H14. 6.27 東京地裁 平成12(ワ)14499 特許権 民事訴訟事件

平成12年(ワ)第14499号 特許権侵害差止等請求事件
(口頭弁論終結の日 平成14年3月26日)
           判        決
           原      告    株式会社親和製作所
           訴訟代理人弁護士  松 本 直 樹
           補佐人弁理士    野 末 祐 司
           被      告  渡邊機開工業株式会社
           訴訟代理人弁護士  塩 見   渉
           補佐人弁理士    鈴 木 正 次
                 主        文
       1 被告は,別紙物件目録記載の装置を製造し又は販売してはならない。
    2 被告は,その本店,営業所及び工場内に存する前項記載の装置を廃棄せよ。

       3 被告は,原告に対し,12億7440万円及びうち5億0820万円に対する平成11年4月1日から,うち6億2205万円に対する平成12年4月1日から,うち1億4415万円に対する平成13年4月1日から,各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
       4  原告のその余の請求を棄却する。
       5 訴訟費用は,これを5分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
       6 この判決は,第1項及び第3項に限り,仮に執行することができる。
           事実及び理由
第1 原告の請求
 1 第1項及び第2項について
   主文同旨 
 2 第3項について
  「被告は,原告に対し,16億9324万1000円及びうち5億8019万5000円に対する平成11年4月1日から,うち9億5021万3000円に対する平成12年4月1日から,うち1億6283万3000円に対する平成13年4月1日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。」

 3 第1項及び第3項につき,仮執行宣言
第2 事案の概要
     本件は,生海苔の異物分離除去装置に係る特許権を有する原告が,被告に対し,被告の製造販売する海苔異物除去機が,原告の特許発明の技術的範囲に属し,原告の特許権を侵害すると主張して,特許権に基づき製造販売行為の差止め等及び損害賠償の支払を求めている事案である。
 1 当事者間に争いのない事実
   (1) 原告は,次の特許権を有している(以下「本件特許権」という。)。
       特許番号 第2662538号
       発明の名称 生海苔の異物分離除去装置
       出願年月日 平成6年11月24日
       出願番号 特願平6−315896
       登録年月日 平成9年6月20日
   (2) 本件特許権に係る明細書(以下「本件明細書」という。本判決末尾添付の特許公報〔甲2。以下「本件公報」という。〕参照)の特許請求の範囲の請求項1及び同2の記載は次のとおりである(以下,これに記載された発明を,それぞれ「本件特許発明1」,「本件特許発明2」といい,これらを「本件特許発明」と総称する。)。

    【請求項1】
    「筒状混合液タンクの底部周端縁に環状枠板部の外周縁を連設し,この環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし,この第一回転板を軸心を中心として適宜駆動手段によって回転可能とするとともに前記タンクの底隅部に異物排出口を設けたことを特徴とする生海苔の異物分離除去装置。」
    【請求項2】
    「前記第一回転板の表面を回転中心から周縁に向かうに従って下がり傾斜にしたことを特徴とする請求項1の生海苔の異物分離除去装置。」
   (3) 本件特許発明1を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,「構成要件A」などという。)。
     A 筒状混合液タンクの底部周端縁に環状枠板部の外周縁を連設し,
     B この環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし,

     C この第一回転板を軸心を中心として適宜駆動手段によって回転可能とするとともに
     D 前記タンクの底隅部に異物排出口を設けたことを特徴とする
     E 生海苔の異物分離除去装置
   (4) 被告は,別紙物件目録記載の海苔異物除去機(以下「被告装置」という。)を,平成10年9月ころから製造販売している。
     被告装置は,本件特許発明1の構成要件D,Eを充足する。
   (5) 原告は,「CF−36」及び「CFW−36」という型番の海苔異物除去機(以下「原告装置」という。)を,平成9年ころから製造販売している。
 2 本件の争点
   (1) 被告装置は,本件特許発明1の構成要件を充足するか(争点1)
     ア 被告装置は構成要件Aの「環状枠板部」を具備しているか
    イ 被告装置は構成要件B,Cの「第一回転板」を具備しているか

    ウ 被告装置の回転盤と固定盤は構成要件Bにいう「略面一の状態」にあるか
    エ 被告装置の固定盤の最外周のリングの内側と回転盤の最も外側の部分の関係は,構成要件Bの「僅かなクリアランスを介して内嵌めし」に該当するか
   (2) 被告装置は,本件特許発明2の構成要件を充足するか(争点2)
   (3) 本件特許発明には明らかな無効事由が存在し,これに基づく原告の権利行使は権利の濫用に当たり許されないか(争点3)
    ア 本件特許発明は未完成の発明に該当するか
    イ 本件明細書の請求項1にいう「僅かなクリアランス」は不明確な表現で 概念の外延が不明であることにより,明細書の記載不備があるといえるか
   (4) 原告の損害額(争点4)
     ア 特許法102条1項の適用
    イ 被告の故意又は過失
    ウ 被告装置の販売数量

    エ 原告の利益額
 3 争点に関する当事者の主張
   (1) 被告装置の本件特許発明1の構成要件充足性(争点1)
     ア 構成要件Aの「環状枠板部」について
      (原告の主張)
        被告装置の上部に位置する「外槽1」と「底板4」とからなるタンクが「筒状混合液タンク」に該当し,被告装置の「固定盤5」のうちの最外周のリングが「環状枠板部」に該当する。そして,これらの連接の状態も構成要件Aのとおりである。
      (被告の主張)
       構成要件Aにいう「環状枠板部」とは,内部が空間の環状の枠板を意味するが,被告装置にはこれに該当する部分はない。
       原告は,被告装置の固定盤の最外周のリングを取り上げ,これが「環状枠板部」に該当すると主張するが,被告装置の固定盤は,それ全体として回転盤と相まって特別な作用効果を奏するものであり,その一部の最外周のリングのみを切り離して「環状枠板部」に該当するということはできない。

     イ 構成要件B,Cの「第一回転板」について
      (原告の主張)
       被告装置の「回転盤10」は三重の「環状突条9」が放射状リブで固定されて一つの回転盤となっているものであるから,「第一回転板」に該当する。
       被告は,後記のとおり表面に凹凸や凹溝のあるものは「第一回転板」に該当しない旨主張するが,そのような要件は特許請求の範囲に記載されていない。被告装置の「回転盤10」は,本件特許発明1のとおりの機能を発揮するものであるから,「第一回転板」に該当することに何の疑いもない。
      (被告の主張)
         本件特許発明1にいう「第一回転板」はその表面が平らかな円盤状の形状でなければならない。表面に凹凸があったり,溝があったりしては,クリアランスに向かっての混合液の移行が達せられないからである。

       これに対し,被告装置の「回転盤10」は,環状突条を有する三重のリングが放射状リブで固定され,表面に三重の凹凸が形成されているから,「第一回転板」に該当しない。
       また,被告装置においては,回転盤の溝に対応する三周のリングで構成される固定盤が存在するからこそ問題なく機能を果たすものであり,回転盤と固定盤とが相まって一体不可分の状態で異物分離の作用を奏するものであるから,回転盤は本件特許発明の「第一回転板」に該当しないし,固定盤も本件特許発明の「環状枠板部」に該当しない。
     ウ 構成要件Bの「略面一の状態」について
      (原告の主張)
       被告装置においては「回転盤10」を組み込んだ状態では「固定盤5」に比べてわずかに上に出たところが残るものの,タンク全体からみればほとんど水平面状となっている。被告は,後記のとおり被告装置の回転盤と固定盤との間に回転盤の厚さ程度の段差がある旨主張するが,この段差はわずかなものであって,「略面一」の範囲内である。

      (被告の主張)
       本件特許発明1にいう「略面一の状態」とは,混合液のうち,異物はクリアランスを越えて外側に集積し,生海苔は水とともにクリアランスに落ち込むという作用を奏するために,環状枠板部の内周縁と第一回転板がほぼ同じ高さで段差のない状態を指すものと解すべきである。
       これに対して,被告装置の回転盤と固定盤の位置関係は,両者が重なった状態で,回転盤の厚さ程度の段差がある(回転盤の方が高い。)のであるから,「略面一の状態」ではない。もし,本件特許発明1の環状枠板部と第一回転板に同程度の段差があるとすれば,混合液中の異物のみならず,生海苔もクリアランスを越えて外側に集積することになる。
     エ 構成要件Bの「僅かなクリアランスを介して内嵌めし」について
      (原告の主張)

