Last Modified: 2007年3月5日(月)09時05分15秒

e−oneをiMacと混同する人が居るか?
アップルxソーテックの不競法事件について

by 松本直樹(1999年11月10日、同月11日に少し加筆)

 アップルによる、ソーテック(e−one)に対しての仮処分決定(1999年9月20日付け)(左は、最高裁のページへのリンクですが、自分のサイトにもコピーをおいておきます; 最高裁のは2ヶ月で消えてしまうので)についてコメントを書きました。迅速な裁判はすばらしいですが、内容的には反対です。

目次
1. 驚きました、2つの点で
2. アップルの主張とその当否
3. 迅速な裁判
4. 不正競争防止法の他の条項
5. アップルの報道戦略?
6. 本件はこれからどうなるか?
7. 意匠登録があったら?
8. 私が驚いた理由
9. 改版経過


2. 驚きました、2つの点で  目次へ戻る

 先日(1999年9月20日)、アップルによる、ソーテック(e−one)に対しての仮処分命令申立が認められました。PCウォッチの9月20日付けの記事 驚きです。私は、このケースでのアップルの主張(1号の不正競争に該当するとの主張)は、かなり難しいと思っていました。また、これほど迅速に命令が出されるとは、考えてもいませんでした。

 難しいというのは、次のような考察に基づきます。ソーテックのe−oneが、アップルのiMacを真似ている面があることは否定しがたいと思いますが(だから余り威張れたものではないとは思うのですけれど)、でも、物真似がすべて法律で禁止されているわけではありません。それどころか、物真似も、法律上はむしろ原則は自由であり、工業所有権や不正競争防止法などの特別な法的根拠がある場合に限って禁止されるものです。そうした根拠が本件の場合にあるか、という考察をすると、アップルの主張は難しいだろうと思うのです。

3. アップルの主張とその当否  目次へ戻る

 報道されているところによれば、このケースでのアップルの主張は、不正競争防止法2条1項1号に基づいています。

3.1 法2条1項1号の不正競争; 商品混同

 この条項は、次のように規定して不正競争を定義しています:

一 他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、若しくは輸入して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為

 この規定の要件のうちで、本件で特に問題となるのは、「混同」を生じさせるものかどうか、ということだと思います。

3.2 仮処分決定の結論とそれへの疑問

 仮処分決定は結局、「消費者が両者を混同したり、ソーテックがアップルと何らかの資本、提携関係を持つと誤認する恐れがある」としました。しかしこの認定は、大いに疑問です。

 両者が、多少なりとも似ているというのはその通りだと思います。しかし、パソコンを買う消費者が混同するでしょうか? パソコン・ユーザーにとって、形もそれなりに重要なのは確かですけれど(特にiMacを買う消費者にとっては)、モノは一応はパソコンです。基本的にパソコンとしての機能が重要なことは明らかです。いくらなんでも、iMacと間違えてe−oneを買ったというのでは、使い物になりません。

 ですから、現実にもソーテックはe−oneをWindowsパソコンとして宣伝してますし(マイクロソフトの日本法人社長が宣伝に出ているくらいですし、宣伝の1行目の記載は「ウイドウズマシンの新たな可能性、e-one。」です)、販売店においてもそのあたりは重々承知して、よく説明のうえで売っているはずです。こと改めていちいち言っているかどうかはともかくとして、とにかく分かるように売っているのは間違いないでしょう。

 これで間違えて買う人がいるとは、ちょっと思えないところです。

 こうした状況があって、しかも形態としても見分けがつかないという程の似方をしてるわけではないのですから、「混同」は無いと思うのです。それで「混同を生じさせる行為」といえるのでしょうか? ですから仮処分申し立てを認めた今回の裁判は、非常に疑問です。

 なお、決定の中で、混同について説明している部分は、次の通りです。この議論では、混同を積極的に基礎づけるのは「類似」だけであり、これで十分な論証であるとは私にはとても思われません。

