最終改訂: 2006年10月08日17時06分

侵害裁判所での無効判断の可能性と非侵害認定との関係

By 松本 直樹
(弁理士会中央研究所 クレーム解釈部会 でのレポートです)
(このレポート集は、後に、『クレーム解釈論』(判例タイムズ社 2005年12月) となりました、同書のアマゾンのページ

1. キルビー事件最判のもたらした可能性

 キルビー事件最判(最判平成12年4月11日)以降、侵害訴訟裁判所には選択肢が増えた。

1.1 従前

 従前は、主張されている特許権の有効性に問題があっても(裁判所がそう考えても)、特許庁が無効審判によって無効とするまでは、侵害訴訟(裁判所)においては特許は有効として扱うものとされていたから(権利濫用論を取る例などは既に既に散見されたが)、端的に特許を無効として結論をくだすことはできなかった。

 それでも、内容的に無効と考えられる特許に基づく請求を認容することは正義に反するし、また将来において無効となれば、上級審で破棄されるか再審で取り消されるわけだから、訴訟経済的にも望ましいことではない。こういう要素を考えに入れて、場合によっては、クレームの文言を外れてまで技術的範囲を狭く解釈することによって侵害を否定する結論をとる例が見られた。これは一種の便法である。

1.2 キルビー最判以後

 現在ではキルビー最判によって、端的に無効との判断をくだす(そして権利濫用としての請求棄却を結論する)ことが可能となっているから、何も、無理なクレーム解釈(=クレーム文言によらない狭い技術的範囲の認定)をする必要は無くなったはずである。

 しかしそれでも、無効主張の資料を大いに考えに入れて狭い技術的範囲を認定し、それによって非侵害との結論をくだしていると見える例も、それなりの頻度で見られる。これには、従前の取り扱いが残した遺物ないし残滓とでも言うべき面があるようにも思われるが、また同時に、事案の詳細を見ると、その様な権利でしかないという判断をするのにも、もっとだと思われることもある。これは、キルビー最判以前の実務に親しんでしまった感覚によっている過ぎないのかも知れないが。

2. 名古屋地判平成14年8月30日(生海苔異物除去機)

 キルビー最判以後でも、従前からの手法に近いと思われる裁判例も少なくない。その例として、名古屋地判平成14年8月30日をご紹介する。

2.1 事案の概要

 名古屋地判平成14年8月30日(控訴審判決である名古屋高判平成15年9月30日も同様、さらに平成16年3月9日付けで上告棄却および上告不受理が決定され確定した)は、均等侵害が認められた事案(東京地判平成12年3月23日、控訴審は東京高判平成12年10月26日)と同じ当事者間の紛争であり、対象となった物件も同様の生海苔異物除去機である。主張された特許権は別のもので、東京地裁の事案の被告が共同原告になり(専用実施権者として)、東京の事案の原告による特許実施品をイ号物件とした。対抗することをねらったものと見える。

 3件の特許が主張されたが、各特許の内容は極めて乏しく、次のようなものに過ぎない。

 X特許(特許第3032862号)では、特徴としては混合液タンクが「上方が開口」との点だけが規定されている。「残された異物を第1分離室外に容易に取出すことができると共に第1分離室を容易に清掃できる」との利点が説かれている。

 Y特許(特許第3120319号)は、先に粗切りするとの内容である。しかるに、粗切り機自体は既存のもので、それを異物除去機の前に使う、ということである。明細書では、「海苔原藻が算盤玉に引掛かってすぐに間隙を塞ぎ、短時間の間に異物を除去できなくなってしまう問題」を解決というが、前に使うというのは粗切り機の本来の用法である。

 Z特許(特許第2617861号)は、清掃装置を付けるというものである。清掃装置により、「隙間にゴミや生海苔が直ぐに詰まって生海苔が通過しなくな」る問題を解決、と説明されている。清掃装置としては、ブラシや噴流水が使えるとされているが、それらに限定されないという。

