東京地判平成11年1月28日(平成9年 (ワ)15207号、民事46部)、判例時報 1681号147頁、の評釈 (『判例時報』1700号掲載予定) <事実>  外国での著作物の利用権限についての確 認等の請求について、我が国の国際裁判管 轄の有無が争われた事案である。  原告は、日本で創作・公表された本件著 作物の日本での著作権者が原告であること を前提として、被告に対する著作権の譲渡 や利用許諾はされていないと主張して、 (1)主にタイ王国における本件著作物の独 占的利用権の許諾を内容とする本件契約書 が真正に成立したものでないこと、原告が 本件著作物につき著作権を有することおよ び被告がこれにつき利用権を有しないこと の確認、(2) 被告による虚偽の事実の陳 述・流布の差止め、(3) 損害賠償、を求 めた。  これに対して、タイ王国内に居住する同 国籍の自然人である被告が、本案前の答弁 として、我が国の裁判権(国際裁判管轄)およ び確認の利益を争い、訴えの却下を求め た。  我が国の国際裁判管轄について原告は、 不法行為地および財産所在地ならびに併合 請求による裁判籍に基づき、これが認めら れると主張した。  すなわち、まず不法行為地の主張は、被 告を代理する香港の法律事務所が被告の権 利を主張する書面を原告の取引先に送付し ており、このうちに日本の事務所に宛てて 送付され到達したものがあるので、これを もって日本での不法行為があると主張した。 また財産所在地の主張は、「本件著作物は、 日本で創作、製作、公表されたものであ る」ので、被告の主張は日本国外での利用 権ではあるものの、「被告の主張する本件 著作物の独占的利用権も、その著作権を前 提とするものであるから、その財産所在地 も日本と考えるべきである。」というもの である。 <判旨>  不法行為地の管轄規定にも財産所在地の 管轄規定にも該当しないと結論し、訴えを 却下した。  すなわち、「本件著作物の利用に関する ハルダネス法律事務所の書簡は、第一次的 には東南アジアにおけるバンダイの各子会 社に対して送付されており、これらの各子 会社から実質的な内容の返答がされなかっ たことから、その後、同法律事務所はバン ダイに対して、右各子会社に書簡送付した 旨を通知したものであって、同法律事務所 の書簡の送付を仮に不法行為と構成し得る としても、その主たる行為は、香港(同法律 事務所の所在地)を発信地とし、香港、タイ等 の東南アジアの地(バンダイの右各子会社の所在 地)を到達地とする各書簡の送付であって、 日本国外の行為であること」、「本件著作 物が我が国において著作されたものである とはいっても、日本以外の国における本件 著作物の利用に関しては、それぞれ当該国 における著作物に関する法規を根拠とする 権利(当該国の著作権法に基づく著作権)が問題と なるものであり、これらの権利については その所在地が我が国にあるということはで きないこと」など6項目の事情の認定を示 した上で、「これらの事情を総合すると、 本件訴訟については、原告主張の不法行為 地、財産所在地の裁判籍のいずれに関して も、これを肯定することができない」と結 論した。  さらに判決は、「加えて、我が国の裁判 所において本件訴訟に応訴することを被告 に強いることは、当事者間の公平、裁判の 適正・迅速を期するという理念に反するも のであって、我が国の国際裁判管轄を否定 すべき特段の事情があることも明らかであ る。」ともした。  証書真否確認請求については、括弧書き で、「また、本件契約書の成立に関する確 認を求める部分については、確認の利益を 欠くといえる。」とした。 <評釈> 結論賛成。判旨の一部には疑問な 点もあるが、本件の事案では却下の結論は 免れない。 1 適用実体法ないし属地主義  本件で問題となったのは国際裁判管轄で あるが、その前提として、外国における著 作物の利用に対しての権利(著作権)はいず れの国の法律によるべきものなのか、とい う問題についてまず考察する。この問題は、 国際裁判管轄についての考察の前提と言え るからである。もっとも、実際の訴訟手続 きにおいては、国際裁判管轄が認められた 場合に、その後に実体判断を行う際に問題 となる事項ではある。 (1) 著作権についての属地主義  一般に無体財産権については、属地主義 の原則が妥当すると言われる。