
           また,原告は,「サンゴ砂」というからには,微粉末に加工する以前の段階において「砂」の範疇に属する粒子であることを要すると主張するが,本件特許発明においては,構成要件Bにおいて,ミネラルサプリメントとしての状態としては,「サンゴ砂は,約150ないし500メッシュを通過する粒子サイズの微細粉末の形態である」ことが規定されているものの,本件明細書の「coral sand powder(サンゴ砂粉末)」の記載に照らせば,微粉末の形態に加工する以前の段階において「サンゴ砂」が特定の大きさの粒子の形状であることを要するものではなく,構成要件Aにおける「砂」の用語については,岩石を細かくした粒の総称としての意味を有するに過ぎないものと解すべきである。

       (ウ) そこで,原告製品が,構成要件Aの「サンゴ砂」を充足するかどうかを検討するに,前記前提となる事実(第3の2(1)ア)に記載のとおり,原告製品は,陸上に隆起したサンゴ礁がサンゴ化石(石灰岩)鉱山となり,このサンゴ化石の固まりを粉砕して製造されたものである。そして,その主たる成分は,サンゴ虫(腔腸動物)に由来する成分である炭酸カルシウムであって,その他にナトリウム,カリウム,マグネシウム,マンガン,珪素などが含まれているものである。
           したがって,原告製品も,サンゴ礁に由来する石灰岩石を粉砕したものであって,主に炭酸カルシウムを成分とし,ミネラル分も含むものであるから,この点において自然界において採取されるサンゴ砂と異なるものではなく,構成要件Aの「サンゴ砂」を充足する。

     ウ 原告製品が構成要件Bを充足するかどうか
      (ア) 構成要件Bの「約150ないし500メッシュを通過する粒子サイズ」の意味について
        被告は,構成要件Bは「約150ないし500メッシュを通過する(passing)粒子サイズの微細粉末の形態である」と規定しているものであるところ,メッシュとは,微細粉末の粒径を直接規定しているものではなく,当該微粉末を選択する「ふるい」の範囲を規定するものであって,原告製品も,当該メッシュのふるいを通過(passing)するものであるから,原告製品は構成要件Bを充足すると主張する。
        そこで,構成要件Bの「約150ないし500メッシュを通過する粒子サイズ」の意味する内容について,検討する。
         本件特許権の出願の経緯についてみるに,前記前提となる事実(第3の2(2)ア)に記載のとおり,本件米国特許権の出願当初の請求項1は,「有効成分としてコ−ラルサンドを有している健康増進用組成物」と規定するのみで,コ−ラルサンドの粒度について,何ら限定していなかったところ,審査官から公知例の存在を指摘され,「約150ないし500メッシュを通過するミネラルサプリメント」と補正したものであるところ,その補正書に,「このサイズは,ミネラルサプリメントの人体への摂取に効果的である。」(1985年2月13日付け補正書5頁参照)と記載している上,本件明細書の「好ましい態様の説明」においても,「(消毒及び乾燥したサンゴ砂を)150ないし500メッシュ,好ましくは200ないし450メッシュに粉砕する。」(2欄51行〜52行)と記しており(前記前提となる事実2(2)イ(エ)),人体への摂取に効果的なコ−ラルサンドの粒度について,上記数値による限定を施したものであることが明らかである(なお,この点については,被告自身も,平成15年2月28日付け被告準備書面(6)13頁において,「当初の請求項1は,特定の粒子サイズのコーラルサンドに狭めて補正された。特に粒子サイズは約150乃至500メッシュ通過に狭められた。」と説明している。)。被告が主張するように,「ふるい」の範囲を規定したものであるとすると,上限の数値(500メッシュ)を設けた意味が全く存在しないことになるものであり,合理的でない。
         上記によれば,構成要件Bの「約150ないし500メッシュ」とは,これらの数値を下限及び上限とする粒子サイズを定めたものと解するのが相当である。
      (イ) 原告製品の粒子サイズについて
        原告製品の粒子サイズについては,被告は,平成14年7月17日第2回弁論準備手続期日において,「本件製品の粒子サイズが5000メッシュ程度であることは認める。」と陳述した(同弁論準備手続調書)にもかかわらず,その後,平成15年2月28日付け被告準備書面(6)14頁,平成15年4月14日付け被告準備書面(7)6頁において,原告製品を分析した結果,構成要件Bに記載する「約150ないし500メッシュ」の範囲に含まれる粒度品が13%含まれている事実が判明したと主張し,第2回弁論準備手続期日において原告製品の粒子サイズが約5000メッシュであることを認めたのは,甲6に記載された原告製品について認めただけで,他の原告製品すべてが同一と認めたわけではないと主張した。これに対し,原告は,平成15年2月28日付け原告第5準備書面2頁において,原告製品の粒子サイズについては,「約5000メッシュ」であることにつき,自白が成立しており,被告による自白の撤回は許されない旨を主張している。