         リング状の「固定盤5」のうちの最外周のリング(前記アで「環状枠板部」に当たるとしたもの)の内側と「回転盤10」の「環状突条9」のうちの最も外側のリングの外側との間の隙間が「僅かなクリアランス」に該当する。そして,前記のとおりの被告装置の「回転盤10」などの各部材の構造及び対応関係からすれば,被告装置は「第一回転板を…僅かなクリアランスを介して内嵌めし」の要件を充足する。
       (被告の主張)
         本件特許発明1の「クリアランスを介して内嵌め」する構成とは,本件特許発明1では回転板の表面上を移行してきた混合液中の生海苔がその自重と水の流れによってクリアランスに落ち込む作用を奏するものであるから,第一回転板の最も外側の部分がクリアランス部分を上から塞ぐような構成は相当でなく,クリアランスの上部が開放されていなければならない。また,部材の配列に着目すると,外側から内側に向かって,環状枠板部の最も内側の部分,クリアランス,第一回転板の最も外側の部分という順序で組み合わされる構成でなければならない。

         これに対して,被告装置において,回転盤と固定盤で形成される複数のクリアランスのうち,最も外側のクリアランスに着目した場合,固定盤の最外周のリングの内周縁と回転盤の最も外側の部分はほぼ重なる位置にあり,クリアランスはさらにその内側に形成されているから,「クリアランスを介して内嵌め」の状態ではない。
   (2) 被告装置の本件特許発明2の構成要件充足性(争点2)
    (原告の主張)
       被告装置の回転盤が本件特許発明の「第一回転板」に該当することは,前記(1)イのとおりであり,これは周縁に向かって下がり傾斜を有しているから,本件特許発明2の構成要件を充足する。
    (被告の主張)
       被告装置の回転盤は本件特許発明の「第一回転板」に該当しないから,被告装置は本件特許発明2の構成要件を充足しない。

     なお,被告装置は,被告の有する特許発明(乙1,2)の実施品であり,当該特許発明は本件特許発明とは別個の発明として登録され,両発明の間に利用関係などが成立する余地もないことから,被告装置は本件特許発明を侵害しない。
   (3) 本件特許発明の明らかな無効理由の有無(争点3)
     ア 発明未完成の無効理由について
      (被告の主張)
       本件特許発明は,本件明細書に記載された生海苔の異物分離除去の作用効果を奏しないことが明らかであり,産業上利用することができない未完成の発明であるから,特許法29条1項柱書の要件を満たさず,特許を受けることができない。
       すなわち,本件特許発明の構成は,回転板と環状枠板部によりクリアランスを設け,かつタンクの底隅部に異物排出口(排出管)を設けるというものである。したがって,回転板の回転によって,重い異物は遠心力によりタンクの底隅部に跳ね飛ばされ,生海苔と水からなる混合液と分離されることは容易に理解できるが,生海苔がクリアランスを下方へ通過することは理解できない。

       これを詳述するに,回転板が回転すると,生海苔も遠心力によりタンクの側壁側へ飛ばされる。この場合に,生海苔は水と混合しているので,水と共に飛ばされ,タンクの側壁にぶつかってタンクの側壁と回転板の外周縁との間に溜まることになる。この場合,回転板と環状枠板部の隙間であるクリアランスは0.15o〜0.25o程度の微小間隙であるのに,生海苔は厚さ0.15o程度,幅10o,長さ30〜50oであるから,生海苔が縦になってクリアランスを上方から下方へ通過することは困難である。したがって,生海苔はクリアランスの上部を単に飛び越えるだけである。しかも,比重の大きい異物はタンクの側壁隅部ヘ飛ばされるが,異物であっても比重の小さいものは水及び生海苔と共に流動し分離できない。
         そうすると,生海苔をしてクリアランスを通過させるためには,回転板の上方から加圧するか,回転板の下方を減圧するかあるいは他の方法を採らなければならず,本件特許発明と同様にクリアランスを分離孔とする先行技術又は後願技術(乙1,4〜7,10,11)はいずれも生海苔を通過させるためにクリアランスの前後における流体(水)に圧力差を与える構成を採用している。しかるに,本件明細書には上記に関する記載はなく,単に「生海苔のみが…前記クリアランスを通過して下方へ流れるものである」(本件公報3欄50行目〜4欄3行目)とあるのみである。

       要するに,大きい生海苔が極小のクリアランスを通過するには吸引ポンプ等により圧力差を加えることが必要であり,本件特許発明のように遠心力のみによって生海苔を異物と分離することは自然法則に悖り不可能であって,本件特許発明は産業上利用できないものである。このことは,被告が行った原告装置による実験の結果(乙3〔審判請求書〕添付の実験報告書,乙12〔ビデオテープ〕)によっても裏付けられている。
       以上によれば,本件特許発明は,目的達成のための必須の構成要件(減圧吸引)を欠き,これを除いてはその目的を達成できないし,示された解決手段のみでは明らかに目的を達成できないから,未完成の発明であることが明らかであり,特許法123条1項2号により無効とされるべきである。
       したがって,本件特許権に基づく原告の権利行使は権利の濫用として許されない。

       (原告の主張)
         被告は,本件特許発明は吸引ポンプなくしてその目的を達成できないものであることを前提に,産業上利用できない旨,未完成の発明である旨を主張するが,失当である。
         原告装置においては,吸引ポンプがなくてもタンクの中には混合液が貯まっているため,タンクの底付近が圧力が高くなっており,そのためにクリアランスの部分には圧力差が生じて,生海苔と塩水はクリアランスから出ていくことになる。
       もちろん,この際に回転板が回転していないと,生海苔がクリアランスを塞いでしまうような形で詰まってしまうので,うまく流れない。しかし,回転板が回転してさえいれば,生海苔は詰まることなくスムーズに流れ出るし,遠心力による異物分離もこれに加えて用いられている。吸引ポンプを付ければ,さらに能率を高めることは可能であるが,吸引ポンプがあってもなくても,圧力差によって生海苔がクリアランスを通過するという基本思想は変わりがない。この原告装置の動作状況は,原告会社の担当者が撮影したビデオテープ(甲21の1,2,24の1,2)から明らかである。

       なお,海苔の厚さは,被告が主張する0.15oではなく,これよりも一桁薄いのが事実である。海苔はこのように極めて薄いものであるため,海苔の厚みのためにクリアランスを通過することができないという状況にはならない。
     イ 明細書の記載不備の無効理由について
      (被告の主張)
       本件明細書中の「発明の詳細な説明」は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が,その実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されていないので,本件特許発明は,特許法36条4項の規定に違反し,特許を受けることができない。
       すなわち,本件特許発明の請求項1の「僅かなクリアランス」という要件については,基準又は程度が不明確な「僅かな」という文言が用いられており,特許を受けようとする発明の外延が不明確である。

       この「僅かなクリアランス」について,本件明細書の段落【0026】の「なお,第一回転板51,81の回転を停止した場合,クリアランスC,Sに生海苔が詰まるため,このクリアランスC,Sを通過する混合液(生海苔及び水)は僅かなものとなり,作業に差し支えることはない。」との記載から第一,第二回転板を停止したときに生海苔が詰まる程度の間隔と理解されるが,生海苔に対して下方向に働く重力のみが作用しているときにも,クリアランスに詰まって通過できない生海苔に水平方向の遠心力が加えられた際に,クリアランスを通過できるようになし得る第一回転板の回転速度を当業者が理解することは困難である。
       したがって,本件明細書の上記「発明の詳細な説明」の記載は,当業者が実施し得る程度に明確,十分であるとは認められず,本件特許発明は特許法123条1項4号により無効とされるべきである。

      (原告の主張)
        本件明細書の記載は,本件特許発明の装置の仕組みを考えれば,どのようなものを意味するか十分理解可能であり,さらに本件特許発明は数値限定の発明ではなく,具体的な構造を備えるものはすべてその技術的範囲に含まれるのであるから,被告の主張は理由がない。
   (4) 原告の損害額(争点4について)
     ア 特許法102条1項の適用
      (原告の主張)
     (ア) 原告装置は本件特許発明の実施品であること
       原告装置(「CFW−36」,「CF−36」)は,本件特許発明を実施したものであって,特許法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物」に該当する。
       被告は,原告装置は,本件特許発明の構成に減圧吸引の構成を付加してはじめて異物分離の目的を達することができるものであるから,本件特許発明の実施品でなく,「侵害の行為がなければ販売することができた物」に該当しない旨主張する。しかし,吸引手段は単なる付加的な構成にすぎず,原告装置は吸引ポンプ等がなくても本件特許発明の作用効果を奏するものであるから,被告の主張は失当である。

     (イ) 原告の製造能力
         原告の事業規模は年間売上げ約22億円というものであり,完成品取扱い会社,協力工場も数十社あることから,原告には原告装置の製造について十分な能力がある。
       原告装置の販売数量が,被告装置のそれよりもかなり少ないのは事実であるが,これは被告の営業力と廉価による販売が理由であり,原告の製造能力の問題ではない。
       本件の回転板式異物除去機は,クリアランスの精度を保つ点などにおいて,それなりに微妙な装置ではあるが,その製造のために特殊希少な資源や特に大規模な設備が必要となるようなものではない。一般的な製造設備で対応可能な普通の機械である。注文があればそれに応じて製造をすることや大量であればそれなりの製造設備を短期間のうちに整えて注文に応じることは十分に可能である。

