Last Modified: 2005年9月14日(水)00時24分57秒

ソフトの代金請求についての仲裁 (三者間での取引の清算)

初出: NIBEN Frontier(第二東京弁護士会の月刊誌)2002年6月号
   (そのページにも掲載されています。本稿では、コメントをちょっと加筆しました。)
本ウェブページ掲載: 2005年9月8日

By 松本直樹

 私が仲裁人(候補者)をして和解した事案について、弁護士会の月刊誌に解説記事を書いたものです。

1. 事案の概要

 A社から、販売管理などのコンピュータ・システムの構築を受注したB社は、その一部として納入するために、C社に対して或るソフト(グループウェアの一種でそれ自体としては既製品)を発注した。単価約16万円のソフトを40本。C社は、A社担当者の要求に合わせたカスタマイズをした上で、同ソフトを納入。6台のパソコンに実際にインストールされた。

 ところが、実際に使用するA社のセールスマンがこのソフトを試用したところ、既に使っていた在庫管理ソフト(これもB社が先に構築したもの)との連携が悪くて使えないとの批判が噴出した。C社のソフトはデータベース機能が売り物であるはずでそれで高価格なのに、A社の既存のデータベースと連携して使うことが出来ず、無理に使うためには二重に入力作業をしなくてはいけなくて実用性に乏しかったのである。結局、ソフトがA社の業務および状況に不適合とのことで、キャンセルとなった。ところがC社はこれを認めず、代金満額の支払いを求めている。

 B社が仲裁を申立。C社に対しては、キャンセルを認めて代金額の一部のみの支払いにすることを求め、A社に対しては、それと同額の支払いを求めた。

2. 各当事者の主張など

 C社は、注文と承諾があった上、既に引き渡して使える状態にあるのであり、キャンセルなど認められないと主張。しかも、ソフトの開発元は外国で、そこへの支払い負担があるから、譲歩の余地は乏しいと言う。

 しかし、正式なライセンス契約書が取り交わされているわけではなく、また、ソフトの選択に関して、B社に責任があるだけでなく、C社にも、内容説明やカウンセリングに問題があるようにも見られた。これで一切のキャンセルを認めないというのには疑問がある。

 そもそも、ソフトの対価はライセンス契約の効果と見られるところ、ライセンス契約は、後に正式な書面が取り交わされる予定だったものが、未だなされていない状況にある。また、本件のソフトのライセンスは、転売不可との条件であり(この点についてC社は開発元との関係から譲れないと言っている)、諾成契約での売買代金債務の成立を認めると、一般的な物の売買の場合に比べて、買い手側の不利益が大きすぎる。つまり、一般的な物の売買であれば、買い手が不本意に契約に拘束されるという場合でも、代金を支払わなければいけないとはいえ、かわりに物を受け取ることが出来てそれを転売できるから、丸損というわけではないのに比べて、本件のA社は、自分のところで使えないとなると、代金はまったくの支払い損となってしまう。

3. 和解案および成立和解内容

 和解案として、B社とC社との間では、B社がC社に400万円余りを支払う、B社とA社との間では、A社がその金額の3分の1を負担してB社に支払う、という内容を提案した。400万円余りとしたのは、カスタマイズの請負代金は全額を認めて、ソフトの代金については一定割合(既にインストールのされた6本分については全額、残り34本については25%)を認める、という計算による。

 この提案の趣旨は、確かにキャンセル条件などの無い形での注文をB社はC社に対してしているものの、上記の通りそれで満額を認めるのは公平とは思われないこと、また、このソフトが不適切であるにもかかわらず発注してしまったについては、B社の責任が大きいと見られるものの、A社もカスタマイズのプロセスなどで相当な関与をしており、責任無しとは言えないこと、といったところにある。

 折衝の結果、ほぼこれに従った和解が成立した。なお、A社においてこのソフトを利用できるような方向での和解も検討したが、実際の業務において適切に使えるものではなく、また既に他のシステムが用意された状況にあったので、無理だった。

4. コメント

 ソフトの取引におけるキャンセルをどう扱うべきかが、まず問題である上に、三者紛争となっていることで、協議が難しくなっていた。この両方の点で、仲裁協議が有効な事案だったと思われる。