その意味は、 或る国でその国の法律に従って認められる 無体財産権は、地理的にその国の中での行 為に対してだけ働くものであって、その国 と無関係の行為に対しては意味を持たない、 というものだと理解される。本件は、この 点が争点となったものではないが、判決は 属地主義を肯定している。  属地主義は、無体財産権の中でも、特許 などの工業所有権の場合には、当然とも言 えることである。この場合は、各国で審査 や登録の手続きがなされており、それに基 づく独占権がその国と無関係の場所での実 施には影響を及ぼさないというのは、違っ て考える余地が無いとすら思われる(たとえ ば、日本の特許権は日本法に従って認められるが、そ れによって外国での日本とまったく無関係な実施行為 が制限されるような制度は、合理的には考えられな い)。  しかし、著作権のようにそうした手続き がない場合には、違った見解があり得る。 著作権については、特に登録などを経るこ となく条約によって各国での保護が与えら れるので、この際の各国における保護の準 拠法をその国の法律以外に求めることも想 定可能である。現に、著作物創作の本国の 法が他国での行為にも適用されるという理 解が存在している([澤木]がフランスで認めら れる「単一主義」として紹介している; 「本国法説」 とも言える)。 (2) 属地主義の根拠  属地主義の実定法上の根拠は、特許権等 については必ずしも明らかではないのに対 して([拙稿1]参照; 評者は、実体法の内容とし て各国の権利には地理的限界があり、そこから或る事 実関係においては或る国の権利だけが問題となるので その結果としてその国の法律が適用されるのであり、 抵触法の必要が無い、と考えている)、著作権につ いてはベルヌ条約に求めることができる。 すなわち、ベルヌ条約5条3項は「著作物 の本国における保護は、その国の法令の定 めるところによる。」とし、また5条2項 2文および3文は「その享有及び行使は、 著作物の本国における保護の存在にかかわ らない。したがつて、保護の範囲及び著作 者の権利を保全するため著作者に保障され る救済の方法は、この条約の規定によるほ か、専ら、保護が要求される同盟国の法令 の定めるところによる。」としており、属 地主義を規定していると認めることができ る([田村]466頁、[作花]535頁および 537頁; 評者の見解では、各国の著作権が実体法的 な意味で地理的限界を有するべきことを規定している と考える)。  この理解には異論がある。「保護が要求 される同盟国の法令」とされているから、 これは、利用行為地の法律ではなく、法廷 地の法律を意味しているとする見解である ([元永]、[駒田])。しかし、法廷地の実 体法を適用するというのでは、フォーラム ショッピングを引き起こすことになってし まうから、妥当な解釈とは思われない。法 廷地の国際私法を意味するとの理解であれ ばこの問題は避けられる可能性があるが(前 出の[元永]も[駒田]もこうした結論をとる; [駒田]は結論として本国法説と保護国法説(属地主 義)のどちらなのか不明なのが現状であるとして立法 の必要を説く)、何とも迂遠な規定であると見 ることになり、また、法廷地の国際私法が 適用されるのは必要がある場合には当然の ことであるから無意味な規定であると見る ことにもなり、やはり妥当性は疑問であ る。  思うに、「保護が要求される同盟国の法 令」という言い方は、利用行為地と法廷地 が一致していることを基本的に想定してい るものと見られ、これが一致しない場合(本 件のように)について明確に規定するもので はないとは思われる。この意味で、右言及 の異論にももっともなところはある。しか しなお、この条項の解釈としては、利用行 為地の実体法を指していると理解すること が、十分に可能でありかつ妥当であると思 われる。右の法廷地と解する見解は、わざ わざ不適切な解釈を選択しているように見 えるし、検討の最初の段階で国際私法を考 慮して原則的にそこで問題を解決するべき とすることを非常に強調する考えに基づい ているようであるが([齋藤]56頁にこの見地 からの一般的見解に対する批判が見られる)、そこ まで頑なに考える必要は無いように思われ る。 