Last Modified: 2006年5月28日(日)00時16分02秒

均等侵害

By 松本直樹

 共同研修(05年春の、第二東京弁護士会と弁理士会とでの共同研修)での模擬裁判の際の資料として書いたものです(それまでの原稿を流用してますけど)。「本件での議論」は、その模擬裁判の事案についての考察です。この研修およびそこでの他の資料については、ここを参照してください。同絶対アドレス

1.侵害の成立と技術的範囲

 明細書に説明された実施例の通りではなくても、特許権の「技術的範囲」に属するものは独占権の対象となる。すなわち、「技術的範囲」に該当するなら侵害行為となる。

 「技術的範囲」は、基本的には、明細書の「特許請求の範囲」に記されたところによって決定される。すなわち、特許法70条(特許発明の技術的範囲)1項は、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定している。「特許請求の範囲」は、要件を書き連ねた形で、発明すなわち「技術的範囲」を定義しているから、その要件をすべて備えている場合に侵害になるということになる。要件全部の充足が必要というのは、こうしたクレームの記載自体に根拠があるという点では国語的問題である。

 しかし、70条も「基づいて定め」るとしているのであって、その文言を絶対としているわけではない。また、文言に厳格に従おうとすると、発明の内容との関係では侵害とされて然るべきものが、侵害と認められなくなってしまうことがある。このため、文言から外れる場合でも、均等として侵害が肯定される場合があっても良いとの議論が、従来からなされてきた。

2.ボールスプライン事件最判

 それでも、均等侵害の可能性を認める議論は有力であったものの、実例として肯定されるものは、以前は殆どなかった(実質的に欠席判決の事案などに限られていた)。そうした中で、最三判平成10年2月24日(民集第52巻1号113頁)のいわゆるボールスプライン事件最判は、事案としては侵害を肯定した原審判決を破棄して事件を差し戻したものであるが、均等侵害の可能性を明示的に肯定し、それが認められるための要件を示した。

(1) 判示事項

 ボールスプライン事件最判は、次の通り判示した: 「特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、(1) 右部分が特許発明の本質的部分ではなく、(2) 右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、(3) 右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、(4) 対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、(5) 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。」

 こうした解釈がされるべき理由として同最判は、「権利行使を容易に免れることができるとすれば、社会一般の発明への意欲を減殺することとなり、発明の保護、奨励を通じて産業の発達に寄与するという特許法の目的に反する」として、「衡平の理念」を指摘し、「特許請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして容易に想到することのできる技術に及」ぶ、などと説明している。

(2) 容易想到性の基準時

 ボールスプライン最判の示した均等の要件は、容易想到性の基準時についての従来の議論に決着を付けた。従来、均等侵害を認めるにしても、出願時説と侵害時説が主張されていた。技術発展と無関係に技術的範囲が確定しているべきと考えれば、出願時説によるべきことになるが、それではクレームで対処できたはずのもの(だけ)に均等侵害を及ぼすことになってしまう、という批判がされる。この観点からは、むしろ、出願後に開発された同効材についてこそ均等侵害の可能性を認めるべきだと論じられる。

 この論点について最判は、「対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができた」ことを要件としており、侵害時説を採ることを明示した。

(3) 意識的除外等

 ボールスプライン最判は、均等のための要件を示しはしたものの、その各要件は相当に抽象的ないし価値判断的で、その判断は決して画一的には出来ない。文言からは外れるものの発明として同じことだ、というのとどれだけ違う意義を持つのか、という批判もあり得る。もっとも、そうはいっても認定の筋道を示したことは確かであって、またこれ以上に確たる枠組みを示すのは不可能なこととも思われる。

 そうした中で、第5要件の意識的除外は、被告にとって予見可能性の高い要件となる可能性がある。すなわち、補正で加えられた要件なら、補正を意識的にしている以上はそれを文言充足しないというだけで当然にこの要件を欠く、と解釈できるなら、被告にとって確実性の高い、いわば頼りになる要件となる。東京地判(民事46部)平成15年1月30日(最高裁HP)や、東京地判(民事47部)平成14年7月19日(最高裁HP)は、そう解釈しているようにも見えるが、他の事情も認定した上で意識的除外に当たるとしており微妙である。