3 混同のおそれについて
 前記2のとおり、債務者商品の形態が債権者商品の形態と類似していることに照らせば、需要者が、両者を誤認混同したり、少なくとも債務者商品を製造販売する債務者が債権者らと何らかの資本関係、提携関係等を有するのではないかと誤認混同するおそれがあると認められる。
 この点につき、債務者は、@両商品には、ロゴ、マークが付されていること、Aパーソナルコンピュータという商品の特性、販売方法等を挙げて、混同のおそれを争うが、前記の類似性を考慮すれば、何ら前記結論を左右しない。

4. 迅速な裁判  目次へ戻る

 しかしながら、本件の仮処分命令が実に迅速に出されたことには、驚くと同時に、高く評価したいと思います。素晴らしいことだと思います(6で(特に6.4で)後述のような問題はありますが)。(07年3月加筆: 速いこと自体は良い、という意味です。私は結論には疑問を持っているので、そういう意味では問題ありです。)

4.1 法律の実効性

 法律によれば差止請求権があるといっても、裁判が遅いのでは、有名無実のものとなってしまいます。後から賠償金を得る可能性があるとしても、当面の経済活動において差止請求権の実をあげることができないのでは、意味が無いとしか言いようがありません。法に背いた状態とも言えます。

 今回の仮処分命令は、申立てから1か月弱で下されました。現に行われている経済活動を停止する類いの、それも社会的にインパクトがある命令を、このように迅速に発したのは、実に画期的なことだと思います。また、こういう裁判例が知られると、工業所有権について十分に留意する風潮が生まれます。

 しかも、ほぼ同種の訴訟事案が米国でも継続しているのに、それらで審理が進んでいるという話を聞きません。日本の裁判所の方がはるかに早く命令を下したわけで、これは他に類例を聞かない話です。

4.2 ソーテックが反論しなかったせい?

 もっとも。このニュースが出た後で、いろいろ見てみると、この件で迅速に仮処分が出たのは、ソーテックの側の対応に問題があったことに主因があるようです。毎日新聞が報道していますが、審尋期日までに答弁書を提出しないなど、ソーテックがまともな応答をしなかったとされています。

 ソーテック自身も「『e−one』仮処分決定までの経緯」と題したページで、手続きの経緯を時系列に沿った表の形でまとめて説明していますが、ソーテックとしては、呼出状が来た日から審尋期日までが約2週間しかなく、与えられた時間が短かすぎて不当だった、と言いたいようです。けれども、それにしても、2週間の余裕があったのに答弁書を用意しなかったというのは、ソーテックの側の落ち度だと思います。

 まず、アップルが訴えてくることは、事前に重々予想されていたのですから、そしてソーテック自身も法的な検討を済ませたうえで発売したなどということを公に言っていたくらいですから、迅速な対処ができてしかるべきです。仮処分決定もこの旨を指摘しています。それなのに、2週間もあったのに答弁書も出さないのでは、引き延ばしをはかっているものと処断されても文句は言えないでしょう。

 また、満足な証拠収集や調査をするための期間としては、2週間というのは非常に短いと思いますが、しかし、本件での一応の反論の準備のためには、十分すぎる時間ではないでしょうか。反論の骨子として、混同しないから1号の不正競争に当たらない、という主張をして、また商品の性格の説明などする。それだけを用意するのには、2週間あれば十分だと思います。また、そうした主張をするだけでも、本件の結論とは違った結論が下された可能性は大いにあるように思います(審尋期日に遅れて答弁書が提出されているようですが、どの程度の主張がされたものか、不明です)

(2007年3月加筆: 上記のようにも一応は言えるとも思うのですが、ソーテック側とすれば、裁判所の方が聞いてくれる態勢でなかった、ということでもあるようです。これは、本件決定の付言の中でも、実は伺えます。次のように言っているのですね:

 当裁判所は、争いに係る事実及び法律関係に関して、債務者からの意見を聴くために、審尋期日を指定した。債務者は、右期日に答弁書、準備書面及び疎明資料を提出しなかった。また、当裁判所は、口頭による意見を求めたが、債務者は、債務者商品を製造、販売することができる正当性に関する理由を説明しなかった。そこで、当裁判所は、審尋期日を打ち切った(審尋のための続行期日を指定しなかった。)。