           原告製品の粒子サイズは,原告製品が本件米国特許権の技術的範囲に属するかどうかの判断において,本件特許発明の構成要件との対比をする上で極めて重要な事実であり,主要事実というべきでものであるから,上記の点については自白が成立する。したがって,被告は,上記自白が真実に反し,錯誤に基づくものであったことを立証しない限り,自白を撤回することは許されないというべきである。
           そこで,検討するに,甲8(JIS標準ふるい規格表・細目表),乙16添付資料A(主要標準ふるい参考特性値および比較表)によれば,「約150ないし500メッシュを通過する粒子サイズ」とは,「約100μmないし27μm」に換算される粒度である。
         この点につき,被告は,原告製品には,約100μmないし27μmの粒度の差分値合計が約13%が含まれているとして,乙16(被告会社作成の報告書)を提出するが,乙16において実験対象としている試料は,被告が,自己の取引先であるStauber Performance Ingredients, Inc.,USA(スタウバ−・パフォ−マンス・イングリディエント)社 から,Health Co.net社(現コ−ラル・インク社)が扱っているサンゴパウダ−製品「コ−ラルカルシウム」を入手し,これを試料としたと主張するものである。しかし,Health Co.net社が原告製品を輸入して扱っていた商品名は,「コ−ラルプラス(Coral Plus)」 (甲2)であることからすると,上記「コ−ラルカルシウム」が「コ−ラルプラス」と同一の製品であることは証明されていないというべきで,原告製品を検査したものであるか疑わしいから,乙16に示された試験結果は採用できない。そうすると,被告の前記自白が真実に反し,錯誤によりされたことの証明がされていないことになるから,自白の撤回は許されない。したがって,原告製品の粒子サイズが約5000メッシュであることを前提とすべきこととなるから,原告製品は,構成要件Bを充足しない。
         また,甲7(財団法人日本食品分析センタ−作成の試験報告書)によれば,財団法人日本食品分析センタ−が原告製品の粒度分布を測定した結果は,原告製品は,28.012ないし22.908μmの粒度の粒子量が0.010%,22.908μm以下0.274μmの粒度の粒子量が99.9%以上であり,全体の90%以上は,10.246μm以下の粒度であり,その中間値は3μm(上記の換算表(乙16)に照らせば,約5000メッシュ) の粒度を有する製品であることが認められる。一般に,原告製品の属する分野において,製品の粒度を示す場合には,その平均値(中間値)をもって,当該製品の粒度とするものと認められ,そうすると原告製品の粒度は,上記のとおり,3μm(約5000メッシュ)であるから,構成要件Bを充足しない(なお,仮に前記乙16の実験対象が原告製品であったとしても,乙16の実験結果からは,90%以上が27μm以下の粒度であり(27μmを超える粒度の差分値の合計は6.755%である。この点につき,被告は合計約13%と主張しているが,表の見方を誤っているものと認められる。),その平均値は3.899μmであるから,いずれにせよ,原告製品の粒度は,構成要件Bを充足しない。)。
     エ 均等侵害の成否について
         上記のとおり,原告製品は,構成要件Bを充足せず,文言侵害は成立しない。
         被告は,原告製品につき文言侵害が成立しないとしても,原告製品は本件特許発明の構成と均等なものとして,その技術的範囲に属する旨を主張しているので,この点につき判断する。
       (ア) 前述のとおり(前記(3)イ),文言侵害が成立しない場合であっても,対象製品が特許発明と実質的に同一の方法により同一の機能を果たし,同一の結果を生ずる場合には,対象製品は,特許発明と均等なものとして特許発明の技術的範囲に属するが,出願経過において,特許性に関連してクレ−ムの構成要件を限定した場合には,当該構成要件に関しては均等論による権利の拡張は認められない。

         そこで,これを本件について検討するに,本件明細書には,サンゴ砂粉末につき,「造礁サンゴの生骨格及び半化石から得られるサンゴ砂は主成分(約95%)としての炭酸カルシウム(CaCO3)のほか,生体元素として重要なマグネシウム,ストロンチウム,ナトリウム,カリウム,燐,塩素,さらに,鉄,銅,マンガンコバルト,クロム,硼素等のような必須無機ビタミン元素を含んでいる。」(1欄64行〜68行),「そのまま水に溶かしてもよく(該粉末はイオンの形で溶解する。),得られた溶液は飲料水に供することができる。あるいは,サンゴ砂の微粉末は,‥‥‥顆粒,錠剤,乳状液,丸薬‥‥‥等として処方してもよい。」(3欄5行〜11行),「サンゴ砂粉末を種々の食品に添加する添加物として用いてもよい。」(3欄24行〜25行)と記されている。また,「本発明による健康増進用組成物は,特にカルシウムの補給のために有用である。加えて,‥‥‥生体成分であるマグネシウム,ストロンチウム,カリウム,燐,銅など,さらに鉄,マンガン,カリウムなどの必須無機ビタミン元素を補給することもできる。」(3欄26行〜33行)とし,「本発明の健康増進用組成物は,酸性食品の摂取に傾き易い食生活を改善することができる。特に,‥‥‥乳幼児や小児に不足しがちなカルシウム分を自然に補給すると共に,いわゆる無機ビタミン元素が同時に供給されることとなり,健康増進に資する。」(3欄63行〜4欄2行)との記載もある。
           上記によれば,本件特許発明は,水に溶解し,食品に添加するなどの方法で,カルシウム及び必須のミネラルないしビタミン等を身体に摂取し,健康増進に役立てるサンゴ砂微粉末よりなるサプリメントを提供するものである。
         他方,原告製品については,前記前提となる事実(第3の2(1)ア)に記載のとおり,粉体のまま栄養源として食する方法のほか,栄養源(ビタミン等)とともに食材に添加して栄養価を高めるなど各種の用途があり,その成分としては,炭酸カルシウム,ナトリウム,カリウム,マグネシウム,マンガン及び珪素などを含むもので,これが健康増進に役立つとされている。

