Last Modified: 2023年9月6日(水)18時49分20秒

裁判例解説:
明細書に沿った限定的な解釈を採らなかった事例

松本 直樹
(初出: 平成22年度 主要民事判例解説 (判例タイムズ 別冊32号 2011年09月25日発売) 292頁)

知財高裁平成21年2月18日 第3部判決
クレーム中の用語について,明細書に沿った限定的な解釈を採らず要件充足を肯定し侵害を認めた事例

対象事件:知的財産高裁平20(ネ)第10065号
事件名:特許権侵害差止請求控訴事件
年月日等:平21.2.18第3部判決(裁判所のサイトのpdfへのリンクここにキャッシュ
裁判内容:取消,自判・上告,上告受理申立(後上告棄却,上告受理申立不受理,第一小法廷21年6月25日)
弁論終結:平成20年12月11日
原審:東京地裁平19(ワ)第32525号, 平20.7.24判決(裁判所のサイトのpdfへのリンクここにキャッシュ

目次

■判旨■

 「メッセージ」とは「任意の量の情報」ないし「言語その他の記号によって伝達される情報内容」を指す。(実施例では音声であるとしながら,クレーム中の「接続信号」は可聴信号に限られないとして)構成要件Cにおける「応答メッセージ」も,可聴なものに限られると解すべき根拠はなく,応答を受けた可聴情報及び非可聴情報の両者を含む上位概念と理解するのが相当である。

■参照条文■

 特許法(平14法24号改正前)36条4項・6項・70条

■事案の概要■

 本件は,「電話番号情報の自動作成装置」の特許に基づく差止等請求事件である。原審(東京地裁民事46部・大鷹裁判長)は,被告装置の手法は,構成要件Cの「接続信号中の応答メッセージ」に当たらないとして,侵害を否定し請求を棄却した。知財高裁(3部・飯村裁判長)は,この要件の充足を認め,特許無効の抗弁等の他の被告主張も認められないとして,差止等の請求を認容した。

●問題の所在と裁判所の判断●

 被告装置は,明細書で具体的に説明された実施形態とは違うが,それがなおクレームの要件を充足するか,が争われた。これは,特許侵害訴訟の典型的な議論の形と言える。

 本件事案では,使用回線に違いがあった。本件特許明細書の説明では,アナログ回線に接続して自動発呼して回線状態を確認しリストを完成させる。これに対して被告装置はISDN回線に接続して使うもので,相違がある。クレーム文言は,アナログ回線およびそこでの自動応答音声を前提としたと見えるところもあるが,アナログに明示的ないし積極的に限定してはいない。そこで,被告装置でもクレームの文言に合致すると判断されるのかが争点となった(さらに均等侵害が主張されてもいた)。

 地裁判決は構成要件Cの「接続信号中の応答メッセージ」は「音声メッセージ」を意味するとし,被告装置では非可聴のデジタル信号を受けて仕分けするので要件Cを満たさないとした。これに対して控訴審判決は,音声に限らないとして要件を充足するとした。実施例は音声のものだけでありそれとデジタル信号を受ける被告装置とは違いがあると認めながら,クレーム文言としては「応答メッセージ」とあるだけであって可聴に限定する根拠はないとし,侵害を認めたものである。

●判例・学説の動向●

 特許法70条2項が「用語の意義を解釈する」のに「明細書の記載及び図面を考慮」するとし,最判平成3年3月8日(リパーゼ事件)が要旨認定について説くように,一定の場合に明細書が参酌されるべきことは争いのないところだが,本件の問題は,それをどう使うのかにある。この点についての事例として,検討すべき価値がある。

●本件の位置付け●

 クレーム中の文言自体ないしその抽象性を重視し,クレーム文言への該当性を肯定した事例である。クレーム自体に別の議論の余地もある状況で,しかも後述のように特許発明の意義には疑問も見られる事案においてなお侵害を認めたもので,特許権者にとって侵害論を展開し易くした先例と言える。

(1) 要件の広さの解釈

 地裁判決は,「メッセージ」が「多義の語」だとして,「意義を解釈」するために「本件明細書の記載を参酌する」とした。そして,明細書では音声の例のみが説明されていることをあげ,結論として,「「音声メッセージ」,すなわち,「音声(可聴音)として一定の意味内容を認識できる伝言情報」を意味するものと解するのが相当である。」とした。