2.2 判旨

 判決は、3件の特許すべてについて非侵害として請求を棄却した。「分離壁」の要件を満たさないとしたものである。「分離壁」は、3件の特許権に共通の要件であり、これを充足しないとの判断は、それだけで3件の特許権に基づく主張をすべて排斥することになる。すなわち請求に対する結論を得るのに最も効率的である。

 判決はまず、一般論としては、次のようにいう: 「特許請求の範囲に記載された文言の意味内容を解釈するに当たっては,当該文言の一般的な意味内容を基礎としつつも,当該特許発明の性質並びに明細書の発明の詳細な説明に記載された特許発明の目的,その目的達成の手段として採られた技術的構成やその作用効果の記載及び図面を参酌して,その文言により表現された技術的意義を考察した上で,客観的合理的に解釈確定すべきである。」

 その上で、「……との記載があるのみで,これ以上にその意義を確定するための具体的な記載がないことから,『分離壁』をその字義どおり,単に『(生海苔から異物を)分離するための仕切壁』と解釈し,このような解釈に沿って構成要件の充足性を考える場合には,イ号,ロ号物件における底部4,環状枠板部5及び回転盤7から成る『壁』も『分離壁』に該当すると考えられなくもない。」と侵害の可能性を認める。

 しかしさらに、「しかしながら」として、「本件各明細書の各実施例を見ると,そこに記載された分離壁はいずれも周知慣用のろ過体にすぎない。」「そうすると,本件各明細書において実施例として説明される本件各特許発明の分離壁は,複数の部材から構成されていたり,あるいはそれ自体が全体として回転あるいは移動することはあっても,ろ過装置として通常用いられるのもの(ママ)にすぎない。」とし、被告物件の回転盤の詰まり防止機能や遠心力の利用の特徴を指摘し、「当業者が本件各明細書を見た場合,本件各特許発明における『分離壁』は,1つの壁を形成する部分が複数に分割されて相対移動するようなものではなく,通常のろ過体としてのスクリーン状の『壁』であると解するのが相当であり,イ号,ロ号物件のような環状枠板部5と回転盤7を組み合せたものとは根本的に技術思想が異なるというべきであるから,これを本件各特許発明における『分離壁』として認識することはおよそ困難である。したがって,イ号,ロ号物件における底部4,環状枠板部5及び回転盤7によって形成される『壁』が『分離壁』に該当するとはいえない。」とした。

2.3 検討

 判決は結論的には「分離壁」の点での非侵害を採用したが、この言葉自体から、イ号装置が外れるような解釈をすることは、少なくとも必然的ではない。先行技術の状況があればこそ、こうした結論が下されたものである。

 さらに言って、この先行技術の状況と明細書の内容から考えると、何らかの装置に対して侵害を認める可能性は考えにくい。特許権者の主張を認めない理由は、イ号との相違にもあるものの、むしろ、特許権自体およびそれと先行技術との関係に存在するように思われる。これは端的に言って、進歩性ある内容がなくて、特許無効と考えるべきものだと思われる。

 こうした特許が成立してしまっているのは、それでも、そのものズバリが先行技術において存在してるわけではないことに理由があるだろう。しかし、それが存在していないのは明細書に記されたような内容のためではない。上手く働く異物除去機が無いから、たとえば、先に粗切りするという例も知られていなかったというだけであって、それで先に粗切りすることが発明になるわけがないのである。

 もちろん、限定の少ない特許でも成立する先行技術状況なのであれば、それだけの価値を有するパイオニア発明であって、むしろクレーム文言の通りに広い技術的範囲を認めるべき、ということもあり得る。しかし、本件は決してそういうものではない。異物除去機の思想そのものは、これ以前に提示されていた(もちろん、被告はそうした証拠を提出しており、それに基づいての判決である)。ただ当時の異物除去機の試みは、海苔を上手く通過させることが出来ないもので、十分な実用性を有しておらず、このために広く使われるには至っていなかった。したがって先行例は少なかった、という状況なのである。