         したがって,原告製品は,サンゴ砂粉末という限度では同一の方法により,水に溶解し,食品に添加するなどの方法でカルシウム及び必須のミネラルないしビタミン等を身体に摂取し,健康増進に役立てるサプリメントを提供するという限度では同一の機能(効果)及び結果を生ずるものであるから,原告製品の粒子サイズ(約5000メッシュ)が,約150ないし500メッシュという本件特許発明のサンゴ砂の粒子サイズとの比較において,サンゴ粉末の水への溶解あるいはカルシウム及び必須のミネラルないしビタミン等の体内への吸収の点で,何らかの有意な差異を生ずるのでなければ,本件特許発明と均等なものと評価される余地が存在するということができる。
       (イ) しかしながら,他方,本件米国特許権の出願経過をみると,前記前提となる事実(第3の2(2)ア)に記載のとおり,本件米国特許権の出願当初の請求項1は,「有効成分としてコ−ラルサンドを有している健康増進用組成物」と規定するのみで,コ−ラルサンドの粒度について,何ら限定していなかったところ,審査官から,ケミカルアブストラクトに記載された「排水から重金属を除去するために用いられる20ないし60メッシュのコ−ラルサンド」の公知例の存在を指摘され,「約150ないし500メッシュを通過するミネラルサプリメント」と補正したものである。しかも,被告は,その補正書に,「いずれの記録文献も50ないし500メッシュの要件について示唆していない。このサイズは,ミネラルサプリメントの人体への摂取に効果的である。」(1985年2月13日付け補正書5頁参照)と記載している上,本件明細書の「好ましい態様の説明」においても,「(消毒及び乾燥したサンゴ砂を)150ないし500メッシュ,好ましくは200ないし450メッシュに粉砕する。」(2欄51行〜52行)と記しており(前記前提となる事実2(2)イ(エ)),人体への摂取に効果的なコ−ラルサンド

の粒度について,上記数値による限定を施したものであることが明らかである(なお,この点については,被告自身も,平成15年2月28日付け被告準備書面(6)13頁において,「当初の請求項1は,特定の粒子サイズのコーラルサンドに狭めて補正された。特に粒子サイズは約150乃至500メッシュ通過に狭められた。」と説明している。)。
           したがって,被告が,構成要件Bにおいて限定された範囲外の粒度のコ−ラルサンドについて,均等論を適用して本件特許発明の技術的範囲に属する旨を主張するのであれば,被告において,上記範囲外の粒度のコ−ラルサンドを上記補正により放棄していないことを積極的に主張立証する必要があり,例えば,本件事例が「(a)均等物が,出願時に予測できないものであった場合,(b)補正の理論的根拠が問題となっている均等物と無関係である場合,(c)特許権者が問題となっている非本質的な代用物を記載することを期待し得なかったことを推認させる他の合理的な理由がある場合」に該当することを主張立証すべきこととなる。

           上記の本件米国特許権の出願経過に照らせば,構成要件Bの規定する粒子サイズの下限の数値である150メッシュは,公知例として20ないし60メッシュのコ−ラルサンドが存在したことから,これとの抵触による特許性の喪失を避けるために補正により新たに規定されたものであることが明らかである(この点は,被告も争っていない。)。他方,構成要件Bの規定する粒子サイズの上限の数値である500メッシュについては,当該数値が補正の際に新たに規定された経緯は,必ずしも明らかでない。この点について,被告は,本件米国特許権の出願当時,500メッシュ以上に粉砕でき,かつ,商業的に入手可能な機械は存在せず,ジェットミルという微粉砕機が導入されたのは,本件米国特許権の出願以後のことで,将来的にも5000メッシュの粒子サイズを得られるとは予測できなかった旨を主張するが,このような事実を認めるに足りる証拠は提出されていない。また,前記のとおり,被告が補正書(1985年2月13日付け補正書5頁)に「このサイズは,ミネラルサプリメントの人体への摂取に効果的である。」と記載していることからすればサンゴ砂の粒子の大きさが水への溶解性や人体への摂取の点に何らかの影響があると推測されるところ,原告製品の粒度が約5000メッシュであって本件特許発明と比較して約10倍以上の小さな微粒子であることからすれば,補正により粒子サイズの上限として500メッシュの数値を規定した理論的根拠が原告製品との相違点と無関係であると断定することはできない。さらに,被告において,補正の際に,粒子サイズとして上限の500メッシュの数値を規定せず下限の150メッシュの数値のみを規定することを期待し得なかったことを,推認させる合理的な理由が存在するということもできない。
           以上によれば,本件においては,構成要件Bにおいて限定された範囲外の粒度のコ−ラルサンドを補正により放棄していないことを被告において立証したということはできないから,原告製品について均等侵害は成立しない。