       よって,被告が競合する侵害品を市場に出さなければ,原告は市場での需要に対応して大量の原告装置を製造したであろうことは確実である。
     (ウ) 特許法102条1項ただし書の事情のないこと
       a 原告装置の優秀性
         被告装置は,本件特許発明を実施することによって十分な能率の異物分離機能を有しているが,それ以上のものではなく,総合的に見れば原告装置の方が優れている。
         後記で被告が指摘する諸点についても,原告装置は別の手段により問題を解決しており,能力的に劣る点はない。すなわち,逆洗のための機構やウレタンゴム片による清掃機構により生海苔の詰まりを防止するという点については,回転板の速度を速くすることや回転板を上昇させるカム機構により十分対処できる。また,隙間の調整については回転板を交換することによって対応可能であるし,複数のリングを用いることについてはかえってクリアランスの大きさの調整が困難になるという問題点がある。

         このように,総合的には原告装置の方が優れているが,仮に被告主張のように被告装置の方がその特徴により優れているとしても,原告装置が特許法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物」に該当することに変わりはない。
       b 競合品・代替品の不存在
         被告が競合品として指摘する各製品は,能力不足のために売れていないものか,本件特許権を侵害するものである。
         例えば,株式会社金丸製作所の「スーパークリーナー」(乙13),株式会社クギザキの「ダスクリーン」(乙15)は,作業能率が低いため本件特許発明を実施した製品が上市されてからは実際上顧みられていないものであり,およそ競合品とはいえない。
         また,フルタ電機株式会社の「ダストール」(乙16)は,別件の訴訟(東京地裁平成10年(ワ)第11453号事件についての同12年3月23日判決。この判決は控訴棄却判決,上告不受理決定を経て確定した。)で侵害品と判断された装置であり,競合品と評価することはできない。

       c 被告の営業力
         被告装置が大量に売れているのは,被告の営業力が優秀であることと,比較的低価格で販売されていることが理由であり,被告の営業力は,特に漁業協同組合への強い食い込みによって基礎づけられていることは事実である。
         しかし,被告の営業が本件において功を奏したのは,被告装置が本件特許発明による成果をあげて,原告装置と比較可能な水準のものとなっていたからであって,侵害品であることを抜きにして被告の営業力の高さを特許法102条1項ただし書の事情として考慮するべきではない。
      (被告の主張)
     (ア) 原告装置は本件特許発明の実施品でないこと
        原告装置は,本件特許発明の構成のみによって異物分離の目的を達成している装置ではなく,本件特許発明の構成に本件特許発明の構成要件でない減圧吸引機構を付加してはじめて異物分離の目的を達することができるものであるから,本件特許発明の実施品でなく,特許法102条1項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物」に該当しない。

       このことは,被告が原告装置について吸引ポンプを除去して実験したところ,生海苔の通過がほとんどなく,生海苔を最小に切断して再実験しても,生海苔のクリアランスの通過率は10%以下であったことからも裏付けられる。
     (イ) 原告の製造能力
         原告による原告装置の製造販売実績は,平成9年から平成13年の平均で年間約100台であり,被告装置の製造販売実績と比べて格段に少ない。
       また,原告の年間売上高は,最近4会計年度(45期〜48期)の数字によれば16億円から21億円程度であり,協力工場等を含めてもその売上高を超える生産能力を確保することは困難である。
       原告は十分な製造能力がある旨主張するが,客観的な裏付けに乏しく,原告には原告装置の現実の販売数量である年間100台程度の実施能力しかないと言わざるを得ない。

     (ウ) 特許法102条1項ただし書の事情のあること
       本件においては,下記のとおり,被告の譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を原告が販売することができない事情(特許法102条1項ただし書)がある。
       a 被告装置の優秀性
         被告装置は,原告装置に比べて構造,性能の面で格段に優れており,商品そのものの価値からして原告装置は被告装置ほどの数量を販売することができない。
         すなわち,被告装置は,環状突条と環状溝の嵌合という特殊構造を採用していること,回転盤と固定盤との隙間の目詰まり防止のため加圧水の逆流及びウレタンゴム片による清掃を行っていること,ハンドルの回転によって間隙を0.05o〜0.5oの間で自由に調節できること,1つの環状突条につき2本の環状間隙ができる(回転板を増やすことなく能力を増加させることができる)ことから,原告装置よりも能力の点で優れている。

       b 競合品・代替品の存在
         原告装置は,被告装置と比べ商品として格段に劣っているため,両装置は競合・代替関係に立たず,被告装置が販売されなかったとしても,被告装置と同様に原告装置が販売できるものではない。
         また,被告装置が販売されなかったとして,原告装置は性能のほぼ等しい同業他社(フルタ電機株式会社,株式会社カニエ製作所,株式会社金丸製作所,株式会社クギザキなど)の製品(乙13,15,16)と販売を競うことにもなり,被告装置に匹敵する数量を販売できるはずがないし,販売できる合理的理由もない。
       c 被告の営業力の寄与
         被告装置が販売できたことは,被告の営業力に寄与する点が大である。
           すなわち,被告は海苔生産関連機器の専業メーカーであり,各地の漁業協同組合と強いつながりを持っていることから,海苔生産業者が被告装置を選択する例も多く見られた。また,被告は別構造の異物分離除去機につき,ユーザーの要望を入れて被告装置との買換えを認めるなど営業努力を怠らなかった。

         これに対して,原告は海苔生産関連機器の専業メーカーではなく,海苔生産業者に対する営業力・信頼度は,被告に比べ格段に劣っている。
     イ 被告の故意又は過失の有無
      (被告の主張)
       被告装置は被告の特許権等の権利を実施したものであり,被告はこれらの権利を適法に実施する権限を有するから,被告において,被告装置の製造販売が本件特許権を侵害することにつき故意がないことはもちろん過失もない。
         すなわち,被告装置は,特許登録第3061181号(乙1)の特許権及び実用新案登録第3060414号(乙17)の実用新案権として登録されている被告の権利を実施した装置である。上記特許は,審査過程において本件特許発明から容易に想到できないとして特許登録され,上記実用新案登録に係る考案は参考文献として本件公報が示されたにもかかわらず,評価「6」の技術評価を得ている。このことは,上記各権利はいずれも新規性はもちろん進歩性のあるものとして登録され又は技術評価されたことを意味している。

         被告は,平成10年12月14日,被告装置の製造販売に先立ち上記特許出願及び上記実用新案登録出願をした上で,その製造販売を開始し,上記各権利が登録を受けることにより,被告装置の構造は従来技術に比して新規性・進歩性を有することを確信して現在まで製造販売を継続するに至った。以上の経緯から,被告には,被告装置の製造販売が本件特許権を侵害することにつき故意・過失はないというべきである。
      (原告の主張)
       被告の主張は争う。被告装置を製造販売等する行為が本件特許権を侵害することは明らかであって,被告には権利侵害について故意又は少なくとも過失がある(特許法103条参照)。
     ウ 被告装置の販売数量
      (原告の主張)
       被告は,別紙原告損害額計算書のとおり,平成10年度(同年秋から翌年春までの海苔収穫シーズンを指す。以下同じ)から同12年度までの間合計2100台の被告装置を製造・販売した。

       被告は,後述のとおり,上記期間内における販売台数は1721台である旨主張するが,この数量を裏付ける証拠を欠く上,旧型(Hタイプ)の装置との交換のために出荷した台数(以下「交換分」という。)を含んでいない疑いが強い。これに対し,原告の上記主張は販売店からの聞き取り調査の結果に基づくもので信頼性が高いこと,被告装置に装着されているモーターバルブの購入個数が2268個であること(モーターバルブは大荒ゴミ取り機にも用いられるが,その台数は百数十台にとどまる。)からしても,被告は2200台以上の被告装置を出荷していることが強く疑われ,少なくとも2100台の被告装置が製造販売されたことは確実である。
      (被告の主張)
       原告の主張は否認する。被告は,平成10年度から同12年度までの間,別紙被告販売数量一覧表のとおり,合計1721台の被告装置を製造販売した。この数量は交換分182台をを含むものであり,その内訳は,平成10年度は660台(いずれもRタイプの販売台数。以下同じ)中80台,平成11年度は776台中99台,平成12年度は85台中3台である。

     エ 原告の利益の額
      (原告の主張)
     (ア) 原告装置の利益額の計算
       原告装置の製造原価及び販売価格の詳細については,おおむね別紙原告利益計算書のとおりであり,製造原価については,「CFW−36」が97万0055円23銭(上記計算書にある数字は計算違いであるので,このとおり訂正する。),「CF−36」が92万5743円である。
       そして,原告装置の平均出荷価格は,「CFW−36」が193万5750円,「CF−36」が133万5000円であるから,これから上記製造原価を控除すると,1台当たりの粗利益は,それぞれ96万5694円(1円未満切り捨て),40万9257円となる。
       これらの金額からは,さらに販売管理費等の変動経費を控除する必要があるが,上記の経費の粗利益に占める割合は,「CFW−36」については2割を,「CF−36」については1割を超えることはない。