 ただし、当裁判所は、債務者に対して、防御を尽くすため、期限を付して、主張、立証資料の提出の機会を与えた。これに応じて、債務者から別紙二「答弁書」が提出されたが、右答弁書を検討しても、なお、前記の認定、判断を左右するには至らない。

 まずかったのは、審尋期日に提出しなかったこと“だけ”なのですね(そうは言っても、ソーテックの意見を聞くための審尋期日なのに、対応しないのではダメ、とも言われるわけですが)。その後に、「答弁書」は期限どおりに出しているわけです(上の方で「遅れて...提出」と書きましたが、審尋期日に遅れてではあれ、設定期限には間に合っていたわけです)。裁判所はそれを「検討しても」、とは言っていますが、あんまり考えて貰っていないようには想像されます。

 審尋期日に提出しなかったのはまずいとはいえ、それだけなら厳しい非難に値するかどうか疑問です。少なくとも、オームの麻原の件での控訴趣意書をわざと出さないというのとは違います。期日後の期限には対応しているのです。

 私の目から見ると、この事案は「混同」でないと思う位なので、どうしてここまで裁判所が確信を持ってしまったのか、とても不思議です。

以上、2007年3月加筆)

4.3 飯村裁判長だからか?

 それにしても、このケースで非常に迅速に仮処分命令が出されたについては、担当が飯村裁判長だったことが大きく影響してると思います。また、それに適切に対応しなかったソーテック側の落ち度が相まって、このような結論が迅速に下されたと言えると思います。

 飯村裁判長は、いろいろなケースにおいて迅速な裁判のための努力と工夫をしているようで、最近報道されたケースでも、他に、異常に早い裁判だったということがわざわざコメントされているものがあります。判例時報に掲載されている著作権侵害の事件で(保全事件ではなくて本案訴訟事件)、僅か3か月で判決が下されています。著作権侵害事件で、いろいろ議論を含んではいる事案だったようです。

 もっとも、結局のところ実質的類似性があるかどうかが問題になった話であり、裁判所が決する気になれば案外早く結論を下すこともできるということの実例だったともいえるわけですが、それにしても多くの場合はややこしい議論ができて時間を費やす類の事件です。そうした中で3か月で判決が出ているのは、かなり目立ったケースではないかと思います。

 こういう裁判長が担当になったのですから、ソーテックの側では十分に心して2週間で満足な答弁書を用意する努力をするべきだった、とは言えるように思います。

5. 不正競争防止法の他の条項  目次へ戻る

 さて、私は混同の要件の点で1号の不正競争に該当することは疑問だと思うのですが、他の条項ではどうでしょうか?

5.1 法2条1項3号の可能性

 事件の実態にもう少し沿った法律の条項は何かということを考えるなら、不正競争防止法2条1項3号でしょう。形態模倣の禁止規定といわれる条項ですが、この条項は次のように規定しています:

三 他人の商品(最初に販売された日から起算して三年を経過したものを除く。)の形態(当該他人の商品と同種の商品(同種の商品がない場合にあっては、当該他人の商品とその機能及び効用が同一又は類似の商品)が通常有する形態を除く。)を模倣した商品を譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示し、輸出し、若しくは輸入する行為

 このe−one事件についての報道の多くが、デザイン盗用だとか、模倣だとかいった見出しをつけています。こうした報道は、実態に沿っている面があると思いますが、上記の3号が、こうした事案に当てはめるには、最も相応しいものだということになるように思われます。

5.2 法2条1項3号の難点

 しかしこの条項には、アップルにとって2種類の問題があります。

 まず、形態模倣というのは、形態がそっくりそのままで実質的に同一のものを作っている、ということを意味しているとされています。この「実質的」というところに言葉の綾がありはしますが、本件について、形態同一というのはかなり無理があります。記憶しているところで見ると相当に似ているんですが、並べて見れば明白に違います。これを同一というのは、かなり難しいと思います。

 もう1つの難点というのは、3号の形態模倣禁止は発売から3年に期間が限定されていることです。iMacはまだ発売されてから1年あまりですので、現状においては差し止め請求が認められるべきことに問題はありませんけれど、あと2年たったらフリーパスだというのでは、アップルの方からみれば不満かもしれません。