 常識的な結論に落ち着くことが出来たと思うが、法律論としての説明については、私自身にも疑問が残っている。

5. ウェブ掲載時のコメント(05年9月)

 しばらく前から、二弁の仲裁センターの仲裁人候補者をさせていただいており、ときどき事件が回ってきます。普段やっている、代理人としての一方の当事者の立場での代弁とは違う役回りは、なかなか新鮮です。この文章(上の4項まで)は、そうした事案について報告する趣旨で、弁護士会(二弁)の月刊広報誌である NIBEN Frontier に書いたものです。

 この文書の掲載のついでに、二弁の仲裁センターでの手続きの特徴と、私のやってることの自負? について、ちょっと書いておきます。

5.1 「仲裁」ではない

 まず、仲裁センターは、「仲裁」という名前にはなっていますが、実は、本当の仲裁手続きをすることは、極めて例外的です。仲裁であれば、最終的には、仲裁人の判断によって事件には決着が付くものであるわけです(もちろん審理によって実体的な内容を仲裁人が把握することが前提となります)。しかし、仲裁センターの事件の大部分は、こうした正式の仲裁にはなっていません。仲裁合意の無いままに、単にその場での話し合いを仲裁人候補者の介添えを持ちながら行って、最終的にも和解で決着するというものが大部分です。

 こうなってしまうのは、次のような経過によります。まず、紛争が生じる前に、契約書等に仲裁条項が入っているということは、余り無い(いや、殆ど無い、というべきか)のですね。仲裁センターに来る事案は殆ど全部、紛争が生じた後に、当事者の一方が、仲裁センターでの手続きが適切であると考えて申し立ててくるわけです。

 なのでもちろん、当初においては仲裁合意は無いわけです。それでも、手続を開始する際に、その前提として両者から仲裁合意を取り付ける、そうでなければそもそも受け付けない、というやり方もあり得るはずです。実際、スポーツ仲裁裁判所(CAS)ではそうしているみたいですね、私も新聞報道で見ただけですが(千葉すず選手の事件の時にそういう報道がされていました)。そうでないと、審理を進めるのが難しい、という考えだと思います。審理によって自ずと、どちらかの当事者の言い分に近い心証が形成されていくものであり、それが両当事者側にも或る程度でも分かることになりますから、その後では仲裁合意を取るのはますます難しくなってしまいます。

 でも、必ず仲裁合意を取ってから手続き、というのを実行するのは、結構難しいです。申立人が二弁仲裁センターを選択してきているわけですから、その事実自体で、被申立人としては、そこでの判断は自分にとって不利になるのではないか、と思ってしまいます。すぐさま仲裁合意を、と求められても、なかなか応じない場合が多いわけです。

 それで、仲裁合意はないけれど、紛争があるのは事実なので、仲裁センターでの話し合いをしてみようか、ということで進んでいく事案が多いのですね。

5.2 それでも成立する(させる)

 こういうわけで、仲裁人としての権限が無いですから、本当に両当事者が承知しないと、和解成立での決着ということにならないわけです。これでは、なかなか難しそうですよね。裁判所での和解交渉では、決裂なら判決があると思えばこそ、不満な内容の和解でも応じるという場合も少なくないわけですから(いやむしろそれが普通かな)、それに比べていかにも難しいです。

 それでも、結構、成立するものではあります(そう感じています、僅かな経験しかないですが)。キーは、和解提案にあると思っています。審理の上で、ちゃんと理由を付して和解提案書を作ると、それで不満足で蹴っても、なかなかそれと大差のある判決などを得られるものではない、と納得してもらえる(or諦めて貰える)ように感じています。

 ……まあ、あんまり押し付けると、出だしの事情と比べて考えて問題とも思われしまいますので、そこはほどほどの範囲にしているつもりではいます。


http://homepage3.nifty.com/nmat/chusai.htm

松本直樹のホームページ(絶対アドレス)へ戻る 同相対アドレス
御連絡はメールでホームページの末尾にあるアドレスまで。
(HTML originally created on 8 Sep 2005
by WZ5.02D with xhtml.)