 上記の明細書参酌を導くくだりは,前記リパーゼ事件に基づくと見られる。同最判は要旨認定についてであり,本件が技術的範囲の確定の場面であるのと違うが,参酌があるべきこと自体は問題無いであろう。しかし,明細書を参酌するべきとしても,それだけで開示された具体的な実施態様に限られるべきことを意味しないはずである。そもそも,問題の文言に意味の広狭の可能性があるなら,地裁判決のアプローチで限定する結論もあり得るが,むしろ「多義」というなら言葉としては広い意味だけというべきで,論旨の展開に無理があるとも言える。

(ウェブ掲載後の注(2023年4月): 広義と狭義があるという意味での「多義」と思えば、上記の地裁判決のロジックでも良いわけではある。しかしそれでも、明細書の例を見ることで広狭のいずれかなのかは分からないのではないか。例のバラエティが乏しくとも、それを含む意味だと言うことが分かるだけで、より広い意味であることを否定しない。この辺、リパーゼ最判自体が良く分からない話のように思われる。参酌限定しないのを原則とするという限りでは分かるが、そうでない場合というのを考えると、妙な事になる。)

 控訴審判決は,クレームに可聴音に限定する記載はないことを主たる理由として,本件発明の技術的範囲が音声メッセージに限定されるものではないとした。「仮に本件明細書における実施例が音声メッセージによって無効電話番号を判別する技術に関するものであっても,それはあくまで実施例として示されたにすぎないと解すべき」とも言っている。「メッセージ」という言葉だけを取り上げれば,音声のものに限定されないのは自然である。地裁の判決文でも,むしろ「デジタル信号からなる切断メッセージ」といった言い方をしている。これは被告の用語法が元になっているようではある(被告の当初の主張では,デジタルであることが全体的に相違するという主張をしていて,「メッセージ」こそ音声に限定という主張の仕方をしていなかった)

 どこまでの範囲のものが要件該当とされるかは,基本的にそのクレーム文言によって決せられるべきものである。明細書を見ても,それに該当するべきものとして想定されていた具体的な態様を知ることが出来るだけである。特に区別する議論をしていた場合を別として(狭い範囲を主張することで先行技術との区別を主張していたなら,それは侵害訴訟の場面でも維持されるべきである),想定されていなかったものがどこまで該当とされるべきかは,明細書をもって判断することは出来ない。

(2) サポート要件違反の可能性との関係

 被告は要件Cに関して,明細書にはISDNでの記載がないので,そこまで含まれるなら,「実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとは言えず,14年法律第24号による改正前の法36条4項に違反」とも主張している。

 この点について控訴審判決は,「……かかる技術思想は被告装置においても同様であり,両者の差異は使用する電話回線がアナログ回線かISDN回線によるかに基づく違いのみである。そして,その差異は送受信される情報の表現形式という実施態様上での差異にすぎず,後者について記載がなくともそれをもって記載不備ということはできない。」とした。

 明細書において想定されず故にそれだけでは実施できないような態様でも,技術的範囲内とされ得るのは,利用発明の存在可能性を考えれば当然であるように思われる。それをもって記載不備というべきではないのは自明である。記載要件は,あらゆる実施態様について要求されるものではない。

 前田健・本件評釈(ジュリ1406号161頁)は,地裁判決の理解として,サポート要件についての考慮の可能性を指摘し,その上で「実施例にやや拘泥しすぎ」として批判する。この結論はともかく,その理由として,技術常識を加味することでサポートがあると理解できるからとする点は疑問である。

(3) 本件の特徴

 以上のように本件高裁判決の論ずるところは説得的であり,本件で侵害を肯定することも合理的である。「応答メッセージ」だけでは限定されないというのは,クレーム文言の解釈としてもっともである。

 しかしなお,事案について見ると,請求を肯定した結論は被告に酷ではないかとの疑問も持つ。限界的な事例だと思われる。

 問題の「応答メッセージ」を含む要件Cは,次の通りである: 「C 前記番号テーブルを利用し,オートダイヤル発信手段を用いて電話をかけたときの接続信号により電話番号としての無効性を判断し,無効となった電話番号の中で,接続信号中の応答メッセージに基づいて,新電話番号を案内している電話番号,新電話番号を案内していない電話番号,一時取り外し案内しているが新電話番号を案内していない電話番号,の3種類の番号に仕分けして,実在しない無効電話番号として収集し前記ハードディスクに登録する手段と,」

 この要件Cによれば,「応答メッセージに基づいて」「3種類の番号に仕分け」するのだが,その3種類というのは,「新電話番号を案内している電話番号」等である。被告装置では,分類はISDN信号に基づいてなされるのだが(だからその非可聴信号が「応答メッセージ」に当たるかが争点となった),このISDN信号が3種類なのではない。控訴審判決は,「3種類の番号に仕分け」等の点の充足も検討の上で肯定しているが,必ずしも文字通りの合致ではなく,多数に分けていても(被告装置では他に「エラー」などの分類もある),少なくともこの要件の仕分けもあるという趣旨での認定のようであり,疑問を残す。