 こういう理由で、アップルの主張は1号を根拠としたものになったのでしょう。

5.3 法2条1項2号

 本件を考えるにあたっては、2号の不正競争というのも視野に入れておくべきものと思います。というか、1号よりは事案にふさわしく、認められる可能性があると思います。不正競争を二分するなら、形態模倣禁止する3号は、形や実用新案とあえて言えば同じ類いの、一種の創作を保護するものであるのに対し、1号および2号は、商標権とその基本的な発想を共通にするものです。

 この商標的な権利を考えた場合、その中で1号と2号のどっちが本件にふさわしいのかと敢えて比較するなら、私にはむしろ2号のように思えます。2号は次のように規定しています:

二 自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、若しくは輸入する行為

 消費者の間で現実に混同が生じるとは思えない事案ですから、「混同を生じさせる行為」である1号というのは当たらないと思うわけですが、現実の混同が生じないにしても、iMacに似ているという見解はあり得ますから、2号該当の可能性はあるかもしれません。

 しかし結論的には、私はこれにも反対です。iMacの形態は、商品等表示としては、「著名」とまでは言えないと思います。そしてe−oneの形は、消費者にアピールするでしょうけれども、それはiMacと似ているからというよりは、デザイン自体が優秀なものであり、そのデザイン自体の力によって消費者に受けるのだと思うのです。そうすると、これは不正競争3号によるならともかくとして、不正競争の1号や2号には該当しないように思います。

 翻って条文について言えば、2号に該当するためには、「著名」であることが要件となりますが、著名というからには、それに似たものを見たときに、まずはその本家(ここではiMac)のことを思い起こさせるほどのものである必要があるはずです。商品表示が名前の場合には、そういうことが大いにあり得ます。特に創作的な名称の場合で、ほかに特別な意味を指し示すことがないときには、そういうことがあり得るわけです。

 しかし本件のように、商品の形態が商品表示となっているという場合は、このiMacのデザインの値打ちというか、意味するところというか、があるわけで、創作的名称の場合とはずいぶんと違いがあると思います。消費者に受けるのは、むしろそちらだと考えるべきでしょう。まずはともあれ、iMacを思い出して、その商品性に依拠することになるというよりは、デザインに意味があり、むしろデザインの優秀さが問題となっているのだと思うのです。この場合に、2号の不正競争というのは、当たらないと思われるのです。

6. アップルの報道戦略?   目次へ戻る

 ところで、本件についての報道には、非常に疑問を感じます。

6.1 本件は「デザイン盗用」の問題ではない

 上でも少し書きましたが、報道の多くが、このケースを「デザイン盗用」などといった表現で説明しています。そういう問題だと把握すると、なるほどデザインは似ているように見える面がありますから、アップルが勝訴して当然という記事にもなります。

 確かに、e−oneには物真似の面はあるように思われます。その面に着目し、物真似は感心しないとして、「デザイン盗用」などと表現するのも、まあ、報道の一つの姿勢ないしスタンスとして分からないではありません。

 しかし、アップルが裁判所で主張してるところは、そういう問題ではありません。1号の不正競争であり、混同することが要件となっているのです。これを文字通りに考えるなら、アップルの主張はちょっと難しいと思われること、上でご説明したとおりです。ですから、事実報道としては、混同が要件となっているということを無視するというのは、感心しないと思います。

 また朝日新聞は、「意匠権か流行か」との見出しでした(1999年9月21日付け朝刊12頁)。少なくとも、「意匠権」は問題にはなっていないのですから、朝日新聞の見出しは間違っています。これは何ともお粗末ですが、「デザイン盗用」の方向の極端なもの、との理解もできるように思います。

6.2 アップルの影響力か?

 こういうことになってるのには、アップル自身のニュースリリースの影響などがあるようにも見えます。アップルののニュースリリースでは一貫して「工業デザイン」の「模倣」などの言葉が使われています(たとえば同社の1999年9月20日付けのニュースリリース)。どうも正しくありません。

 しかも、アップルは、各種のメディアにおいて、実に多大な広告費を使っています。近頃の新製品・G4Macの宣伝は、新聞の全面2ページの広告や、雑誌のセンターに10ページにわたって掲載された広告など、他に類を見ないほどの大規模なものです。ソーテックもいろいろ宣伝をしてはいますが、実質上、パソコン専門誌に限られており、アップルとは比較になりません。アップルの方は、一般の週刊誌や新聞に、多大な広告費を使っているわけです。報道の際にこれが影響を持ったかもしれないと考えるのは、私の邪推でしょうか?