 異物除去機の思想そのものは存在するとはいえ、こうした実用上の問題から、実際の先行例が少ないので、これらの明細書において指摘されているような組み合わせを備えた実例というのも見出すことは出来ない。しかし、実際に上手く動く装置がないから、こうしたものを付けてみるという試みも記録されていないというに過ぎず、本件明細書で開示されている内容というのは、内容としてはごく当たり前の話なのであって発明と見るべき点はないのである。

 実は、こうした問題のある特許は、内容的に疑問がある特許が成立してしまう一つの類型としてかなり存在しているように思われる。実例がたくさんあれば、先行例としてのものを指摘することが出来るのだが、そういう訳ではないので、審査官として、適切な先行例を指摘することが必ずしも容易ではないが、しかし内容を考えてみれば発明と言える点がまったく無い、というものである。

3. 東京地判平成14年12月12日(洗い米(or無洗米))

 積極的に無効判断をしている事例を目にすることも少なくない。そうした例として、東京地判平成14年12月12日を取り上げる。

3.1 事案

 この事件は、「洗い米」の特許(特許第2615314号)を主張した事案である。クレームは、「洗滌時に吸水した水分が主に米粒の表層部にとどまっているうちに強制的に除水して得られる,米肌に亀裂がなく,米肌面にある陥没部の糠分がほとんど除去された,平均含水率が約13%以上16%を超えないことを特徴とする洗い米。」というものである。

 明細書では、使用装置については「公知の構造の回転式連続洗米機」を使うなどとしており、その構造等について新規な開示はない。明細書は、回転数や温度・時間を説明しているだけで、他は「食味」の「評価」などが説明されている。原告の主張では、先行例は「亀裂」があって「食味の悪いもの」だったという。

 被告のやり方は、米の重量の約15%にあたるだけの水を添加して撹拌し摩擦によって搗精するというもので、水の量が少ないので「洗滌」とは違うとの非侵害主張などが議論された。なお、明細書中には、「精白米の表面には肉眼では見えない無数で微細な陥没部があり,それに入り込んでいる澱粉粒や糠粉を除去するには,やはり,どうしても米粒群を水の中にザブンと漬けて,少なくとも30回以上は撹拌して洗米する必要がある。」(同7欄40行ないし49行)との説明などがある。

3.2 判旨

 判決は、侵害を肯定した上で、明白無効(進歩性なし)で権利濫用とした。

 「洗滌」の点については、水の量が少なくても「洗滌」ではあり得るとの原告主張を支持した。上記のような明細書での説明については、「上記本件明細書の記載A及びBからは,本件特許発明における『洗滌』が,比較的大量の水を使用するものであることが見て取れる。しかしながら,その水の量というものは,明細書全体の記載によっても必ずしも明らかでないし,その量が多いということも,米の量に比して大量であることが明らかとはいえない。要するに,米粒が十分に水に浸るだけの水の量があればよいと解される。この点,上記明細書には,従来技術として,『精白米に微量の水分を添加しながら研米を行い除糠して得られた研磨米』等が紹介されているが(同3欄15行ないし17行),上記明細書の記載A及びBにいう比較的大量の水は,この研磨米との比較では多いという趣旨に理解することもできないではない」としている。

 しかし、(侵害を帰結するような解釈をとることが)「できないではない」との判決文言にも現れているように、反対にこの要件を充足しないと判断することも十分に可能な状況と見られる。クレーム文言の「洗滌」だけから非該当と断定するのは無理としても、明細書の上記のような説明を参酌するなら、本件でいう「洗滌」には当たらないとするのは十分に合理的である。

3.3 検討

 このように、明細書の記載からすれば非侵害とも判断し得るところを侵害としているものであるが、こうするにあたっては、明細書自体以外の要素、特に先行技術状況などが侵害との判断の方向に働いている、と理解するべきなのであろう。つまり、どうせ結論的には明白無効として請求を棄却するので、侵害の成否の点に関しては、むしろ控え目な判断として侵害を認定してしまう、という判断手法をとっているように見える。これはいわば、特許無効の材料が、侵害の成否の場面では侵害を認める方向に働いているのであり、かつての手法とは方向が逆である。

