「MMX」事件が和解で終了したと思ったら、逆襲が早速始まりました。今度はサイリックスが、1997年5月13日、インテルを相手取って、ペンティアムシリーズがサイリックスの2件の特許を侵害しているとして訴を提起しました(サイリックスのニューズリリース、提訴を伝えるPC Watchの記事)。
また、同じく5月13日に、DECもインテルを相手取って、ペンティアムシリーズがDECの10件の特許を侵害しているとして訴を提起しています(DECのニューズリリース、DECのパルマーCEOのメッセージ、DECの提訴を伝えるPC Watchの記事、両方の訴訟について伝えるBizTechニューズの記事)。
なお、インテルとサイリックスの間では、サイリックスのプロセッサがIBMかトムソンによって製造される場合にはこれらの会社の得ているライセンスが及ぶ、という判決があります(サイリックスが勝訴したCAFC判決、この事件も訴え提起自体はサイリックスの方からなんですが)。
USP 5,630,143(IBMのサイトのこの特許のページへのリンクです)
Microprocessor With Externally Controllable Power Management、5/13/1997成立
USP 5,630,149(IBMのサイト フこの特許のページへのリンクです)
Pipelined Processor with Register Renaming Hardware to Accormodate Multiple Size Registers、5/13/1997成立
'149の方は、レジスタ・リネーミングの特許ということで、これをサイリックスが自社の権利だと主張するのは結構説得力があるように思います。6x86で実績がありますし。私の電脳環境で御説明したように、私はサイリックスの6x86を愛用していましたが、確かに高性能のCPUです。クロック周波数の十分に高いバージョンが出ていませんが、これはむしろ製造プロセスの問題が大きいように思われ(まあ、パイプラインが浅いから、というのも有力な理由ではありましょうけれど)、プロセッサのデザインとしては極めて優秀であることが、周波数当たりの実行パフォーマンスに現れていると思います。そのサイリックスの主張として、それなりの説得力はあるのでは? ということです。
'143の方は、どういうものでしょうか? 少なくとも6x86はかなりの大食らいで定評があり(最近のバージョンではそうでもなくなってきましたが、初期のものはCPUの過熱やマザーボードのCPU電源容量の不足によるトラブルで悪名高かったようです)、パワー・マネージメントの権利をサイリックスが主張するというのは、余り世間が納得しないかも知れません。いや、しかし。考えようによっては、6x86の問題は製造プロセスの方に起因していて、サイリックスの技術としてはそれだからこそパワー・マネージメントも独自のすれたものを持っているのだ、……というのは説得力あるのかなあ?
すごいと思うのは、この2件の特許はいずれも1997年5月13日成立なんですね。成立したその日に訴を提起している。もちろん、出願人には成立前に“近日中に成立”ということがPTOでの手続きの進行から分かりますから、その間に訴え提起の準備をしていたわけでしょうが、それにしてもその日に訴えるというのはなかなかのものです。警告も交渉も全くせずに、いきなり訴えてしまったわけですから。ま、しかし。警告したってインテルがペンティアムの製造を止めるわけはない、とは言えますけれど。
しかし。そんな方向を目指すよりも、ソケット7の高速化(システムバス100MHzバージョン!)を実現してもらった方が、ユーザーとしては、システムのトータルコストが抑えられて良いように思います。スロット1は、インテルにとってはおいしいところが増えて良いでしょうけれど(CPUのボード部分までインテルの独占になるから)、ソケット(スロット)としての基本的な性能の向上がどれだけあるのか疑問であり、ユーザーにとっては有り難くないお話のように思います。
それにしても、インテルのソケット(ないしスロット)についてのやり方は、互換性を軽視していて、ユーザー無視のように思います。BizTechの記事では“ペンティアム・プロのユーザーは行き場を無くしてしまった、ソケット7のマザーボードの方が将来性がある”とされていますが、まったくその通りです。
この現実を見て改めて思うのですが、パソコン業界では、“本家よりも互換機の方が互換性が高い”と言えるように思います。普通に考えると、本家は本家なのだから、本家でありさえすれば互換性の問題など無い、となりそうです。しかし、この考えは甘い。
独占メーカーは、“自分が変えるんだから、他の者はそれに追従すればよい”とでも考えているのか、意外なほどに(従来の自社の機械との)互換性を尊重していないように思われます。NECの98のモデルチェンジもそうですし、IBMのPSII(マイクロチャンネル)という例もあります。おかげで、PC互換機の本当の標準は、IBMではなくてコンパックになってしましたし(いや、もしかすると今では台湾メーカーのマザーボードこそが互換性の標準かもしれない)、98についても、可哀想なユーザーが沢山います。
今回のナショナル・セミコンダクターとの合併は、ファブレスであることからくる供給能力の不安を解消する趣旨もあるかのように報道されていますが(日経新聞7月29日夕刊3頁など)、インテルの特許の問題との関係もあるのかも知れません。ナショナル・セミコンダクターも、半導体業界の老舗だから、インテルとクロスライセンスの契約があると報道されています。サイリックスはファブレスの企業で、製造はIBMに委託しているわけですが、これには、インテルの特許との関係で必要ということでもあった模様です(サイリックスのプロセッサがIBMかトムソンによって製造される場合にはこれらの会社の得ているライセンスが及ぶ、というCAFC判決があります)。これが、ナショセミとの合併によって解決される期待があるわけです。
そうしてみると、インテルを相手取って起こしていた訴訟については、その動機付けが弱くなるようにも思われますが、どうなるんでしょうか?