7. 本件はこれからどうなるか?   目次へ戻る

 私は今回の仮処分は正しくないと思っているのですが、そうなら、このケースは今後どうなるのでしょうか?

7.1 異議申立、そして抗告

 今回下されたのは、仮処分決定ですから、これに対しては異議申立の手続き(民事保全法26条)、さらに抗告の手続き(同法41条)があり得ます。異議申立は、仮処分を決定したのと同じ裁判官によって判断されますので、なかなか逆転は難しいでしょう。しかし抗告手続きについては、高裁で判断がされますから、違う判断によって取消されることも大いにあり得るように思います。また、最終的には本案訴訟の判断によって決まることになります。

 こうした手続きによって今回の仮処分決定が取り消された場合には、ソーテックが差し止めの仮処分を受けたことによって被った損害を、アップルが賠償する必要が生ずる可能性があります。このために、今回の仮処分決定については、アップルが1億円の担保をたてています。

7.2 ソーテックの損害はどうなるのか?

 この賠償がなされるのが、どういう場合なのか、どうも私にはよくわからないところがあります。民事保全法には、仮処分決定を出すにあたって担保を立てさせることができるという規定があり(14条;それにしたがって今回も担保が立てられたわけです)、これが賠償の担保となることは明白ですけれど、一体どういう場合に相手側(ソーテック)がこの金を取れるのか、積極的な規定は見あたりません。

 仮処分の申立て自体が、偽造した証拠に基づいているような場合で、全体がまったくの不法行為といえる場合であれば、これに基づいて申立人が賠償義務を負うことは明白であり、その場合には担保として働くことは当然です。そうではなくて(本件もこちらの“まったくの不法行為ではない”場合に当たると思います)、申立人が手続きとしては適法にことを進めて仮処分命令を得たという場合で、でも後にそれが覆されたという場合、担保を取られてしまうのはどういう場合なのか、明示的な規定は無いようです。

 法文をみると、民事保全法33条は、仮処分の取り消しに際して原状回復を命じることができる旨を定めていますが、そこにあがっているのは、仮処分で物の引渡しや金銭の支払いなどをさせた場合に、それを返還させるということだけです。

 民事訴訟法260条2項には、仮執行宣言が取り消された場合について、給付したものの返還と並んで、受けた損害の賠償が規定されています。そして、この賠償は過失を要件としないというのが判例です(大判昭12・2・23民集16-133)。そうしてみると、仮執行宣言をもらうのは、結構リスキーだということになりますが、判決が逆転されることは珍しいことなので、そう心配することはないですね(なお、それは一審で充実した審理をしていればこその話で、本件の場合には当てはまらないだろうというのが私の観察です)。

 仮処分の取消に関しては、保全法には、民事訴訟法260条2項と同じ規定はありませんが、これは、民事保全法33条は「仮」の手続きの中での取り消しについてなので元に戻すだけの趣旨で物の返還などのみを規定しているものと見られます。本案手続きにおいてどうなるかは、法文上はブランクです。そこでこの点は、論点になっており、いろいろ議論があるようです。本稿でその詳細を説明することはできませんが(私の勉強不足のためもあって)、簡単にいって、民法709条の不法行為の問題になるとしつつ、逆転の場合にはほとんど自動的に要件を充足するものと扱う、というのが有力なようです。

 結局、もしも逆転の場合には、アップルが賠償の責任を負う公算が大きいと思われます。

7.3 損害はどのくらいか?