 なお、12年2月24日およびその控訴審である大阪高判平成13年7月12日は、同じ原告(この件の被告の1社が東京では補助参加人となっている)の別件訴訟であり、ここでは差止請求が認容されている。比較すると、東京の件では特開昭52-43664(発明の名称・混水精米法、水分添加率が0.1〜3%の内容)が先行技術として無効判断の根拠とされているのに、この大阪の事件では言及がなく、「その内容は空虚」などの無効主張に留まっている。経過としては、この大阪の件より後で東京地裁の判決より前の平成14年3月22日に上記の特開昭52-43664を引用例として容易との内容の無効審決がくだされている(無効2000-35501)。

 また大阪地判平成14年1月31日およびその控訴審である大阪高判平成15年3月13日も、やはり同じ原告の別件訴訟であり、こちらでは同じ特許権について同種の被告装置が非侵害とされた。ただし、そこで事実認定されているところでは、水の量は5%で、しかもその工程では十分に糠を除くことが出来ず、それに続くタピオカ澱粉を使う工程(本件では出ていない)によって初めて目的を達しているとされている。このため本件クレームにいう「洗滌」はない、という認定になっている。被告の主張している装置内容自体で相違があり、そうした意味で別の事実に対する判断であって対立はないとも見られる。しかしまた、裁判所の考え方での分岐という面もあるように伺える。

4. 各特許の問題点

 まず、本稿の本筋とはやや離れるが、その前提とするところでもあるので、実体法的な指摘をしておく。

 上記のいずれの事案の特許も、特許法の規定する要件との関係でいえば、進歩性がなく無効なものと考えられる。被告としては、当然、無効主張のための証拠を示すべきものではある。しかし、そのままに当てはまるものが既存だったわけではなく、新規性は否定できない。そのために成立してしまっている特許だと見られる。そのため、特許性は進歩性の有無という程度問題にかかるものであり、特許性を認める判断の可能性が残ってしまう。

 しかも、進歩性がないとはいえ、それらの明細書に記されている内容が当たり前で誰でもその様に考えついて実行できるのか、というと、それとは少々違う。開示されているのは当たり前の事だけだが、それがそのままに実現できるかというと、言われるように役にたつようには実現できないのである。そういう意味では、これらの特許の本当の問題は、言ってみれば“無内容”ないし“虚偽説明”ということである。そして、クレームの要件の中で先行技術との区別の端緒となる部分は単なる願望であり、明細書全体としても、先行技術の状況やそこでの開示の実行可能性などを検討すると、明細書の説くところとは違って、発明と言うべき内容を認めることが出来ない。

 クレームが願望だけだというのは、たとえば異物除去機の事案のZ特許の「分離隙間から異物や生海苔を離脱可能な清掃装置」が典型的である。洗い米の「表層部にとどまっているうちに強制的に除水」「糠分がほとんど除去」「平均含水率が約13%以上16%を超えない」も同様である。

 こうした特許は、実際の事案としては少なくない。無内容だとして無効にするのは、法律規定等に反しているともいわれようが、こうした特許への対応が必ずしも上手くできるようになっていないのは現行法制の問題点のように思われる。例えば米国であれば、記載要件違反やベストモード開示義務による無効主張と、そうした主張を可能とする実効性のあるディスカバリーによって、日本におけるのとは違う形での対処が可能なはずである。

5. 無効と非侵害

5.1 考え方の差異

 さて、本来の論点に戻るが、生海苔異物除去機の事案は、本当はむしろ無効判断こそが適切な場合なのだと思われる。比較すると、洗い米の方が非侵害とする余地が十分にあったように見える。それが実際には逆になっている。これは結局、裁判所の考え方が違うためというほかないように思われる。

 特許制度は最終的には、新規で発明としての意義のある思想を独占させるものであるが、その際に、クレームを介在させていることをどう考えるか、ということである。そもそも、クレーム制は必然ではない。極端には、著作権と同様に扱うことも考えられるし、またドイツの伝統的な中心限定主義もあり得る。中心限定主義では、技術的範囲をクレーム文言には必ずしも依拠せずに決めるわけであり、そこでは、クレーム文言で固定された技術的範囲を前提として有効・無効を考えまた侵害の成否を考えるということはない。