2. DECの訴訟 目次へ戻る
ところが。近頃のインテルのペンティアムIIなど、非常に高価です。あれに比べると、Alphaプロセッサは安いと言えるほど。それで、DECとインテルの関係が、いかにも競合メーカー、という感じになってきたとは言えると思います。そんなことも今回の訴訟の遠因にはなっているのでしょうか?
以下の特許のうち、最後の'804特許はPentium II, Pentium Pro, Pentium with MMX Technology, Pentium の全部が侵害しているとの主張、それより前のものは Pentium II と Pentium Pro だけが対象です。ただし、'936は全部を対象としているみたいなんですが、『日経エレクトロニクス』の表では意味がはっきりしていません。
キャッシュに関連したものや、パイプラインをどうこうして、という発明が目立ちます。Alphaプロセッサにおいてはこうした技術が売り物ですから、この訴訟は、サイリックスの場合以上に説得力があります。
サイリックスの場合とは逆に、DECの訴訟では、1988年成立とかいう古い特許まで対象になっているのはどういうわけでしょうか? 古い特許の侵害をだいぶ後になってから訴え提起するということも確かにあります。製造プロセスの特許で侵害の事実がこれまでハッキリしなかった、とかいうなら時間が経ってから訴え提起されたのも納得できます。しかし、この1988年の特許は、アーキテクチャを内容としているもので、そういう問題はないハズ。ま、他のもののついでに対象にされた、ということでしょうかねえ。
USP 4,755,936(IBMのサイトのこの特許のページへのリンクです)
Apparatus and Method for Providing a Cache Memory Unit With A Write Operation Utlizing Two System Clock Cycles、7/5/1988成立
USP 5,125,083(IBMのサイトのこの特許のページへのリンクです)
Method and Apparatus For Resolving A Variable Number of Poteptial Memory Access Conflicts In A Pipelined Computer System、6/23/1992成立
USP 5,148,536(IBMのサイトのこの特許のページへのリンクです)
Pipeline Having Integral Cache Which Processes Cache Misses And Loads Data In Parallel、9/15/1992成立
USP 5,179,673(IBMのサイトのこの特許のページへのリンクです)
Subroutine Return Prediction Mechanism Using Ring Buffer And Comparing Predicated Address With Actual Address To Validate Cr Flush The Pipeline、1/12/1993成立
USP 5,197,132(IBMのサイトのこの特許のページへのリンクです)
Register Mapping System Having A Log Containing Sequential Usbng of Registers That Were Changed In Proceeding Cycles For Precise Post-Eranch Recovery、3/23/1993成立
USP 5,394,529(IBMのサイトのこの特許のページへのリンクです)
Branch Prediction Unit For High Performance Processor、2/28/1995成立
USP 5,430,888(IBMのサイトのこの特許のページへのリンクです)
Pipeline Utilizing An Integral Cache For Transferring Data To And From A Register、7/4/1995成立
USP 5,568,624(IBMのサイトのこの特許のページへのリンクです)
Byte-Compare Operation For High-Performance processor、10/22/1996成立
USP 4,847,804(IBMのサイトのこの特許のページへのリンクです)
Apparatus and Method for Data Copy Consistency in a Multi-Cache Processing Unit、7/11/1989成立
米国流だと、こういう解決の仕方もあるわけですね。むしろ、DECは、こういう解決を目指して(少なくとも可能性の1つとしては意識して)、訴を提起したのかも知れません。DEC経営陣にとっての問題点は、優れた技術を有しているはずなのに、それがちっとも利益につながっていないことだったと見られ、どういう形であれ、利益になればよいわけです。7億ドルプラスαという、なかなかの売却額ですから(インテルの利益額に比べるとカワイイけれど、アルファ部門のそれに比べたら巨額なのでは? いや、比べたら巨額、どころか、アルファ部門て儲かってなかったんですね、確か )、DEC経営陣にとってにとってうまい解決だと言えるのかも知れません。しかし、インテルの寡占がますます強化されてしまい、消費者にとっては有り難くないと思います。AMDとサイリックスに一層がんばってもらわなければ……。
http://homepage3.nifty.com/nmat/ADV-INT.HTM