       したがって,原告の「単位数量当たりの利益の額」は,「CFW−36」については77万円,「CF−36」については36万円を下らない。
     (イ) 原告装置の販売価格
       被告は,後記のとおり,原告は事後に販売価格を値引きしているので上記(ア)における利益額の計算は誤りである旨主張する。
       しかし,原告が事後に原告装置の販売価格を値引きし,差額を返金処理したことがあるのは事実であるが,これは被告やフルタ電機株式会社が競合品を安価で市場に提供したことから(被告は小売価格230万円,フルタ電機は同270万円),対抗上やむを得ず行った措置であり,特許法102条1項に基づく利益の額については,本来の販売価格に基づく計算によるべきである。
     (ウ) 本件特許発明の寄与率
         被告装置は,本件特許発明の規定する回転板円周部のクリアランスを用いることにより異物分離の効果を奏しているのであるから,損害額の認定においても本件特許発明の寄与率は100%と認めるべきである。

       被告は,吸引手段の付加が必要であることを前提に寄与率を算定するべきであると主張するが,これを付加し得ることは極めて当然でありこの点に発明としての価値を見いだすことはできない。
     (エ) 原告装置と被告装置の対応関係
       原告は,平成9年度から「CFW−36」型の装置を,平成11年度から「CF−36」型の装置をそれぞれ販売しているが,前記のとおり,これらの装置は特許法102条1項にいう,被告による「侵害の行為がなければ販売することができた物」に該当する。具体的には,被告装置のうち,小型の「Sタイプ」及び「SSタイプ」は,原告装置のうち回転板が1枚の「CF−36」に対応し,被告装置の「Rタイプ」は原告装置のうち回転板が2枚の「CFW−36」1台に,被告装置の「LLタイプ」は「CFW−36」の2台にそれぞれ対応する。

     (オ) 損害額のまとめ
       前記(イ)の単位数量当たりの利益の額に,前記イの被告装置の販売数量を乗じると,特許法102条1項に基づく原告の損害額は,15億3931万円となる(詳細は別紙原告損害額計算書のとおり)。
       そして,原告の負担する弁護士費用のうち,少なくとも上記の損害額の1割に当たる1億5393万1000円については,相当因果関係のある損害として,賠償の対象とされるべきである。
       以上を合計すると,損害額は16億9324万1000円となる。なお,各年度の異物除去機の販売は,海苔の収穫期は冬であり本件の商品の需要期はそれに先立つという事実から,遅くとも3月末までにされているので,各年度の製造・販売による損害賠償義務は,遅くとも4月1日には履行遅滞に陥っている。

       よって,原告は,被告に対し,本件特許権の侵害に基づく損害賠償として16億9324万1000円及びうち5億8019万5000円(平成10年度分)に対する平成11年4月1日から,うち9億5021万3000円(平成11年度分)に対する平成12年4月1日から,うち1億6283万3000円(平成12年度分)に対する平成13年4月1日から各支払済みまで,それぞれ年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
      (被告の主張)
     (ア) 原告装置の利益額の計算
         原告主張の利益の額は,否認する。
       特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」は,すべての経費を考慮した純利益を指すものと解すべきである。なぜなら,これを粗利益であるとすると,特許権者又は専用実施権者は,本来製造販売に必要な全経費のうち控除されない一部経費を利益に含めて取得できることになり,その分本来得られる以上の利益を損害賠償として得ることになって不当だからである。

       原告提出の原告会社の決算書(甲35の1〜4)によれば,最近の4会計年度(45期〜48期)の平均粗利益の率は6.1525%,平均純利益の率はマイナス3.035%であり,純利益がマイナスを示しているため平均粗利益を採用するとしても,その利益率は原告主張のような高率(約50%)になることはない。
       また,製造原価については,被告装置の回転盤及び固定盤は製造に高度の技術を必要としており,当該部分の価格も高価である。原告が原告装置につき被告装置と同様の販売実績を上げようとするならば,その性能の格段の相違から原告装置に更に手を加えて被告装置と同等の性能を発揮できる商品にする必要があるが,そのためには製造経費は増大し,原告装置の利益額は大幅に減ぜられることになる。
     (イ) 原告装置の販売価格

         原告主張の原告装置の平均出荷価格は,否認する。
       原告装置のうちの「CFW−36」の平均出荷価格B(203万円)については,更にこれから14万円の値引きがされた例があり,出荷価格は189万円とみるべきである。
       また,原告は被告装置の販売による競争でやむなく値引きをした旨主張するが,被告装置が販売される前の平成9年9月の段階で既に「CFW−36」は,標準小売価格230万円で,実際には161万円ないしそれ以下の価格で販売された例があるから,この主張は失当である。
       被告の調査の結果によれば,原告装置のうち「CFW−36」の平均出荷価格は155万2500円,「CF−36」の平均出荷価格は114万7500円であり,実際にはこれを下回る価格で販売されていたとみるべきである。

     (ウ) 本件特許発明の寄与率
       本件特許発明は,吸引手段がなければ,混合液中の生海苔をクリアランスに通過させることが不可能なものであって,これなくしては全く産業上利用できないものである。本件特許発明の実施品であるという原告装置が,まがりなりにも販売できているとするならば,それは本件特許発明の構成に属しない吸引手段が付加されているからであり,その機能なくしては実用機として販売することはできない。
       よって,原告装置における本件特許発明の寄与は極めて限定的に考えるべきであり,ひいてはその販売利益に対する本件特許発明の寄与の割合も同様に限定して評価するべきである。
     (エ) 原告装置と被告装置の対応関係
       原告の主張は,争う。
     (オ) 損害額のまとめ
       原告主張の損害額は,争う。

第3 当裁判所の判断
 1 争点1(被告装置の本件特許発明1の構成要件充足性)について
   (1) 構成要件A(筒状混合液タンクの底部周端縁に環状枠板部の外周縁を連設し)について
       本件明細書の記載内容に照らし,当事者間に争いのない別紙物件目録の構成と本件特許発明1の内容とを対比すると,被告装置においては,その上部に位置する外槽1と底板4とからなるドラム型の容器が「筒状混合液タンク」に,底板4の内方端が「筒状混合液タンクの底部周端縁」に,固定盤5のうちの最外周のリングが「環状枠板部」に,該リングの外槽1側の端部が「環状枠板部の外周縁」に,それぞれ該当する。また,底板4の内方端と固定盤5の最外周のリングの外槽1側の端部とが「連接」されていると認められる。したがって,被告装置は構成要件Aを充足する。

     この点に関して,被告は,被告装置の固定盤5の一部のみを切り離して「環状枠板部」に該当するとみるべきではない旨主張する。
     しかし,本件明細書には,本件特許発明1の特許請求の範囲にある「環状枠板部」につき,部材の一部分で形成することを妨げる趣旨の記載は存在しない。かえって,本件明細書に開示されている実施例においては,環状枠板と環状固定板とを合わせて「環状枠板部」としており(本件公報4欄42行目〜44行目),用語の通常の意味からしても,「〜部」という表現は部材の名称とは一応区別されたものと理解することができる。
     したがって,構成要件Aにいう「環状枠板部」とは,1つの部材から形成されることを要しないことが明確であるというべきである。被告の主張は理由がない。
   (2) 構成要件B(この環状枠板部の内周縁内に第一回転板を略面一の状態で僅かなクリアランスを介して内嵌めし)について

     被告は,構成要件Bに関し,被告装置は「第一回転板」を具備せず,「略面一の状態」でなく,かつ「僅かなクリアランスを介して内嵌めし」ていないと主張するので,それぞれの要件について,順次検討する。
     ア 「第一回転板」の要件について
       当事者間に争いのない別紙物件目録の構成と本件特許発明1の内容とを対比すると,被告装置の回転盤10は三重の環状突条9が放射状リブで固定されて1つの回転板を構成するものであるから,「第一回転板」に該当する。
        この点に関して,被告は,本件特許発明1にいう「第一回転板」は,クリアランスに向けての混合液の移行がされるために,表面が平らかな円盤状でなければならず,表面に三重の凹溝が形成されている被告装置の回転盤5は「第一回転板」に該当しない旨主張する。