 ソーテックの損害がどのくらいか推定するのは、非常に難しいですが、一つの概算としては、次のような数字を考えることができます。1999年9月20日の時点で「受注残が約三万台ある。」(日経新聞1999年9月21日付け朝刊11頁)とされていたところ、9月28日の記者会見では「実際に返金を希望したのは3〜4割」(PCウォッチの同日の記事)とのことですから、これだけで、約1万台の解約があることになります。1台あたりの利益を1万円とすると1億円になります。これだけで担保の額と同額です。

 12万8000円の激安パソコンとはいえ、粗利益は1台1万円より多いでしょうから、ソーテックとしてみれば、損害額はもっと大きいでしょう。しかし、遺失利益の立証というのはなかなか難しいものですから(実際にどれだけ売れたはずかを証明するのは難しい)、そう何億円もの損害を認めてもらうのは困難だと思います。

7.4 アップルにとってきついことになる?

 これをアップルの側から見ると、もしも逆転の場合には、何億円もの賠償を支払うことになる(かも知れない)訳です。“仮に受領したお金”を返還する、というのなら、まあ元に戻るだけですからいいようなものですが、本件の場合、アップルがこの仮処分によってこれまでに何億円も儲けたというわけではないですから、この賠償はきついように思います。

 申立人(アップル)がリスクをとるのが、仮処分手続きの「仮」たる由縁だと考えれば、そうなっても文句は言えないとは思います。でも、本件ではソーテックの落ち度で仮処分がでていることを思うと(......そう決めつけてしまうべきではないかもしれませんが)、なんか変なところもあります。

 また、これまで批判されてきた「仮処分の本案化」も、理由無くそうなっていたわけではないのですね、ということを改めて思わされます。本案化に対する批判というのは、仮処分の審理が本案の場合と同様のものになってしまって、時間も同様に長くかかってしまい、「仮処分」としての意味が無くなってしまう、という批判です。無体財産権事件については、そうなる必然性が特に存在する、という指摘もこれまでになされてきました。

 今回のケースに接して、逆転の可能性などを考えてみると、申立人(アップル)の側としても、あまりに「仮」の判断として仮処分決定を出してもらうよりは、或る程度の審理はしてもらった上でにしてくれた方が、リスクが小さくなって良いという面もあるように思います。これは、「本案化」を正当化する一つの事情のように思われます。

7.5 銀パソになったe−oneは?

 なお、今回の仮処分決定が出た後、ソーテックはe−oneの色を変えて、ソリッドカラーのものを出荷することにしています。これについても、色を変えただけでよいのか、それも仮処分による禁止にふれるのではないか、という趣旨の報道が見られました。たとえばZDNNの1999年9月24日付けの記事など。

 私の考えでは、元のものでも「混同」がないと思っているくらいですから当然ではありますが、銀パソになったe−oneが販売を禁じられる訳はないと思います。これは、不正競争に該当しないという点でもそうですし、仮処分の対象から外れるという点でも、問題ないものと思います。

8. 意匠登録があったら?   目次へ戻る

 さて話は変わって、仮にアップルの方にiMacの意匠登録があったとしたら、どうなるのか、考えてみましょう。e−oneはアップルの意匠権の権利侵害になるでしょうか?

8.1 類似かどうか、微妙では?

 私は、iMacそのものの意匠登録があった場合で、微妙なレベルなのではないか、と思っています。意匠権は、類似のものにも及びますから(意匠法23条)、e−oneはiMacに類似といえるかどうかギリギリだと思う、どちらかというと非類似だと思われる、ということです。

 PCウォッチの9月20日付けの記事とかを見れば、両商品を隣り合わせた写真をごらんいただけますが、こうして見ると、違っている点がかなり多くあります。白い部分の位置とか形とか、全然違うんですね。e−oneだけを見ると、「iMacに良く似たパソコンだ」と確かに思うのですが、それは、色使いについてのあやふやな記憶に基づいて考えると、他に似たパソコンが無いこともあって、iMacに似ているように思ってしまう、という面があるように思います。

 果たしてこれで、意匠法でいう類似になるのかどうか、難しいと思うのです。どちらかというと、類似しないということになるように思うのですが。

8.2 アップルの米国での意匠登録

 アップルがちゃんと意匠登録を申請しているのかどうか、私は疑問に思ってましたけど、先ごろアメリカでは登録がされました。IBMの該当のページ(USD0413105: Computer enclosure のページです; 発明者の筆頭に、 Jobs; Steven P. , Palo Alto, CA の名前が挙がっています) これによると、1998年5月に米国で出願してますから、適切に優先権主張して日本でも出願をしていれば、時期の点では大丈夫です。私は、米国では先発明主義なので、発表前には出願していなかった可能性もある、と思ってましたが(この場合には日本では意匠権を取得できなくなってしまいます)、そういうことはありませんでした。