2 国際裁判管轄 (1) 一般  財産上の請求にかかる事件についての我 が国の国際裁判管轄は、民事訴訟法の土地 管轄の規定のいずれかに該当する場合には これが認められるのを原則とするが、たと え該当する場合でも「特段の事情」により 否定されることもある、とするのが判例で ある([マレーシア航空事件]、[最判平成9年]な ど)。  本件判決は、これを要領よく次の通りま とめている: 「被告が我が国に住所を有し ない外国人の場合であっても、我が国と法 的関連を有する事件について我が国の国際 裁判管轄を肯定すべき場合のあることは、 否定し得ないところであるが、どのような 場合に我が国の国際裁判管轄を肯定すべき かについては、国際的に承認された一般的 な準則が存在せず、国際的慣習法の成熟も 十分ではないため、当事者間の公平や裁判 の適正・迅速の理念により条理に従って決 定するのが相当である。そして、我が国の 民訴法の規定する裁判籍のいずれかが我が 国内にあるときは、原則として、我が国の 裁判所に提起された訴訟事件につき、被告 を我が国の裁判権に服させるのが相当であ るが、我が国で裁判を行うことが当事者間 の公平、裁判の適正・迅速を期するという 理念に反する特段の事情があると認められ る場合には、我が国の国際裁判管轄を否定 すべきである」。 (2) 本件の問題  一般的には右のとおりであるが、本件で は、日本国外での著作権が対象となってい ることをどう扱うのか、問題となる。1の 属地主義を前提とすれば、この問題はすな わち、裁判所に対して外国の著作権法を適 用することを求め得るかどうか、というこ とでもある。 (3) 特許権の場合  この種の問題について、特許権について の議論であるが、かつては属地主義を根拠 にしてこれを否定する見解があった。[豊 崎]37頁は、「外国でその国の工業所有 権を侵害した者の責任を他の国の裁判所で 追及できるか、という問題」を取り上げて、 「わが国ではこの問題は属地主義の結果と して否定される。」とし、これを清瀬一郎 『特許法原理』500-1頁(厳松堂 1929 年)を典拠として法例11条(2項)による ものと説明している(もっともその上で「しかし、 最近諸外国では必ずしもそのように解せられていな い。」と付け加えている; なお、法例11条2項によ るなら請求棄却となるから管轄の問題ではないとの理 解もあり得るが、内容的に考えるならこれは国際裁判 管轄の否定と言うべきであろう)。  現在では、こうした見解は否定されるの が一般的である([高部]、[茶園1]、また [拙稿2]参照)。すなわち、我が国の裁判所 で、外国でその国の工業所有権を侵害した 者の責任を追及することも原理的には可能 である。  なお、外国特許権の侵害を問題とした近 時の裁判例として、[東京地判]がある(日 本法人を被告とする事件であるため、国際裁判管轄は 問題とはならなかったが、米国向けの日本での製造に ついて米国特許権を根拠にして差止と損害賠償を求め たのに対して、前者は法例33条を根拠として、後者 は法例11条1項により日本法を適用した上で、いず れも請求を棄却した; [大野]は、このケースの原告 代理人による解説である)。 (4) 著作権の場合  著作権については、原則的に各国で同様 に権利が成立するために、工業所有権の場 合のような限定は元来考えにくい(たとえ法 例11条2項の適用を考えても、請求が認められる)。 まして現在では、[元永]や[駒田]や [茶園2]など一般的に、外国での行為に ついてその国の著作権法を適用しての救済 を与えることが当然にあり得るものとされ ている(たとえば[茶園2]603頁は、「外国で の行為については当該外国法で評価されなければなら ず、〜」とする)。  以上の通り、外国著作権事件だからと いってそれだけで国際裁判管轄を否定する ことにはならないが、しかし、これを「特 段の事情」の一要素として勘案することは あり得よう。もっとも本件判決は、特段の 事情を認めるについて、原告のタイでの訴 訟遂行の能力と被告の我が国での応訴の能 力欠如などを指摘するのみであるが(事情摘 示の第6項を受けて「加えて、我が国の裁判所におい て本件訴訟に応訴することを被告に強いることは、当 事者間の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念 に反するものであって、我が国の国際裁判管轄を否定 すべき特段の事情があることも明らかである。」とし ているだけである)、まったく勘案していない という趣旨ではあるまい。 