 反対に、ペン型注射器についての大阪地判平成11年5月27日(最高裁HP)は、補正で加えられた「ほぼ垂直」要件について均等侵害を認めた。これも理解できるところはあり、文言(補正で加えた文言)だけで「除外」と言えるのでは、当初のクレームでの文言でも除外ともなり、均等侵害の余地が無くなってしまう、といった議論を考えれば、確かに余りに明解に割り切るのは難しそうである。

 ちなみにこの問題は、米国でフェスト事件最判(FESTO CORP v. SHOKETSU KINZOKU KOGYO KABUSHIKI CO., LTD., U.S. Supreme Court 28 May 2002)以降未だ議論が続いている論点とほぼ同様であり、符合の状況が興味深い。

3.生海苔の異物除去機事件の裁判例

 ボールスプライン事件最判以降、極めて多くの事件において均等侵害が主張されているが、侵害が肯定された例は多くはない。それでも、最判以前の状況とは異なり、肯定例も散見されるようにはなった。以下では、参考のため、ボールスプライン事件最判以降に均等侵害を認めた初期の裁判例である、生海苔の異物除去機特許侵害事件(東京地判平成12年3月23日および東京高判平成12年10月26日)について説明する。

(1) クレームと発明の概要および文言非該当

 食品として一般に目にするシート状の乾海苔は、海苔を洗浄して細かく切断した上で、漉いて乾燥させたものである。本件発明は、漉くなどの処理を施す前の、塩水と混ざった状態にある生海苔について、そこから有形の異物を除去するための装置にかかるものである。

 生海苔の形状は、 極薄のフィルム状であるため、狭い隙間も通り得る。そこで、狭い隙間を通過させることで、それを通過できない有形異物を除去できる。これは、生海苔の形状から、大昔から知られたことである。しかし生海苔は、大きさはある程度はあり、また、極薄であるだけに、僅かな量の海苔でも、生海苔の枚数としては非常に膨大なものとなる。それを隙間通過させようとすると、隙間を塞ぐような形ですぐに詰まる。また、すべての異物が隙間の所にかかるようになるのも問題である。明細書にもあるように、従来技術でも、異物除去のために「分離ドラムの周壁に所要数の分離孔を設け」てそこを通過させる、という装置は存在していたのだが、こうした問題のために十分に実用的ではなかった。

 本件発明の装置の特徴は、回転板円周部のクリアランスを使うことにある。回転板円周部と、固定側の枠板部との間に、「僅かなクリアランス」を設ける。回転板の回転によって、ここに横滑り状の動きをさせ、そこを生海苔を通過させる。これによって、生海苔が詰まりにくくスムーズに通過していく。また同時に、その上のタンク中の(異物除去前の)生海苔塩水混合液が回転することになるので、重い異物に対しては遠心力が働いてクリアランス部に達するまでもなく除去される、という遠心力の利用もある。

 このケースでは、クレームの要件B「この環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし」のうちの、「回転板を」「内周縁内に」「内嵌め」が問題となり、クリアランスの構造に違いがある被告装置は、文言に該当しないが均等侵害が成立するとされた。

(2) 本質的部分(均等侵害の第1要件)

 地裁判決は、第1要件(クレーム中の「異なる部分」が「本質的部分ではないこと」)について、「特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分、言い換えれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。」とし、さらに次のように説示している:

 「すなわち、特許法が保護しようとする発明の実質的価値は、従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための、従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を、具体的な構成をもって社会に開示した点にあるから、明細書の特許請求の範囲に記載された構成のうち、当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分が特許発明における本質的部分であると理解すべきであり、対象製品がそのような本質的部分において特許発明の構成と異なれば、もはや特許発明の実質的価値は及ばず、特許発明の構成と均等ということはできないと解するのが相当である。」

 「そして、発明が各構成要件の有機的な結合により特定の作用効果を奏するものであることに照らせば、対象製品との相違が特許発明における本質的部分に係るものであるかどうかを判断するに当たっては、単に特許請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に取り出すのではなく、特許発明を先行技術として対比して課題の解決手段における特徴的原理を確定した上で、対象製品の備える解決手段が特許発明における解決手段の原理と実質的に同一の原理に属するものか」