 しかし。この登録は白黒の線画なんですね。この図面とe−oneが類似かどうかを考えるなら、非類似だと思うのですが、どうでしょうか? だって、e−oneとiMacの共通点は、なんと言っても色使い(半透明であることを含む)でしょう。色が無い線画と比べたのでは、まったくと言ってよいほど、似ているところは無いと思うのです。

 ですから、この意匠登録だけであれば、アップルの立場は良くならないと思います。問題は、他には無いのか、また類似意匠の申請などがどうなるのか、ということだと思うのですが、私もよく分かりません。

8.3 ソーテックの意匠登録(2007年3月加筆)

 この件の復習をしようとネットで関連情報を見ていたら、たまたま見かけたのですが、この弁護士の方ののコメントによると、ソーテックの側が意匠登録しているのですね。それが、この件の仮書部乃亜と、和解の前に登録されている、と。

 意匠登録があっても、

9. 私が驚いた理由  目次へ戻る

 ところで、本件の決定に私が非常に驚いたのには、次のような理由があります。

9.1 ちょうどその日に...

 仮処分決定がでたのは1999年9月20日ですが、ちょうどその日に、私は裁判所でこの事件の本案訴訟の記録の閲覧をしに行ったのです。

 保全事件では記録閲覧はできませんが、本案訴訟では、誰でも記録を閲覧できます。東京地裁では、民事受付けの前にパソコンが置いてあり、当事者名を入力すると事件番号を知ることができます(平成9年分以前の事件についてはカード式のファイルになっています)。

 ちょうどこの日に、かねて話題のこのケースの本案訴訟のこの記録の閲覧を申請しに行ったのですが、閲覧できませんでした。まだ記録が整理できていないとのことでした。おそらくは、周知性立証のための証拠がたくさん提出されていて、これをファイルしていないという意味だと思いました。

9.2 周知性の証拠はどの程度か?

 そのようなファイルの整理もまだ終わらないようなタイミングで、仮処分の方は命令が出てしまうというのはなかなか素晴らしいことです。もっともちょっと疑問に思ったのは、ソーテックのウェブページに裁判所からの呼出状が出ているのですが、そこに手書きで書き込みがあり、甲第1号証から20号証までが提出されていることになっています。保全事件と本案訴訟の方で同じ証拠が出てるとは限りませんが、同じ時期に提出する以上は同じものを出しているだろうと思われます。20までしかないなら、ファイルするのにどうしてこんなに長期間かかっているのでしょうか。

 まあ近日中に閲覧をしてきて、この経過などもご報告しようと思います。

9.3 東京地裁での事件検索

 なお、上記のパソコンでの検索は、最近できたもので、昔に比べて検索がずっとやりやすくなりました。

 昔は全部カード式だったのですが、これだと、もう一方の当事者の名前などが分からないために、たくさんの事件を抱えている当事者の場合には、どの事件が目当ての事件なのかなかなかわからないのです。それがパソコンでの検索だと、事件名と対立当事者名も出てくるので、すぐにお目当ての事件を知ることができます。非常に便利になりました。

10. 改版経過  目次へ戻る

 1999年11月10日にやっと初版をページに掲載。仮処分決定から1月半もたってしまいました。

 ところで、富士通の FMV-DESKPOWER プリシェが、 PC Watch の1999年10月21日付けの記事では、盛んに「iMacに似た」と書かれています。いいのかなあ?

 11月11日に、少し加筆をしました。最高裁のページの本決定へのリンクなども入れました。

 11月17日に、少し手直ししました。

 2007年3月 基本内容はそのままで、若干の加筆を括弧付きでし(3.2の後ろに、ソーテック側の対応に問題はどの程度あったのか、再考する文章を付加した。また、8.3としてソーテック側の意匠登録の話を書いた。)、また体裁をちょっといじりました。その前のファイル日付は2005年2月23日、23:12:25 でしたが、内容は99年11月のママのはずです。


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