 逆に米国では、クレーム解釈による同じ技術的範囲を前提として、有効・無効と侵害の成否との両方を考える必要があるのだということが強調される。

 我が国でも、特許法70条のいう、「特許請求の範囲の記載に基づいて定め」られる「特許発明の技術的範囲」は、侵害の成否の基準となるとともに、特許性を判断する際の対象ともなるのが本旨であるように思われる。つまり、クレームによる技術的範囲を取り上げる以上は、その大きさを固定して特許性と侵害との両方を考えるのが原則であるように思われる。

 しかし、これをそれ程には強く考えない見解もある。その程度にはバリエーションがあるように見え、上記の各判決もそれを反映している面があると思われる。

5.2 無効判断の効力と意義

 もう一つには、侵害訴訟で無効判断を示すことの意義をどう考えるか、という問題がある。

5.2.1 侵害訴訟での無効判断の相対効

 侵害訴訟での特許無効・権利濫用の判断は、あくまでもその事案限りのものであって、無効審決のような対世的絶対効をもたらすものではない。この点を強調すると、無効判断を積極的にすることには意味がない、ということにもなる。また、社会的に見ても、本当に無効なのであれば、その被告の側でもむしろ無効審判請求をするべきなのであって、それを奨励するような侵害訴訟の在り方であるべきだ、という見解も成り立つ。

 この点で米国では、他に特許を無効とする手続きが基本的には存在しなかったことから、侵害訴訟での無効判断こそ期待されているように見える。実際それに事実上の絶対効が与えられているから、判断が下されることの意義も間違いなく認められる。そのため、先行技術を根拠として、クレーム文言に必ずしも沿わないような技術的範囲の解釈をすることによって非侵害との結論を得ることは、むしろ否定される。無効とするべき場合には、端的に無効とすることが求められるということである。

 我が国では、対世的無効のためには無効審判手続きが存在しており、無効判断の原則はむしろそちらにあるものだから、米国のこうした状況とは違うのは確かである。それを強く考えると、生海苔異物除去機の事案のように、非侵害としての事案処理を考えることになるのであろう。

5.2.2 実際的な意義

 しかし、我が国においても、侵害訴訟での無効判断に対外的な意義がまったく無いというわけではない。それどころか、十分な審理の上での明白無効との判断は、大いに影響力を有するものと想像される。単に請求棄却の点についてだけ意味があるとするのは、民事訴訟法の理論的な拘束力はその通りではあるが、実際的ではないように思われる。

 したがって、審理の結果として無効との心証を得たのであれば、それを率直に判示することには、大いに意義があるはずである。

 だがこの点も、いろいろな見解があり得るところであり、それが裁判所の態度の違いの原因の一つとなっているのだと思われる。

 なお、下級審においては、侵害の成否に拘わらず、無効と判断するならその判断を示すべき、とは言える。たとえ非侵害の判断であっても、その点が上級審で維持されるとは限らないからである。ただし理論的には、非侵害というなら侵害を前提とする差止請求権や損害賠償請求権はその点で成立しないのであるから、どうして権利濫用と言い得るのか、疑問はあるが、明白無効を特許権に対しての抗弁事実と理解するのであろう。キルビー事件最判自身が非侵害の事案であり、そこでの無効判断を支持しているのであるから、無効判断が侵害認定を前提とするものではないことは確かである。

5.3 限定的解釈の可否

 限定的な解釈をすることが適切かどうかについて、事案の性質により、次のような考察が出来ると思われる。

5.3.1 文言との関係

 クレーム文言になんらかの根拠を見出すことが出来るなら、限定的解釈も合理的になってくるのは当然である。そもそも、クレーム文言の自然な解釈の選択肢の一つとして狭い理解があるというだけの場合なら、ここで問題視しているような限定的解釈ではないわけであるが、そこまでではないにしても、文言自体での基礎付けがどれだけ可能か、ということである。