   (5) 小括
      以上によれば,原告製品は,本件特許発明の技術的範囲に属しないから,これを米国内において販売等する行為は,本件米国特許権を侵害しない。
      したがって,本件米国特許権に無効事由が存在するかどうかについて判断するまでもなく,原告による米国内における原告製品の販売につき,被告は,本件米国特許権に基づく差止請求権を有しない。
      よって,原告の本訴請求中,同趣旨の確認を求める請求(請求の趣旨第1項)は,理由がある。
 3 争点3(被告の行為は,不正競争防止法2条1項14号所定の「虚偽の事実を告知し,又は流布する行為」に該当するかどうか)について
  (1) 請求の趣旨第2項,第4項,第5項の請求の準拠法等について
    請求の趣旨第2項,第4項の請求は,被告による原告の米国内の取引先への事実の告知・流布行為が営業誹謗行為に該当するとしてその差止めを求めるものであり,請求の趣旨第5項の請求は,同営業誹謗行為を理由に損害賠償を求めるものである。

    上記の各請求に係る訴えについて,被告の普通裁判籍の所在する我が国に国際裁判管轄が存することは明らかであるが(被告も,この点は争わない。),原告の主張に係る上記営業誹謗行為が,被告から原告の米国内の取引先に対する行為であるという点で,渉外的要素を含む法律関係ということができるから,準拠法の決定が必要となる。
       上記の請求のうち,請求の趣旨第2項,第4項の差止請求権は,営業誹謗行為の発生を原因として競業者間に法律上当然に発生する法定債権であり,請求の趣旨第5項の損害賠償請求権は不法行為により生ずる債権であるが,これらの適用関係については,いずれも法例11条1項により規律されているものであって,請求権の原因事実の発生地の法が準拠法となる。本件については,原告は,被告がその本店所在地である東京都から,原告の米国における取引先に対して,電子メール及び郵便書簡により警告を行ったなどと主張して,被告が日本国内から原告の米国内の取引先に対して行う告知・流布行為の差止め及び損害賠償を求めているものであるから,原因事実の発生地は,被告が電子メール及び郵便書簡を発信ないし発送した地である我が国の法が準拠法となる。したがって,被告の行為が不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するかどうかを判断することとなる。

  (2) 原告の米国内の取引先に対する被告の行為について
     前記前提となる事実(第3の2(3))に後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,次の各事実が認められる。
     ア 2000年(平成12年)3月2日,被告は,日本から,米国に所在するHealth Co.net社に対し,発信者「MARINE BIO CO.,LTD<mb-co@mxg.mesh.ne.jp>」,受信者「<info@healthco.net>」,件名「Warning(警告)」として,電子メ−ルを送信した(第1警告)。
         その内容は,「Health Co.net社が取り扱う『CORAL PLUS』と称する製品は,被告の有する米国特許第4540584号,その他の権利を完全に侵害するものであるから,7日以内に回答するように求める。回答がなければ直ちに米国裁判所に訴訟を提起する。」というものであり,原告の米国における担当者であるCは,原告に対し,上記電子メ−ルの内容をコピ−し,顧客が大変困惑している様子なので,原告において弁理士の意見を聞いた上で,早急に解決することを要請した(甲4)。

     イ 原告から依頼を受けた弁理士は,被告に対し,平成12年4月10日付けで書簡を送付した。同書簡には,「本年3月2日付けで,株式会社コ−ラルコ−ポレ−ションの米国の顧客宛て(info@healthco.net)に,特許権侵害の警告状がEメ−ルで送付されている件につき回答する。」,「本件米国特許権のクレ−ムによると,粒子サイズが約150メッシュから500メッシュとなっており,原告が輸出している製品は,約5000メッシュの超微細粒子であるから,クレ−ムから外れている。」ことなどが記されていた(甲5)。
     ウ さらに,原告から依頼を受けた上記弁理士は,被告から依頼を受けた弁理士に対し,平成12年5月30日付けで,原告製品の粒度が約5000メッシュ以上の超微粒子であることを示す財団法人日本食品分析センタ−の試験報告書(甲7),メッシュ単位換算表として「JIS標準ふるい規格表(細目表)」(甲8)及び原告製品のサンプルを送付した(甲6)。