       しかし,本件明細書の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明の記載によれば,「第一回転板」の表面の形状,構造について特段の限定はみられない。そして,本件明細書には本件特許発明の作用につき「第一回転板を回転させると混合液に渦が形成されるため生海苔よりも比重の大きい異物は遠心力によって第一回転板と前記環状枠板部とのクリアランスよりも環状枠板部側,即ち,タンクの底隅部に集積する結果,生海苔のみが水とともに前記クリアランスを通過して下方に流れるものである。このとき,第一回転板は回転しているため,前記クリアランスには生海苔が詰まりにくいものである。」(本件公報3欄46行目〜同4欄3行目)と記載されていることから,第一回転板は,その回転によって混合液に渦を形成すること,環状枠板部との間にわずかなクリアランスを形成することが必要とされる機能であって,これを達成できる回転板であれば本件特許発明にいう「第一回転板」に該当するものというべきである。
       また,本件明細書に開示されている実施例においては,液面レベルセンサ92の位置からも分かるように,タンク内には相当深さの混合液が満たされて,その混合液が第一回転板の回転による渦によって,クリアランス側に移動するものであって,わずかな量の混合液が第一回転板の表面を流れるものではないことから,混合液がクリアランス側に移動するために,第一回転板の表面が平面であることを要しないものと解される。
         また,被告は,被告装置は,回転盤の溝に対応する三周のリングで構成する固定盤が存在することから機能を果たすもので,これらが一体不可分の状態でこそ異物分離の作用を有するものであるから,回転盤単体では本件特許発明の「第一回転板」に該当しない旨主張する。
       しかし,被告装置が作動する際には,回転盤10の凹溝は異物除去のため必要な間隙Sを残して固定盤5により塞がれており,混合液が凹溝を通って流れ去ることはないから(当事者間の争いのない別紙物件目録の【図7】を参照),本件特許発明の作用,効果を妨げるものではない。

         そして,被告装置の回転盤を複数のリングで形成することによりこのような凹溝を設けるとともに,固定盤を対応する複数のリングから構成したのは,固定盤の最外周のリングの内側と回転板の最外側の環状突条の外側との間隙Sにより,本件特許発明のクリアランスに相当する作用を果たした上で,さらに,当該環状突条の他面,他の環状突条の両面においても,同様の作用を付加的に果たすためであり,このような構成を採ることが本件特許発明と相容れないものではないと解される。
         したがって,被告の主張はいずれも理由がない。
     イ 「略面一」の要件について
         本件特許発明1においては,特許請求の範囲に「『略』面一の状態」との用語が用いられているとおり,環状枠板部と第一回転板との間の面一の状態は,精密な面一の状態が要求されるものではなく,本件特許発明の実施例においても本件公報の図4で環状枠板部側が低い構造となっているように,異物分離に必要な渦の形成が妨げられることがない程度に同程度の高さであればこの要件を満たすものと解される。

       そして,被告装置においては,固定盤の最外周のリングの内側と回転板の最外側の環状突条の外側とは,別紙物件目録の【図7】のとおり前者が低い構造となっているが,その差は回転盤と固定盤の相当広い平面に比して,回転盤のリングの厚さよりさらに小さい段差にすぎず,また,回転板の回転によって,異物分離のための渦が支障なく形成されることも明らかであるから(当事者間に争いのない別紙物件目録の【図4】及び【図7】を参照),固定盤の最外周のリングの内側と回転板の最外側の環状突条の外側との関係は「略面一の状態」に該当するというべきである。
       この点に関し,被告は,本件特許発明1の「環状枠板部」と「第一回転板」に段差があるとすれば,混合液中の異物のみならず,生海苔もクリアランスを越えて外側に集積することになり,異物分離の作用を奏さない旨主張する。

       しかし,仮に吸引手段が存在しない場合でも,本件特許発明においては,タンク内には混合液が満たされており,その重力が作用して生海苔は水とほぼ比重が等しく水に十分混合した状態であって,その水がクリアランスを通過するのであるから,第一回転板と環状枠板部とが正確に同一の高さでなくても,水と混合されて一体化している生海苔がクリアランスを通過することは十分想定され,それに対して,比重の大きな異物が遠心力の作用により分離されることも想定され得るところである。
       さらに,本件特許発明の実施例においては,下段の第一回転板51の下方に第二回転板52が設けられ,これを混合液の通過速度以上の周速度で回転させて,混合液の通過を促進している一方(本件公報5欄34行目〜38行目),上段の第一回転板81の下方には第二回転板は設けられていないものの,同様な第二回転板を設けてもよいことが記載されているから(同6欄1行目〜2行目),吸引手段に相当する混合液の通過促進手段を備えることが効果を有するものの,必ずしも,そのことが必須の要件とまではいえないことが,本件明細書からも明らかである。

         以上によれば,被告の主張は理由がない。
     ウ 「クリアランスを介して内嵌め」の要件について
       構成要件Bは,環状枠板部と第一回転板との位置関係につき,第一回転板が環状枠板部の「内周縁内に」あること,第一回転板が環状枠板部の内周縁内に「クリアランスを介して内嵌め」されていることを要件としている。
         この要件については,「内周縁内に」及び「内嵌め」という特許請求の範囲の文言からして,環状枠板部の最も内側(軸心に近い側)の部分よりも更に内側に,第一回転板の最も外側の部分があることが要件とされているものと認められる。このことと,「クリアランスを介して」という文言をあわせ考えると,本件特許発明1においては,外側から内側に向かって,環状枠板部の最も内側の部分,クリアランス,第一回転板の最も外側の部分という順序で,これらの部材が組み合わされるという構成が,特許請求の範囲として記載されているということができる。

       これを被告装置についてみると,当事者間に争いのない別紙物件目録の構成と本件特許発明1の内容とを対比すると,固定盤5の最外周のリングの内側と回転盤10の最外側の環状突条9の外側との間の隙間が「僅かなクリアランス」に該当すると認められる。そして,被告装置の固定盤5の最外周のリングの内側面が「環状枠板部」に,回転板10が「第一回転板」に,それぞれ該当することは,前記(1)及び(2)アのとおりである。そして,被告装置において,回転盤と固定盤が上下方向に重複する部分においては,どの水平面をとっても,固定盤の最外周のリングの内側面,上記クリアランス,回転盤の最外側の環状突条の外側面という順序で配置されているから(当事者間に争いのない別紙物件目録の【図7】を参照),「クリアランスを介して内嵌め」の要件を満たすものと考えられる。
         この点に関し,被告は,被告装置はクリアランスが上から塞がれる構成になっており,「クリアランスを介して内嵌め」とはいえない旨主張する。
       確かに,被告装置では,回転盤10の環状突条9の下方先端が傾斜状をしているために,固定盤の最外周のリングの内側と回転盤の最外側の環状突条の外側とで形成されるクリアランスは斜めになっており,真上から見ると回転盤の外縁で隠される構造となっている(当事者間に争いのない別紙物件目録の【図5】ないし【図7】を参照)。
       しかし,本件明細書には,クリアランスが斜めに形成されていることやクリアランスが真上から見て隠されることを排除する旨の記載はなく,特許請求の範囲のとおり,環状枠板部の内周縁内にクリアランスを介して内嵌めされていることを要件としているのみである。そして,クリアランスが上から塞がれる構成であっても,本件特許発明の異物分離除去の作用,効果を奏することは,前記イに記載したところと同様である。したがって,被告の主張は理由がない。

     エ 構成要件Bについてのまとめ
       以上によれば,被告装置は,構成要件Bを充足するものと認められる。
   (3) 構成要件C(この第一回転板を軸心を中心として適宜駆動手段によって回転可能とするとともに)について
     被告装置の回転盤10は三重の環状突条9が放射状リブで固定されて1つの回転板を構成するものであって,「第一回転板」に該当することは,前記(2)アで認定判断したとおりである。
     そして,当事者間に争いのない別紙物件目録の構成と本件特許発明1の内容とを対比すると,被告装置においては,回転軸11とそれにつながるスプロケットホイール12,チェイン15,スプロケットホイール14,モータ13により,回転盤10が回転可能となっているものであるから,構成要件Cを充足する。
   エ その他の構成要件について

     被告装置が本件特許発明1の構成要件D及びEを充足することは,当事者間に争いがない。
   オ まとめ
     以上によれば,被告装置は本件特許発明1の構成要件を充足し,その技術的範囲に属すると認められる。
 2 争点2(被告装置の本件特許発明2の構成要件充足性)について
     本件特許発明2の特許請求の範囲の記載は「前記第一回転板の表面を回転中心から周縁に向かうに従って下がり傾斜にしたことを特徴とする請求項1の生海苔の異物分離除去装置。」というものである。
    被告装置の回転盤10が「第一回転板」に該当することは,前記1(2)アで認定したとおりであり,当事者間に争いのない別紙物件目録の構成と本件特許発明2の内容とを対比すると,被告装置の回転盤10は回転軸11から周縁に向かって下がり傾斜を有しているから(当事者間に争いのない別紙物件目録の【図4】及び【図7】を参照),被告装置は本件特許発明2の構成要件を充足する。