(3) 他の議論と先行技術の状況など

 このケースでは、被告側からは他に、遠心力利用がないとの議論や、クリアランスを通過してしまう微細な異物がある、との議論がなされた。しかしこれらは、事実に反していたり、実施例と同様の機能を指摘するものであって、非侵害を基礎づけるには如何にも不適切な議論だったと思われる。より適切な議論としては、クレーム通りの装置が発揮する機能を持たないという主張が考えられる。

 すなわち、クリアランスの方向に関して、次のような主張が考えられる。混合液が通過して行くについて、被告装置では、クリアランスが水平方向であって、そこを回転軸の方に(装置の中心に向かう方向に)向かうものであるために、遠心力がそれの障害になる、という議論である。この方向に遠心力が働くことは、異物分離の障害となるわけではない(むしろ、重い異物を残していくことになって好都合である)。しかし、この構造では、遠心力の働きによって、吸引ポンプ無しを前提とすると、流れ出させるのが多少とも難しくなるのは事実である。

 しかし、吸引ポンプを設けることは、本件明細書でもなんら否定されてはおらず、また濾過装置では一般的にごく普通のことである。原告自身も、本件出願後の実験では吸引ポンプを付けていたし、商品化した原告装置でももちろん付けている。多少の不都合が生じる構造を選択したにしても、結局は吸引ポンプで補っているのであるから、それで非侵害となる道理はない。また、こうした構造のために流出しやすいなどとの説明は本件明細書にはまったく無く、そんな機能のために特許が認められたものではない。結局、こうした違いによって侵害が否定されることはあり得ない。

 このように、多少は適切な主張は考えられるが、それでも侵害が否定されるべきものではまったくない。本件特許は、基本的に回転板円周部のクリアランスを利用するということ自体について、新規な発明として特許されたものであるから、本件の事案においては主張の巧拙とは関係なく侵害が認められるべき被告装置の内容であることは間違いのない所である。

(4) コメント

 この事件では、侵害が認められるべきことは、本件発明の内容と被告装置の実態からいって当然ではある。それでも、文言から外れると理解すると、それを侵害として良いのか、という疑問の意見はあるのかも知れない。

 しかし、この「内嵌め」などの文言にしても、被告装置のような構造を区別する趣旨で入れられたものでないことは確かである。単に、構造に則してクレームをドラフトしたというに過ぎない。そういう意味でも、侵害が認められるのは当然である。

 本件の侵害が、(文言侵害ではなく)均等侵害として認められるべきものかどうかは、若干の疑問はある。しかし、確かに文言から外れるというのも不自然とまでは言えないクレームであり、均等侵害肯定事例として納得できるケースだと考えている。

 ボールスプライン事件最判以降の実務の一部においては、均等侵害を重要視し過ぎているのではないか、とみられる事例もあるように思う。つまり、いたずらに文言侵害を否定して、それで均等侵害を認める、という不適切なことをしてるように思われるものも存在する。

4.他の均等侵害肯定例

 幾つかの均等侵害肯定例が既に知られているが、疑問を感じるものもある。

(1) こんにゃく成型機事件

 1つは、こんにゃくの成型機についての東京高判平成13年6月27日(最高裁HP)である。このケースでは、クレーム中に「多孔のノズル」との文言があるところ、被告装置は「孔間にスリットを設けたもの」であり、これは「多孔のノズル」の文言には当たらないとして文言侵害を否定しつつ、結論としては均等侵害を認めた。

 しかし、スリットがあっても「多孔のノズル」には該当するという文言解釈が、十分に可能だったように思われる。もっとも、発明内容として侵害を最終的に肯定するのが適切な技術状況の事案なのかどうかは、単に判決文を見ただけでは分からないところがある。それにしても、侵害肯定の結論を前提として考えるなら、むしろ文言に該当するとした方が素直だったようにも見える。

(2) 注射器事件

 もう1つは、注射器についての大阪地判平成11年5月27日および大阪高判平成13年4月19日(いずれも最高裁HP)である。このケースでも、侵害を認めるのなら、装置クレームの方で文言侵害を肯定することが十分に可能だったと思われる。