     エ 平成13年7月16日ころ,Health Co.net社の関連会社であるHealth Nutrients,Inc.社が被告と面談した際,Health Nutrients,Inc.社は,直接被告から警告を受けた。
         上記警告の際に,被告は,Health Nutrients,Inc.社に対して,那覇地方裁判所の判決(那覇地方裁判所平成10年(ワ)第429号・同13年2月27日判決)を示した。当該判決の事案は,マリ−ンバイオ株式会社(本件被告)を原告とし,本件被告が砂利組合等の他の企業と共同出資して設立したコ−ラルバイオテック株式会社(以下「コ−ラルバイオテック」という。)を被告とするもので,本件被告がコ−ラルバイオテックの資本から撤退するに当たって,両者間で取り交わした「コ−ラルバイオテックは,本件被告の技術によって開発した商品及び類似品を製造又は販売してはならない。」との契約にコ−ラルバイオテックが違反し,沖縄産出のコ−ラルサンドを原材料とする浄水剤であるソメライトとソメライトをベ−スにした浄水剤パックであるミネラルウォ−タ−の素を製造販売しているとして,本件被告が,浄水剤等の製造及び販売の差止めを求めたものであった。なお,Health Nutrients,Inc.社が,被告から見せられたのは,同判決の一部分であって,当事者欄,「被告(コ−ラルバイオテック)は,別紙商品目録記載の各商品を製造及び販売してはならない。」などと本件被告が同事件において全面勝訴したことを示す判決主文及び事案の概要の一部のみであった。
         同日,Health Nutrients,Inc.社は,Cに対し,被告から上記の警告を受けたことについて記した電子メールを送信した。
         (甲9の1及び2,10)。
     オ 同月18日,Cは,原告代表者に対し,上記エに記載した電子メ−ルと判決(一部分)の写しなどを送付し,大口顧客であるHealth Nutrients,Inc.社は上記電子メ−ル等に対する原告の明確な回答を書面でもらいたいと希望しているとして,その対応を求めた(甲9の1及び2,10)。
     カ 原告は,被告に対し,平成13年(2001年)10月4日,上記の那覇地裁の判決内容を調査した結果を含め,被告の行為は,事実に反する明らかな虚偽であって,不正競争防止法所定の不正競争行為に該当するとして,直ちに中止するよう警告した(甲11の1及び2)。

     キ 平成13年(2001年)11月2日,被告は,日本から,Health Co.net社に対して書簡を送付し,原告が本件米国特許権を侵害している旨を通告した(第2警告)(甲12の1,2)。同書簡の内容は,次のとおりである。
         「我々は当社弁理士及び顧問弁護士とコ−ラルコ−ポレ−ション(本件原告)の特許侵害につき検討した。そして,コ−ラルコ−ポレ−ションに対して訴訟提起をすれば,勝訴に至ると確信した。しかしながら,訴訟が提起されたら,貴社及びコ−ラルコ−ポレ−ションの両社に数十万ドルの費用がかかる事実を貴社はご存じであろうか。我々は,本件について勝訴すると確信しているが,調査の結果,コ−ラルコ−ポレ−ションが訴訟費用その他の経費を支払うことができるとは到底考えられないことが判明した。それ故,貴社にとっては,訴訟外で我々との交渉により解決することがより良い解決策であると申し上げる。貴社もご存じのとおり,我々マリ−ンバイオ(本件被告)は約40年にわたり,コ−ラルその他商品につき国内及び海外の市場におけるリ−ディングカンパニ−である。我々とひとたび取引をした顧客の信頼を,我々は決して裏切らない。これが我々の企業精神である。貴社の大いなる決断があるものと理解している。貴社とのビッグビジネスを期待している。」

           また,同日,Health Nutrients.Inc.社の担当者は,Cに宛てて書簡(甲13)を送付した。同書簡の内容は下記のとおりであり,原告が,被告に対して送付した警告書(甲11)(上記カ参照)の内容だけでは納得できないこと,Health Nutrients.Inc.社の顧客は被告から訴訟を提起されることを懸念しているため,Health Nutrients,Inc.社の売上げに大きな影響が出ており,原告製品の半分は放置されていることなどが記載され,原告に早急な解決を求めている。
         「マリ−ンバイオの戦略から我々を防御するため,コ−ラルコ−ポレ−ションからは何ら評価すべき行動もなく,数か月が過ぎた。我々のコ−ラルを使用するとマリ−ンバイオ(本件被告)から法的手段を受けることになるとの評判が,米国内のすべてのコ−ラルの顧客に拡がり,我々の売上げも大幅に影響を受けている。コ−ラルコ−ポレ−ション(本件原告)は,なぜ,マリ−ンバイオ(本件被告)を止めるため実際に行動することを拒んでいるのか。なぜ,社長は電話機を取り上げ,Eとこの問題の話をして解決しないのか。もし,解決できないならば,社長は差止命令を求め,Eを法廷に引っ張り出すべきだ。私に推察できる唯一の理由は,Eが正しく,社長がこの問題を押し進めることを躊躇しているということだ。もし,そうならば,私の顧客に私とビジネスを続けても何らの法的措置を取られることはないことを伝えるために,私は貴殿から購入したコ−ラルを有効な法的保障の下に破棄しなければならない。コ−ラル粉末「ドナン」の積荷のうち,少なくとも半分は未開封のままとなっている。迅速な法的援助をお願いする。さもなければ,このコ−ラルを返送代金を含め貴殿に払った代金で買戻して欲しい。」
   (3) 以上の事実関係を前提として,被告のHealth Co.net社に対する電子メールの送信(第1警告)及びHealth Co.net社に対する書簡の送付(第2警告)が,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するかどうかを検討する。
    ア 不正競争防止法2条1項14号は,競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し,又は流布する行為を不正競争行為の一類型として規定する。これは,営業者にとって重要な資産である営業上の信用を虚偽の事実を挙げて害することにより競業者を不利な立場に置くことを通じて,自ら競争上有利な地位に立とうとする行為は,不公正な競争行為の典型というべきであることから,これを不正競争行為と定めて禁止したものである。
      このような同規定の立法趣旨に照らせば,競業者に特許権等の知的財産権を侵害する行為があるとして,競業者の取引先等の第三者に対して警告を発し,あるいは競業者による侵害の旨を広告宣伝する行為は,その後に,当該特許権等が無効であるか,あるいは競業者の行為が当該特許権等を侵害しないことが明らかとなった場合には,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するというべきである。