    なお,被告は,本件特許発明1,2を通じ,被告装置は被告の有する特許発明(乙1,2)の実施品であり,当該特許発明は本件特許発明との間で利用関係に立つものではないことから,被告装置の製造販売等の行為は本件特許権を侵害しない旨主張する。しかし,被告装置が被告の上記特許発明の実施品であるとしても,当該特許発明が本件特許発明の利用発明である場合はもちろん,そうでない場合でも,被告装置が両発明のすべての構成要件を備えていれば,本件特許発明及び被告の特許発明の双方の技術的範囲に属することはあり得るところである。被告の主張は理由がない。
 3 争点3(本件特許発明の明らかな無効理由の有無)について
   (1) 発明未完成に基づく無効理由について
     被告は,本件特許発明の構成を前提とした場合に,生海苔がクリアランスを通過するには吸引ポンプ等の吸引手段により圧力差を加えることが必要であり,遠心力のみによって生海苔を異物と分離することは不可能である旨主張し,これを裏付けるものとして原告装置による実験の結果を撮影したビデオテープ等を証拠として提出しているので,被告の上記主張について検討する。

     ア 前提となる事実
       証拠(甲2)及び弁論の全趣旨によれば,本件特許発明において異物分離の対象としている生海苔は水とほぼ比重が等しく,実施例である異物分離装置中においては,混じり合った状態にあること(本件明細書の「生海苔混合液」ないし「混合液」がこれに該当する。),この混合液に含まれる異物のうち比重の大きなものについては遠心力の作用により生海苔から分離されることが,それぞれ認められる。
     イ 被告による実験の結果
       証拠(乙12)及び弁論の全趣旨によれば,被告は,平成13年5月12日,吸引装置を備えた原告装置を用いて,吸引装置を用いない場合と用いた場合で生海苔の異物分離除去の効果が異なるかどうかを検証するための実験をしたこと,その実験条件は次のとおりであったことが認められる。

     (ア) 使用した装置   「CFW−37」型(「CFW−36」型と実質的に同一の構成を有するもの)
     (イ) 使用した材料   水50?に生海苔200枚を混ぜた混合液(生海苔のサイズは切断板の孔を10oとするもの)
     (ウ) クリアランスの幅 0.15o
       上記実験の結果(乙12により認められる。)によれば,上記の原告装置を吸引装置を用いずに作動させた場合,生海苔の多くが分離されずに装置内に残存したが,他方で,クリアランスを通過した生海苔もある程度は存在したこと(被告は5%程度と主張している。),吸引装置を作動させた場合には,生海苔のほとんどがクリアランスを通過していることが,それぞれ認められる。
     ウ  原告による実験の結果
       証拠(甲24の1,2)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,平成13年4月25日,原告装置を用いて,クリアランスの幅の大きさによって生海苔の異物分離除去の効果が異なるかどうかを検証するための実験をしたこと,その実験条件は次のとおりであったことが認められる。

     (ア) 使用した装置   「CFW−37」型
     (イ) 使用した材料   水80?に乾海苔120枚を溶かした混合液
     (ウ) クリアランス幅  0.2o
       上記実験の結果(甲24の1)によれば,クリアランスの幅を0.2oに設定した場合,吸引装置を用いなくても生海苔がクリアランスを通過したこと,回転板を意図的に上昇させて3oの上下方向のクリアランスを形成した場合,吸引装置を用いなかったときでも水(ただし,生海苔を含まないもの)が大量に流出したことが,それぞれ認められる。
     エ 検討
       被告は,上記イ記載の条件で行われた実験の結果によれば,原告装置を吸引装置を用いないで作動させた場合に,異物分離除去の効果を奏さない旨主張する。この被告の主張は,吸引装置を備えた原告装置において,クリアランスの幅を0.2oに設定し,生海苔のサイズを通常の処理に用いられているものとして,かつ,吸引装置を作動させない場合に,ほぼ100%の生海苔がクリアランスを通過することが必要であるという前提に立つものである。しかし,本件明細書の「特許請求の範囲」及び「発明の詳細な説明」には,クリアランスの幅を0.2oに設定すること,生海苔のサイズを通常の処理に用いられているものとすること等は何ら記載されていない。そもそも,本件特許発明は,前記1でみたとおり,回転板と環状枠板部との間のクリアランスによって生海苔と異物とを分離除去する構成自体に特徴を有するもので,クリアランスの幅等に何らかの限定を付したものではなく,本件特許発明を実施する際に,具体的には,特定の装置の設計や運転に当たり,具体的な数値,その他の付加的な装置等が適宜設定されるものである。そして,被告の主張によっても,5%程度の生海苔は水とともにクリアランスを通過しているのであるから,被告の実験の結果からは,せいぜい,被告の設定した条件では吸引装置を用いない場合に生海苔の異物分離除去に困難が生じるという事実が証明されるだけであり,このことから本件特許発明自体が未完成であることないし産業上利用できないことを認めることはできない。
       かえって,原告の実験の結果によれば,海苔のサイズを適宜変更すれば,原告装置においてクリアランスの幅を0.2oに設定し,かつ吸引装置を作動させなくても,生海苔はクリアランスを十分に通過し,異物分離除去の効果を奏することが認められ,このことは,本件特許発明の特徴である遠心力が作用することを前提としても,生海苔が水とともに混合液の重力による圧力によってクリアランスを通過し,混合液タンクから流出することを意味するものである。

       以上によれば,本件特許発明においては,吸引手段を必須の要件としなくても,クリアランスと生海苔のサイズとの関連条件を適宜に選択すれば,生海苔は十分にクリアランスを通過することが可能であると考えられる。
       そして,前記アで認定したとおり,生海苔は水とほぼ同じ比重で混じり合っており,比重の大きな異物は,遠心力によって分離されるのであるから,上記のクリアランスと生海苔のサイズとの関係に加えて,回転板の回転数等についても適宜の条件を選択すれば,生海苔が水とともにクリアランスを通過するとともに,異物が分離され,吸引手段を必須の要件としなくても,本件特許発明の作用効果を奏するものと考えられる。
       したがって,本件特許発明は未完成であるとも,産業上利用できないとも認めることはできない。被告の主張は理由がない。

   (2) 明細書の記載不備に基づく無効理由について
     被告は「僅かなクリアランス」という要件にいう「僅かな」の程度,基準及び「第一回転板」の回転速度について本件明細書に開示がないとして,本件特許発明には明細書の記載不備の無効理由がある旨主張する。
     しかし,クリアランスの幅及び回転板の回転速度について,本件特許発明においては一律に定める必要があるものではなく,原料の状況,装置の他の箇所の状況等によって,さらには要求される異物分離の精度等との兼ね合いから,実際の装置の設計,運転状況の設定等に当たり,適宜クリアランスの幅を設定し,異物分離に必要な渦を形成できる回転速度を設定すれば足りるものである。したがって,これらの具体的数値等の開示がないとしても,本件明細書に当業者が容易に実施できる程度に発明の内容につき記載がされていないとはいえない。被告の主張は理由がない。

   (3) まとめ
     以上によれば,本件特許発明に明らかな無効理由が存在するとは認めることができないから,これらの特許権に基づく原告の権利行使が権利の濫用である旨の被告の主張は,理由がない。
     そうすると,被告装置が本件特許発明1及び2の技術的範囲に属することは前記1,2で認定したとおりであるから,原告の被告装置の製造販売等の差止請求及び被告装置の廃棄請求は,いずれも理由がある。
 4 争点4(原告の損害額)について
   (1) 特許法102条1項の立法趣旨
       本件において,原告は,特許法102条1項に基づく損害賠償を請求しているので,この規定の立法趣旨等について最初に述べる。
      特許法102条1項は,排他的独占権という特許権の本質に基づき,特許権を侵害する製品(以下「侵害品」ということがある。)と特許権者の製品(以下「権利者製品」ということがある。)が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定というべきである。すなわち,そもそも特許権は,技術を独占的に実施する権利であるから,当該技術を利用した製品は特許権者しか販売できないはずであって,特許発明の実施品は市場において代替性を欠くものとしてとらえられるべきであり,このような考え方に基づき侵害品と権利者製品とは市場において補完関係に立つという擬制の下に,同項は設けられたものである。

       このような立場からは,本項にいう「特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物」とは,侵害された特許権に係る特許発明の実施品であることを要すると解すべきである。なぜなら,特許発明の実施品でないとすれば,そのような製品は侵害品と性能・効用において同一の製品と評価することができず,また,権利者以外の第三者も自由に販売できるものであるから,市場において侵害品と同等の物として補完関係に立つということができず,この規定を適用する前提を欠くからである。
      そして,前述のように特許法102条1項を,排他的独占権という特許権の本質に基づき,侵害品と権利者製品が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定と解し,侵害品の販売による損害を特許権者の市場機会の喪失ととらえる立場に立つときには,同項にいう「実施の能力」については,これを侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な製造能力,販売能力をいうものと解することはできず,特許権者において,金融機関等から融資を受けて設備投資を行うなどして,当該特許権の存続期間内に一定量の製品の製造,販売を行う潜在的能力を備えている場合には,原則として,「実施の能力」を有するものと解するのが相当である(また,侵害者が侵害品を市場に大量に販売したことにより,特許権者が権利者製品の製造販売についての設備投資を差し控えざるを得ない場合があることを考慮すれば,同項にいう「実施の能力」を上記のように解さないと,特許権者の適切な救済に欠ける結果となろう。)。