 最終的に均等とされたのは、「ほぼ垂直」の部分であり、これは確かに文言には該当しないが均等だというのがふさわしいとも思われる。しかし、それでも補正で加えられた要件であるがために、第5要件の関係で均等を認めるのには問題がある。

 そういう点を考えると特に、このケースも、仮に侵害を肯定するならむしろ装置クレームの文言侵害を認めるべきで(「内部に前記容器を固定することが出来」の修飾先を「装置」と理解することでこれは可能である)、均等侵害とするべきではなかったように思われる。さらには、発明内容としては特許の有効性にもやや疑問のあるもので、むしろ侵害を否定すべきとの議論もあるだろう。

(3) 生海苔事件での「均等」侵害の妥当性

 上記のような事例に比べて、生海苔事件は、確かに発明内容としては侵害が認められて当然であり、また文言に該当するかという点については、「内周縁内に」「内嵌め」という言葉そのままにはなっていない、というのももっともではあるから、均等侵害となるのにも不思議はないケースだとは言える。

 それでも、「内嵌め」というのを文言として被告装置のような仕組みを排除するものと解釈しなければいけないものかどうか、そういう文言解釈しかないのか、という観点では、なお疑問は残る。文言侵害とする可能性もあったものと考えている。

5.均等侵害を肯定する意義

 均等侵害という侵害類型を認めることによって、野放図に侵害を肯定することになるのは、もちろん不当である。

 しかしまた、侵害を認めるべき事案において、文言をあまりにフレキシブルにまたは技巧的に解釈することによって文言侵害を肯定するというのは、それはそれで問題である。言葉自体からはそういう解釈を導き出せそうにないのに、先行技術などの全体状況からその結論が求められているとして、文言解釈にそれをすべて取り込んで結論を下すというのは、かえって議論の透明性を失わせるものだと思う。その意味で、文言からは外れるがそれでも侵害が認められるべきだ、という実質判断をしていることを、均等侵害の肯定という形で表面化する、それによって侵害認定にむしろ緊張を持たせることになる、という意味において、均等侵害を肯定する意義がある。

6.本件での均等の議論

(1) あり得る状況

 本件で均等の議論があるとすれば、「案内板」に当たらない、特に「板」とは言えない、との文言解釈を前提として、“しかし同じことだ”と主張するという形である。

 しかし、「案内板」ないし「板」という文言が、それ自体としては必ずしも限界のはっきりしない言葉であることもあって、文言侵害の判断においてかなり実質的な検討をすることも考えられる。そうして文言侵害を否定した場合には、その上で均等侵害を肯定するというのは考えにくい。5要件を考えてみても、そうした判断をしている場合には、第2要件の同一作用効果を肯定することにはならないと思われる。

 均等の侵害が認められる可能性があるのは、技術的な内容の検討を余りせずに、格子は「板」にはあたらないとして文言侵害を否定した場合である。

(2) 5要件に即しての議論

 上記を前提として、均等侵害の議論の内容としては、次のようなことが考えられる。

 第1要件の非本質的部分についての原告側の議論は、発明の本質は「溝」および「側壁」にある、底の「案内板」ではない、ということだろう。

 第2要件の同一作用効果については、この発明との関係での働きとしては、全体の形を保ちさえすれば十分であり、格子でも同じだ、という議論になるだろう。逆にこの点で、雪などが入ってこない働きまでを考えるなら、格子では同じとは言えないことになる。

 第3要件の置換容易想到については、「板」を格子状に変えるのも僅かな変更に過ぎず特に困難はない、という主張が基調になる。場合によっては、その種の設計変更の例を出すことになるだろう。ただし、近い分野の格子構造の例を出すことは、侵害を主張するためには却って阻害要因になることもあり得る(理屈付けて言えば、第4要件の関係である)。

 被告としては、作用効果が違うとの点を中心に反論することになると思われる。さらに、第5要件の関係で、補正で「側壁」を入れたことから、意識的限定の議論も考えられる。もっとも、この点は被告製品でも当てはまるようにも思われる。

以上
http://homepage3.nifty.com/nmat/km2mukoh.htm

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