       しかしながら,他方,特許権等の知的財産権を行使する行為は,正当行為として許されるものであるところ,特許法は,物の発明について,その物を生産する行為のみならず,その物を使用し,譲渡する行為等をも,発明の実施としていること(特許法2条3項1号)などから,特許権者は,競業者のみならず,その取引先に対しても,特許権に基づく権利行使をすることが可能である。
       そこで,競業者が特許権侵害を疑わせる行為を行っている場合において,特許権者が競業者の取引先に対して,特許権侵害に関する告知をする行為が,虚偽の事実の告知として不正競争行為に該当することがあるかどうかが,問題となる。
       このような場合において,特許権者が競業者の取引先に対して行う告知は,競業者の取引先に対して特許権に基づく権利を真に行使することを前提として,権利行使の一環として警告行為を行ったのであれば,当該告知は知的財産権の行使として正当な行為というべきであるが,外形的に権利行使の形式をとっていても,その実質がむしろ競業者の取引先に対する信用を毀損し,当該取引先との取引ないし市場での競争において優位に立つことを目的としてされたものであるときには,当該告知の内容が結果的に虚偽であれば,不正競争行為として特許権者は責任を負うべきものと解するのが相当である。そして,当該告知が,真に権利行使の一環としてされたものか,それとも競業者の営業上の信用を毀損し市場での競争において優位に立つことを目的としてされたものかは,当該告知文書等の形式・文面のみによって決すべきものではなく,当該告知に先立つ経緯,告知文書等の配布時期・期間,配布先の数・範囲,告知文書等の配布先である取引先の業種・事業内容,事業規模,競業者との関係・取引態様,当該侵害被疑製品への関与の態様,特許侵害訴訟への対応能力,告知文書等の配布への当該取引先の対応,その後の特許権者及び当該取引先の行動等,諸般の事情を総合して判断するのが相当である。
    イ 本件においては,@ 被告が第1警告及び第2警告をした時期は,被告は本件米国特許権の特許権者ではなく,当時の特許権者であるAから特許権の譲渡を受けるとか,専用許諾を受けていた事実も認められないこと,A 被告から第1警告を米国顧客が受けたことを知った原告は,直ちに(警告を受けた約1か月後には),被告に対し,原告製品は本件米国特許権のクレ−ムに記載された粒度とは粒度が異なることを伝えるとともに,粒度の分析結果や原告製品のサンプルを送付したにもかかわらず,その2か月後に,再度,被告は,原告の取引先に対して,前掲那覇地裁の判決の一部分のみを示すなどした上,原告製品が本件米国特許権を侵害している旨を直接伝えているが,那覇地裁判決は,本件米国特許権に対応する日本特許権に基づく請求ではなく,また,サンゴ砂粉末を用いた健康増進用サプリメントが問題とされた事案でもなく,そもそも本件米国特許権や原告製品とは何の関係もない事件に関するものであること,B 被告は,原告から,被告の一連の行為は虚偽告知に該当するから中止するよう要請する警告を受けながら,さらに,第2警告を発し,第2警告においては,被告が原告に訴訟提起すれば確実に勝訴できるとした上で,訴訟には数十万ドルの費用がかかり,原告にはそれらを払う資力もないことから,被告と取引をすることが良い解決策であるなどとして,原告の取引先に対し,自己と取引することが有利である旨を積極的に示していること,C 第1警告,第2警告を受けた原告の取引先は,原告との取引を継続するについて動揺し,特に,第2警告を受けた後に,原告取引先は,原告に対し,このままでは原告との取引をやめざるを得ない旨を伝えてきたこと,D 被告は,これらの警告の後,原告あるいは原告取引先に対し,原告製品が本件米国特許権を侵害しているとして,訴訟を提起した事実は認められないこと等の事情が,認められる。
      これらの点に照らせば,被告が原告の米国内の取引先に対して電子メールを送信し,書簡を送付した行為は,これらの取引先に対する権利行使の一環として行われたというよりも,むしろ,原告の取引先に対する信用を毀損し,当該取引先との取引ないし米国市場での競争において優位に立つことを目的としてされたものと認めるのが相当である。