      次に,特許法102条1項はただし書において,侵害品の譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者が販売することができないとする事情があるときは,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定しているが,前述のように本項を,排他的独占権という特許権の本質に基づき,侵害品と権利者製品が市場において補完関係に立つという擬制の下に設けられた規定と解し,侵害品の販売による損害を特許権者の市場機会の喪失ととらえる立場に立つときには,侵害者の営業努力(具体的には,侵害者の広告等の営業努力,市場開発努力や,独自の販売形態,企業規模,ブランドイメージ等が侵害品の販売促進に寄与したこと,侵害品の販売価格が低廉であったこと,侵害品の性能が優れていたこと,侵害品において当該特許発明の実施部分以外に売上げに結び付く特徴が存在したこと等)や,市場に侵害品以外の代替品や競合品が存在したことなどをもって,同項ただし書にいう「販売することができないとする事情」に該当すると解することはできない。
      すなわち,特許法102条1項の適用に当たっては,権利者製品は,特許発明の実施品として特徴付けられているものであり,侵害品は,まさに当該特許発明の実施品である故をもって,市場において権利者の市場機会を奪うものとされているのである。言い換えれば,侵害者の販売する製品(侵害品)は,特許権者の特許権を侵害することによって初めて製品として存在することが可能となったものであり,当該特許発明の実施品であるからこそ,権利者製品と競合するものとして,市場において権利者製品を排除して取引者・需要者により購入されたのである。侵害品の販売に侵害者の営業努力等があずかっていたとしても,特許権者としては,仮に侵害品の販売期間と対応する期間内には不可能であるとしても,これに引き続く期間を併せれば侵害品の販売数量に対応する権利者製品を販売できたはずであり,仮に侵害品が他に独自の優れた特徴を有していたとしても,あくまでも特許発明の実施品としての特徴を備えていたからこそ,権利者製品と競合するものとしてこれを排除して取引者・需要者に購入されたというべきであり,侵害者が侵害品を低廉な価格で販売した(あるいは無償で配布した)としても,特許発明の実施品であったからこそ権利者製品を排除して取引者・需要者に入手されたものである。しかも,これらの場合には,いずれも,侵害品が取引者・需要者の手に渡った結果として,それと同数の権利者製品の需要が失われているのであるから,仮に,営業努力等により侵害者による侵害行為が急であったり,取引者・需要者において,侵害品を購入する動機として,特許発明の実施品であるという点に加えて,何らかの点(付加的機能や低価格)が存在したとしても,そのような事情は,特許権者の損害額を減額する理由とはならないというべきである。また,市場において侵害品以外に権利者製品と競合する代替品が存在していたとしても,侵害者は,そのような競合製品の存在にかかわらず,これとの競争の下で一定の数量の侵害品を販売し得たのであるから,権利者製品も特許発明の実施品という点で侵害品と同一の性能を有する以上,特許権者においても,同一の条件の下で,これと同一の数量の権利者製品の販売が可能であったというべきである。
       このように,上記の各事情は,そもそも市場における侵害品と権利者製品との補完関係の擬制の下で特許法102条1項の規定を設けるに当たって捨象されたものであるから,これらの事情をもって「販売することができないとする事情」に該当するということはできないというべきである。
   (2) 本件における特許法102条1項の適用
     ア 原告による本件特許発明の実施について
       証拠(甲21の1,2,甲24の1,2)及び弁論の全趣旨によれば,原告装置は,回転板の回転により生海苔と水の混合液がクリアランスを通過するとともに,異物が分離除去されるという作用効果を奏することが認められるから,本件特許発明の実施品であるということができる。
       この点につき,被告は,原告装置は本件特許発明の構成に減圧吸引の構成を付加してはじめて異物分離の目的を達することができるものであるから,本件特許発明の実施品ではない旨主張する。しかし,前掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告装置,被告装置はいずれも吸引手段を備えているものの,原告装置は吸引ポンプ等の吸引手段がなくても本件特許発明の作用効果を奏することが認められる。吸引手段を備える方が高性能が発揮できるとしても,本件特許発明の関係ではそれは付加的な構成と評価するべきであるから,被告の主張は理由がない。

     イ 原告の実施能力について
       証拠(甲33)及び弁論の全趣旨によれば,原告は遅くとも平成9年秋ころから原告装置の販売を開始したこと,原告装置の販売数量は,平成9年度は66台,平成10年度は183台,平成11年度は168台,平成12年度は82台であったこと,原告は自社工場の他,完成品を取り扱う会社,協力工場を数十社有していることが認められるから,少なくとも原告が原告装置の製造,販売を行うについて前記(1)の意味での潜在的能力を備えていたことは明らかである。
       被告は,原告には現実の販売数量の程度の実施能力しかない旨主張するが,被告のこの主張は,侵害品の販売時に対応する時期における具体的な製造能力,販売能力を要求するものであって,採用することができない。
     ウ 法102条1項ただし書の事情について

       前記(1)記載の「侵害品の譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者が販売することができないとする事情」についての解釈によれば,前記第2の3(4)ア(被告の主張)欄(ウ)記載の事情は,被告装置の性能が優れていたこと,市場に被告装置以外の代替品や競合品が存在していたこと,被告の市場開発努力が被告装置の販売促進に寄与したことをいう趣旨であって,いずれも上記「販売することができないとする事情」には該当しないというべきである。
   (3) 被告の故意・過失
     被告による被告装置の製造・販売等の行為は,原告の本件特許権を侵害するものであるから,被告はその侵害の行為につき過失があったものと推定されるところ(特許法103条),被告装置が被告の特許権等の実施品であるか否かにかかわらず,原告の本件特許発明の技術的範囲に属する製品を製造販売等する行為は本件特許権を侵害するものであるから,被告主張の被告の特許権等を実施したという事実は,上記推定を覆すに足る事情には当たらないというべきである。被告の主張は理由がない。

   (4) 被告装置の販売数量
     弁論の全趣旨によれば,被告装置の販売数量は,次のとおりであると認められる。
     平成10年度  Rタイプ660台
     平成11年度  Rタイプ776台,Sタイプ64台,SSタイプ2台,LLタイプ1台
     平成12年度  Rタイプ85台,Sタイプ109台,SSタイプ22台,LLタイプ2台
     合計      1721台
     これに対し,原告は,被告装置の販売台数は合計2100台を下らない旨主張する。しかし,原告主張の販売台数は,主に海苔異物除去機の販売店での聞き取り調査に基づくものであって正確性を欠くものであるし,これを裏付けるものとして提出されているCKD株式会社の被告に対するモーターバルブの販売数量(甲31)についても,このうち大荒ゴミ取り機用に販売された台数が客観的に明らかではないから,採用することができない。

   (5) 原告の利益額
     ア 原告装置の単位数量当たりの利益の額
         前記(1)のとおり,特許法102条1項にいう「実施の能力」が,必ずしも侵害品販売時に厳密に対応する時期における具体的な製造販売能力を意味するものではなく,侵害品の販売により影響を受ける権利者製品の販売が,侵害品販売時に対応する時期におけるものにとどまらないことに照らせば,同項にいう「侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額」についても,侵害品の販売時に厳密に対応する時期における具体的な利益の額を意味するものではなく,侵害品の販売により影響を受ける販売時期を通じての平均的な利益額と解するのが相当であり,また,「単位数量当たりの利益の額」は,仮に特許権者において侵害品の販売数量に対応する数量の権利者製品を追加的に製造販売したとすれば,当該追加的製造販売により得られたであろう利益の単位数量当たりの額(すなわち,追加的製造販売により得られたであろう売上額から追加的に製造販売するために要したであろう追加的費用(費用の増加分)を控除した額を,追加的製造販売数量で除した単位数量当たりの額)と解すべきである。そして,侵害品が大量に市場において販売されたことにより,これに対抗するために特許権者において権利者製品の販売価格を引き下げざるを得なかったような場合には,侵害行為がなかったならば本来維持することのできたはずの販売価格(値引き前の販売価格)を基準として,「単位数量当たりの利益の額」を算定することが許されるものと解するのが相当である。このように特許法102条1項にいう「単位数量当たりの利益の額」が仮定的な金額であることを考慮すると,その金額は,厳密に算定できるものではなく,ある程度の概算額として算定される性質のものと解するのが相当である。
        これを本件についてみると,次のとおりである。
     ア 原告装置の販売価格
         証拠(甲27)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,原告装置「CFW−36」につき,平成10年度の当初までは標準小売価格の290万円で販売した例もあったが,それ以後はこの価格の65%(出荷価格A)又は70%(出荷価格B)で販売したこと,その割合は前者が0.65,後者が0.35であり,平均出荷価格は193万5750円であったこと,原告は,同じく「CF−36」についても,標準小売価格を200万円とし,販売店によってこの価格の65%(出荷価格A)又は70%(出荷価格B)で販売していたこと,その割合は前者が0.65,後者が0.35であり,平均出荷価格は135万5000円であったこと,がそれぞれ認められる。