 しかも,被告装置の場合,音声案内があってそれの内容をデジタル信号で知るというわけでもない。被告装置では,「非制限ディジタル情報」を指定して発呼するため,多くを占めるアナログ回線では呼び出すことなく切断され,それで有効回線として判断する(被告が自らの手法の内容だとする乙6の特許第2801969号公報による)。無効番号の場合も,そもそも音声案内は存在しない。状況にかなりの相違があり,これで要件Cに合致すると言うべきか疑問を感じる。それでも,単語に分解していくと,どれに非該当というのも難しい。

 控訴審判決は,「応答メッセージ」が音声に限られないことの理由の一つとして,クレーム中でその上位概念とされる「接続信号」が音声に限られないこととの関係をあげる。これは,小松陽一郎・本件評釈(知財ぷりずむ Vol.7 No.79 P.62)が指摘するように「本件発明全体との関係」を考慮したもので,地裁判決が不足していたところと理解することも可能ではある。しかし,地裁判決の方は要件の後半との関係こそを重視したようにも思われる。上記の「案内」というのは音声での案内を指し,結局は「応答メッセージ」自体が音声のものを指す,という議論がありそうであり,かなり微妙である。

(4) 先行技術との相違点と侵害の認定

 また,先行技術との関係で,特に価値のある発明のようには見えない。乙7(特開平7-177214)を先行技術としての特許性が争点となっているが,原告の主張は,対象が「番号テーブル」で,顧客リストから無効を削除というのと違うという。しかし,この相違はかなり微妙なものである。「番号テーブル」の作成というのは,実在する局番に4桁(0000から9999までの末尾4桁)を付加したものを番号を生成して,そこから処理をして網羅的なリストを作成するということだが,乙7との相違はここだけで,無効番号などの処理については乙7と変わらないのである。それでも控訴審は特許性を認めた。本件特許は,拒絶査定の後の不服審判を経て特許登録となっているが,乙7は拒絶査定の理由でもある。特許庁が検討の上で特許性を認めたものであるから,却って無効としにくい経過だったかも知れない(補充的な証拠があげられてはいたが)。

 しかも,この乙7の発明者の片方かつ出願人は,被告会社の創業者だと見られる。被告側は,網羅的にするための「番号テーブル」の点以外は共通のものを従前から実施していたのが明白で,本件では,その経過の上で侵害とされたのである。特許が成立していて有効と判断される以上は,それに該当する装置が侵害となるのは当然ではある。それでも,被告の立場を想像すると,特許の有効性に関しては相違が認められ(審査過程でもまた侵害訴訟でも),侵害については一応の相違があるのに侵害とされたわけであり,釈然としないものがあるだろう。

 被告側の反論が,非侵害と無効のいずれについても十分でなかったようではあるが,評者には,全体としてみると請求認容の結論には疑問をおぼえる。それでも,侵害の点と無効の点とそれぞれはあり得る結論だとは言える。

●参考文献●

 本文中言及のもの。

■リンクと注記■

2015年9月7日(月): 何か月か前にhtmlを作っていたのだけれど、整形未了で未掲載でした。2015年9月6日(日)にちゃんと形を整えました。なお、この際に以前のファイルには、次の様なノートが記されてました、記憶がはっきりしないのですが: 「2011年8月29日(月)の2行削減も反映してある。その前の、ちょっと沢山減らしたところは、未反映。」。たぶん、活字掲載の時には、この原稿よりも短くなっていたと思います。。

2023年4月1日(土): アップしてあったのですが(Last Modified: 2015年9月8日(火)10時19分22秒 の状態で)、インデックスページからなどのリンクがなく、検索もされない状態だったようです。今さら気が付いたので、インデックスページにリンクを記すと共に、ちょっと体裁を整えておきます。
 今読み直すと、最後が「全体としてみると請求認容の結論には疑問をおぼえる。」というのは、ちょっと言い過ぎだったようにも感じます。その前の方で、「...説得的であり,本件で侵害を肯定することも合理的である。」としていたのですから(それに続いて「疑問」とか「限界的」としていたとは言え。)。でも、直前に説明したような被告側の経過からすると、本当に微妙な話だとは思います。

2023年9月6日(水): 畳字を見付けたので直しました。また、「 lang="ja"」というのを入れておくべきらしいので(htmlタグに)、そうしました。


http://matlaw.info/denwa.htm

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