         したがって,被告が日本国内から原告の米国内の取引先に対して電子メールないし書簡により行った警告行為は,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するというべきである。
     ウ 被告は,特許権侵害の直接の侵害者に対する告知は,社会的信用を低下させることにはならず,営業誹謗行為を構成しない旨主張する。
         しかし,原告製品を原告から購入して米国において販売等を行っているHealth Co.net社,あるいは,Health Co.net社の関連会社のHealth Nutrients,Inc.社(以下,両社合わせて「Health Co.net社等」ともいう。)は,米国において,サンゴ砂を原料とする健康食品の販売業者として,原告の取引先であると同時に被告の顧客ともなり得る存在である。このようなHealth Co.net社等に対して虚偽の事実を告知することは,原告の信用を害する結果を生じさせるものというべきであり,これらの取引先に対する被告の告知行為は,上記のとおり,権利行使の一環として行われたというよりも,むしろ,原告の取引先に対する信用を毀損し,当該取引先との取引ないし米国市場での競争において優位に立つことを目的としてされたものと認められるから不正競争行為に該当するものである。

        また,被告は,警告の回数が少ないことや電子メ−ルという簡潔,簡略な通信手段を正式な警告書と同視できないなどとも主張するが,告知の回数は,不正競争防止法2条1項14号の要件ではないし,告知の方法も文書によらなければならないと定められている訳でなく,口頭によるものでも,電子メ−ルによるものでも,その方法を問わないものであるから,上記主張は採用できない。
        さらに,被告は,告知当時,真に特許権を侵害するものと信じていたから,虚偽告知ではない旨主張するが,上記のとおり,競業者の取引先等の第三者に対して警告を発する行為等は,その後に競業者の行為が当該特許権等を侵害しないことが明らかとなった場合には,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するというべきであって,警告当時特許権者等が特許権侵害に該当する旨を信じていたというだけでは,不正競争行為に該当することは否定されない。

         また,被告は,上記警告時において,被告が本件米国特許権の特許権者でなかったとしても,被告が実質的な所有者であり,形式的な名義変更のみ行われていなかっただけであると主張しているが,米国特許法261条によれば,「特許またはそれらに関する権利は,書面により法的に譲渡することができる。‥‥‥譲渡,付与又は委譲は,契約の日から3か月以内,またはその後の売買ないし抵当権設定前に,特許商標庁に登録しない限り,その通知を与えられず,相当の対価を支払った譲受人又は抵当権者に対し,効力を失うものとする。」(甲30)と明確に規定され,口頭による譲渡は効力を持たないとされているところ,実際に本件米国特許権について名義変更の書面が交わされ,特許商標庁にその登録が行われたのは,本件米国特許権者であったAが死亡してから1年以上経過した後の,平成14年12月ないし同15年1月ころであったことに照らしても,被告が,実際に訴訟提起の準備として,上記の警告を行ったとは認められない。
         以上のとおり,被告の主張は,いずれも採用できない。
    エ 上記のとおり,被告は,原告の米国内の取引先に対して,原告による米国内における原告製品の販売が本件米国特許権を侵害する旨を告知したのみならず,当該取引先が原告の製造に係る原告製品を購入して販売する行為が本件米国特許権を侵害する旨をも告知したものであるが,後者についても,被告の告知の内容は原告製品が本件特許発明の技術的範囲に属することを理由としているものであるから,その告知内容は,原告の営業上の信用を毀損する虚偽の事実に該当する。したがって,本訴請求のうち請求の趣旨第2項,第4項の請求は,理由がある。
    オ また,上記のとおり,被告は,原告から原告製品は本件米国特許権のクレ−ムに記載された粒度とは粒度が異なることを通知され,粒度の分析結果や原告製品のサンプルの送付を受けたにもかかわらず,原告の取引先に対して,本件米国特許権侵害とは関係のない那覇地裁判決の一部分のみを示して,原告製品が本件米国特許権を侵害している旨を直接伝えているほか,原告から被告の一連の行為は虚偽告知に該当するから中止するよう要請する旨の警告を受けながら,さらに,第2警告を発しているものであって,これらの点に照らせば,上記の各不正競争行為につき,少なくとも過失があったことは明らかであるから,被告は損害賠償責任を負うべきものである。

 4 争点4(原告の損害)について
   (1) 甲32,34ないし36,42ないし44及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
     ア 原告は,サンゴ関連商品の販売業務を目的として,1991年(平成3年)7月に設立された後,日本国内で販売を始め,平成7年(1995年)に台湾,平成8年(1996年)に香港においても販売を開始し,1998年(平成10年)から,米国においても販売を拡大してきた。
     イ 原告は,米国における原告製品の担当者Cが経営する代理店OVERSEAS BUSINESS DEVELOPMENT CO.INC.等を通し,1999年(平成11年)から2001年(平成13年)6月までの間に,Health Co.net社等に対し,合計5210キログラムの原告製品を販売し,合計561万8976円の利益を上げた。
         原告製品の単価は1キログラム当たり3000円であり,その製造,販売には,1キログラム当たり,@原材料費として114円,A製造費として1183円,B諸経費として778円の合計2075円の費用がかかるため,1キログラム当たりの利益は925円である。計算式は次のとおりである。

