by 松本直樹(1998年12月13日、12月17日にちょっと修正)
ご紹介するのが大変遅くなってしまいましたが、本年(1998年)7月に、特許性の認められるサブジェクト・マターの範囲について、かなり画期的なCAFC判決が下されました。State Street Bank v. Signature (1998年7月23日付けCAFC判決・ジョージタウンのサイトへのリンク、そのコピー) です。 一言にまとめれば、“何でも特許になり得る”とした判決です。イン・バンクではなくてパネルでの判決ですので、従来の判例を明示的に変更したわけではありませんが(確かに、判例変更ではないという説明をしているところを読めばそう理解できるものではある)、一般的な理解からは、判例変更があったに等しいほどのインパクトがあります。
目次 |
|
本件事案は、金融ビジネスに関係するもので、ミューチュアル・ファンドの時価を計算するための「システム」がクレームされている特許権(USP 5,193,056(IBMのサイトのこの特許のページへのリンクです))の有効性が争われたケースです。 原告(State Street Bank)は、この特許権は特許性の認められ得るサブジェクト・マター(statutory subject matter)から外れるものをクレームしているから無効であると主張して、その確認を請求しました。これに対して原審は、サマリー・ジャッジメントで請求を認容(=特許の無効を確認)しました。 |
フェデラル・サーキットは本判決で、かかる原審判決を破棄して事件を地裁へ差し戻しました。判示内容は、主に次の2点です。1つは、数学的アルゴリズムに特許性が認められ得るのか。今1つは、ビジネス・メソッドに特許性が認められ得るのか。
2.1 数学的アルゴリズムと特許性まず、数学的アルゴリズムについてですが、今回の判決は、数学的アルゴリズムであっても、それが有用な目的に応用されていれば、特許性が認められ得るとしています。問題となるのは専ら「有用な目的への応用」であり、これが示されていない場合には、米国特許法101条の「useful」の要件を満たさないとします。判決文は、これまでの連邦最高裁およびフェデラル・サーキットなどの判例を分析し、かかる判断に対立するような先例は無いと説明しています。
2.2 ビジネス・メソッドと特許性次にビジネス・メソッドについては、ビジネス・メソッドだからといって特許性が認められないということはない、従来の裁判例でもそうした判断はしていなかった、と判示しています。この判決に従うと、ビジネス・メソッドそのものについても、有効な特許が取り得ることになります。これは、従来一般に考えられていたところに比べて、かなり画期的なことだと思います。 |
以上のように、問題の2点に関していずれも、本判決は、従来の裁判例を変更しないものであるとしています。確かに、こういう方向に進むだろうことは、或る程度まで予想されていた面もあり、判例変更ではないという説明にも、もっともなところがあるとも言えます。しかし、実際にビジネス・メソッドの例外は無いのだ、と積極的に判示した点など、この判決はやはりかなりなエポックです。
3.1 PTOの基準改訂本判決も指摘していますが(エンドノートの直前のあたり)、すでに1996年にPTOの審査基準(MPEP、PTOのサイトへのリンク)が改定されていて、ビジネス・メソッドを理由とする拒絶理由が無くなっています。これは、CAFCの方向をPTOが汲みとっての判断であると思われますが、こうした審査基準の改定があったからこそ、本件の被告の特許権のようなものが成立しているとも言えます。こうした状況から当然のことですが、近時の米国では、相当に大胆な特許権がどんどん成立している模様です。本件の特許権は、例外的なものではありません。IBMのサイトで、本件特許権に言及している特許権を検索してみましたが(このリンクで現時点での同様のサーチ結果を見ることができる)、従来の常識からすればかなりとんでもないものが特許権になっているように見えます(1998年12月の時点で10件で、いずれも system などがクレームされていて、“古典的発明”とは異質のものと言える)。
3.2 本件の判断の背景さて、本件判決のような判断が下されるに至った背景を考えてみると、現実の世の中の動きが大きな理由となっているものと思われます。近頃では、金融業等において、いろいろな技術革新がなされており、そのための開発投資も大きなものになっているようです。その開発のプロセスは、エンジニアリングの一種となっているとまで言われています。こうした現実を重視すれば、今回の判決のようにビジネスメソッドにも特許が認められてしかるべきであるということにもなるでしょう。
3.3 米国特許法の規定また、米国特許法の条文からすると、こうなるのが自然だという理解もできます。本件判決に従って条文を見直してみると、なるほど、ビジネス・メソッドだからといって原理的に特許性が否定されるとする論拠は、見出し難いことに気付かされます。米国特許法101条(35 USC 101)は、次のように規定しています:
§101. Inventions patentable 条文によれば、「any new and useful process, machine, manufacture, or composition of matter」が特許の対象となり得るとされているのであり、虚心に考え直してみると、むしろ、従来どうしてビジネス・メソッドに対して特許性が当然にないのだとする議論があり得たのか、疑問だったという意見すらありましょう。 |
本件判決を前にすると、このように特許性が認められ得るというのが当然であるようにも思われてきます。しかし、以前の考えでは、確かに、こんなものが特許されるとは想像していなかったと思います。 この判決のように、数学的アルゴリズムが特許されるかどうかは、それが有用に応用されているかどうかが決め手なのだ、従来からそうだったのだ、と言われると、成る程そうも言えます。しかし、従来考えられていた「応用」は、たとえばゴムの加硫プロセスのように、物理的存在への応用であり、少なくとも当時は金融ビジネスへの応用を想定していたわけではなかったと思われます。 また、シュレーダーのケース(In re Schrader, 22 F.3d 290, 30 USPQ2d 1455 (Fed. Cir. 1994))などは、ビジネス・メソッドは特許性が無いと判断したものと理解するのがむしろ一般的だったように思います。少なくとも、それに言及して否定しなかったのは確かなのですし(今回の判決による説明でもそうなっています)。 そして、こうした考えの背景には、こうしたものは、誰かに独占させるようなものではない、という高次元の判断が働いていたのだと思われます。ビジネス・メソッドは、見出すこと自体に値打ちがあるというよりは、社会的に受け入れられることによって初めて価値が生じるもので、特許権を与えるのは適切ではない、ということです。 こうした判断が妥当性を失っているかどうか、難しい問題だと思います。金融ビジネスにおける開発投資というのも大きくなっているのは確かで、そのために特許権が認められるべき場面も増えているのではありましょう。しかし同時に、たとえば電子マネーの場合を想定すれば、社会で広く受け入れられることによって初めて価値が生じてくるものであって、その仕組みの単なる発案に大きな報酬を与えるべきものではないようにも思われます。 |
本判決は、問題とされた特許について、サブジェクト・マターの問題としては、特許性が認められ得るとしたわけですが、最終的な結論として特許の有効性を認めたわけではありません。それどころか、原告の無効との主張に対して、それが認められる可能性を示唆している点すらあります。いや、そこまでは言えないかも知れませんが、少なくともニュートラルな態度です。
その下りを引用しますと、原告の主張(この発明が特許性があるというのでは、この形態の金融ビジネスが独占されてしまう事になり、不当だ、という主張)の引用に続いて、次のように判示しています:
Whether the patent's claims are too broad to be 読みようによっては、こうした規定の関係で、最終的には、本件の(ような)発明は特許されないと言っているようにも見えます。そうまで深読みしないにしても、少なくとも、まだまだ不確定ないし不明な点が残っていることは確かだと思われます。 考え直してみれば、この類型の特許は、これまで殆ど存在していないわけです。ですから、非自明性の点や、適切なクレームの仕方、などについて、未解決の問題がこれから提起されてくることが必然的です。 |