3 不法行為地  原告が主張した管轄規定は、まず、不法 行為地(旧民事訴訟法15条1項、現行法5条9号 に相当、なお本件は平成9年提起であるから附則4条 により旧法適用となる)である。原告は、香港 の法律事務所による原告の取引先への警告 状送付などが不法行為に当たるとし、それ の一部が日本に送付されてきていることを もって、日本での不法行為であると主張し た。  判決は「その主たる行為は、香港(同法律 事務所の所在地)を発信地とし、香港、タイ等 の東南アジアの地(バンダイの右各子会社の所在 地)を到達地とする各書簡の送付であって、 日本国外の行為である」として、原告の主 張を排斥した。判決のこの認定は、「第一 次的には東南アジアにおけるバンダイの各 子会社に対して送付されており、これらの 各子会社から実質的な内容の返答がされな かったことから、その後、同法律事務所は バンダイに対して、右各子会社に書簡送付 した旨を通知したもの」との認定を根拠と している。  本件での原告の主張は、到達地たる日本 を「不法行為地」と主張したものであるが、 [注釈1]には、「詐欺的内容の手紙」に よる損害の場合について、「その発信地も 受信地もともに不法行為ありたる地に含ま れる。」といった例が説明されており、こ の類の主張であると理解される。  判決は結局、「その主たる行為は〜日本 国外の行為である」として、不法行為地の 管轄規定に該当しないとした。ここで直接 に指摘されているのは、香港などへの送付 が主たるものだったことであるが、むしろ より重要なのは、書簡の内容が外国での著 作物の利用行為にかかるものだったことの ように評者には理解される。たとえ日本に 通知が到達していても、日本において結果 が生じたとは言い難く、そのために日本で の不法行為ではない、と思われる。  なお、「不法行為地」の意味について、 「加害行為地」と「損害発生地」が分かれ ている場合について、(「加害行為地」に国際裁 判管轄を認めることは問題がないことを前提として) 「損害発生地」をも不法行為地と認めてよ いか否かについては相当問題があるとの指 摘が従来から存在する([池原]31頁)。原 告は到達地の国際裁判管轄を主張するが、 これは、右の議論での「損害発生地」に相 当するとの理解も可能であり、そう見るな ら右の議論の類の制限を認めた事例である ということになる。もっとも、議論の根拠 について言えば、右の指摘は加害者が予見 できない場合などを想定してのものであり (同前32頁; 瑕疵ある製造物が転々流通していって 当事者の予見しないところで結果の発生した場合な ど)、本件は到達地に宛てて当事者(代理人で はあるが)が送付した場合であるから、この 点ではあてはまらない。  また判決は、問題とされた文書を送付し たことについての依頼者が被告以外である 可能性があることも摘示しており(第4項)、 事案としてはこの点でも却下を免れること は難しいものだったと見られる。 4 財産所在地  原告のいまひとつの主張は、財産所在地 の管轄である。原告は、本件で問題となっ ている「日本以外の国における本件著作物 の利用に関して」の権利について、それが 日本に所在するとして管轄の根拠となると 主張した。 (1) 本件判決の結論  これに対して判決は、「その所在地が我 が国にあるということはできない」とし、 管轄規定への該当を認めなかった。これは もっともな認定であり、結論に異論はない。 彼の地での利用についての権限が、日本に 所在する、というのは何とも奇妙な主張で あるとすら思われる。 (2) 単一主義を根拠とした議論  原告の主張を支持する見解を敢えて考え るなら、次のようなことが言えるかも知れ ない。前述の[澤木]の紹介するフランス の「単一主義」は、本国法を普遍的に適用 すべきとするものであるが、その根拠とし ては「公表物については公表地、未公表物 については著作者の所属国を所在地と擬制 することによって、著作権の準拠法を所在 地法に求めようとする」見解とされている。 これに文字通りに従うなら、原告主張が認 められる可能性もあろう。  しかし、属地主義が認められるべきであ り、それを前提とするなら、右のような理 解はあり得ず、判示は妥当である。 (3) 消極的確認請求である点  なお、この点の原告の主張については、 別の疑問もある。