       @ 原材料費
           原料である造礁サンゴ化石1トン(単価8000円)から製造できる原告製品は,約70キログラムである。
           原材料費=8000円÷70s=114円/s
       A 製造費
           機械消耗費(336円/s)+機械運転費(504円/s)+人件費(321円/s)+梱包費(22円/s)=1183円/s
       B 諸経費
           原材料費+製造費(114円/s+1183円/s)の約60%=778円/s
     ウ ところが,被告が,前述のとおり,Health Co.net社等に対し,原告製品が本件米国特許権を侵害するなどと警告を送ったことから,平成13年7月以降,米国での大口取引先であったHealth Co.net社(ないしHealth Co.net社の関連会社であるHealth Nutrients,Inc.社)との取引が継続できなくなった。
   (2) 原告は,平成13年(2001年)7月以降,Health Co.net社との取引が失われたことにより,得べかりし利益の喪失による損害を被ったと主張するので,上記(1)の事実に基づき,検討する。

     ア 甲36及び弁論の全趣旨によれば,平成12年(2000年)10月ないし平成13年(2001年)6月までの間に,合計4900キログラムの原告製品が,OVERSEAS BUSINESS DEVELOPMENT CO.INC社を通して販売されたことは認められるが,これらの製品がすべてHealth Co.net社等に対する販売と認めるに足りる証拠はない。また,平成13年6月30日の原告製品の販売数量は3000キログラムとなっており,それ以前の同年5月17日の500キログラム,同年2月22日の700キログラム,平成12年の11月30日の700キログラムという販売数量と比較すると極端に売上げが伸びているが,本件における各証拠を精査してもこの点についての合理的な理由は見出せず,仮に被告の警告行為がなかったとしても極端に販売数量が増えた平成13年6月30日分の販売数量が継続したとは容易に推測し難いから,これらの数値から単純に原告の損害を計算するのは適当でない。もっとも,Health Co.net社等が原告の米国における大手取引先であったことなどの事情を総合考慮すると,被告による警告がなければ,原告とHealth Co.net社等との取引は継続し,少なくとも1か月に180キログラム程度の販売を見込めたであろうし,少なくとも1年程度は取引を継続できたものと推認することができる(平成12年10月から平成13年5月までの8か月間の販売数量合計1900キログラムを平均すると,原告製品はOVERSEAS BUSINESS DEVELOPMENT CO.INC社を通して,1か月に約230キログラムの販売数量を見込めたものと推認されるところ,このうち少なくとも80%はHealth Co.net社(ないしHealth Nutrients,Inc.社)に販売されたであろうと認められる。)。そうすると,1か月当たりの販売数量に,原告製品1キログラムを販売したときに得られる利益額925円を乗ずると,原告は少なくとも1か月当たり16万6500円の利益を上げられたであろうと認められる。
         したがって,原告の得べかりし利益としては199万8000円(16万6500円×12か月)と認めるのが相当である。

     イ  原告が本訴の提起を原告訴訟代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ,本件事案の性質,請求の内容,審理の経過その他諸般の事情を総合勘案すれば,このうち100万円をもって,被告の不正競争行為と相当因果関係のある損害と認める。原告は,裁判に要した費用であるとして,本件米国特許公報等の翻訳料を損害として主張しているが,上記弁護士費用に加えて,上記翻訳料を損害として認めることはできない。
     ウ 本件においては,原告は,損害賠償金につき,訴状送達の日以降の遅延損害金(民法所定の年5分)を請求しているところ,記録によれば,訴状送達の日は平成14年2月15日である。
     エ したがって,原告の損害賠償の請求は,上記アとイの合計額299万8000円及びこれに対する平成14年2月15日以降の遅延損害金請求の限度で理由がある。

 5 結論
     以上によれば,原告の本訴請求については,@「原告による米国内における原告製品の販売につき,被告が本件米国特許権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。」(請求の趣旨第1項),A「被告は,日本国内から原告の米国内の取引先に対して,原告による米国内における原告製品の販売行為が本件米国特許権を侵害する旨を告知し,流布してはならない。」(請求の趣旨第2項),B「被告は,日本国内から原告の米国内の取引先に対して,同取引先による米国内における原告製品の販売行為が本件米国特許権を侵害する旨を告知し,流布してはならない。」(請求の趣旨第4項)との判決を求める請求は理由があり,C「原告の米国内の取引先による米国内における原告製品の販売につき,被告が本件米国特許権に基づく差止請求権を有しないことを確認する。」(請求の趣旨第3項)との判決を求める訴えは不適法として却下すべきであり,D損害賠償請求(請求の趣旨第5項)については,299万8000円及びこれに対する平成14年2月15日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。

    よって,主文のとおり,判決する。
   
      東京地方裁判所民事第46部
     
                 裁判長裁判官  三  村  量  一
                   
                   
                       裁判官  青  木  孝  之
                         
                         
                     裁判官  松  岡  千  帆
 





                     
 (別紙)        物 件 目 録
 
             カルシウム食品(サンゴ化石粉体)「商品名 ドナン」