 こういう意味では、上記の生海苔異物除去機事件も、非侵害認定にそれなりに合理性を見出すことが出来る。むしろ、判決文でも、クレームに「該当すると考えられなくもない。」、と言っているものなのであり、該当しないとの解釈が文言自体で可能な場合との理解が示唆されている(もっとも、それとは違うようにも見える箇所もあるが)。

5.3.2 その限定解釈と先行技術の内容との関係

 もう一つ、限定的解釈の結果として、先行技術をまさにその点で区別できるというのなら、限定的解釈が合理的に見えて来るであろう。

 この点では、生海苔異物除去機事件はかなり疑問である。分離壁の点で先行技術と区別する云々が問題となるような状況ではないからである。これは、進歩性無しという中でも明細書が無内容で無効と言うべき類型だからである。上記4のようにそうした類型に属する事案は少なくないが、こうした場合には限定的解釈を合理的とは出来にくいように思う。

5.4 非侵害とすることを否定は出来ない

 以上のように、キルビー最判以後の現状においては、無効との判断を下すことに可能で、それには一定の意義があるということもあるから、無理な限定的解釈をするべきではないと考える。限定的解釈の必要は無くなっている。

 しかしそれでも、かつてのような限定的解釈も、許されないという明確な理由も存在しないのが現状だと思われる。キルビー最判が無効判断を可能としたから、限定的解釈の必要性は無くなったはずだが、しかしまた、従前そのような実務が確かに存在したのだし、またその実務の説明としていわれてきたところは、キルビー最判によっても必ずしも否定されていない。

 たとえば、牧野利秋「特許発明の技術的範囲の確定についての基本的な考え方」(裁判実務大系9巻91頁)は、「技術的範囲は特許発明の実質的価値に即応するものとして定められるべき」として、「先行技術に対して有する前進の幅を考察し」て技術的範囲を定めることが必要とする。こうした議論そのものは、その必要性はともかくとして、現在でも妥当し得る。

 そこで、生海苔事件のような限定的解釈による対処は、望ましくはないように思うが、不当とまでは言えないと考えられる。

5.5 当事者としての対応方針

 裁判所の考え方によって判断の仕方が違うわけであるから、当事者としては、いずれの方向にも用意をしておく、そういう主張立証を尽くしておく、ということが必要なのが現状である。これはある意味では、無駄な場合もあるけれど、リスクを避けるためには必要といわざるを得なない。

 特に証拠については、無効の理由となる証拠を十分に提出することが必要である。裁判所の考え方によっては、結局は、それで無効とはせずに非侵害認定がなされされることもあるだろうが、実際はそうした場合でも、十分に心証形成に役立っているはずである。可能である限り、無効という判断が下され得るまでに証拠を出すことを心がけるべきなのであろう。洗い米の事件の経過はその必要性を示している(実際には、被告の側で当初は発見できていなかったものを後に見つけ出したと言うことであろう)。

 逆に、クレーム文言に曲がりなりにも基づいた非侵害主張等も、可能な限り試みるべきであろう。本来的に無効とされるべきと考えられる場合もあるだろうが、新規性を否定する新たな文献を出す場合以外は、無効判断は進歩性の判断ということになり、ロジックだけではない或る程度は裁量的なところが残る。そのために、必ずしも予見できない面がある。更に、明白無効の「明白」の要件の捉え方が裁判官によって差があるように思われる。これがリスクを拡大させる。そのために、明白無効との主張より、非侵害の説明を試みる方が落ち着きがよいと感じる場合もあるように思う。

 したがって、上記の5.3.1と5.3.2のいずれかでも該当する場合には、すなわちクレーム文言に端緒が見いだせる場合または先行技術そのものの回避のための議論となる場合には、非侵害主張も大いに試みるべき事になると思われる。

6. 改版履歴

 2004年4月26日初原稿送付、2004年3月17日に送付したものから改訂。

 2005年8月17日(水)16:33に、ゲラに改訂したものを取り入れ。3箇所だけ。

 2006年5月28日(日)、htmlへ(フォルダも移動)。


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