旧民事訴訟法8条(現行法 5条4号に相当)で認められるのは、「請求若 ハ其ノ担保ノ目的又ハ差押フルコトヲ得ヘ キ被告ノ財産ノ所在地」であるが、本件の 原告の主張は「請求の目的の所在地」につ いてと見られる(ゆえに「訴訟物所在地」とした 方がより適切な面がある)。ところが、本件は消 極的確認訴訟であるが、消極的確認請求訴 訟には、この部分の適用がないとする否定 説が有力であると言われている([注解1] 266頁)。  しかし、原告の主張内容をさらに考えて みれば、単に存在しないというのではなく、 この権利を自らが有するという趣旨である から、債務不存在確認請求とは違って、た とえ右の否定説を前提としても適用を認め 得るように思われる。さらに、否定説は、 現在は必ずしも有力ではないようでもある ([注解1]自身も、また[菊井=村松J]や[注釈 1]も肯定説をとっている)。 (4) 別の請求の可能性  もっとも、右のような考察をすると、原 告はむしろ自らの権利の確認を請求する方 が適切だったのかも知れない、という別の 問題点の可能性が生じてくる。また、一般 に「著作権は、その権利者の住所地にあ り」(たとえば[注釈1]172頁)とされるか ら、原告は、自らが権利者であると主張す ることで、問題の権利の所在地が日本であ るとの主張の根拠と出来た可能性がある。 さらに言えば、本件のように消極的確認請 求であっても、内容的には原告が権利者で あるとの主張をしているわけであるから、 同じ主張を考えることは出来るように思わ れる。  しかし、本件のような事案を前にすると、 彼の地での利用についての彼の地の法律を 根拠としての権限が、権利者の住所地だけ を根拠として日本に所在するというのはい かにもおかしく、右の一般的な見解の妥当 性に疑問を感じる。  さらに、このタイプの主張は、持参債務 を前提としての債務履行地を根拠とする場 合と同様に、特段の事情によって国際裁判 管轄が否定される可能性がかなりあろう。 5 併合管轄  併合管轄については、[高部]134頁 に、特許権についてであるが、外国特許権 侵害とまったく関連性のない訴訟物につい ては、客観的併合を認めるのに問題がある との指摘がある。本件での客観的併合管轄 の主張は、同一の著作物についての各種の 請求を併合しているに過ぎないものである から、右のような問題はない。何にしても、 前提となる管轄主張がいずれも排斥された ため、この点についての判示はない。 6 証書真否確認請求  本件判決は、証書真否確認請求(民事訴訟 法134条、旧法225条に相当)に関して、括 弧書きによってではあるが、確認の利益を 欠くとの結論を判示している。国際裁判管 轄の点について却下を妥当と考えるので結 論的には違いは生じないが、この証書確認 請求について訴訟要件欠如としたについて は疑問である。厳しすぎるように思われ る。  確認の利益を欠くと結論した理由は、判 決による事情の摘示の第2項、すなわち 「そこでは、原告と被告との間での独占的 利用許諾契約の成否が中心的争点であると ころ、本件契約書は右契約の成否を立証す る重要な書証ではあっても、原告の一九九 六年(平成八年)七月二三日付け書簡等と共 にこれを立証するための証拠資料の一つに すぎず、原告被告間の契約関係の存否が専 ら本件契約書の成立の真否のみに係ってい るということはできず、本件契約書の成立 の真否を判断することにより原告被告間の 紛争が一回的に解決するということもでき ないこと」であると見られる。この論旨か らは、「契約関係の存否が専ら本件契約書 の成立の真否のみに係っている」ような場 合にだけ、証書真否確認請求の確認の利益 が認められるとするようである。  しかし、処分証書以外の場合に「成立の 真否のみに係っている」ようなことはあり 得ないと思われるところ([注釈2]114頁 に「とりわけ処分証書は〜真否をめぐって激しく争わ れる」との指摘があるように、処分証書の場合が真否 確認の対象として重要であるのは確かであるが、処分 証書の場合ですら事後的な覆滅理由が外的にあり得る はずである)、証書真否確認請求は処分証書 でなくても認められるものであり([注解 2]170頁)、ここまでは要求していないの が一般的であると見られる。