        被告は,「CFW−36」の平均出荷価格B(203万円)につき更に値引きをした例があること,被告装置が販売される前でも標準販売価格を下回る額で販売した例があることを指摘して,原告主張の販売価格は合理性を欠く旨主張する。
         そこで検討するに,証拠(甲40,41,乙19の2)によれば,原告は被告などによる侵害品の販売に対抗するため,「CFW−36」の標準小売価格を290万円から270万円に引き下げたため,既に標準小売価格290万円を前提にその70%の価格(203万円)で販売していた業者に対して,270万円の70%(189万円)との差額14万円を返金した事例のあること,逆に被告装置の販売開始後でも前記平均出荷価格を上回る250万円で販売した事例のあることが認められる。そうすると,侵害品が大量に市場において販売されたことにより,これに対抗するために特許権者において権利者製品の販売価格を引き下げざるを得なかったような場合には,値引き前の販売価格を基準として,「単位数量当たりの利益の額」を算定することが許されることは前記のとおりであるから,この解釈によれば,原告主張の平均出荷価格A,B自体が値引き後の販売価格と評価することができる。そして,この価格を下回る価格で販売された事例,上回る価格で販売された事例の双方があることは上記認定のとおりであるが,このうちの平均出荷価格を下回る価格で販売した実例が多数あるという事実を認めるに足りる証拠はない。さらに,平均出荷価格を下回る販売価格については,中古品や試験販売のため特別に値引きがされた可能性もある。以上によれば,原告は原告装置のそれぞれについて,少なくとも平均出荷価格に相当する販売価格で販売していたものと認められる。
     イ 原告装置に係る経費
     (ア) 製造原価
         証拠(甲27,28の1ないし63,38,39)によれば,原告装置「CFW−36」の1台当たりの製造原価は97万0055円であること,同「CF−36」の1台当たりの製造原価は92万5743円であること,が認められる。
         被告は,原告装置が被告装置に匹敵する性能を発揮するためには,より多くの製造原価を要する旨主張するが,原告装置の性能が明らかに被告装置に比べて劣ることを認めるに足りる証拠はないし,被告の主張を原告主張の製造原価は正確でない旨の主張であると善解しても,その理由のないことは明らかである。

     (イ) その他の経費
         証拠(甲27,35の3)によれば,原告装置については,上記の製造原価の他に,輸送費や販売した機械の調整等を無料で行うサービスに要する費用がかかること,原告の経理処理上はこれに相当する経費を管理販売変動費として扱っており,具体的には原告装置「CFW−36」について粗利益の13%を計上していること,原告装置「CF−36」については,同「CFW−36」と兼ねて機械の調整等が行われるため上記のサポートサービス費用の負担率はそれよりも少なくなることがそれぞれ認められる。
           そして,本件で原告が損害賠償を請求する期間を含む45期から48期まで(平成8年10月1日から平成12年9月30日まで)の原告の決算書(甲35の1〜4)の内容等からすれば,原告装置を追加的に製造販売するために上記管理販売変動費以外の経費を要することがあるとしても,その追加的費用の額は全体として,原告装置「CFW−36」について粗利益の20%,原告装置「CF−36」について粗利益の10%を超えることはないと認められる。

         そうすると,原告装置の追加的な販売に要する製造原価以外の経費の額は,原告装置「CFW−36」については19万3138円を上回ることはなく,原告装置「CF−36」については4万0925円を上回ることはないというべきである。
        〔計算式〕
         CFW−36  (1,935,750−970,055)×0.2=193,138
           CF−36   (1,335,000−925,743)×0.1= 40,925
     ウ 寄与率
       被告は,原告装置が異物分離の効果を奏するのは専ら吸引手段を備えることによるのであるから,本件特許発明の寄与率は限定して評価するべきである旨主張する。
       しかし,原告装置が吸引手段によらなくても本件特許発明の作用効果を奏することは前記第3の3(1)で認定したとおりである。そして,本件特許発明が回転板の回転により遠心力の作用によって異物を分離するという構成において画期的な発明であること(甲2により認められる。)に照らせば,原告装置の利益額中の本件特許発明の寄与率は,100%と認めるのが相当である。

     エ 原告装置の被告装置の対応関係等
       弁論の全趣旨によれば,被告装置のうち,小型の「Sタイプ」及び「SSタイプ」は,原告装置のうち回転板が1枚の「CF−36」に対応し,被告装置の「Rタイプ」及び「LLタイプ」は原告装置のうち回転板が2枚の「CFW−36」に,それぞれ対応するものと認められる。
       原告は,このうち「LLタイプ」については,「CFW−36」の2台分が対応する旨主張する。なるほど,弁論の全趣旨によれば,「LLタイプ」の処理能力は1時間当たり1万6000枚であり,原告装置にはこれに相当するような高度の処理能力を備えたものはないことが認められるが,被告装置「LLタイプ」の購入者全員が同被告装置を処理能力の上限まで作動させているとは限らず,また,装置の設置のための面積や操作のために要する人員数等をも考慮すると,被告装置「LLタイプ」1台が原告装置「CFW−36」2台に対応するものと直ちに認めることはできず,結局,被告装置「LLタイプ」1台に対応するものとしては,同装置に最も近い性能を有する「CFW−36」1台をもってこれに当たるものと認めるほかないと解される。

       そして,前記アないしウに基づき原告装置の「単位数量当たりの利益の額」を計算すると,「CFW−36」の1台当たりの利益の額は77万円を下らず,「CF−36」の1台当たりの利益の額は36万円を下らないから,この金額を上記の対応する被告装置の販売数量に乗じて,損害額を計算することになる。
   (6) 損害額のまとめ
     ア 以上によれば,本件において,原告が被告に対し特許法102条1項に基づき請求することのできる損害賠償の額は,次のとおりである。
       @ 平成10年度
         原告装置「CFW−36」の1台当たりの利益の額である77万円に被告装置「Rタイプ」の販売数量である660台を乗じた5億0820万円となる。
       A 平成11年度
         原告装置「CFW−36」の1台当たりの利益の額である77万円に被告装置「Rタイプ」及び「LLタイプ」の販売台数の合計の777台を乗じた5億9829万円と原告装置「CF−36」の1台当たりの利益の額である36万円に被告装置「Sタイプ」及び「SSタイプ」の販売数量の合計の66台を乗じた2376万円とを合計した6億2205万円となる。

       B 平成12年度
         原告装置「CFW−36」の1台当たりの利益の額である77万円に被告装置「Rタイプ」及び「LLタイプ」の販売台数の合計の87台を乗じた6699万円と原告装置「CF−36」の1台当たりの利益の額である36万円に被告装置「Sタイプ」及び「SSタイプ」の販売数量の合計の131台を乗じた4716万円とを合計した1億1415万円となる。
       C 全期間の合計
       @ないしBを合計すると,12億4440万円となる。
     イ そして,原告が本訴の提起,追行を原告代理人に委任したことは当裁判所に顕著であるところ,本件訴訟における訴額,原告の請求の内容,訴訟追行の難易度,訴訟期間等の事情を総合勘案すると,弁護士費用のうち3000万円をもって,被告の侵害行為と相当因果関係のある損害と認める。弁護士費用相当の損害額については,本件訴訟において認められる被告による侵害行為の全部が終了した時点をもって,履行遅滞に陥るものと解するのが相当である。

 6 結論
   以上によれば,原告の本訴請求のうち,被告装置の製造販売等の差止め及びその廃棄を求める部分は,いずれも理由がある。
   また,損害賠償請求については,合計12億7440万円及びうち5億0820万円に対する平成11年4月1日(平成10年度終了日の翌日)から,うち6億2205万円に対する平成12年4月1日(平成11年度終了日の翌日)から,うち1億4415万円に対する平成13年4月1日(平成12年度終了日の翌日)から,各支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。
     よって,主文のとおり判決する。
     
     東京地方裁判所民事第46部
     
               裁判長裁判官    三 村 量 一
                   
                   
                           裁判官        和久田 道 雄

                         
                         
                      裁判官      田 中 孝 一
  



                        物 件 目 録

 別紙「イ号図面」及び「イ号図面の説明書」で説明される「ダブルキャッチクリーナーWK−3型Rタイプ」,同「SSタイプ」,同「Sタイプ」及び同「LLタイプ」の生海苔の異物除去装置