だからこそ、 「この判決が確定すると、当事者間に書面 の真否については既判力を生ずるが、その 内容をなす法律関係自体には既判力を生じ ないため、書面の真否が確定されても紛争 自体は解決されていないことも多く、その ような場合にはあらためて訴を起す必要が 生ずるから、本条の訴を起すことは二重の 手数をかける結果になるので、実際にはあ まり多くは利用されていない。」([菊井=村 松K]89〜90頁)と言われるのであろう。 これに比べて本件判決の示唆する要件は厳 格に過ぎるように思われる。  一般論として、証書真否確認請求につい ても確認の利益が訴訟要件とされるのは確 かであるが(134条が直接に要求しているのは 「法律関係を証する書面」であることだけであるもの の)、たとえばその旨の判例として言及され る[最判昭和42年]は、事案を見るとさ ほど厳しく確認の利益を要求したものでは ない。紛争の実体は預金返還請求権の有無 にあるのに、訴えとしては、日銀から北海 道拓殖銀行にあてた「外地関係ノ預金等便 宜代払等ノ取扱猶予ニ関スル件」と題する 書面が真性でないことの確認を求めたもの であり、これは確かに確認の利益に疑問が あろう。この文書について、その効力が争 われたものではあろうが、文書の真否が現 実的な問題になっていたとは思われない。  これに比べて、本件のように契約書の真 否を問題とするというのは、普通には確認 の利益を認めて構わないのではないか。 <言及の判例および文献>  [池原]: 池原季雄「国際的裁判管轄 権」新・実務民事訴訟講座7巻3頁(日本評 論社 1982年).  [大野]: 大野聖二「日本の裁判所にお ける米国特許権の行使について」知財研 フォーラム38巻34頁(1999年).  [菊井=村松J]: 菊井維大・村松俊夫 『全訂 民事訴訟法J補訂版』第4版(全訂 版補訂版)(日本評論社 1993年).  [菊井=村松K]: 菊井維大・村松俊夫 『全訂 民事訴訟法K』第2版(全訂版)(日 本評論社 1989年).  [駒田]: 駒田泰土「著作権と国際私 法」著作権研究22号109頁(1995 年).  [齋藤]: 「並行輸入による特許権侵 害」関西大学法学研究所研究叢書第15冊 47頁(1997年).  [最判昭和42年]: 最判昭和42年 12月21日 裁判集民事89号553頁.  [最判平成9年]: 最判平成9年11月 11日 民集五一巻一〇号四〇五五頁.  [作花]: 作花文雄『詳解著作権法』 (ぎょうせい 1999年).  [澤木]: 澤木敬郎「映画の頒布権」著 作権判例百選208頁(99事件)(1987 年).  [拙稿1]: 「クロス・ボーダー・イン ジャンクションについて」現代裁判法体系 26巻41頁(新日本法規 1999年).(評者 のウェブページhttp://village.infoweb.ne. jp/~mat/にも掲載)  [拙稿2]: 「特許権の効力に関する国 際的問題」特許管理43巻3号263頁お よび同4号453頁(1993年).(同前)  [高部]: 高部眞規子「特許権侵害訴訟 と国際裁判管轄」『知的財産法と現代社会- 牧野利秋判事退宮記念-』125頁(信山社 1999年).  [田村]: .田村善之『著作権法概説』 (有斐閣 1998年).  [茶園1]: 茶園成樹「外国特許侵害事 件の国際裁判管轄」工業所有権法学会年報 21号59頁(1996年).  [茶園2]: 茶園成樹「合衆国著作権法 と外国で行われる行為」阪大法学45巻3 号565頁(1995年).  [注解1]: [第2版]注解民事訴訟法 (1)(第一法規 1991年).  [注解2]: [第2版]注解民事訴訟法 (6)(第一法規 1993年).  [注釈1]: 注釈民事訴訟法(1)(有斐 閣 1991年).  [注釈2]: 注釈民事訴訟法(5)(有斐 閣 1998年).  [東京地判]: 東京地判平成11年4月 22日(平成9年(ワ)23109号、民事46部)、 判例時報1691号131頁.なお、控訴 審判決が平成12年1月27日付けで下さ れているのに本文脱稿後に接した。控訴棄 却であるが、いずれの点についても日本法 が適用されるとしている。  [豊崎]: 豊崎光衛『工業所有権法 [新版・増補] 』(有斐閣 1980年).  [マレーシア航空事件]: 最判昭和56 年10月16日 民集35巻7号1224頁.  [元永]: 元永和彦「著件権の国際的な 保護と国際私法」ジュリスト938号58 頁(1989年).